異世界創造NOSYUYO トビラ

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10章  破滅か支配か  『選択肢。俺か、俺以外』

書の2後半 大分裂『話が違うみたいです』

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■書の2後半■ 大分裂 That's against the contract!

 返事を貰うまで拘束も許すよ、などとエラそうにクオレは言っていたが……奴の言う通りにするのも癪だ。
 こいつは魔王八逆星の一人、ミストの許しがあるなら俺は即座こいつを叩たっ斬ってやるのに。
 こんな時でも南国の王は誰でも彼でも慈悲深くて困る。交渉は聞き入れられないという返事を持たせて返せ、というんだ。ようするに殺すなって事だよな。
 それをお前に命じた者がいるだろう、というミストの指摘にクオレは笑ってそんな所だとか答えていた。

 わかるぞ、どーせこの件もナドゥのおっさんが絡んでいるんだろう。

 そんな訳でさっさと奴の戒めをといて、テメェらの都合の良い答えなんかするかボケ!みたいな返事を持たせてクオレは城の外に追い出す事に。
 その後、魔王軍の潜伏先を探すのにカルケード城は今度こそ、全力で動き始めた。
 国民から兵のあわただしい動きを怪訝に見られて不安を感じられてもこの際仕方がない。有事が起ってからでは遅いのだしな。俺達も手伝うと申し出たのだが……国同士の問題は俺達が関わるべきじゃない、とかいう都合で断られた。
 何が何でも手伝おうぜと軍師連中に主張したんだが、国には国の都合があるのだから下手に関与するのはよくない……って。

 そうも言ってられないだろ……?

 クオレの情報を鵜呑みにする訳にもいかないが、本当にファメントが攻め込んでくる、しかもその軍隊がランドールが結成した遊撃隊だとしたらそれは他人事じゃない。
 マースやリオさん曰わく、本当にランドール・ブレイブという軍隊が作られているらしい。リオさん、ランドール命令一つで動くように編成を手伝ったんだそうだ。それだけにクオレの預言が気になっているようだ。
 ランドール・ブレイブは表向き、対魔王軍として結成されたものである。魔王を倒すぞという指揮の下集められた有志軍であるらしい。

 それがどうやったらカルケードに責めてくる?何でだ。どうしてだ?どうやってその流れが生まれる?
 ぶっちゃけそっからわかんねぇ俺である。

 今だ意識の戻らないワイズを目の前にして、俺は良くないと自覚する頭を捻っていた。
 軍師連中が慎重になるのには……意味があるのだろうか?俺にはさっぱりわからない。何か考えがあるなら言えばいいのに相変わらず全部の都合は話そうとしないしな。
 悶々としたまま、俺とアベルはワイズの見張りをしている。
 テニーさんが容易く攫われていったのだから……ワイズが次に狙われる可能性がある。ランドールはワイズを殺したい、とはっきり言っていた。テニーさんみたいに攫うのではなく、ワイズに関しては殺しにくるだろう。どんな手を使って来るかもわからん。それで、交代で見張ろうって話になったんだ。
 もはやナッツら医者は最善を尽くした状態だと云うが、今だに目を覚まさない。
 おかげでナッツの野郎、今度は独自で情報収集に行っている。少しは休め、人の体調についてはさんざん言うくせに……自分の事は棚上げしてんじゃねぇだろうな?

