GM8 Garden Manage 8 Narrative

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唯戒のピーター

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「このまま放っておくととんでもない事になりますよ」
 忠告は、一度きりだったと思う。
 忠告の通りだ。
 放っておいたらとんでもない事になりつつある。


 *** *** ***


 ある日目を覚まし、自分の庭をそぞろ歩いて驚いた。
 緑あふれる、というよりも自然そのものである森の至る所を徘徊する不信な影がある。
 何事かと誰かに尋ねるまでもない。

 足取りも乏しい、彼らは……それはもう見事な位、腐った死体だ。どこからどう見ても死体だ。よくそれで二足歩行が出来るという具合にグズグズの死体がうろうろと私の庭を徘徊している!しかも一体ではない、あちこちに、だ!
 
 なんとも異様な事だとは思う。思うのだが、私はすでに世捨て人となり久しく、何事にも寛容である事くらいしか取柄が無い事を自覚しまくった結果だろうか?

「……なんだか見ない間にまた何かあったらしい、な」

 といった、独り言をするに終始せざるを得ないのだ。

 うめき声を漏らしながら、光を捉えられない腐った瞳を虚空に捉えてどこともなく、フラフラと歩き続ける死霊達の列をただただ見ていた。別にこっちを認識して襲い掛かって来るとか、そういう事も無いのでただただ、なぜこんなところに『起き上がり』が群れをなしているのかと事を眺めているに終始したのである。
 ほどなくして懐かしい風が吹き、かつて私に忠告をした者が慌てて駆けつけてきた。
「おはようございます、王。ご報告が遅くなりまして」
「いやいや、別にナニって訳じゃないし説明されても困るだけだし」
「貴方はいつもそれです。そんなんだから……」
 こうなったんですよ、というお小言をとっさに飲み込んで紫色の風がため息を漏らした。段々、こいつも俺の諦念を理解してきたようだ。
 振り返ると見知った顔がそこにあった。紫魔導師のレッド・レブナント……そういやお前、そもそも死霊使いっていう肩書も昔、持ってなかったか?それでそーいうわざとらしい名前になってるような事を言っていなかったか?
 記憶障害に近い様な事も引き起こしている私には確信が無くてとりあえず、一番記憶的にブレない古参の紫魔導師を眺めてしまった。
 今、遅れてもう一つ大事な事を思い出していた。
「ぶっちゃけて、お前と同じようなものだろう」
「それを言われてしまうと何ともいえません」
 この風を伴って突然出たり出なかったりする紫魔導師、肉体的な世界への依存が自分の存在に対して不利と判断してすでに、この世に生きていない。要するに……腐ってはいないがそもそも腐るべき肉体もすでに無い、死霊なのだ。
 実態が無くて紫色の魔導マントを媒体として神出鬼没。
 そういう非常識をすでに側に許しているのだから、今更庭に生きる屍が湧こうが何を騒ぐ事があるだろう。むしろ良い肥料としてこの辺りに埋まるつもりなら在り難いくらいだ。
「だから、私からアレに向けて言う事は何も無い」
 アレ、と指さしたのは森をさまよう死体達。ついでに言えば、なぜ私の庭に彼らがさまよっているのかという理由についても本当に、聞きたいとは思わない。聞いたところでどうなる。彼らを追い出せと言うべきか?大人しく土に還してやれと言うべきなのか?

 私は、すでに世界に向けて何かを望める立場ではないのだ。

 望む事は出来る。しかし、望んではいけないものだとわきまえている。本当は望むべきなのだと多くは言う。望む権利はあるのだとも言われる。

 それでも私は何も得たいとは思わない。
 得ようと思わなくても、今このように私の所には勝手に所有とされてしまう困った荷物が増える一方なのだ。これ以上何を望もう?
 何も欲しくない、という望みさえ私は遠くへ投げ捨てた。

 集うものを、拒みはしまい。
 あのように群れなす彼らにもそれなりの理由があるのだろう。その理由を得たいとは望まないが、その理由を不要と拒否する事もしたくはないのだ。
 ならばそこにあればいい。
 私はすべてを受け入れる。あるがままに。

