ドランリープ

RHone

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2章 R Rent Normalization

-1- 『古い記憶からの囁き』

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「せめて、もう少し学業を修めてからの方が……」
「変わんないよ、俺の気持ちは」

 本人の意見を尊重すると言って、実の所は放任してきたのではないか、という恐れをほんの少しだけ抱いたのだ。
 それで、予定より早く俺は家に戻った。予定にない帰国に妻は素直に喜んで出迎えてくれた。
 これから世界を飛び回る事になるだろう、一人息子と……。
 久しぶりの長い団欒が望めるのだろう。

 しかしこういう事には慣れてはいない、正直戸惑いも多かった。

 思い出している。
 なぜ、思い出しているのかは思い出せないのだが……。

 まだ、幸せと言えた日々の事を。



 俺は仕事が好きで、その仕事というのも国際的な公務員という立場のD3S、しかもスレイヤー寄り。そんな都合もあって、自分の家に年間1ヶ月も居ない。
 そんな生活になる事は分かっていた。だから、出来れば家族といモノも持ちたくはなかった。

 実家からはこの仕事を嫌われている、お陰で勘当の扱いに近く追い出された。
 国籍だけを証明するだけの『家』を持ち、長らく一人で仕事一徹で過ごした。
 生涯このまま一人だろうと思っていた俺だが……縁というものはどこで繋がりどう作用するかは分からない。
 まだD3Sで駆け出しだった頃、家出同然で住む場所にも困っていた俺を助けてくれたのが……今の妻だ。
 正確に言えば、実質的な援助を行ってくれたのは彼女の両親達。しかし、そもそも困っていた俺を助けるように掛け合ってくれたのは今の妻だったのだ。


 彼女がD3Sに入れ込む俺を庇ってくれるにも理由がある。
 彼女の、本当の両親がD3Sだった……過去形。殉職だったらしい、しかも今の俺のように家庭を築いたはいいが家を顧みず、子を成すも親戚の家に預けっぱなし。
 それは酷い親だったと、彼女は俺に告白するのだった。

 まさしく、それは告白だった。
 その告白は衝撃となって俺に突きつけられ、俺は彼女のあらゆる意思をはねつける理由には届かない事を思い知らされたものだ。
 下宿先を見繕ってくれた事に留まらず、色々と世話を焼いて貰っていた。
 自分で言うのも何だが当時から人付き合いが上手いとは言い難い、仕事が好きで、仕事先で出会う未知の魔物が大好きで……そればかりに意識の向いている俺。そんな俺に彼女は何かと……付きまとって来た。その理由が『それ』だったのだ。
 酷い話だ、当時の俺は彼女に向けて素直に、そういう感情を抱いた。
 偶に帰る必要に迫られ戻った時、生活するに一般的なのだろう事で多く世話を焼いて貰っていた。頭が上がらない存在だというのに、とにかく俺は……彼女の事が嫌いだった。
 苦手だったのだ、何と言う事は無くきっかけを見つけて話しかけてくる、でも上手く会話が続かない。本当に、魔物にしか興味がない男だったのだ、俺は。
 『女』というモノの扱いなど、一体どうすればいいのか。
 全くとんちんかんな男だったと後に、女の仕事仲間から笑い話にされてしまうくらいだ。気分は良くないが、事実なのだから口を挟めば墓穴を掘るだけだ。黙って笑われるに耐えるしかない。


 D3Sの仕事も板に付いてきて、益々俺は寝床に戻る事が少なくなった。
 一方で仕事は相変わらず楽しかった事を思い出している。

 不思議な事に、仕事だと思えば人との付き合いはさほど苦ではなかったのだ。
 仕事であれば性別など意識する必要もないと思っていた。困るのは仕事以上の親睦を深めようとする奴らくらい。何人もの人と仕事の後にケンカ別れした。性別問わずだな。
 お陰で後に、気むずかしい人というレッテルを貼られたわけだが……人がそう云うのならばそうなのだろう。