 しかし情報収集ってのはな、俺にはしようと思っても出来ない事だったりする。何すりゃいいのかさっぱり見当つかないもんな。今の俺にできるのは見張り、そして留守番というわけだ。
 こういう場面役に立たないという意味でいうと……やっぱり、アベルもお荷物である。
 むしろ彼女が役立つ場ってあったか?うーん……割とお荷物じゃね?
 そんな彼女は俺と同じで黙って何かを考えるのに向いていない。じっとしていられないらしく、昏睡しているグランソール・ワイズの様子を興味津々に覗き込んでいる。と思ったら奴の長い前髪をおでこまで払いのけ、普段見えない顔全体をまじまじと見ているではないか。
 おおっ、奴の素顔に興味在る!そう思って落ち着きなく立ち上がる俺だっ。
「彫りの深い顔ねぇ」
 アベルはまじまじと普段、前髪に隠されているワイズの顔を見ながら呟いた。俺はそれを横から覗き込み……。
「ああ……こいつ、結構睫長ぇ!」
「あらほんと、カッコいいってより可愛い感じね」
「そうかぁ?」
 意識が戻ってないので遠慮無くワイズの顔を弄る俺達。結構骨ばっている頬をぷにぷに押してみたり鼻摘んでみたり。意外と寝たふりしてるかもしんねぇじゃん?そういう事をする奴だ。
 がしかし、ワイズは一向に目を覚ます気配がなかった。
 そのうち顔をイジるのに飽きて、俺達は所定の椅子に腰掛け直すのだった。
 静かな夜だなぁ……と、思って俺はアベルを振り返っていた。
 同じ事を考えていたようである。

 静かな夜ではなかった。

 ワイズの顔を弄るの飽きて静かにした途端、日常的ではないが『聞き慣れた』音を耳が拾った。
「何だ?」
「しっ……黙って」
 遠くで……剣戟の音を聞きつけた俺達は緊張して窓の外、扉の影に張り付いた。他の雑音と聞き分けられるのは当然、俺が剣闘士だという経歴による。
「……外……ね。足音が……こっちに近づいてくる」
 足音まではなぁ、俺にはそこまでは聞こえないし判別はつけられない。そうか、アベルはこういう時役立つ訳だ。頭が悪くて方向音痴っていう致命的な欠点はあれど、アベルは斥候技能がピカ一なのか。
「……敵か?」
 アベルは目を閉じ、俺には聞こえない音に集中している。てゆーか、足音で個人を認定するなんて技術がこいつにあるはずないよなぁ。匂いで誰かを判別するアインじゃあるまいに。
 そのようにアベルの能力を見限った俺だったが、静かにアベルは目を開けて俺を振り返って囁いた。
「足音消してる、通路を通ってきてない。窓からショートカットして来てる」
 この場合の消してるってのは、人間の耳に聞こえる音を最小限抑えたという事だ。足音を立てないように歩いて居る事を聞き分ける様な、ウサギ並みの聴力を備える奴には無駄な事だ。
「なら、賊だな」
 俺がそう断言すると、アベルは少し困った顔をした。
「それが……」
「まさか、足音で誰か分かるって訳じゃないだろ?」
「……うん、あたしも分かるはず無いって思ってたんだけどさ」
 赤い髪を掻き上げてため息を漏らしながらアベルは俺を振り返る。
「こういう特殊な歩き方する人、あたし2人程知ってるかも」
 足音を消して歩く奴?俺が思いつくのは今後ろのベッドで寝てるワイズくらいだが。いつぞや足音消して俺の背後に忍び寄っていたもんな。
「……誰だ?」
 アベルは静かに、と俺に警告した上で小さく囁くように答えた。
「ナッツかテリー……じゃないかな?」
 俺は構えて緊張していたのを少し解いてしまった。いや、アベルの話を鵜呑みにした訳じゃないんだが。
 思えばワイズが狙われる『可能性』があるだけで、それが本日今晩狙われると決まっている訳ではない。
 もしかすればナッツかテリー、彼らに限らず誰かが俺達の様子を見に来ただけかも知れないじゃないか。
 いや、だったらさっき聞こえた武器の音は何だ?剣と剣であるという保証はしないが間違いなく、武器が振られてぶつかりあった音が聞こえた。それは間違いない。
 そうこうする内に足音はすぐそこまで来たらしい。アベルが無言でそこにいると示している。すぐそこにる?いくらなんでもこの距離なら足音聞こえるはずだろう。……人間と有能種の差は結構広いな、俺はテリーやナッツが普段からこうやって足音を消すような歩き方をしていたなんで全然、気付いてなかった。
 と、扉を指で突くような小さな音が圧倒的な静寂の中に響き渡る。
「……誰だ?」
「ちゃんと起きてるな」
 扉の向うから聞こえてきたのはテリーの声だ。……アベルの予測が当った……?
「どうした?何か用か」
「もちろん、用事があるから訪ねて来ている。開けてくんねぇか」
 なんで足音を消して来た?それを聞くべきなのか。俺はアベルと顔を見合わせてしまった。こういう交渉とか予測とか。俺達とことん向いてないもんなぁ。かといって、お前本当にテリーかと疑うのも……何だ。