 その願いは正しく叶えられており……

 そういうワケで、忠告は一度きりだった。


*** *** ***


 今回は私はどうやら、良い季節に起きたようだ。
 この所ずいぶん眠りが深くてな、一度寝てしまうと数カ月、あるいは数年くらいは平気で寝ていてしまうらしい。それで、困る事と云えば畑の管理だろう。誰かに管理させては私の唯一の趣味が台無しになる。自分で育てているという実感を、土いじりの時くらいは得てもいいだろう?
 しかし眠くて眠ってしまうのはどうしようもないのだから……最近は放置していても枯れない、管理の簡単な植物達を育てている。
 もっとも、水やりや簡単な草刈りくらいはどうにも、私の庭に住む様になった者達がやってくれているらしいが。

 先日は白い花の咲き乱れるばかりだった私の愛する畑には、今赤く熟した宝石がちりばめられている。
 先日と思ったが、もう数カ月、あるいは数年が経過しているようだった。
 どれだけの時間寝こけていたのかは解らない。知るべき手段が無い。文明からは離れて久しい。
 ただ、解るのは庭に生きる動植物が、より一層広く無秩序に広がり、緑を伸ばし花を広げている事。その度合いを見て大体どれくらい寝ていたかを推測するしかない。
 細かい事はどうだっていいんだ。
 今は待ちに待った収穫の時期に、都合よく目を覚ました自分をよくやったと褒め倒している所なんだ。動く死体の事なんて、この赤い宝石の見事さの前には即座頭から消えていた。
 思わずため息が漏れ出る。
 この時をどれほど待っただろう?何度も何度もこの木を植えて、一時は上手く行っていたが最近の寝癖の悪さのうちにすべて枯らして……ならばと世話をせずとも上手く、自生するに近い環境にと植えたこの木が……『先日』ようやく花を咲かせたものだった。

 それが、どうだ。ついに念願の実を結び美しい赤の宝石がたわわに実っている。

 元来、ここまで育つにとても時間と手間が掛るものなのだぞ?出来ればずっと手塩を掛けて育てたいのだが、最近の活動循環の都合そうもいかない。
 栽培するに自然に任せる方法を取り、環境を整え全滅しないように気を配りようやく、ここまで大きな畑になった。

 私は甘く熟した赤い実を収穫するに夢中になり、すっかり歩く死体の事など忘れて大収穫の歓びで頭がいっぱいになっていた。
 収穫し終えた果実から、すぐさま果肉を向き取り種を乾燥させる作業を行わなければいけない。大変な手間だというが全然、苦とは思わなかった。
 全ては至高の珈琲を飲むため。
 そう、この白い花の赤い宝石の成る木は、珈琲の木なんだ。私は何より珈琲が好きだ、好きが高じてこのように、自ら栽培する事を望んだと云う訳である。

 何も望まぬと言った私ではあるが……そう、全ては望まないにせよ、だ。
 珈琲の一杯くらいは切望したっていいだろう?

 すっかり暗くなる頃ようやく腰を落ち着け、前年僅かながら収穫し精製した貴重な豆を炒って、夜も遅くにコーヒーを淹れた。今日収穫した分を美味しく頂くには、今しばらく乾燥させる必要がある。もちろん水分の多い生豆をじっくり焙煎したものも独特の酸味が生きて良いものだが、その楽しみは明日に取っておいても良いだろう。
 明日味わえる、若いコーヒーの新しい味と比較するべく数年寝かせてあったとっておきを味わう。
 濃い森の匂いを一瞬にして払う芳しい香りに酔いしれ、恍惚を堪能していた。