 そんな俺だが、仕事の相棒として気を許せる仲間の繋がりが広がって、その中でほんの数人、プライヴェートの接近も許した奴が居た。
 ……大半は俺の根負けだったような気もする。決して俺が軟化した訳ではない、とは……そいつの談。
 そういう、一人のどうしようもないバカな友人がいた。
 バカだ、生粋のバカだったと最上級の褒め言葉をあいつには贈る事にしている。きっと天国でこの俺の賛辞を、手を叩いて喜んでくれる事だろう。
 分かるだろう、そういった類のバカだ。
 ムカつく事にこういう類と俺のような堅物は、全く馬が合わないが為に腐れ縁を結ぶハメになるのだという。どこのエライ人の話だか知らないが……運命論だとか、気のバランスを取る為だとか、とにかくデコボココンビと悟られるに誰も彼もが何処か同情する様に慰めてくれる。
 都度俺はうんざりし、奴は大喜びで俺の肩を叩くのだ。

 計算高いのか、それとも間抜けなのか全くよく分からない奴だった。
 その理由の一つに、出先の国で行きずりの愛に転んで孕ませて結婚した。俺と奴が二十歳の頃の話だから……もう随分昔の話になるんだな。

 奴は、あっさりと家庭を選んだ。

 世界中を飛び回る事になるスレイヤーの仕事はすっぱりと辞め、経験を生かしサーバー職に移った。若年だから仕事の渡り歩きが容易いと言う訳でもない、実力がなければスレイヤー方面から管理職であるサーバーになどおいそれ転任は出来ないだろう。
 そこを軽々とやってのけてしまう所が実にバカげたと評価出来る、そんな奴である。
 で、俺はそこで奴とはおさらばするはずだったのだが、若い頃の苦い経験というものは一つや二つに留まらずあるものだ。後に、まんまと奴の口車にハメられたという事には気が付いたがその時には、すっかり奴に気を許していたのだろう。
 ショットガンウエディング(出来ちゃった婚)した奴のしつこい願いで、奴の結婚式に出ねばならなくなった。約束をしてしまったのだから仕方が無いが、ガキだった俺は当然何を着て行くか等、何をどうすればいいのかさっぱり分からない。
 教えれくれるだろう親とは絶縁状態だ。かといって、奴にどうすればいいなどと聞くに聞けず。
 致し方なく、お世話になっている彼女と彼女の両親を頼る事になった。

 それで、何がどうなってそうなったのかもはや記憶があやふやだが……。
 俺は、彼女の手引きの元、奴の結婚式に出るハメになってしまった。彼女が引率をしてくれるというから快く、お願いしてしまったのである。

 その後やっぱり何が起きたのか俺にはさっぱり分からなかった。
 とにかく、右も左も分からないながら恥は掻きたくないという青い見栄のお陰で、俺は奴に彼女という『プライヴェート』を打ち明けてしまったという事だ。そういう事になっていた。そうだよな、そうなるだろう。全くそうだと気が回っていなかった俺の失態。

 それで、ますます奴の接近を許すハメになってしまった。

 彼女と奴の妻には文化の違いと言葉の壁が存在していたが、いつの間にやら仲良くなっていた様だった。全く、いつの間に交流を持つ様になっていたのか。奴に彼女の事がバレてしまったのだ、もはや俺には干渉のしようが無い。そうやって俺と、彼女の間に奴が顔を出す事で、ぎくしゃくしていたはずの仲が何故か上手く回り始めた。俺は、いつしか彼女を苦手とは思わなくなっていて、更に奴の奥さんの仲裁の甲斐あって……。
 俺は、ようやく彼女がどうして俺に構うのか、その理由を察するに至るわけだ。
 全く、長い事本当にこんな事に気が付かないとは。
 俺は確かにとんちんかんな男だったろう。

 彼女は……妻は、飽きもせず俺を真っ直ぐ見ていた。
 魔物しか見てない俺を、致命的な傷を一人ひっそりと抱えながらもその傷を塞ぐ為に、ずっと。

 彼女は態度にこそ表わしてくれるものの、決して俺の事を『好きだ』とは言わなかったのだ。
 とんちんかんながら、せめてそう言われていればそうだと俺も気が付いただろう。とんちんかんだからこそ、言われなければ気付かないのだ、俺は。

 けどある日ついに告白された。
 何も顧みず、魔物ばかり追いかけている貴方が憎らしくて堪らない程に好きだ、と。

 本当は構ってはいけないと分かっていたけれど、ずっと貴方から目を逸らす事が出来なかった。
 貴方が、好きなんです。
 俺が鈍感で、とんちんかんだったから彼女にそう言わせてしまったような気がした。