 赤い海の岸で、俺の事を『俺』だと保証してくれた人を疑うのは感情的に嫌だ。

 俺は中から掛けている鍵を上げるべき扉の前に立った。アベルはどうするだろう、止めるだろうかと一瞬伺ったが……正直どうするべきか俺と同じ基準で迷ってるんだろう。開けるなと止めようとはしてこない。
 常夏の国カルケードにはあんまり扉を閉めるっていう習慣がないのな。普段から扉は開けっ放しなんだろう。暑いから風通しを確保するの優先している。
 そういう開放的な部屋が多い中、なんとか確保した扉の付いたこの部屋は……ワイズには悪いが仮拘留室である。開け放たれている窓にがっちりはまった鋼の鉄格子がその様子を物語っている通り。
 鋼の枠を持つ重い扉が開き、ちゃんと足音を立てて入り込んできたのは……声の通りテリーだ。別段変った所はない。俺は無駄に警戒していたから安堵してため息を漏らす。
 テリーは部屋に入ってくるなりすぐに自分で扉を閉めて閂を下ろした。そうしながら背中越しに聞いてくる。
「ワイズは目を覚ましそうか?」
「いや、全然」
「寝たふりでもなさそうよ」
「……そうか、」
 テリーはため息を漏らしながら振り返り、ワイズが横たわるベッドの前まで……なんでだろ。無駄にゆっくりと歩み寄る。一歩一歩を踏みしめるように近づいて、見下ろす距離まで来てもう一度ため息を漏らす。
 じっとワイズを見下ろしている、別に変な様子はないが……何の用事なのか分からず再び不安を覚えた俺は、椅子には座らずテリーに声を掛けていた。
「どうした?」
「……いや、」
 鉄格子の窓から注いでいる青白い光。月光がここまで明るいってのも不思議だな。レッド曰く、建物に使われているレンガの作用だとか言っていた。光を吸収する媒体が少なく、逆に反射する素材が多いので僅かな光で夜でも明るく見える……とかなんとか。
 そう言えば地下牢襲撃後も特に、松明とか焚かずに現場検証出来たもんな、僅かな月の光で……クオレの姿もはっきりと見えた事を思い出す。
 そのやけに明るい月光の中、テリーはふっと口の端を上げて笑った。
「ホントに意識ねぇんだな」
 途端奴がワイズに向けている視線が異様な気配がして……俺は一歩近づく。しかし、何かやるつもりなら最早手遅れだ。テリーの手は今や容易くワイズに届くだろう。素早さじゃ俺はテリーには適わない。
 いや、テリーが何かするはず無いだろう?
 そのように信じてはいるが……静かに伸ばされた手がワイズの首に掛かったので逆に、俺は動けなくなってしまう。アベルも身を固めた気配を隣で感じる。
 瞬間、まるでカーテンを開け放つように顕わになった殺気に、俺は短い距離に向けて全力で飛び出していた。
「テリー!」
 アベルの悲鳴に、無意識に体が動いていた俺は遅れて現状を悟る。