 この一杯を味わう、その為だけに生きていてもいい、そう思えるほどだ。

 ……と、背後で何かがこちらに近づいてくる気配を感じる。
 何、構うものか。
 この瞬間を奪われたくない。この至高の時間を手放したくないのだ。例え背後に何があろうと、今思い出したが例の歩く死体が立っていようと構うものか。今さら何に驚く事がある。
 私は、全てを受け入れたのだ。
 しかし……珈琲を注いだマグを手に、気配がどんどんこちらに近づいてくる事に向けて私は、いたしかたなく振り返っていた。
 大事な一服を邪魔するような事態になる事だけは避けたい。相手に敵意が無い事を確認する為に、私は致し方なく振り返った。

 と、すぐ目の前に白い毛玉があって肩が揺れるほど驚いてしまう。
 何があってもかまわないとは思うが、それで何に対しても驚かないというわけではない。
 当然だが。

 危うくマグの中の至宝を溢してしまう所だった。

 いや、毛玉というよりは……ふわふわの白い綿毛……のような、頭髪を纏ったモノがすぐ、そこにいる。
 それはまったく見知らぬ『女性』だと、少し彼女を観察することで理解した。
 僅かではあるが胸がある。顔も、年齢までは分からないが明らかに丸いので男のものとは思えない。緩やかなマントを身にまとってはいるが腰から脚元に掛けてにある曲線は隠し通せるものではない。というか、彼女はそれを隠している雰囲気ではなかった。だから、すぐに彼女が『女性』と知れたのかもしれない。
 全てを受け入れると言う私の根は、実はそれほど座っている訳ではないので……まぁだからこうやってフラフラ徘徊するわけだし……想像の範疇を超えた者の登場にすっかり驚いて口をあんぐりと開けてしまう。
 そうして、彼女をまじまじと見つめてしまうのだった。

 よく考えたら失礼な事をしたかもしれない。
 つま先から頭の先まで、特に彼女が女性であることを強調する所など念入りに見てしまったのは否定しない。
 そして、特徴的な長い耳を天頂に見出して、最後に全体を見て彼女が特徴的な衣装をまとっているのを見出し一つ結論を付ける。

「魔導都市の……レブナント家の者かな」
「……正解だ」
 感情の無い、女性とは思えない低い声で彼女が答えた。
 長い耳は微動だにせず、ふわふわの毛が僅かな空気の流れに揺れている。ふいと、赤い瞳が瞬いた。
「貴方がこの森の『王』と呼ばれるものか」
「……らしいな」
 私の方でそう呼べと望んでいるわけではない、だからこそ、返答はいつでもそのように曖昧になる。
「聞き及んでいた通りのようだ。王でありながら自らそうである事を主張しない。……ふむ、覚醒時における理力変動はさして無いようだ」
 赤い目が何度も瞬いて私を見る。つぶさに、明らかに……これは、観察されている……か?
 よく見たら彼女はノートを手にペンを持って私を凝視しては何かを書きとめ、再び私を見ては何かよくわからな独り言を淡々と漏らしては再びペンを動かしている。

 こういう扱いには困った事に慣れている。慣れてはいけないものかもしれないがね。

 この私は。一般的に云えば『人間』に見えるかもしれない。だが実際、私は人間とは極めてかけ離れたものだ。肉体一つとってもそう。それは私自身がよく知っている。
 少し記憶を呼び起こせばいくらでも、こうやって誰かの好奇心に火をつけて捉えられ、観察され、実験に駆り出された様々な事を思い出す事が出来る。正直それに向けて良い思い出は無い。まぁ、あるはずもないか。それくらいの想像は誰にもでも容易に出来るものだと思う。

 目の前の女性はどうか。

 どう見ても、彼女は人間と一言では言えない外見を有している。人間とは違うが、では何かと問われて一瞬のひらめきで答えるなら。
 彼女は、ウサギだ。
 白い毛に、赤い瞳を持った……確かこういうものは『作られた』存在ではなかったか?
 野生には白くて赤い目の兎なんて稀だろう。そういうのはアルビノ、というのだったかな……確か、魔導都市などで使われる専門用語ではそんな風だったと思う。
 野生の兎は雪積もる冬こそ冬毛として白くはなるが、年がら年中こうも真っ白くては目立ちすぎて外敵に見つかり易く、生き残るに難しい事は想像が容易い。

