ドランリープ

RHone

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2章 R Rent Normalization

-2- 『必要とされ無い者の末路』 前半

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「ぐぎゃ」
 奇妙な声を上げたのはディザー……みたいだ。
 彼の声と認識し、そうして私は驚いて軽い脳震盪から覚めて目を開けていた。
「っててて……なんだよここは……」
 ディザーの悪態がほんの少し離れた所から聞える。私も体のあちこちが痛い。大した痛みではないけれど……青あざは出来てるかもなぁ。思い出している、落ちて来たんだ。おかしな姿勢で自分が倒れているのを把握する。
「ディザー」
 思わず彼の名前を呼びながら起き上ろうと、腕に力を込めて……手元を探るけれど奇妙な手応えがあった。視界奥には闇が広がるばかり。と、すぐ近くで光がともった。ディザーの横顔が浮かび上がる。
「ユーステル、大丈夫か?」
「あ、……うん、ここ」
 ようやく自分が何に足を引っかけているのか理解した。ひっくり返ったソファのクッションだ。手元には何だかよく分からない、ゴミの山。

 焼き切れた基盤、麻袋の束、溶けかけた雑誌の固まり。液漏れした電池やプラスチックの残骸、それらの細かいゴミの中に粗大ゴミと呼べるものが無秩序に埋もれている。
 冷蔵庫、かな。何かの車輪や、タイヤ、バイクの一部?

「おいおい、なんだここは!」
 この奇妙な光景に言葉を失ってる間に、ディザーが私の心の声を代弁をしていた。落ちてきた時にぶつけたみたいだ、やっぱり体中あちこち痛い。でも、致命的な怪我は負ってなそうだ。なんとか立ち上がれる。

 そう……思い出してきた。私達、落ちてきたんだ……!一体どこから?あらゆる物が積み重なっている……手っ取り早く表現するならそう、ゴミの山に。

 布のような物、木でできた何かの切れ端、さび付いた金物、干からびた木の枝、ビニール類、プラスティック容器、ロープ、精密機器の部品……。ここはどこなのか、手掛かりを探るために無秩序に散らばるゴミの種類を数えてみる。なんだか、なんでもありすぎてさっぱり手掛かりにならない。
「くっそー……一体なんだったんだ?ユーステル、どっかぶつけてないか?俺背から思いっきり落ちたのかなぁ、なんかめっちゃ背中痛い」
 そう言って、ディザーは背中を反らせ痛みを耐えている。彼が指さす先には流木だろうか、すっかり皮が剥げている大きな木の幹がゴミの山の中に横たわっているのが覗いていた。彼はそこに落ちたのかな?
「私はそこの、ひっくり返ってるソファのお陰かな、大丈夫だけど……ディザーは?」
「立って歩けてるから大丈夫なんだろう、打ち身は間違いないんだろうけれど、おー痛てて」
 私は苦笑して彼の背中をさすってあげた。別にそれで痛みが和らぐものではないかもしれない、おまじないみたいなものだ。暫く状況整理も含め、私はディザーの背中を無言でさすっていた。ディザーは特に嫌がりはせず、そのまま頭上を見上げてそこにトーチライトを収束させて当てて、探ってる。
「俺の記憶が間違いじゃなけりゃ、俺達……落ちてきたよな?」
「うん……落ちてきたと思う」
「どんだけ上から落ちて来たたんだ?……さっぱり頭上が見えねぇ」
 もう大丈夫だと云うようにディザーは突然立上がった。振り返り、ニッコリと笑う。
 ありがとうな、真っ直ぐにそう礼を述べられて私は何故だか少し、恥ずかしくて顔を背けてしまった。
 息を吸い込む、と、何か良くないものを吸い込んだらしく肺が空気を拒絶し咽せてしまった。
「お、大丈夫か?……ここ、空気悪いもんな……そうか、その所為か?」
 光を収束させて頭上を照らすディザーが怪訝な表情で再び頭上を見上げる。
「塵が舞ってるから見通しが利かないのか……」
「ディザー、ユース?そこにいるの」
 ゴミの山の、下の方からアズサの声が聞こえた。ディザーはすぐにもライトを拡散型に切り替えて辺りを照らし出す。思っていたよりもゴミの山には起伏があり、粗大ゴミの一部が行方を塞いでいたりする。すぐに、もう一つのトーチライトがゴミ山の向こうから現れた。
「とりあえず、皆無事のようですね」
 ラーンと、クオレとアズサだ。良かった、はぐれた訳ではなかったんだ。
「怪我は無い?」
 そう言ったアズサは腕に、包帯を巻いている。
「アズサ、その腕、」
「大丈夫、大した傷じゃないわ。落ちた所がちょっと悪くてね……」
「とはいえ、ここでは不衛生です。あとで傷は見せてください」
 ラーンのその言葉にアズサは、彼の額を小突く。
「分かってるわよ、そんな心配しなくたっていいのに。体弱そうなアンタが怪我するよりはましな状況でしょ」
 どうやら何かあったようだ、そう思った私は無言でクオレを伺っていた。彼は何時も通り、少し多めの荷物と大きな両手剣を背負って厳つい顔で、無言でいた。……あの時、青白く光っていたように見えた刀身はカバーの中に納められていて今は分からない。
 私がアズサを心配し、何が有ったのか知りたがっていると察してくれたみたいだ。ややしぶしぶ、といった風に口を開く。
「どうにも、落下地点が悪かった。電子機器やら鉄の固まりやらが散乱しているところだった様で、アズサが無防備なインテラールを庇ったらしいな」
 何故か、それでアズサとラーンから同時に視線を受けてクオレはそっぽを向く。
「クオレは大丈夫だったの?」
 私の問いに、彼は肩眉を上げるというちょっと愛嬌のある仕草をしてみせる。それは、誰を心配しているんだ?という余裕のようにも受け取れて、同時に質問に対しどう答えようかという迷いのようにも見える。
「お前達はどうなんだ、見たところ外傷は無さそうだが……無理は禁物だぞ」
 分かっていると私とディザーは頷いて、無事を伝えた。クオレも無言で頷き、私達の肩を叩いて答えてくれた。