 俺の条件反射的突進は、容易くテリーの蹴りによって阻まれていた。気が付くと床に転がっている俺。
 左手腕の包帯に添えて隠していた短剣、それを思いっきりベッドに突き刺しているテリーに驚き再び飛びついたが今度は、それを右手一本で抑えられてしまった。突っ込んだ頭をがっちり抑えられるだけで動きが止められてしまう。うぅ、力でもこのお兄さんには敵わないのね、俺。
「この殺気でも目を覚まさないか……こりゃマジで意識ねぇな」
 アベルが安堵のため息を漏らす。
 テリーが振りかざしたナイフは……ワイズが頭を任せている枕の端を切り裂くに終わっていた。俺も遅れてため息を漏らし、脱力してそのまま椅子に座り込んでしまう。
「お前、いきなりなり何すんだよ!今のマジで殺気だったろ!」
 おかげで俺は無条件に体が動いたもんな。
「俺も多大にコイツの嘘寝を疑ってただけだ」
 ナイフを引き抜いてテリーは呟く。
「このまま………永久に目を覚まさなければいいのにな」
「何?」
「……死んじまえばいい、って言ってるんだよ」
 手の中で弄ぶナイフ、それはテニーさんから左腕に刺されたもののようだ。それを軽く放り、扉に突き立てて手放した上でテリーは苦笑した。
 まだ警戒しているアベルの様子に、何もしないと主張するように両手をブラブラさせて主張しながら肩をすくめる。テリーは近くにあった椅子に腰を掛けた。
「でも、さっきの音は何?」
「音?……ああ、見回りの兵士らしいのに何してるって突然槍向けられてよ、びっくりして弾いちまったけど。何つーか……カルケードってああいう見回り兵あんまり使ってないんだろ。役職になれてない感じだぜアレ。今は非常事態ってんで警戒してるんだろうけど。俺って気が付いてすいませんとか平謝りしてたし」
 カルケードがいつもだとのほほんとしている国だ、というイメージは俺も納得である。
 だからこそ非常時に慣れからくる油断が無いんだろ。これは悪い事じゃないぞ。
 テリーは、ゆっくりと息をしたまま目を覚まさないワイズを一瞥して言った。
「もし、こいつが目を覚まして。俺達にとってどうでもいいような、むしろ混乱させるような事を言い出したらどうする」
「具体的には?」
 そのようにアベルから問われてテリーは額に手を当て苦笑する。
「具体的か……やっぱ問題はそこだよな。混乱するかどうかは事が起って見なきゃ分からねぇ。俺がいくら心配しようが事を判断するのは俺じゃねぇ」
「お前、何が言いたい」
 不機嫌な顔、押さえ込んでいた怒りを外に漏らすように狂暴な気配を漂わせてテリーは呟いた。
「俺は、ぶっちゃけて自分の過去なんぞ暴露したくない。冗談じゃねぇ、一生黙りするつもりで俺は家から逃げてるんだ。お前と違ってのほほんと笑ってはいられねぇ」
 その言葉に俺とアベルは顔を見合わせる。