 彼女の両親はD3Sスレイヤーで、とある仕事で殉職したらしい。当時、まだ詳細は分かっていなかった、とにかくクエスト途中で消息を絶ち遺留品は上がらなかったそうだが……殉職したという報告だけが彼女に届いたのだそうだ。
 それで、ずっと世話になっていた親戚が彼女の両親となった。

 貴方はまるで私の両親のようだ。

 そのように告白した彼女の目は、少しも恋の色を宿してはいなかった事を憶えている。
 真っ直ぐに俺を見つめる彼女の瞳にあるのは、偏執で、紙一重な憎愛の色だった。
 彼女は俺という存在を知って『まるで自分の両親のようだ』と俺に同情をし、情けを掛ける事で俺に抱いた得体の知れない執着を宥めようとしたのだろう。
 しかし、次第に自分の感情を理解し、整理し始めると同時に彼女は俺という存在を通して……まだ子供で、自分が愛されたい一心で理解の及んでいなかった両親の都合や感情を理解するに至ったのだという。
 そう、淡々と語って聞かせてくれた。

 俺が居なければそれに一生気が付かず、ひたすら両親を憎んで生きてきただろうと云うのだ。

 それは、俺に反撃の余地を与えない、見事な告白だった。
 今でもそう思う。

 それで、今彼女がどう思っているかなど聞き質すまでもない。そこまでとんちんかんな男には成るまい。

 愛憎ひっくり返った彼女の思いを俺は受け入れ、最初の二年は仕事の都合やお互いの距離感に慣れていなかった、形だけのカップルで通しその後、落ち着いてから奴に遅れる事二年。

 俺は彼女と結婚し家庭を築くに至った。
 当然だがショットガン・ウエディングなどではない。
 ただでさえ彼女の両親には、色々と心労含め掛け通しなのだ。これ以上の迷惑は俺の沽券に掛けて、与えない様に努めるべきだろう。俺はその考えを今も全く変えていないかもしれない。
 婚前交渉?もってのほかだ。


 その後まんまと『奴』の口車に乗せられて俺も、スレイヤーを辞めてサーバー職に乗り換えた。俺も若かった、いや……バカだったのかもしれんな。
 全ては彼女との家庭の為だ。彼女にこれ以上悲しい思いをさせる訳にはいかない……両親の話を聞けば尚更だ。
 息子が出来て、暫くは国内、あるいは近隣国くらいまでの出張のある仕事をこなし平穏に暮らしていた。だが、後にこうやって俺が落ち着く事は彼女の意図とは異なるという事を知るに至るのだ。


 両親がD3Sスレイヤーで殉職した事に、妻はもう何の遺恨も無いのだそうだ。両親が仕事バカだったという又聞きを、信じただけの話だったと彼女は自らで真実を選んだ。
 確かに、記憶する限り両親が帰国している期間は短かったが、それは娘である自分への愛が無い事とイクォールではないのだと彼女はとっくに気づいていたのだ。

 自分は確かに愛されていた。

 僅かな事からその痕跡を見つけ出し、彼女はD3Sだった両親を一種誇りにも感じていたのだろう。
 どうにも、サーバー職に安寧を見出しすっかり不抜けた俺を大層不満に感じていたらしい。いや、最初はこれで良いのだと思っていたようだが日に日に俺の、仕事バカだった頃を思い出して、俺の天職を自分は奪っても良かったのか、という自問自答するようになったのだという。

 息子、リュートをスクールに送り出す頃にそんな妻の思いは爆発した。育児疲れもあったろう、それが一段落して堰を切って流れ出たのかもしれない。

 突然の事だ、彼女は……両親の敵を討ってくれと言い出した。
 直接その様に言った訳ではないがようやくするにそういう事だろう、と俺には解釈出来た。……両親が死んだという確かな証拠が欲しいと、言い出したのだ。
 遠くアフリカの僻地で両親の魂は取り残されたままになっている。
 一体誰が私の両親を奪ったのか知りたい。
 それらは、暗に俺へスレイヤー職へ戻るようにという願いが込められている。正直、俺もサーバー職に甘んじながらも、実は現地に赴き魔物を追いたいという感情を捨てきった訳ではない。よくよく冷静に相談し、俺がスレイヤーに戻れば家にはなかなか戻って来れなくなるだろう事も確認した上で……。

