ドランリープ

RHone

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0章  龍眠境プロジェクト

『足りない』-1-

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 キミの為の、はじめに

 さて……君に一つだけ大切な事を教えよう。
 何よりも大事な事だ、何があっても忘れないで居て欲しい。

 それは、どんな事になっても自らで死ぬ事を選んではいけないと云う事。
 生きる努力を怠ってはいけない、そう云う事。

 何故かという『理屈』はややこしいが、『理由』はごくごく簡単だ。
 だから簡潔に伝える事が出来るし、理解して貰えると思うので教えておく。

 自ら死を望んで命を絶った者は物語を、閉じる事が許されない。
 終わりが失われてしまうんだ。

 この世界では、死ぬ事が君の『終わり』にはならない。
 君が死んでも世界は続くし、世界ある限り物語は続く。
 君が勝手に命を閉じたとしても残念ながら、世界が閉じる事はない。
 世界は、君の為にあるのでは無いのだからね。

 君が本当に『終わり』を手に入れたいのであれば、君は自らで物語を終わらせる為に精一杯に『生きる』事だ。
 生きる事を諦めて途中で投げ出してはいけない。それでは物語は終わらない。
 もし中途半端に投げ出したり、未練を残したまま実質君の物語が終わってしまったらどうなるのか?
 次の終わりを手に入れる為に、君は新しい始まりを得るだろう。

 つまり、君の人生はもう一度違う形で繰り返される事になるだろう。


 もし、それでも良いと思うならその崖を飛び降りてみると良い。


 君の物語は果てしなく続くだろう。

 ただそれは、とてつもない悲劇だと言う事を忘れないでいてくれ。


*** *** ***


 久しぶりにパソコンを立ち上げて見る。
 動作が重い、パッチやシステムスキャンが勝手に動いていてどうにも使い物にならず、私は再びその世界に触れるのを諦めた。
 電源を落とすのも面倒で放置しておいて、不貞寝する。
 この所よく眠れない、見る夢が悪い気がする。

 ふっと、心地よい夢を見る方法を思いついたが……その甘言を必死に頭の中から追い払った。
 あんなに酷い目にあったのにまだ、私はあの世界の事を考えている。
 まだ、あの夢の記憶が私の中にある。
 きっと足りていないのだ。あの世界の私を、まだ、殺し足りていない。
 きっとどこかにまだ残っている。だから私はまだあの世界の事を考えてしまう。もう一度あそこ行くという事は、私は私を殺しに行くという事。決して甘い夢を見に行くのではない。
 私は、あの世界と決別する為にあの世界の私を殺す。

 さほど難しい事ではなかったはずなのに、どうにも上手くいっていない。
 ……方法を変えてみようか?それよりも何が悪いのか原因を突き止める方が先か?
 ……自分で自分を殺すからいけないのか。

 では誰か、私を殺してはくれないだろうか?

 酷い夢を繰り返し見ては寝返りを打って、浅い眠りの岸を移ろう。
 聞き慣れない電子音が幾つか鳴るのに、私の意識は現実に戻ってくる。
 放っておいたパソコンのアップデートが完了して、何度目かの再起動が終わったようだった。
 そして大量のメールが届いていますよと告げている。どうせ殆どスパムとゴミだ、分かっているというのに……一縷の希望を抱いたように私は起きあがり、眩しく光るディスプレイに向かってしまう。
 予想通りだ。
 一気に気持ちが萎える。

 こんな時、生きていくのが少しだけ辛いと感じる。

 フォルダに振り分けられたメールの件名を適当に眺める。大したものはないと分かっているのに。私は何を期待しているのか。
 と、受けているサービスからの広報メールの一つに目が止まった。重要度が高いというアナウンスマークに自然と、私の眼は釘づけにされている。
 そのメールの件名に……私の名前が入っている。

 スパムではない、これは……私向けに充てられたメールだ。私にだけ向けられている手紙だ。

 驚いてダブルクリック、開いてみるとそれは……新しいサービスが開始されるという連絡と案内だった。そのサービスの名前は『龍眠境』……ドランリープとルビが振られてあった。

 このサービスは完全招待制です。貴方はこの新サービスのテストプレイヤーに選ばれましたという文句に、騙されて成るものかと思いつつも……完全に心が鷲掴みにされてしまっている、私。

 嘘か、本当か。
 それは、ログインしてみれば分かる事。

 丁度良い。
 丁度、足りないと思っていた所だった。

正直新しいサービスなんてどうでもいいけれど、丁度まだ足りていないのだと悟り、不足を補うためにそこへ行く所だった。

 腹いせに投げつけて行方不明になっていた端末をベッドの下から探し出し、同じく押し倒してあった本体に繋げて電源を入れる。
 壊れていたらそれまでと思っていたけど、最近の家電は結構頑丈だ。問題なく機動した。

 これは数年前に発売され、以後爆発的な支持を受けている家庭用ゲーム機。
 支持を受けすぎて、一種社会現象にもなっていると云う。私も多分に漏れず周りの勢いに押されて手に入れた。確かに前例のない、実に不思議なゲームだ。
 ゲームとは言うけど実は勝敗もステージクリアも存在しない。
 これは……異世界にいけるゲーム。このゲームで出来る事は多分、ただそれだけ。

 夢の中で全く見知らぬ異世界の住人に成る事が出来る。
 そこで何をするのかはプレイヤーの自由。
 そう、自由だ。

 だから私はあの気にくわない異世界の『私』を殺しに行く。
 誰も咎め無い、誰も止められない。誰も、止めてくれない。

 私は『私』を殺す、現実では問題があってもあの異世界でなら自由。
 自分を作っては殺す、作っては壊す。
 足りない、足りない。まだまだ足りない。
 永久に『私』が居なくなるまで……そんなの、私がここにいる限りずっと終わらない事はうっすらと分かっているのに。うっすらと、分かりつつあるというのに。

 多分、私は死にたいのだと思う。
 きっと、生きていくのが少しだけ辛いと感じているのだろう。

 自分の事なのにぼんやりとそんな事を知ってしまった。
 ぼやけているのは、それを知ったのが夢の中だからだ。

 行こう、私はその世界に招かれている。
 龍眠境、ドランリープとやらに。


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