男運ゼロな高身長ド貧乳女の私が、過保護なスパダリイケメンに溺愛執着された理由(旧題:後輩ちゃんと同期さんの願いの話)

福重ゆら

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第十章 直樹の楓溺愛監禁計画

58. 光 side. 直樹

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「嫌だ」

 俺がそう言うと、楓が驚いたようにこちらに振り返った。
 楓は俺の顔を見て、目を見開き、そして、美しい顔をどんどんと青ざめさせていく。

「……直樹さん、……ご、ごめんなさい……わ、私、」

 何か言わなきゃと思うのに、言葉が出ない。
 楓が俺の頬を両手で包むのを、呆然と見つめていることしか出来なかった。

「私、直樹さんに辛い思い、させたくなくて、……決心したのに……、泣かせちゃう、なんて……」

 楓の顔が歪み、瞳に涙が溢れていく。
 脳の処理能力が落ちているようで、楓が言った言葉を理解するのに、とても時間がかかった。

「……楓は、俺に辛い思いを、させたくなかったの……?」

「はい」

「……俺のため、だったって、こと……?」

「いいえ! 私のためです! 直樹さんに挿入してもらって、直樹さんに『私は直樹さんの物』って実感して欲しいと、私が思ったんです」

「……楓は、俺の物……?」

 まだ、俺の物でいてくれるの?

「何で疑問形なんですかっ?! 私は一生、直樹さんの物です」

 楓は一生、俺の物。

 また、そんなこと言って。
 この無防備すぎる俺の女神は、そういえば、俺の『一生添い遂げたい』という望みを、付き合う前にも『叶えたい』と言ってくれたんだっけ。

 楓を閉じ込めようとするような危険な男に、そんなこと、言っちゃダメなのに。

 だけど。
 今は、それがすごく嬉しい。

「……ねぇ、楓、キス、してもいい?」

「はい。私も、キスしたいです」

「俺で、いい?」

 ショウでも、葵ちゃん似の女の子でも、他の誰でもなく、俺で。

「何でそんな当たり前のこと聞くんですかっ?! 直樹さんが、いいです! ……直樹さんじゃなきゃ、嫌です」

 楓は俺が、いいんだ。
 俺じゃなきゃ、嫌なんだ。

「……そっかぁ。……よかった」

 安堵なのか歓喜なのか、心はぐちゃぐちゃのままで、涙がとめどなく溢れ続けた。
 
 楓も泣いていて、どちらの涙なのか唾液なのか顔中ぐちゃぐちゃでよくわからなくなりながら、深く深く口付け合った。

 このまま全部ぐちゃぐちゃになって、楓と溶け合えたらいいのに。
 なんてまた、俺は黒い思考に走ってしまう。

 楓の心が、まだ俺にあることがわかって、嬉しくて仕方がないのに。幸せで仕方がないのに。

 やっぱり、俺は、怖いんだ。

 だって俺は、人の心が変わることを知っている。
 どんなに強い想いも薄れていくことを知っている。
 それに、大事な物や大事な人が、突然なくなってしまうことも知っているんだ。