 俺は、スレイヤー職に戻る事になった。
 しかし長らくデスクワークをやりすぎた、すぐに再開と云うわけにはいかない。元来石橋を叩いて渡る性格であろうと心得る俺は、いずれ現地組に戻れる時があるとして、スレイヤーは無理でもセーバーの仕事では役に立てるだろうとコツコツ、セーバー技能を取得していた訳だが。

 サーバー職の上司は律儀だったろう俺を、手放す事を心底嫌がった。
 評価は高かったようだ。とはいえ、恐らくなぜかその時までずっと一緒に仕事をするハメになったあの大バカと比べての事だろう。嫌なのにずっと隣に並べられて評価され続けたのだ。
 俺と奴は、足して二で割って丁度良い。そんな風にも言われていた。俺がサーバーを止めると言いだしたとき、上司を含め俺に充てられた声の大半は酷いものだった。
 お前がここを離れたら一体、誰が奴の面倒を見るんだ?
 知った事か。だが不思議と悪い気分ではなかったように思う。

 散々渋られたがこの時だけはケンカ別れはせず、理解をされた上でサーバー職を離れる事が出来た。

 俺がD3S務めを止める事はない。いずれ現地を走り回れなくなったら大人しくここに戻ってくる、と云う事を約束したのだ。それで晴れて、スレイヤー再試験等も滞りなく突破し俺は現場に戻る事になったのだった。


 そうやって俺が現場に戻って2年後。
 あの大バカ、『奴』もサーバー職から追い出されたのか自主的になのか、かつて俺が奴を追いかけてしまったようにスレイヤー職に舞い戻ってきた。全く、どういうつもりだったのかは結局本心を聞きそびれたな。本当の所どうなのか、というのを奴は人に悟られないようにするのが得意だったんだ。それは、俺とは間逆な特徴だと妻を含め多くが言っていたが……どうだか。

 俺達はあれもこれもデコボコだった。似たもの同士では決して、無い。全く似つかないからこそ互いをフォローし合えていたのだろう。
 奴とは、結局また何かと腐れ縁で一緒に仕事をするハメになった。奴の腕が鈍っていたとか、そんな事はなかった。
 ただ、奴は俺程に他人との理解を深めていなかったようだ。

 ショットガンウエディングした奥さんの両親から、スレイヤーへの再転職で不評を買っていた事がのちに判明する。バカだ、どこか肝心なところで間が抜けている。

 再び奴はショットガンを、リアルな方を、突きつけられてあっさりと……この世を去った。

 奴の口癖を思い出している。俺は仕事で死ぬようなヘマはしないと日々豪語していたな。……全くその言葉通りの結果となった。最後まで、バカな奴だったよ。


 でも、奴の所為で俺の人生は少しだけ明るくなった気がしていた。光が差したんだ、俺一人では分からない光を見る事が出来た。奴とは、最後まで分かり合えない関係を貫く事にした。それが、お前にダイヤモンド級の頑固者と評価された俺の、せめてもの餞だ。


 親友とは呼べない、最大級のバカとして罵るにお似合いの奴が居なくなった事に俺は、落ち込むヒマなど無かった。いや、今振り返ればあの大バカの死を嘆くなんて事、絶対にしたくないと躍起になっていたのかもしれない。
 俺は忙しく世界中を飛び回り、手の届く仕事には積極的に関わって実績を積み直した。妻の両親の死因となったクエストは、どうやら期限が切れてお蔵入りしている事をサーバー職をやっていた頃の伝で調べるのも忘れない。
 しかし、こうなってしまうと当時のクエストを再開するには段取りがいる。
 クエストを再開させるにせよ、もう一度当時の魔物調査を行うにせよ、その為の『依頼』が必要だ。
 どうにもお蔵入りした通り、良い結果が得られずじまいだったらしい。
 その後誰も手を付けずにいるから死体捜索すらまともに行われていないのだ。場所も極めて僻地だ、上級クエストなのは想像に難しくない。

 不明者の捜索、ならばすぐにも許可は下りただろう。
 だがそれでいいのか。もし、現地で未知の魔物や妻の両親が被っただろう不幸の元凶を目の当りにしても、不明者捜索のクエストでは権限が低すぎて手出しが出来ない事になる。

