男運ゼロな高身長ド貧乳女の私が、過保護なスパダリイケメンに溺愛執着された理由(旧題:後輩ちゃんと同期さんの願いの話)

福重ゆら

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第四章 後輩ちゃんの再起と同期さんの自覚

18. モラハラ男 vs ストーカー男 side. 楓

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 気付いたら、終業時刻が迫っていた。

 そうだ。今日は同期さんとの約束の日だった。

 同期さんといると私の心が軽くなってしまう。
 罰されるべき私の心が軽くなるなんて、許されるはずがない。
 罰されるべき私が、同期さんの心を軽くしようなんて思うことも烏滸がましい。
 
 私は同期さんに『今日は会えない』と連絡した。


 ◇


 どうにか今日の仕事を終え、会社の入り口を出る。

 ……同期さんとの約束を、初めて破ってしまった。

 もしかしたら、同期さんをまた傷付けてしまうのかもしれない。
 でも、あんなに優しい人なのだ。
 同期さんが泣いていたらきっと、「私が慰めてあげたい!」と立候補する人がたくさんいるんじゃないかな。

 そう。

 こんなキツい性格の、自分の正義を振り翳して人を傷付けるような私じゃ、いつか同期さんも取り返しがつかないほど傷付けかねない。
 
 よく考えたら、今まで私がぶった斬ってきた人たちも、私の正義で傷付けてきたのかもしれない。
 元彼たちだって、陰口を言わずにいられないほどの行き場のない思いを植え付けるほど、私が傷付けたのかもしれない。

 ーーー葵先輩みたいに。

 葵先輩が絶望し、涙を流す姿がフラッシュバックする。
 その姿に、私が同期さんを傷付けた時の姿が重なった。

 もう、同期さんに会ってはいけないと、そう思った。

 その時だった。

「清宮ァ」

「……っ」

 目の前に、離田主任が立っていた。

「お前にチャンスをやるよ」

 ……チャンス?

「お前、葵のこと、償いたいんだろ?」

 償い、たい。

「罪には、罰が必要だからな。葵を殺したお前には、相応の罰が必要だと、俺は思うんだよ」

 私には、相応の、罰が必要だ。

「とはいえ、人を1人殺してるんだからな? この罪を償うための罰は、かなり重い。相当な苦痛を伴う償いを、長い時間かけて行う必要があると、俺は思うワケ」

 離田主任が何か言う度、私を取り囲んでいる分厚い壁のようなものが、どんどん迫ってくるように感じた。

「だから償いとして、葵みてーにオレのために働け。呉東も他のメンバーも葵ほど役に立たねーからな。お前なら葵と同じぐらい仕事こなせるだろ? お前はこれからオレの出世のために働き続けるんだ」

 この人のために働けば、償える?

「絶対服従だ。間違っても前みてーにオレに立てつくんじゃねーぞ? これは『罰』で『償い』なんだからな? ……ほら、頷けよ。『私は明日から離田主任のために、誠心誠意働きます』って」