 俺は、怖くて仕方ないんだ。

 楓とこのまま溶け合えたら、失うことに怯えなくて済むのに。
 楓をこんな風に泣かせなくて済んだのに。

 だけど、そんな事が叶わないってことも知ってるから。

 どんなに心が通じ合っても。
 むしろ、心が通じ合えば通じ合う程、俺は、更に怖くなるんだ。

 楓、ごめんね。
 こんな、情けない俺で、……ごめん。


 ◇◇◇


 目が覚めると朝だった。

 昨夜はキスし合ったまま、眠ってしまったらしい。
 そういえば早寝を始めてから、いつも寝ている時間をとっくに過ぎていた。
 睡魔も限界を超えていたのかな、と思う。

 視線を下げ、腕の中の楓を見ると、とても気まずそうな表情を浮かべていた。

「……直樹さん、昨日はごめんなさい。私、色々あって、頭に血がのぼっちゃって、あんなこと……」

「……『挿入してください』?」

「わーっ! ご、ごめんなさい! あんな突然、しかも、自分で脱いで、四つん這いになるなんて……ドン引きしましたよね?」

「……物凄く驚いたけど、ドン引きなんてしてないよ」

 恥ずかしそうに両手で顔を覆っている楓の髪を撫でながら、俺は続けた。

「……あの時、俺の体、思いっ切り反応しちゃってたし……」

「反応……? 思いっ切り……?」

 楓はそう言って、両手の隙間から紅潮した顔を覗かせた。
 その手をとって、楓と額を合わせる。

「うん」

 このまま、昨日のキスの続きをしたい気持ちになるけど。
 でも、その前に。

「……楓。何があったのか教えてくれる?」

 楓はこくんと頷いた。


 ◇


 楓は1ヶ月ほど前に、『挿入への恐怖心を克服しよう』と決心したそうだ。
 そして楓は、恐怖心の克服のため、似たような経験を持つ呉東さん(葵ちゃん似のちょいふわ系の女の子の名前だそうだ)に話を聞くため、歓迎会の後に二次会に行くことになったという。

「全然、知らなかった……」

「ごめんなさい、隠してたんです。直樹さんに気付かれたら、……止められると思って……」

 楓は1人で頑張っていてくれたのに。
 そんなことにも気付かず、嫉妬して黒い気持ちになってしまったことを、ものすごく悔やんだ。

 だけど、楓は恐怖心の克服以上に、俺が嫉妬で黒い気持ちに支配された後、罪悪感に苛まれていることを解決したいと思うようになったという。
 楓にまで、気に病ませてしまっていたことに初めて気付き、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 そして楓は、昨日の歓迎会でたまたま近くの席にいたショウの会話が聞こえてきたらしい。

「その会話というのが、ショウ先輩が……その……『彼女に中出しした』って話だったんですけど」

「ゴホッ」

「直樹さん?! 大丈夫ですかっ?」

 楓の口から『中出し』なんていう言葉が発されたことに、思わず動揺して咽せてしまった。

「……うん、大丈夫。続き、聞かせて」

「……はい」

 ショウは挿入について、相手の女性を『オレの物にした』という支配欲と征服欲が満たされると言い、ショウと飲んでいた男もそれに同意していたという。
 そして、二次会の後、ショウに見つかり、絡まれた時に気付いたのだそうだ。

「直樹さんがしなくてもいい『嫉妬』をして、辛い想いをさせてしまうのは、私に挿入できないせいで、私が『直樹さんの物』だと認識出来ないからだって気付いて」

「え」

 そんなこと、考えたこともなかった。

「なのに、ショウ先輩は未だに私を『自分の物』認定して、『私がショウ先輩に未練がある』発言をするのが悔しくて……」
 
「……」

 確かに、年始にショウと出くわした時も、そんな調子だったことを思い出す。

「私、頭に血が上って、『早く、直樹さんに挿入してもらって、私は直樹さんの物だって認識してもらわなきゃ』って思って、勢いで、直樹さんの家の近くまで来ちゃったんです……」

「そうだったんだ……」

 紛れもなく『俺のため』だったんじゃないか。
 どんなに怖くても、どんなに痛いとわかっていても、それでも、俺のために決心してくれたんだ。

 なのに俺は、別の誰かのためなんじゃないかと勘違いして、動揺して、……挙げ句の果てに『嫌だ』と言って泣くなんて。
 愛しさと、居た堪れなさが同時に込み上げる。

「なのに私、直樹さんに連絡がつかない間、余計なことを考えてしまったんです」

「余計なこと?」

「はい。というのも二次会で呉東さんから、恐怖心を克服した時の話を聞いて。呉東さんの場合は、満員電車に乗るのが怖くなってしまったんですけど、通勤時間を早朝の人が少ない時間帯から、毎日乗る電車を1本ずつ遅らせていって、最終的に満員電車に乗ったことで、克服できたそうなんです。毎日『こんなに乗客が多い電車に乗れた』という体験が自信に繋がったと言ってました」