 俺は、当時のクエストの再挑戦を望んでいた。妻がそれを望んだ訳ではない、暗にそのように俺をたきつけたのは事実だが、それは俺を現場職に戻す為の口実だったに過ぎないと彼女は、俺が目指そうとする無茶な仕事に流石に不安を吐くようになっていた。

 その頃にはすっかり、俺は仕事バカに戻っていたのだろう。
 妻の願いなど無視し、面倒な書類手続きや莫大な調査資金を自分で捻出し、当時のクエストに再挑戦する運びとなった。
 結果どうであったのか、今それを過去として語る俺がここにいるのだから当然と、良い結果を出して無事に終わらせる事が出来たという事は分かるだろう。
 その詳細は長くなるから省こう、とにかく俺は多く行方不明になっていた同胞の遺留品を無事に発見し、死者報告と遺体の回収依頼を正式に提出する事が出来た。そして、そうなるに至った原因の魔物の探査も無事にやり終える事が出来たのだ。
 そこで発見された魔物は非常にやっかいなものだったようだ。
 詳細は省くが一見自然界と融和しているようで全く異質な、多く自由を許しては成らない管理の必要なものだったのは確かな事だ。
 ただ、そういう事を判断するまでが俺の仕事ではない。俺が調べた事を皮切りにセーバー間での研究が進められる事で、後にそういう結果が出たと聞いた。


 無事、妻の両親の魂は国に戻った。
 遺留品は非常に僅かなものだったがそれで、妻は本当に満足してくれたし多くの親類が俺に理解を示し、ありがとうと手を握ってくれた。……事の他、それが嬉しかった俺だ。
 妻の親類の間では、D3Sだという事だけで実はあまり評判が良くなかった俺に、今までの不遇を詫びてよくやってくれたと言われて悪い気はしない。結局未解決のままほったらかしになっている、俺の両親との不仲を改善してくれる予兆のようも感じていた。
 それから、まさしく知らぬ間に息子は立派に育っていた。見事に家庭を顧みていなかったからだ。ようやく理解が進んで親しくなった親戚と、些細な会話を交わせるようになって初めて気づいた事も多い。

 親戚とのややこしい事情で息子には、不憫な思いをさせているのではないか、というのもその一つ。

 俺の両親とは相変わらず絶縁に近い状況ではあったが、結婚の報告や孫となる俺の息子の事は伝えてある。妻の話を聞くに、俺抜きにして交流は持てているらしい。それに悪い気持ちはなかった。いつしか、俺は自分の両親から理解されたいと願っていたのだろう。


 妻の両親の仇討ち。
 それが、きっかけとなった探査だったのは間違いない。俺が中心となってやり直したクエストの査定が出るには殊の外時間が掛った。勿論結果を待っているヒマなどない。俺は、その結果を待つことなく仕事をしていて結果が出る事を忘れていたくらいだ。それに、俺にとっては妻の両親の遺留品を見つけられた事、無事未解決クエストをやり遂げた事が全てだった。
 俺は、その後やりがいを大いに感じて多く未解決処理となったクエストの掘り起こしを精力的に展開した。それらが、高い評価をされている事に全く気が付かず、自分がそうしたいと思った通りに仕事に明け暮れた。
 そうしているうちにようやく査定が出たらしい。調査がクエストの場合、結果として得られた報告書等。どれだけ後の研究等に影響を及ぼしたかという事が纏められ後日報酬が出る事がある。
 スレイヤー寄りのセーバーは僻地探査を含め危険な仕事が多い。大型探査クエストの場合、当然報酬も多めになる。こういう長期探査クエストをメインで行う者は、本来なら年間数本のクエストを処理していれば食うには困らない。仕事としてやる限りは後日報酬を待って長期休息を取るというのがスレイヤーの一般的な仕事のペースだろう。

 俺はそれを完全に無視して仕事ばかりの生活を送っている訳である。

 さて、査定の話に戻ろう。長らくアフリカ未開の地を脅かしていた魔物に汚染された地域は、長期の復旧管理作業を必要としたらしい。俺の知らぬ間にそういう段取りが着々とついていた。危うく放置する事で被害を広める事に成りかねなかった、という研究報告が出るに数年の月日が掛ってしまった理由の一つだと云う。
 これに、非常に高い評価が付いていた。その後も続々と高評価の報告が俺に殺到する。
 そうやって、気が付いた時には俺は、スレイヤーランクを最年少で8まで伸ばしていたのだった。