 それでも白くて赤い目の兎というのは世に在るのだ。人によって都合よく、飼われる為に作られて世に在るのだという事を私は知っている。
 紫嵐の魔導師、レッドからそう言う話を直接聞かされた事があったからだ。そういえば、彼はレブナント家の大家ではなかったか。名前がそうなんだから確か、そうだったはずである。

 私を観察し続ける、彼女はどう見ても『兎人』だ。人間の姿形をしているが所どころに獣が混じっている。こういう種族をひっくるめて魔種『鬼系』特に『獣鬼系』と呼ぶのだという記憶を『呼び起こして』いる。
 間違いなく彼女は兎の『獣鬼系』だろう。
 しかも自然種ではない。そもそも、獣鬼というのは東方特有の魔物でその多くが『魔道都市付近』からの発生だと言われているそうだ。獣混じりの魔物は自然発生したのではなく人工的に生み出され存在である事を密かに語っている。というか魔物の多くは自然発生するものではなく、何らかの因果があって『魔道』に入り魔物になり、魔種に落ち着くものだ、とかなんとか云う者も居る様だが。
 赤い瞳の、白い兎は人間の都合で作られたとすればそれらと同じ。彼女は魔導師達の都合で作られた実験動物の果てにある種なのだろう。魔導師というのは存外に酷いものでヒトを使った人体実験が出来ない、あるいはやりにくいという都合、自らで禁忌としたものを巧みに穴をかいくぐる為に屁理屈を並べて、平気で魔物や人工生命体を実験に用いるものであるという。
 そういう行為の果て、容易に人工的な種を作り出し人体実験の代替とするらしい。

 魔導都市の下辺に生き、道具として使い捨てられるべき兎獣鬼が……事もあろうか自分を消耗品扱いにするはずの魔導師である証のマントを羽織り、私を観察している。

 ふむ、これはどういうことだろうな。

「珈琲が好きだという話だったな」
 ノートを書きながら私を見ずに、彼女は唐突に私に問う。
「ああ、……君も一杯飲むかい?」
 すると彼女は真っすぐに私の方に顔を上げる。
「今はいい、私は夜行の性を持つ者だから」
 淡々と答えて、しかし視線は私の持つマグに注いだまま言葉を続ける。
「しかし、昼頃の眠気覚ましにカフェイン摂取は有効だ。出来れば、少し分けてもらえれば助かる」
 獣鬼の特性というのは人に近いのか、獣に近いのかその辺りは良く分からないが、ウサギにもカフェインによる興奮作用は働くものなのか、と変に関心しながら私はようやく落ち着いて笑って答えていた。
「ならば昼に来たまえ、君の質疑応答にも答えてながら一緒に一服どうかね?」
「悪くは無い」
 その言葉の意味が一瞬良く分からないのは、言葉や顔に全くといっていいほど動きが無いからだろうな。恐らく、悪い意味ではなさそうなのだが。
 兎には……感情が無いのだろうか?確かに兎が笑っている様子など見た事は無い。そも、兎って笑う生物だったろうか?人間だった頃には良く、獲物として野兎など狩って食べたものだが……果たして私は生きている兎をこの腕に抱いた事などあっただろうか?
 恐らくあるはずが無いのだが……何故か、赤目の白兎を愛玩生物として抱いている記憶がどこか混じっている気がして私は額を軽くたたいていた。
 どうにもこの記憶はポンコツでいけない。
 とにかく、性として、彼女には感情を表す方法が乏しいのかもしれなかった。
「君、名は」
「何とでも」
 そっけない言葉に私は苦笑した。私もまた、自らの名を一つに名乗れず『何とでも』と応答した過去がある。
 だから、何時しか王と呼ばれるようになってしまった。
「別に意地悪をしているつもりはない」
 私の苦笑いに気付いて彼女は、やはり無表情に言うのだった。
「名の重要性は他との区別をする所にある。私はこの森でただ一人だろう……この森で一人とは限らない貴方とは違う」
 どうやら、私の事はよく研究されてしまっているようだ。確かに、私はこの森、すなわち私の庭で『一人』であるとは限らない。どうしてかって?それは、私が見た目通りの人間ではないからだよ。
 言った所で信じられないだろうし、それが意味する所が解るわけでもないだろうが……本当の事を言ってしまえば私は、一つの『木』なのだ。木、というよりは植物、あるいは生物、と言ったほうが正しいのかもしれない。ただ一般的ではない都合『魔物』とみなされてしまう可能性が高いがね。
 