 アズサ達が私とディザーを見つけたのは、ディザーが頭上に向けて収束ライトを掲げていたからみたいだ。空気中に舞っている塵の為に光の帯となって見えたそうだ。

 頭上は見えない、深遠の闇。私達は確かに『そこ』から……捨てられたはずだ、このゴミの山に。
 憶えている。
 私達は巨大なスライムに取り込まれ、消化されるのを免れたけれどそもまま深く地底湖の底へと落ちていった事を。見えてきた怪しい光に意識を奪われ、そうやってどれだけの時間意識を失っていたかは分からない。
 でも、落ちたという瞬間を確かに憶えてる。
 クオレが足下の妖しい光に向けて剣を向け、切り裂かれたスライムの壁を滑り落ち、そうして……光を超えて闇の向こうへ。

「どうやら私たちはゴミのようですね」
 ラーンは笑って言う。
「ゴミはこうやってゴミ溜めに落とされる定めなんでしょうかねぇ」
「どうだろうな……」
 ディザーがそうしたように頭上を必死に見上げているクオレだったけれど不意と、足下に首を廻した。しゃがみ込む。降り積もっている無秩序なゴミの中から……何かを引っ張り上げようとするのに私は、トーチライトを向けた。
 黄色い警告色が眩しく反射する、紫色の……ジャケット?
 D3Sのマークが入ったボロボロのジャケット一式をクオレは引っ張り上げて眉を潜めた。
 一歩私は恐れて背後に下がる。
 引き上げたジャケットと一緒に干からびた木の枝、ではなく……白骨化した骨がくっついてきたからだ。バラバラと、乾いた音を立てて骨がゴミの山に還って行く。
「遺体報告が増えたな……もしかすると、他にも埋まってるのかもしれん」
 アズサは目を閉じて眉根を止せ、額に指を当てた。
「優先クエストの都合死体探査の義務はないわ、でも」
 アズサは、このゴミ山をひっくり返して遺体を探す作業をするつもり?と問いかけている。クオレは彼女の意図をよく理解しているように頷いて答えた。
「このゴミ山を俺達だけでひっくり返せると思うか?……諦めよう」
 そう言ってクオレは慎重に崩れた遺体の中から……小さな手帳を拾い上げる。
「番号を読み上げる、控えてくれ。必ず俺達でこのクエストの報告をすればそれで、遺体の回収は進むはずだ」