 実際それはあり得ない、あっては成らない事だったろう。年齢に相応してランクは付けられるべきなのだ。
 俺は駆け足に仕事をやりすぎていて、それのどれもこれもがディックで重要な事だったと判断されたに過ぎない。俺自身はそのように、過剰評価ではないのかと首をかしげるくらいだったがどうにも周囲は持ち上げたがる。
 過去に置き去りにされた問題を再認識する事の重要さを、ディック自体に認識させた。それは、俺自身の一番の功績であると云われてついに……表彰されるに至ってしまう。

 そこでようやく俺は、自分が一流のD3Sなのだという事を自覚するようになった。
 せざるを得なかったとも云う。俺が望まなくても周囲は俺に注目する、ヘタな態度で振る舞えなくなった。

 スレイヤー職をこなすだけでは過去クエストの発掘など出来ない。
 それを俺が手がける事が出来たのは、俺がサーバー職を経ていてセーバーの知識を多く持ち、それでいて現地で自ら指揮を執れるスレイヤーだったから。

 偶然の重なりだ、今でもそう信じているが誰もそれを信じない。俺は自分の実績がどうだとかいうのには極めて無頓着だ。別に、凄いと人にチヤホヤされたくてD3Sをやっているわけではない。俺は魔物が好きで、未知を開拓するのが好きだからこの職についたのだから。

 あわよくばこの俺の天職を、理解してくれなかった両親にも理解して貰いたい。

 そういう願いはあったが、それに向けて打算的に仕事を選んだわけは無いはずだ……いや、途中から少しコインを数えて重さを量ったのかもしれないが。それがよもや、こんな事になるとは思わなかった。


「大体、父さんだってちゃんと学業納めないうちにD3Sになったんだろ?」
 そう言われてしまうと言い返す言葉がなかった。そう、だからこそ何も言えない。
 息子リュートが自ら選んだ道……16歳から挑戦出来る、D3S免許取得試験を受け無事合格したらしい。息子は、俺と同じくD3Sを目指すというのだ。
 それに、俺は何一つ口出し出来無い。

 初めて息子と二人きりで長らく過ごした。
 長らくと言っても数週間なのだが。そう、俺はスレイヤーに戻ってから一週間も自宅に留まる事は無かったのだ。
 交わせた言葉は多くはなかっただろう。仕事絡みの話は別だ、リュートと出かけた先はD3S御用達の専門店で、装備を見る為に日々の会話は費やされていた。D3Sの先輩として向けるアドバイスは……殆ど仕事のようなものだろう?

 それとは別の……家族らしい会話は多分、ほんの少しだけ。

「リュー」
 短く呼びかけるに、すっかり背の高くなった、いずれ俺に並ぶのかもしれん。まだまだ伸びしろはあるだろう。短く切り整えられた頭髪の青年が屈託無く笑って振り返る。
「何、父さん」
「本当に、D3Sでいいのか」
「くどいよ、何、父さんは反対だったの?」
「言って置くが、D3Sでスレイヤーなんぞやっていると大抵の奴らが結婚をしそこねる。でなければ、」
 銃で撃ち抜く動作をして見せるに、リュートの奴はきっと妻から『大バカ者』の末路を聞いているに違いない。苦笑を零して足を止め、丁度ショットガンの並ぶ陳列棚に手をやってそれらを見やった。
「ほんと、子供の頃は冗談だって知らなかったからますます父さんの事が分からなかったな、」
「何が、冗談だ?」
「母さんの口癖だよ、うちのパパは#悪魔__デモン_#と『フェア "ト" ローヴェン』しに行ったって奴……知らない?」
「……初耳だ」
 フェアローヴェン、婚約という意味で、フェアトラークで契約の意味。
「あれ、まずいな……言っちゃまずかったのかな」
 俺は笑って息子の肩を抱く。
 魔物と婚約エンゲージ、である事には間違いない。ただ、その言い回しは例のショットガン・ウエディングした、今も親しくしている奴の奥さんから聞いた言い廻しなのだろう。やや遠回しすぎて確かに、子供にはいささか物騒にも聞えただろうな。
 契約する事と婚約を掛けて更にエンゲージと解かねばならない。まぁ、それだけ俺が魔物に首ったけだという事実は大いにくみ取れるのだろう。
「別に怒ってはいないさ、事実には事実だ」
「俺も魔物とダンスを踊って『一生あんたを追い回す』と誓いに行くわけだ」
「その笑えない冗談は母さんに似たのか?」
「そこは笑うとこだよ」
 ふむ、そうだろうか。