 そして楓は、静かに続けた。

「直樹さんを待っている時、その話を思い出して、結局、『満員電車への恐怖心は、満員電車に乗ることでしか克服できないんじゃないか』と思ったんです」

「……確かに、そうかもしれないね」

「その時は既に、直樹さんに挿入してもらう覚悟は決まっていたので、『だったら、一番トラウマに近い状態で挿れてもらったら一気に全部克服できるんじゃないか』って思って……」

「……」

 なるほど。
 『トラウマに近い状態』というのが、キスも前戯もなしで、ナカを解しもしないで、四つん這いで後ろから、ということだったのか……。
 俺は頭を抱えた。
 
「そんなことしたら、トラウマが深くなるだけじゃ……」

「だけど、直樹さんに優しくしてもらったら、決心が鈍っちゃう気がして……」

 その瞬間、気付く。
 楓をあんな風に、極端な行動を取らせてしまった原因に。

 先ほど楓は、俺に気付かれたら止められると思っていたと言った。
 楓が無理をしようとする度に、俺が『ダメ』と言って止めていたから、楓は1人で何とかしようとさせてしまったんだ。

「……そうだったんだね。……ごめんね、楓、ありがとう」

 込み上げる気持ちのまま、俺は楓をぎゅうぎゅうと抱き締めた。
 たぶん、物凄く情けない顔をしていたと思う俺を見て、楓は嬉しそうに笑って、抱き締め返してくれた。


 ひとしきりぎゅうぎゅうと抱き締めあったあと、俺は考えていたことを口にした。

「……たぶん俺、挿入しても楓を『俺の物』なんて思えない気がする」

「そうなんですか?」

「……うん」

 たぶん、俺の楓への想いがまたひとまわり大きく膨らんで。
 『俺の物』だなんて思えるどころかむしろ、失うのが怖い気持ちが、膨らんでしまうような気がした。

「だけど、楓を気持ち良くしてる時は、少しだけ、『楓が俺の物』だって実感できるのかもしれない」

「……だから、黒い直樹さんはいつもよりちょっと意地悪なんですね」

 楓が無邪気に笑って言う。
 俺が黒い気持ちに支配される度に、焦らして強い快感を与えようとしてしまうのが楓にバレていたみたいで、とても居た堪れない気持ちになる。

「……うん。だからね、俺にとって大事なのは、『それが楓にとって、気持ち良いことなのか、気持ち良くないことなのか』、本当にそれだけなんだ」

 すると、楓は少し躊躇いながら、確認するように言った。

「……それは、直樹さんが『男の欲』を抑圧している、という訳ではないですか?」

「え」

 そうだ。俺は先月、『「男の欲」を抑圧してた』という話を楓にしたことを思い出す。
 さっき、楓は『1ヶ月前から恐怖心を克服しようとしていた』と言った。
 俺の説明が中途半端だったから、『男の欲』に『挿入』も含まれると楓に誤解させてしまったんだ。
 そして楓は、俺がこれ以上抑圧しないように、でも俺に止められないように、1人で奮闘してしまったんだ。

 今度こそ、楓を誤解させたりなんてしないように。
 楓を1人で闘わせたりなんてしないように。

 俺は、楓をまっすぐに見て言った。

「うん。抑圧なんかしてない。それが、『俺のしたいこと』だから」

 楓は瞳を見開いた。
 その後、長いまつ毛を伏せ、再び開いた瞬間、その形の良い瞳には、あの強い光が灯っていた。

 過去に二度見た、あの美しい光。
 楓の呪縛が解ける時に、灯る光。

 楓は俺の両手を握り、瞳をキラキラと輝かせて言った。

「直樹さんっ! 私に挿入してくださいっ!」

 今度は、俺は心のままに答えた。

「うん、もちろんいいよ」
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