 今はそれが、私達の出来る精一杯、そうだよね。

 遺体を埋める地面も見あたらない。どうしようもなく、そのまま白骨遺体は放置する事になった。他、見渡した限り別の遺体は見あたらない。
「とりあえず、この場はどうにも不潔だ。状況確認もしたいところだがもう少しマシな場所を探そう」


 照明弾を上げてあたりの様子を確認したい所だけれど、所々空気が淀んでいて塵も舞い上がっている。場所によっては怪しげなガスも吹き出している可能性があるみたい。折り重なったゴミの種類からそういう懸念は容易く導き出せた。
 クオレが持っていた魔法の照明銃は弾切れにつき手放してしまったそうだ。さしものラーンも照明魔法の類は持ち合わせていないと言う。
 とすると、火薬式の照明弾しかない。火気は怪しいガスが溜まっているかもしれない場所で使うべきではないだろう。在る限りのトーチライトを使って辺りを見渡す。
 ……本当に一面、ゴミの山だ。
 空気の淀み具合からしてここは、野外ではない。かといって一体何処であるのかは一見では判別がつかない。

 足下のゴミから判断するに在る程度の先進国ではないのか?という予測をする。一方で、先進国が処理出来なかったゴミを受け入れるしかない国もありますよ、という返答が返ってくる。埋立地に困った先進国がゴミを輸出し、埋立地を提供すべくこれらを輸入する発展途上国が存在する事をラーンが説明してくれた。噂では聞いたことが有る、そういうゴミ山にも異常な魔種生態系が発展している事が有る、とか。
 でも、そもそも私たちは日本に居たはずだよね?日本って、先進国だ。
 ここは日本の地下じゃないのか?そういう根本を問う問いに向けてはみんなだんまりになる。

 なんとなく、なんとなくだけれど……。ここはもう、私たちが知っている日本ではない、そんな気配を感じているんだ。

 それでも何か手掛かりは無いかと、ゴミ山を歩きながらゴミを探る。ゴミから読み取れる表記言語は煩雑としていた。一部むき出しに散乱している基盤から受ける交流電圧情報をクオレが調べていたけど統一性は見あたらないとの事。そっか、国によって家庭用に配信されてる周波数は違うもんね。残念ながら、このゴミ山がどこから来たものかを示す決め手となる情報は見つけられなかった。
 果たしてどっちに進めばいいのか、ゴミ山に埋もれる電磁性の影響だろうか、方位磁石は狂ってしまっていて役に立たない。

 とにかく、このゴミ山を下りよう。

 辺りを慎重に照らし出して、ゴミ山を下ってゴミではない地層を目指す事になった。
 多く粗大ゴミばかりが捨てられているものと思ったけれど、そうじゃないというのが道中分かってくる。埋もれているのは不燃ゴミだけじゃない……腐敗の進んだ得体の知れないモノも紛れているのが『匂い』で判別出来る。嫌な匂いが蔓延する窪地を必死に横切る必要性にも迫られた。辺りが闇に包まれているのは幸いな事なのかもしれない。暗闇に目がすっかり慣れると、所々鬼火のようなものが漂っていたり、ぼんやりと怪しく発光している箇所が判別出来るようになる。

 ここは、あらゆる物質の墓場。

 幽霊も一部は魔物として認定され、ディックに討伐依頼が来るんだよ。幽霊は居るんだ、そうはっきりとD3Sになるに辺りしっかりと教えられて来たから『あり得ないもの』として怖がる必要はないと思っていたけれど……。

 実際、得体の知れないものは怖い。私の恐怖を察したようにクオレは、遠くに漂う鬼火を指さしてその正体を教えてくれるのだった。
「あれは燐が燃えている、あるいはプラズマだな……ディザー、ああいう光の在るところには近づかないように歩いてくれ」
 先頭は、引き続きディザーが受け持ってるんだけど、彼は不敵に笑って親指を立てて振り返って言う。
「分かってる、そういうトコは『生ゴミ』が多いんだろ」
「それから、危険な機器の残骸の違法投棄ですね。ディザー君、よく分かっていますね」
 ラーンが何時もの通り、本当に関心しているのかバカにしているのか、微妙な事を言う。即座反抗するかと思ったけれど……ディザー、対応に飽きたのかな。
「実際俺、幽霊ダメなんでな」
 と、あっさり返して会話を終わらせちゃった。ん?……え、幽霊ダメ?