「魔導都市に居た頃にも君は、ただ一つの存在だったか?」
「……いいや」
 ぱたんと音を立て、彼女はノートを閉じた。魔導都市に居た事は間違いなく、しかしそこでの記憶はあまり良いものではないのかもしれない。理由はなんとなく想像がつく。本来魔導都市底辺であるだろう実験生命体が事もあろうか魔導師だというのだ。魔導都市は『人間』が『魔法を極める為』にあるのだと紫嵐の風、レッド・レブナント……魔導都市で指の数居ないとも言われる紫魔導の一人である男も言っていたはずだ。
 私の記憶が正しければ彼もまた異端の一人だったはずである。人間よりも魔種の血が濃く、その為に魔法使いの素質も先天として高い。その為にやっかみも多かったのだろう。魔導都市は元来『魔法が使えない』人間が、魔法という手段を得たり、研究する為に存在した所なのだという。だから、初めから魔法という手段を得ている事が多い魔種に対して確かな偏見が存在するのだそうだ。
 正確には、魔種が魔導師になる事に偏見がある、かな。
 魔導都市の中において魔種が紛れ込む事にはさほど問題は無かったはず。まぁ……それはそれで別の問題があるような気がしないでもないが……それは長くなるから割愛しよう。

「ピーターだ」

 やや、観念したような口ぶりで名を告げる彼女に、私は笑う。

「よろしくピーター、……セカンドは?レブナントでかまわないかな」
「そこはもう出て来たから適切ではないと思うが。……私の事はレッド殿から聞いていたのだろうか?」
「いや、聞いていないな、というより別に聞かなくていいと私の方で追い払ってしまった。さっきはすまない、驚いてしまったのは私が君の事を全く知らなかった為だ」
 それで、何か納得したようにピーターは顎を引く。
「では、私の実験も御存じではない?」
 実験か、さて、一つあててみようか。
「レブナント家になぞらえるなら、君もまた死霊使いか?」
「それは正しくは無い。レブナント家は死霊使いばかりを排出してきた訳ではない、その事はご存じない様子」
 ピーターはそのように告げてノートを小脇に抱える。
「しかし、死霊使いに近い所から研究を着手している都合、死霊使いの魔法は得意としている……貴方はどうやら、死霊をご覧になられたようだ」
 やはり昼間見たこの森にそぐわない、腐った死体は彼女の仕業というわけだな。この森は人が容易く立ち入る事が出来る所では無い、旅人がそう簡単に迷い込んでのたれ死ねるような所ではないのだ。
 私の森、私の庭で死んだ人間はまだ、それほど多くは無い。一人も居ないとは言うまい。たどり着くも苦労する私の庭に、好き好んでやってくるモノ好きも居ない訳ではないのだ。
 勿論私は全てを拒否はしない。彼らが連れてくる不穏さえ喜んで迎え入れよう。しかしそのように私が受け入れた全てが、やって来た不穏と共存出来るわけではない。私が望む望まないにかかわらず庭の平穏を望むものが彼らを追い払う、あるいは……殺してしまう。
 そう云う事は確かにあったろう。それを嫌だとは言わない。何しろ、私は何も望めはしないのだ。