 テリーとは間違いなく長い仲だ。俺と、アベルが一番長い付き合いになるだろう。
 ところが……それにしたって遡ってエズ時代くらいまでしかコイツの事は知らない。少なくとも俺はテリーがエズに来る以前何をしていたのか、どこに住んでいたか、なんでエズに来たかというのをマトモに知らない。
 知っている部分で言えば……闘うのが好きだから……と、聞いております。
 それで納得出来るかと聞かれたら正直納得出来てしまった。このお兄さん、俺よりも戦いバカなのは間違いないのだ。アベル曰く俺とテリーは似たもの同士だと言うけどな、違うぞ、テリーの方が数段戦いバカのランクは上だ。
 西方人ってのは見た目で分かるが、まさかファマメントの公族出だとはつい最近知った。アベルもそれを俺と同じく知らなかったみたいだし。

 本来ならテリーは自分がウィン家の人間である事だって隠しておきたかったに違いない。
 所が実兄のテニーさんと顔を合わせなければならない事態になり、その都合を説明するために仕方が無くその……『重い』事情を漏らしたのだ。

「あたしだって自分の過去、好き好んで誰かに暴露するつもりはないわよ?」
 俺を横目で見ながらアベルが言った。威嚇されている……知ってる、分かってる。俺はお前の都合は暴露しません。嫌がるの知ってる。
「俺もアベルもお前の都合なんか知らないし……あ、成る程」
 すいません、揃って阿呆で。

 ようやくテリーが言っている意味を把握した俺……いや、俺達です。

 そうか……ナッツは『知らない』と言っていた。ファマメント国の政治方面の事情はそれ程詳しくないと言っていたな。そっちの方面に詳しいのはワイズだとその時確かに、言っていたぞ。
 つまり……グランソール・ワイズはテリーが暴露されると困ると思っている奴の過去を知っているって事か。だから、出来ればこのまま死んでくれねぇかなぁとテリーの奴、ぼやきやがったんだ。
「……喋るなと脅せば?」
 アベルの意見に俺も同意だ。しかし……今更だろう?いや、ランドールパーティーが分裂してしまった今だからこそ、なのか?さっぱり都合は分からない。
 分からないとなると確かに、どういう事なのだと聞きたくもなる。
「……こいつの存在は事態をややこしく掻き混ぜるだけだ。ランドールの都合なんて、そんなものを知った所でどうなる」
 テリーは腕を組んだまま深くため息を漏らす。
「そんな事関係ねぇだろ?そう思わないか」
 一理ある。
 ランドールの頭上にバグを示す赤い旗がなければテリーは、もう少し言葉を選んだだろう。
 赤い旗、それが指し示す運命を知っているからこそテリーは、理由を経て事実に至る道をふさごうとしている。アベル以外は知っている。アベルがもう少し賢ければ材料は揃っている、真実にたどり着いているはずなのだが……。

 赤い旗のバグに感染したという事は、そのキャラクターはこの世界の『現実』として死んでいる。
 肉体、精神、幽体。必ず三つで構成される『存在』が揺らぎ、破綻している。
 多くの生命は殆どが破綻して混沌の怪物へ至る。下手すればそれさえ通り越して溶けちまうんだ。場合によっては肉体も精神も壊れずに残る場合もあってそういうのを魔王八逆星とか俺達は、呼んでいるのかもしれない。

 度合いなんて関係ない。
 俺達デバッカーにしか見えないレッドフラグ、そいつから取り上げてみればリアルが分かるだろう。

 途端、そいつは死ぬ。

 ま、どうやって赤旗除去するのか方法がいまいち確定してねぇけど。感染を防ぐ手段としてプレイヤーの青い旗があり、赤い旗に感染し破綻した部分を補う作用がデバイスツールにあるとしても……時間は決して過去に巻き戻る事はない。
 ランドールの頭上には赤い旗が灯っていた。
 どこで、どのように感染したのかは分からない。そんなの今分かったってしょうがないんだ。赤旗に感染させない事が第一なのだから。
 奴はもう手遅れという事でもある。奴の主張が何であろうとも俺は、俺達は奴を滅ぼさなければいけない。必ずそういう事になるだろう。その展開は避けられない。

 赤旗が見えている俺達は、その旗を持つ者の運命が分かる。
 至る『理由』は必要じゃない。
 理由を必要とするのは……バグなんて概念を理解出来ない、赤い旗を見る事が出来ないキャラクター達だけだ。