 お陰様でそーいう知識だけは、奴らと遭遇したくないからよく把握してんだ。

 あえて抑揚無く彼はそう言って先へと進もうとする。幽霊は怖い、か。確かに、現象として理解してしまえば幽霊と呼ばれる物事は怖くはなくなるのかもしれない。でも実際目の当りにすると……それは、場の雰囲気も相まって必要以上に恐ろしく感じるのかもしれない。
 私も……もしかすると幽霊、ダメなのかも。
「実際、幽霊駆除クエストは扱いが微妙なんですよね、ディック内では幽霊クエストの事を慣例的にゴーストバスターなどと言いますが」
「私の国では幽霊は種が多いわよ、魔物との合いの子に妖怪って分類もあるくらいだし。でもその半分は自然現象やらで説明が付く科学の範疇で、それらを妖しい怪と言っただけだ、というのが暴かれつつあったりするから……妖怪類いはディックで保護されてたりもする。私はスレイヤーだから果たして保護なんか必要なのかなと首をかしげちゃうけど」
「種を保存すべきだ、というのは確かに人間のエゴかもしれません。そういう事象にしろ生物にしろ魔物にしろ幽霊にしろ……研究する事で研究者としての体面を保ち、自らの存在を証明するという人間のエゴです。または、種の保存を唱える事によって環境等の変化を拒否し、それだけが正しいと信じている者も居ます。なんにせよ絶滅危惧種は人間の一方的な思い違いで保護されているという側面はある」
 アズサは、いつものため息混じりの少し呆れた声をラーンに返した。
「そう言うアンタも研究者でしょ」
「確かにセーバー寄りの研究者で種の繁殖についての研究を行っていますが、繁栄と衰退は紙一重で表裏一体。私の研究はその過程にあるようなもので、時に人の手、それ以外が加わって『状況』が『狂う』という事も想定内に、ありのまま観察し研究する事が重要です」
「生物学者が必ずしもエゴで研究をしている訳ではない、と言いたいのだろう」
「そう言う訳ではないですよラスハルト、人間はみなエゴイストなのです。そうではないと必死に別の理論で武装したところで、結局の所自分の持ち得た幸福論で善悪と利益を計るしかないのですから。必死に他人を理解し配慮し、慮った所で完全に他者への配慮が行き渡る訳ではない。結局認知されている所までしか人は、思いを巡らせる事が出来ない」
 なんだか3人は先ほどから難しい話をしている。理解、出来ない訳ではないけれど……そんな事、あまり普段は考えていないし意識もしていない。友人らと話題にする事も無い。
「かといって、全ては成すがままにと放任すれば不幸が起る。誰かしらが不幸に陥ると知っていて放任するとすれば責任問題が生じるし、不幸が自らにも及ぶとすれば、人はそれを回避したいと願うものでしょう。それでも良いと言える者は少ない」
 放置して、自身に起る不幸を容認出来る人は多くはない、と言う事だね。そう、人は……エゴイストだから。
 ラーンはそう言いたいんじゃないのかな。クオレもラーンが言いたい事は分かっていて、それでも人は『利己主義』的な側面を持つからこそ、そうとは知らず目先の保守に向かわざるを得ないと言っているのかも。
 難しいなぁ。
 彼らみたいな大人になったら、自然とそういう事も話題にするようになるのかな。
「幽霊であろうと普通のモンスターであろうと、多くが不利益と判断されれば討伐される。不利益ではなく、存在していても良いとするなら存在が認められ、生かされる。それを計るのはサーバーの仕事です、しかしてサーバーを務めるも人ですからね。保護も、討伐も、理不尽と思うだけならディックに属する事は出来ます。許せないのならば私達はこのような仕事には就いていない、反ディックを掲げてそれに見合う行動を起こせばいい」