「見かけない死体だったが、あれはどうしたんだね?」
 コーヒーの二杯目をカップに注ぎ入れながら私は訊ねる。
「外から、私の荷物を運び込む為に連れてきたものだ」
「荷物を?転移門は使わなかったのか」
「使ったが、私は上位程転移魔法が得意というわけではない。作った扉をくぐる必要がある、扉をくぐるに荷物を運ぶ労力として彼らを使ったのだ」
「なるほど」
 魔導都市から堂々と死霊召喚し、私の庭に引っ越してきた、か?いや、いくら魑魅魍魎跋扈の魔導都市とはいえ、堂々と死霊召喚など出来るものだろうか?レブナント家の者なら、そういう非常識そうな事をしてもおかしくはないのかもしれない。何しろ大家がそもそも死霊になっているくらいなのだしな。

 なるほどそうか、こうしてまた……私の庭に新しい住人が増えたと云うわけだ。

「まさか私の研究をしているわけではないだろう?」
 確か、それは都合法度になってるんじゃなかったか?もちろん気分のいいものではないので、禁止事項になっているなら幸いだ。
「正しくは無い」
 ピーターは少し考えるようにして答えた。
「貴方を研究する事は主に、レッド殿が禁止している。彼の元を出たとはいえ元来彼に属していた私には、それが許される訳もない」
 一応師弟関係は生きている、という事かな?
「では……何をしているのか?」
「貴方の観察だ」
 ピーターはそう言って初めて、小さく笑った。不遜で、何か企んでいそうな顔だ。……見覚えがあるな、師匠であるだろうレッド・レブナントのそれと良く似ている。
「ご理解いただけないかもしれないが」
 そのように、いちいち必要無いのに断る口調もよくに似ている。
「私は『一界』研究者をしている者だ。一界を理解し、実現するに貴方のような特異な状況を観察したいと願いこのように、招致が許された。いずれ私の研究が危険であると判断され、都市から追われるだろうとレッド殿が危惧した都合もあるだろう……私の願いは」
 そこで言葉を切り、赤い瞳が私をじっと見る。
「貴方のように唯一とある存在を『作る』事だ」

 ……私が、唯一と呼べる『一つ』の存在であるかどうかは……よくわからないな。

 人が言うほどに私は『一つ』ではない。むしろ……圧倒的多数であり、圧倒的普遍であるだろうと思っている。それは存在という論理に致命的な傷を与え、基本的に存在するという『意味』そのものを脅かし混沌に沈むのだとか誰かが言っていた。私の言葉ではないのは間違いない、多分レッドの言葉だろう。

 それなのにそうはならない。圧倒的多数、圧倒的普遍でありながら唯一と一つ、ここにいる『私』という存在がようするに、一つの世界、と言う事だろうか?

 ふむ、よくわからないな。
 そして興味もない。

 コーヒーをカップから一口呑み、苦みを味わい鼻腔に満ちるかぐわしい匂いに酔う。

「やはりご理解いただけていないご様子」
 無感情そうなピーターの言葉に、ほんの少しの不満が含まれている気がする。
 彼女が求めるのは、理解か?
「悪いな、私の頭はそれほど良いものではなくてね。しかし、それで一つ納得はいったかな。君は『一つ』ではないわけだ。だけど本当はそれに憧れている」
「……」
「だから、それを作ろうと言うわけだろう?」
 横目で彼女をうかがう。相変わらず無感情な赤い瞳。でもそこには感情を表に出さんとする揺らぎが見える気がする。

 私はコーヒーを呑み、その合間に悠々と語って聞かせた。

 この庭に集う者達が、皆一様に何を求めてここに迷い来るのか。
 何を目指し何を求め、どうしてここに来てしまうのか。
 私はそれに明確な答えを持っているわけではない、けれど……なんとなく今は解る。
 このなんとなく『解る』という感覚がどうにも、多大に恐れられている理由になっている事も知っている。
 けれどそれはどうでもいい事で、どうだっていい事だ、私にとっては。

「目指せばいい、私は何も禁じる事はしまい。好きなようにするがいい、私もここでは自由にする」
 そう言うと視界の端の方で、ふわふわの白い毛を揺らして彼女が、少し深くお辞儀をした様だった。
「そうさせていただこう、庭の王よ」