 出来れば……テリーはその理由を知られたくないようだ。関連があるのかどうかはよくわからんが……ランドールの『理由』はテリーの過去に関連してしまう可能性があるって事だろう。
「ワイズの口さえ塞げばお前は安心なのか?」
「………」
「お前の兄貴だってお前の都合は分かってるだろ?それらも全部、お前の都合で黙らせるつもりか?そうやって理由を封じるために、責任持ってお前でランドールにトドメを差せるのかよ?」
「いいぜ」
 狂暴な視線が俺に向けられる。
「そうしろって言うなら俺がそうする、誰の憎しみを背負うのだって構わねぇ」
 腰をすえられちゃうと梃子でも動かないんだよな、こいつ。
 なんで今更……ワイズの口を塞げたらとか言い出したんだ?過去をバラされる危険性があるならそもそも、テニーさんが襲いかかったのを止めなきゃいいじゃねぇか。
 ……なんでランドールはワイズとハクガイコウ、正確にはハクガイコウ代理のナッツに恨みを抱いているんだ?
 テリーの都合とランドールの都合が同じなら、テリーはいずれナッツの口も塞ぐんじゃねぇのか。
 そこにどんな都合があるってんだ。
 ……その都合丸ごとテリーは蓋をしたいわけか………ふぅ。
「もし……もし、よ?」
 ふっとアベルが天井を見上げるようにして口を開けた。
「ワイズが目を覚まして、あんたの都合を無視して、あんたの知られたくない過去って奴をあたしたちに暴露したら?」
 何を聞くのだ、という風にテリーは嫌な顔をしたな。それを見た上でアベルは尋ねる。
「ランドールと同じで気にくわないって理由でアンタは、ワイズを殺そうって思うの?」
「……感情的にはな、同じ気持ちにはなるだろう。そう思う」
 かなり素直にそのように認めて視線を床に投げた。
「じゃ、ランドールも同じ目にあったって事じゃない?」
 おおアベルさん、何時になく冴えておりますな!
 思わず顔を上げる俺とテリー、正直に関心してしまったぞ。
「成る程……ありうるな。この神官、結構人の神経を逆なでするような事も言いやがる」
 俺もそう思う。何度かムカつくような事を言われた事が俺もあるような気がします。言葉が上手そうで下手というか、いや、明らかにこっちの神経をわざと逆立てるような言葉を選んでいる気配がするのだ。
 理由があるんだろうが……いや。

 理由があるのなら、ワイズはランドールを怒らせたかったって事じゃんか。
 その様にしてまで得なければいけない『情報』があったんじゃないのか?
 情報を打ち込んで、帰って来た情報……すなわち感情の反応を見て『何か』を判断する必要があったって事じゃねぇのか?

「……ワイズは、先に可能性に行き着いたって事か……?」
 テリーが独り言の様に呟いた。
「何のだ?」
「ワイズ達はレッドフラグは『見えてない』。俺達はランドールを見ただけで旗の色を基準にして『おかしい』のに気が付くが、ワイズ達はそうじゃねぇだろ?だがあの神官は赤旗が『見えてない』のに『おかしい』のには気が付いた。で、それを確認するために……」
「ヘタな逆鱗に触れた?」
「示した反応がランドール的に『おかしい』なら、テニーさんとかも不審に思うはずだろう。それなのにお前の兄貴は徹頭徹尾ランドールに様つけて通しやがったじゃねぇか」
 俺の指摘にテリーは、冷静に付け加えた。
「ついでに言うと俺達が赤旗で『おかしい』かどうかを判断出来るって事をワイズは知らない……だろ?」
 ……む……?それは……つまり……。
「じゃぁ、ワイズは……」
 緩やかに俺は把握してしまう。
 途端、俺はナッツが無茶している意味を理解できてしまった気がするな。
「ワイズがこんな状況になったのは……ランドールを『疑う』ように自分達以外に示す為の行動……って事か?」

 ランドール・パーティーは本来、あの場で分裂しなかったのかもしれない。
 バグを示す赤い旗が俺達に見えなければ、そしておかしいと気が付いたワイズが行動を起こさなければ、ランドールの様子などいつもの通りだと騙されて……。
 ……どうなっていただろう。
 ヘタすればパスさんが死ぬ事もなかったのか。ペレーも死なずに済んだのか?
 誰も怪我を負わずに……。