「思うだけなら、ね」
 アズサは肩をすくめて見せた。と、後ろで低い、よく聞き取れない声が聞えた気がして私は思わず振り返ってしまった。
「どうしました?」
 ラーンから問われ……空耳だったのか、なんでもないと無言で首を振ったけど。殿を務めるクオレがそっぽを向いてるのを見つけた。私は前に向き直りながら今の、声は。……彼の声なのだろうと確信しそうして、彼が何と呟いたかを必死に憶えている音から拾い上げようとした。
「ラスハルト、そういう事は心の中に納めておけないものですか?」
 どこか笑ったラーンの声に、クオレがわざとらしい咳払いをする。
「そういうお前も余計な事を聞いたと思ったなら聞き流す耳を持ったらどうだ」
「聞き流すのは耳ではありませんよラスハルト、利己的な、人の心です」
「何、何を言ったのよ」
 アズサはこちらを振り返らずに聞き質す。すっかり関心を持たれてしまった事にクオレが深いため息を漏らしている。
「別に、成る程そう云う方法もあるか、と……言っただけだ」
「そういう方法って?」
 私は本当によく分からなかったからそう問い正したんだ。本当だ、本当に、私は何に向けてクオレがそんな事を言ったのかその時は分からなかった。
「どうにも彼は反ディック的な意図をお持ちのようだ」
 ラーンの言葉に、私達は思わず足を止めてクオレを振り返っていた。
「え、それって、クオレの話か?」
 私だけじゃない、アズサもディザーも合わせたように足を止めて振り返っていたんだ。
「……インテラール、どういうつもりだ」
「別に?そもそも貴方が物騒な事を言うからいけないのです。口には出さず、心にしまって置きなさいと先にも言った通りですよ」
 そっぽを向くラーンに、クオレはもう一度深いため息をついた。
「ディックの政策が全体的に気に入らんと言っている訳ではない。ただ、気にくわないと云う事を訴えるにディックの外に出るという方法もあるという事を全く、認識していなかったから――ああなる程と……そう思っただけだ」
「ま、確かにD3S歴が長くなればD3Sにならなければ魔物とは接触しようがないと、分かりすぎるくらいに分かるものね。そういう思考が欠落するっていうのは理解出来るわ」
 クオレ達が先ほどから小難しい事を話していたのを、私と同じく聞くだけ聞いていたらしいディザーが肩をすくめる。
「俺にはディックの政策がどーとか、何を保護して何を駆除するとか、それが他人にとってどうなのかっての自体、考えてねぇな」
「……考えた事がないんじゃなくて?」
「考えたってしょうがねぇじゃん、駆け出しの俺に何が出来るってんだ?」
 ディザーの言葉に……なぜだか3人は同時にため息を漏らす。
「あ、なんだよそのガッカリなため息!今の俺には考えても無駄だろ?考える余地が出来たら考えるさ!」
「どうかしらねぇ」
「ま、こういう思考の者も在る程度の数存在し、割合を締めている事実を語っているという事なのでしょう。認めましょう、否定したところで何も事は進展しません」
「所でディザー、前を見るのを忘れるな、お前の大嫌いな鬼火(ウィルオウィスプ)が踊ってるぞ」
「うっ……リンが燃えてるだけってのが分かってても、生理的に受け付けねぇんだよなぁ」
 無駄話をするに私たちは足を止め、妖しい光を放つ地域をどちらに回避していくか、あれこれと話し合う事になった。

