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S side 夏祭り ep1
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律が獣のようによがり狂ったセックスから数週間、俺はまたしばらく出張続きで瀬戸の家に顔を出せずにいた。
季節はいつのまにか初夏から本格的な夏へと移り変ろうとしている頃だった。
街中にも学生がうろつき始めた8月の頭、日付と時間を指定されて瀬戸の家に呼び出された。
広い客間に通されてから優に30分は過ぎた頃、瀬戸が部屋に入って来た。
「久しぶり。もううちには来ないかと思ったよ」
瀬戸は笑いながら嫌味を言う。
「呼び出しといて何分待たせんだよ」
「律くんの面倒見きれないならうちで引き取ろうか?」
俺の文句は無視して瀬戸は自分の言いたい事を言う。顔と口調は優男の見本のような男だが根はかなりの頑固者だ。
まだ何か言い足りなかったようで、瀬戸は口を開くが、ドアの方を見て口をつぐむ。
つられて視線を向けると、髪の長い紺色のワンピース姿の女が立っていた。
瀬戸の婚約者の橘 美月だった。
媚びた様子のない、凛とした美人が俺の姿を認めて微笑む。
「桐山くん。御機嫌よう」
俺はこの台詞を会話の中で当たり前のように使う人間をこの女しか知らない。
「久しぶりだな」
瀬戸と美月と俺は、大学時代からの旧友だった。
瀬戸も実家が病院で、そこそこ裕福な家庭だったが、美月の家は浮世離れした金持ちだった。母方は京都の呉服屋か何かだが、父親が日本を代表する食品メーカーの社長だった。実際の性格は真っ直ぐ過ぎて扱いづらい女だが、その冬の花のような清廉とした容姿の良さと独特の人を惹きつける雰囲気で、学生時代は誰もが美月と懇意になろうとしたものだった。そんな中なぜ美月が俺と瀬戸とつるんでいるのか俺は怪訝に思っていたが、瀬戸と婚約した今になって納得がいった。
「今日は夜まで仕事は大丈夫なの?」
瀬戸の隣に腰掛けながら美月が俺を見る。
「まぁ、そうだな」
灰皿を置いていない気の利かない客間に溜息をついて俺はソファに深く凭れる。
「近くの神社のお祭りなのよ。今日。夏祭り」
美月が笑顔で続ける。話題の飛躍に頭が追い付かず、俺は言葉の続きを待つ。
「だから、今日うちの近くの神社で夏祭りをするんだよ。参道から境内まで、結構長い距離で夜店も出るんだ」
話を引き取った瀬戸が続けた言葉に、だから何なんだ、と言いかけて合点がいった。
「律くんを連れて出てみないか?ここに来てから二週間とちょっとだけど、まだ一度も外出出来てないんだよ。部屋と繋がってる庭先が限界みたいなんだ。買い物とか散歩とか、誘っても色々理由を付けて断られてる。祭りの話も最初行きたがらなかったんだけど」
一旦瀬戸が会話切る。俺の方を改めて見つめ、何か気に食わないような顔をする。
「桐山と一緒なら、出かけても良いって言うんだ。美月や俺だけじゃ駄目らしい」
じゃなきゃ呼んだりしないよ、と瀬戸は付け加えた。
律が外に出たがらないのは、何となく分かっていた事だった。不特定多数の人間からの折檻が日常化されていたせいで、この確実に守られたスペースから出るのを恐れるのは理解出来る。それよりも、外出の為に俺を頼った事の方が衝撃だった。
あの律が酷く乱れたセックスで、俺と律の関係性が何か変わったのだろうか。それはあまり考えられない可能性だった。
「実家から色々と持って来たのよ。桐山くんのも」
考え込んで返事をしない俺に、既に話は決まったかのように美月が立ち上がり、俺にも部屋を移動するように促した。
俺は訳も分からず廊下を渡った別の部屋へと歩かされる。
美月が向かったその広間に、何人かの男女が荷物を運び込んでいた。そこで運ばれている和装ケースを見て、俺は遅ればせながら状況を理解する。
浴衣を着付けられるのか。
三十路を過ぎて浴衣で夏祭りなんて、高校生のデートみたいな事は正直したくない。頭の中の冷静な部分が主張する。
俺の考えを察しているかのように、美月が手招きして部屋へ招き入れる。
その部屋の真ん中には着付け師に囲まれた状態で、幾つも並んだ帯や着物の中から好きなものを選ぶよう迫られ、思考を停止させている律が立っていた。
相変わらず物静かな美しさを携えた姿だった。
律は歩み寄った俺に気付くと、怯えなのか戸惑いなのか判断しかねる表情を見せた後、「お久しぶりです」と深く頭を下げた。
口元は笑みのようなものを浮かべているが、瞳は硝子玉ように空虚なものだった。
今からレイプされるというパーティの始まりに、同じような表情で微笑んでいた幼い日の律を不意に思い出してしまった。透き通るような、明日消えてもおかしくないような微笑みだった。
その姿に、ジリジリと中々消えない胸の痛みも蘇る。
その痛みで俺は自分の個人的な体裁の為にここにいるわけじゃない事を思い出す。
俺は、律の記憶を新しいものに塗り替えていきたいと心底思った。