 違う、それじゃダメなんだ。どっちにしろ俺達には赤い旗が見えちまう。修羅場は避けられない。そして俺達に赤旗が見える事をワイズは知らないのだから、ワイズが俺達が来るのを待つような事はしないだろう。
 危機感を感じて行動を起こした――これは、その結果なのだ。

「……テリー」
「ん?」
「ワイズはお前が嫌がる事なんかしねぇよ」
「……どうだろうな」
 ちらつかせていた殺気を収め、テリーは覇気無く答えた。
「目を覚ましたら……ちゃんとお前の都合を話して黙っててもらえばいいだろ。そんな恨んでやるな」
「……ああ、……悪かった」
 素直に自分の都合だけで感情的に振る舞った事を認め、テリーは項垂れた。そのまま小さく呟く。
「けど、もう止めるな」
「……何をだ?」
「先に行っておくが何を言われたのかは、言えねぇ。けど、兄貴に聞いたんだよ……ワイズが何でランドールを怒らせたのかってな。そしたらワイズはお前にも同じように言うだろう……って唆されたんだ。それですっかり俺は……惑わされていたんだな」
 殺気立っている。その殺気オーラが今の俺には見える気がするくらいに殺気立っている……!
 笑っているが、これは先ほどワイズに向けたのとは桁違いだ。
 顔を上げたテリーは警告を含めて俺の胸ぐらを掴み、恐ろしい顔で微笑みながら言った。
「今度は殺すつもりで奴を殴る事にするぜ。止めるなよ、止めたら誰であろうと承知しねぇからな」
 誰を殺すつもりで殴るか、なんて勿論ヤボなので俺は聞き返したりしない。
 けど、なぁ。

 お前らそれでも兄弟なんだろ?純粋に殺気立ちやがって……血の繋がった者同士でそんなに憎み合わなくてもいいのになぁと思ったりもする。俺には、兄弟とかいないからよく分からないんだけど。

 だけど。

 ……リアルから余計な感情が流れ込んでくる。
 俺はそれをぐっと抑えた。『俺』の都合は……戦士ヤトには不要だ。



 そんで次の日。
 いやぁ、事態は刻一刻と移り変わるもんですねぇ。
 困った顔で外出先から戻ってきたレッドが、俺をテーブルの前に呼び出して突然言った。
「我々はこの国を出ませんか?」
「……はぁ?」
 んな突然言われても惚けるしかない。
 心得ているようにレッド、懐から一枚の紙を取り出してテーブルの上に広げる。それで俺を納得させようって広げられたこれは……。
 ……ええと……人相描き。モノクロだが間違いない。

 それ、俺の顔。
 あるいは。顔の模様こそないが、アービスの顔だ。

「あまり答えを求めて迷っている場合ではないかも知れません、昨晩城の方に情報屋とリオさんを連れて、ヒュンスさんと話し合いを行ってきましたが……結論が変化しませんでした。むしろ確定に変った気配がしまして」
 ヒュンスはカルケードの隠密部隊の隊長だ。色々世話になった地下族のおっさんな。
「何のだよ?」
「……南国が西国から攻め込まれるだろう、というクオレの言葉があったでしょう?あれ……強ち虚言ではなさそうなんですよ」
 何?そりゃ、どういう事だ?
「本当の事を言うと僕は当初からミストラーデ王を頼るのはどうだろう、とも思っていました。こうなるかもしれない事を懸念は、していたのです。しかし、ランドールから南国におびき寄せられている事もある。最終的にご助力願う事にしたのはカルケードが比較的大きな国だからです。多少の陰謀に巻き込まれても容易く揺るがないだろうという打算から……結果今の状況に舵を切りました」
 レッドは真面目な顔で俺に言った。
「僕らはこのままでは、南国にとって大変なお荷物になってしまう可能性があります」
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