「そもそも、空気中で自然発火する程のリンを発する土地というものを知識として把握するに、そこは大抵生命の死が蔓延しているものですからねぇ」
 鬼火を避けるのは、ゴミの山に埋もれる生ゴミ地帯を避ける為だ。燃えやすい気体が充満している事を物語っている。それらは有毒ガスである事も多い。鬼火の正体は今も、いろいろな説があるね。リンやメタンなどのガスが燃えているのだという説からプラズマの一種だという説まで……どれも、科学と魔種学の中途半端な位置にある。
 辛うじて科学的に読み解けそうな気配もありながら、一方で死霊と呼ばれる魔物の一種が現れる予兆としてディックでは認識されている。現象なのか、魔性現象なのか今もその界隈を研究しているセーバーは線引きに迷いがあるみたいだ。

 慎重に、怪しくぼんやりと光る土地を避けてゴミの山を歩き続ける。

「このゴミの山……何処まで続くんだろう」
「そもそも、一体どこのゴミなのよ。ラーン、さっきからあれこれ見てるみたいだけど何か分かった?」
「そうですねぇ……先の洞窟探査と同じく非常に、あべこべだという事は確かですね」
「あべこべ?」
「例えばコレ」
 ラーンは手袋をした手で、更に危険物を取る為のシートごしに何かを拾い上げる。何かの袋みたいだけど、明らかにバイオハザードを知らせるマークがついている。
「げ、なんだそれ」
「医療廃棄物です、特定の地域の海岸線でこういう廃棄物をよく見かけた事がありますね」
 そう言って危険なゴミを遠くに放り投げるラーン。
 ああ、生ゴミよりも実はこういう物が一番不潔なんだね。注射器とか、小さな謎の小瓶とか……何気なく足下に見てきたけどそれらは『使用済み』のものでとても危険なものだったんだ。このゴミの山に落ちて、運が悪ければ危険な針が防護服を破って私達の肌に届いていたかもしれない。幸いそういう怪我は無かったと自分の事は思っていたけれど……本当に大丈夫なのか心配になってきた。
 何より、血が出るような怪我を負っているアズサが心配だ。
「次に、これなんかどうでしょう」
 列を少し乱し、ペースを落としてラーンの講釈を聞きながらこの危険なごみ山を脱出するべく歩き続ける。
「非常に軽い、ブイの破損したものです」
「海洋性のものが多いのか……いや、だったら電子機器はもっと錆びついているはずだが」
「まさか。部分的にはこのように、大量の落ち葉が溜まり込んでいる場所もあるじゃないですか。これは海洋性ではありませんよ。見てください、カラカラに乾いている。ついでに更にその先、見えますか?」
 ラーンがライトでごみ山の一角を照らす。
「……何?パイプ……かな?」
「形状からしてなんらかの角か、骨です」
 あっさりとラーンが言った言葉に私は、近づこうとした足を止めていた。
「あのようになんらかの死骸や、明らかに生ゴミと思えるものの存在を感じられるというのに相変わらずここには他の生命体の気配がない」
 アズサは小さく頷いている。私にも、ラーンの言っている言葉の意味が良く分かる。今が夜だとか、そんな事は関係無い。ここには居るべき生命体が居ない……一番分かり易い生物で言えば『蠅』が、飛んでいないんだ。
「そうね……確かに小虫一匹見ないわ。腐敗臭はするから分解を促すバクテリアや細菌類は居るんでしょうけれど」
「ここは、地下なんだよな?」
 ラーンは手に持っていたゴミを再び投げ捨てて、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「洞窟に潜り、その果てに地底湖を見出し今、その更に奥に私達はいるはずですが。さてはて、私達は何時からか夢でも見ているんでしょうかね。なんとも非現実的極まりない光景が続きます」

 これが、現実じゃなくて夢だとするなら。
 まだ救いはあるような気がする。

 現実だとするならどうだろう、この辻褄の合わない世界は本来あり得ないはずで、ともすれば幽霊のように得体の知れない恐怖を突きつけてくるようで……怖い。

 どれだけの時間歩いて来たのか、マッパーとして時間配分をしなければいけない。
 本当なら休憩を入れるべきなのだろうけれど……この環境は毒沼に浸かっているようなものだよ。ここにいるだけで体力などがどんどんと奪われていくんだ。空気の悪さにはすっかり慣れてしまったみたいだ、けれど確実に悪いものを吸い込んでいる事は、喉や鼻の奥がチリチリと異様な腫れぼったさを訴えているので分かる。

 何度か私はクオレ、ラーンを振り返りどうすればいいのか伺った。休憩を取らなければいけない、と云う事に二人とも気づいているはずだと思う。
 でもこんなゴミ山では休めない、今は……とにかく休める場所を探す方が先だ。
 そう示すように、彼らは私を無言で励まして前を指さすのだった。

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