その数時間後の夕方、俺と律、そして瀬戸と美月の四人で浴衣に着替え、瀬戸の家から歩いて間もない場所にある神社の夏祭りへと向かった。
季節はいつのまにか初夏から本格的な夏へと移り変ろうとしている頃だった。
街中にも学生がうろつき始めた8月の頭、日付と時間を指定されて瀬戸の家に呼び出された。
広い客間に通されてから優に30分は過ぎた頃、瀬戸が部屋に入って来た。
「久しぶり。もううちには来ないかと思ったよ」
瀬戸は笑いながら嫌味を言う。
「呼び出しといて何分待たせんだよ」
「律くんの面倒見きれないならうちで引き取ろうか?」
俺の文句は無視して瀬戸は自分の言いたい事を言う。顔と口調は優男の見本のような男だが根はかなりの頑固者だ。
まだ何か言い足りなかったようで、瀬戸は口を開くが、ドアの方を見て口をつぐむ。
つられて視線を向けると、髪の長い紺色のワンピース姿の女が立っていた。
瀬戸の婚約者の橘 美月だった。
媚びた様子のない、凛とした美人が俺の姿を認めて微笑む。
「桐山くん。御機嫌よう」
俺はこの台詞を会話の中で当たり前のように使う人間をこの女しか知らない。
「久しぶりだな」
瀬戸と美月と俺は、大学時代からの旧友だった。
瀬戸も実家が病院で、そこそこ裕福な家庭だったが、美月の家は浮世離れした金持ちだった。母方は京都の呉服屋か何かだが、父親が日本を代表する食品メーカーの社長だった。実際の性格は真っ直ぐ過ぎて扱いづらい女だが、その冬の花のような清廉とした容姿の良さと独特の人を惹きつける雰囲気で、学生時代は誰もが美月と懇意になろうとしたものだった。そんな中なぜ美月が俺と瀬戸とつるんでいるのか俺は怪訝に思っていたが、瀬戸と婚約した今になって納得がいった。
「今日は夜まで仕事は大丈夫なの?」
瀬戸の隣に腰掛けながら美月が俺を見る。
「まぁ、そうだな」
灰皿を置いていない気の利かない客間に溜息をついて俺はソファに深く凭れる。
「近くの神社のお祭りなのよ。今日。夏祭り」
美月が笑顔で続ける。話題の飛躍に頭が追い付かず、俺は言葉の続きを待つ。
「だから、今日うちの近くの神社で夏祭りをするんだよ。参道から境内まで、結構長い距離で夜店も出るんだ」
話を引き取った瀬戸が続けた言葉に、だから何なんだ、と言いかけて合点がいった。
「律くんを連れて出てみないか?ここに来てから二週間とちょっとだけど、まだ一度も外出出来てないんだよ。部屋と繋がってる庭先が限界みたいなんだ。買い物とか散歩とか、誘っても色々理由を付けて断られてる。祭りの話も最初行きたがらなかったんだけど」
一旦瀬戸が会話切る。俺の方を改めて見つめ、何か気に食わないような顔をする。
「桐山と一緒なら、出かけても良いって言うんだ。美月や俺だけじゃ駄目らしい」
じゃなきゃ呼んだりしないよ、と瀬戸は付け加えた。
律が外に出たがらないのは、何となく分かっていた事だった。不特定多数の人間からの折檻が日常化されていたせいで、この確実に守られたスペースから出るのを恐れるのは理解出来る。それよりも、外出の為に俺を頼った事の方が衝撃だった。
あの律が酷く乱れたセックスで、俺と律の関係性が何か変わったのだろうか。それはあまり考えられない可能性だった。
「実家から色々と持って来たのよ。桐山くんのも」
考え込んで返事をしない俺に、既に話は決まったかのように美月が立ち上がり、俺にも部屋を移動するように促した。
俺は訳も分からず廊下を渡った別の部屋へと歩かされる。
美月が向かったその広間に、何人かの男女が荷物を運び込んでいた。そこで運ばれている和装ケースを見て、俺は遅ればせながら状況を理解する。
浴衣を着付けられるのか。
三十路を過ぎて浴衣で夏祭りなんて、高校生のデートみたいな事は正直したくない。頭の中の冷静な部分が主張する。
俺の考えを察しているかのように、美月が手招きして部屋へ招き入れる。
その部屋の真ん中には着付け師に囲まれた状態で、幾つも並んだ帯や着物の中から好きなものを選ぶよう迫られ、思考を停止させている律が立っていた。
相変わらず物静かな美しさを携えた姿だった。
律は歩み寄った俺に気付くと、怯えなのか戸惑いなのか判断しかねる表情を見せた後、「お久しぶりです」と深く頭を下げた。
口元は笑みのようなものを浮かべているが、瞳は硝子玉ように空虚なものだった。
今からレイプされるというパーティの始まりに、同じような表情で微笑んでいた幼い日の律を不意に思い出してしまった。透き通るような、明日消えてもおかしくないような微笑みだった。
その姿に、ジリジリと中々消えない胸の痛みも蘇る。
その痛みで俺は自分の個人的な体裁の為にここにいるわけじゃない事を思い出す。
俺は、律の記憶を新しいものに塗り替えていきたいと心底思った。
その数時間後の夕方、俺と律、そして瀬戸と美月の四人で浴衣に着替え、瀬戸の家から歩いて間もない場所にある神社の夏祭りへと向かった。
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