 けれど俺にはどうにも上手く笑えない。

 そうやって顔を上げたところ、店の店長と思われる者がこちらを伺っているのと目が合った。無言で、白紙の色紙をちらつかせたのに俺は……一睨み。


 そこはさ、無理してでも笑ってサービスしてあげた方がアッチも色々サービスしてくれて円満だったんじゃないの?
 息子は俺とは違って社交的だ。いい友人関係に恵まれるに違いない。……俺が放任したからだろうな、だから俺に似る事はなかったのだ。それは、喜んで良い事なのかもしれない。
「くだらん、」
 丁度息子がD3Sに合格した年に、俺は例の表彰と一緒にハイランカーと3S(サーズ)を同時に認定され……不思議な青光りをする半透明の両手剣を受け継ぐ事になった。
 武器としての性能も、申し分のないものだ。それについては悪い気はしない。実績を認められ、今まで渋られてきた案件については、肩書きをちらつかせる事によって苦労をしなくて済むようになった……というのは喜ばしい事でもある。
 とかく、俺は仕事のやりやすさだけを追い求めていた。
 肩書きの仰々しさには理解が及んでいなかった。だからこそ、サインを求める訴えを無言の威圧ではね除けた訳だが。
 俺のサインなんぞ貰ってどうするのだ?

 その時は本当にそう思っていた。いや、正しくない。今もその気持ちに何ら変化はない。



 暖かな光差す時間はさほど長くなかった。今は、そのように過去を振り返ってしまう。
 光が眩しかった分影に出来た闇は黒々と、濃い。

 自分の立場をよく理解しないままに、息子の自由を許しその果て、奪われたという認識が俺を復讐に走らせる。

 龍が俺の子を奪ったのだ。在りもしないはずの存在が現実として俺の息子の命を奪った。

 許せるはずがない、許せない。存在するなら必ず報復せねば気がすまない。存在しないなら、存在しないという事をこの手で確定せしめて、永久にその存在を抹消してくれる。

 龍を見つけ、そして殺す。それを認識していないと後悔が俺を押し潰そうとのし掛かってくるんだ。

 この憎悪を、俺はどうやったら妻のように愛に転換出来るのか想像もつかない。
 憎む事を辞める事すら出来ない。それは……かつての妻、今は離婚調停中だ、彼女と同じなのかもしれなかった。

 本当は構ってはいけなかった。でも、どうしても無視出来ない。


 いつかこれがどうやって愛に変わると言う?

 変わらなくても別にいい。替えたい訳ではない。ただ俺は、奪われてしまった憎しみを、悲しみを、叩き付ける相手が欲しい。きっと、それだけなのだ。
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転生してギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です

途上の土
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『ブラック企業の社畜」ならぬ『ブラックギルドのギル畜』 ハルトはふとしたきっかけで前世の記憶を取り戻す。  ギルドにこき使われ、碌に評価もされず、虐げられる毎日に必死に耐えていたが、憧れのS 級冒険者マリアに逆プロポーズされ、ハルトは寿退社(?)することに。  前世の記憶と鑑定チートを頼りにハルトは領地開拓に動き出す。  ハルトはただの官僚としてスカウトされただけと思っていたのに、いきなり両親に紹介されて——  一方、ハルトが抜けて彼の仕事をカバーできる者がおらず冒険者ギルドは大慌て。ハルトを脅して戻って来させようとするが——  ハルトの笑顔が人々を動かし、それが発展に繋がっていく。  色々問題はあるけれど、きっと大丈夫! だって、うちの妻、人類最強ですから! ※中世ヨーロッパの村落、都市、制度等を参考にしておりますが、当然そのまんまではないので、史実とは差異があります。ご了承ください ※カクヨムにも掲載しています。現在【異世界ファンタジー週間18位】

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