 一つを作るという、そういう彼女の望みが最終的には何を作り、何を破壊せしめるのか……詳細は知らないがなんとなくどうなるかという予感はあるな。とにかく、とんでもなく危険な思想と研究をしていると云う事は『解る』。その規模を正確に知らなくて、どういう事なのかを誰かに語る言葉を私が持っていないだけなのだろう。


*** *** ***


 先にも書いたな。忠告はたったの一度きりであった、と。

 そもそもレッドは何に対し警告をし、わたしはそれを無視したのかを書いていなかったと思う。
 私の庭にはまずコドクが来て、次にインティが押しかけて来た。なぁなぁとことを許していたところ、今度は自称悪を名乗るフリードという青年がやって来て色々と問題を引き起こした後なぜか、王の庭に仕えさせて欲しいなどと言い出して面倒くさいので好きにすればいいと放置した。
 この時、レッドは私にこれらの件に関する忠告をした訳なのだ。
 これら、というのはやって来る人やってくるヒト、好きにすればいいと放置した事。
 このまま放っておいては更に、とんでもない事になる、と。
 その意味を考えたくなかった私は聞かなかったことにして、もうそんなものは要らないのだとはねつけた事を忘れてはいない。
 どうだっていいんだ、この私の『境地』を知っているはずなのになぜ、今もあれこれと口を出してくるのか。

 というわけでこのようになんとも珍妙な白兎の魔導士が住み着いた、更にそのツテで奇妙な呪いに身を窶した魔法使いの一種もやって来る事になった。

 この間、レッドは一切の忠告を私にしてくれなかったわけである。
 まあ、自業自得と云えばその通りだな……。しかし、その後レギオンが迷い込んできた時だけは頼むから一言、分かっていたなら忠告は欲しかったというのが正直な所である。最終的には彼が居着くのも許してしまったが、それはまぁレギオンだけは世に放置するのは完全に危険だと感じてしまったからだ。だからと言って世に在ってはいけないものと断じる事など今の私に出来るはずもなく、それを行うような輩は庭には一人も居ない。
 どこにも居場所が無い、という存在は……例えば、自分も一種そういうものだという自覚があるからだろうか。どうでもいいとすべての存在を許すことが出来るなら、別にここに居ても構わないと思っている事まで私は、自分の『思い』を否定しないよ。
 レギオンがもし、世に放たれていればどうなっていただろう?恐らくそれなりに大きな混乱を伴いながらも、最終的に討伐の方向で決着がつけられていただろう。
 世に相容れないから殺して終わり、というのは……なんというか。
 
 本当にそれで話は終わっているのか?という疑問が残ってしまうんだ。
 私の、中に。
 


 そうやって私の庭には、良く見るととんでもないものが集っている。
 世界と言う大きくて、本来見渡せない規模で言えば『有ってはならないもの』や『在るべきではないもの』そして……『在る事で世界をハカイするもの』も平然と並べられている。

 放っておいたら、私の元に何故か自然と……そういうものが集まって来てしまった。

 中々酷い事になりつつあるが、それもいいだろう。ここではすべてが在っていい。
 私の庭が、そうある事を望む訳じゃない。逆だ、何も望まないからこそ全ては無慈悲に自由なだけだ。危機感などない。私はこの世界に多数であり普遍的に在りすぎる、だから知っている。

 存在が許されているのなら、それは在ってもいいと言う事だ、と。

 ただそれだけなんだ。

 ああ、もはや野となれ山となれ、
 頼むから、私の至福の一服だけは邪魔しないと連中には、約束してもらうよりない。



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作業の隙間があったので手直し更新少し再開。連休中に二話、あとは一週間一編月曜更新で。話は多少前後する事もありますが、比較的起った順番になっています。
 こちらも『異世界創造NOSYUYOトビラ』後の話(8期後半)なので後日譚の一種ですが、トビラに向けてのネタバレはあまり無い方です。同世界シリーズの一つなので、説話は色々と重複します。
更新が一番早いのはエブリスタになるので気になる方はこちらへどうぞ
https://estar.jp/creator_tool/novels/25065679
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