 償いのために、頷かなければ。
 そう思うのに、金縛りにあったみたいに、私の体は全く動かなかった。

「おい! 言うことを聞けって! 聞いてンのか? コラ?! 頷かねーなら、オレが頷かせてやるッ!!!」

 離田主任がそう怒鳴って私の頭を掴もうと腕を伸ばす。
 スローモーションみたいにゆっくりに見える。
 私はそれをぼんやりと見ていた。

 その瞬間、私は背後から腕を掴まれ、後ろに引かれた。

 離田主任の手が空振りする。

「ああン?! 誰だお前っ……!」

「もしもし、警察ですか? 女性を怒鳴りつけ、暴行しようとする男がいて……」

 ……この声は。

 こわばっていた体が解けていくのを感じた。

「チッ……」

 離田主任は舌打ちをして、私の前から走って逃げ去った。

 恐る恐る、後ろを振り返ると、そこには、スマホを耳に当てている同期さんがいた。

「ごめん、後輩ちゃんが心配で……来ちゃって……」

「……同期さん、電話は……?」

「まだかけてないよ。でも、あの男がこれ以上後輩ちゃんに付き纏うようなら、本当にかけるつもりだったけど」

 同期さんはそう言って、ロック画面のままのスマホを見せてくれた。
 そして、何故だかちょっと暗い表情になり、額に手を当てて言った。

「……暴行男の次はストーカー男かよって、思うよね……?」
 
 同期さんのその自虐すぎる発想が面白すぎて、私は思わず吹き出してしまった。

「ふふっ……、思いませんよ?」

「ほんと?」

 同期さんはホッとしたように笑った。

「はい!……助けてくださ、って、ありが、とう、ござ……っ」

 同期さんの笑顔を見て安心したら、今日一日の感情が一気に押し寄せて、涙が込み上げた。

 それに気付いた同期さんは、いつものように私を車に連れて行ってくれた。


 ◇


 同期さんは、私の会社近くのコインパーキングに車を停めていた。

「あの男は、会社の人?」

「……はい」

「話が全部聞こえた訳ではないんだけど、……脅されてるの?」

「……いいえ」

「そっか。俺には、後輩ちゃんが怯えているように見えたから、てっきり……」

「……あの人、葵先輩の上司だったんです」

 私はこれまで起こった出来事を、同期さんに話した。
 葵先輩が亡くなる前の1ヶ月間、異常な量の仕事をさせられ、連日終電まで飲み会に連れまわされていたこと。
 葵先輩がミスした時、大声で叱責していたこと。
 詳細は不明だが、前任の社員もメンタル不調で休職していること。
 そして今は後任の社員が、葵先輩と同じ扱いを受けているらしいこと。

「私、後任の方が潰されてしまう前に、ハラスメント事案として本社に通報して、何らかの対応をとってもらうべきだと思ったんですけど、……」

 ーーー『お前が余計なことをしたから』

「……あの日の、葵先輩の姿が頭に浮かんで……っ」

 心臓がバクバク鳴り、指先が冷えていく。
 全身に震えが走る。
 涙が込み上げる。

「罰されるべきは私だ、と……思って……っ!」

 その瞬間、同期さんは驚愕したような表情を浮かべた。

「後輩ちゃん。……俺は、後輩ちゃんが罰されるべきかどうかは疑問に思ってる。でも、もし後輩ちゃんに罪があったとしても、後輩ちゃんの罪は、あの男の罪とは、別だよ?」

 私の罪と、離田主任の罪は、別?

「そもそもね、葵ちゃんが本当に悠斗のメッセージを見たのかはわからない。見ていたとして、本当にそれが葵ちゃんの死と因果関係があるかなんて誰にもわからないんだ。でも、話を聞く限り、葵ちゃんの心身を限界まで弱らせた責任は、あの男にあるんだと俺は思うよ」

 葵先輩を、限界まで、弱らせた、責任。

「それにもし、本当に後輩ちゃんにも罪があったとして、でも、罪を証明できるものが何も無い状態で、それを裁ける法律も規則もないよね? となると、後輩ちゃんの罪は、当事者である葵ちゃんじゃないと裁けないんだと思う。でも、全て知った葵ちゃんが、後輩ちゃんを罰するなんて俺には思えないんだ」

「でも、私が余計なことをしたせい、で……」

「もしかして、後輩ちゃんのせいだって、誰かに言われた?」

 私が何も言えないでいると、ピンと来たように同期さんが言った。

「……あの男?」

 私はこくんと頷いた。

「あの男は、悠斗のメッセージのこと、知ってるの?」

 私は首を横に振る。

「じゃあ、あの男は、自分の責任を後輩ちゃんに転嫁してるだけだ」

 責任を、転嫁?

「あの男に、他にも何か言われた?」

「……わ、」

 口に出そうとした瞬間、私の体が凍りついたような気持ちになる。
 必死に、声を絞り出した。

「……私が、葵先輩を、……殺した、って……」

 同期さんは愕然とした。
 そして、ワナワナと怒りに震えているように見えた。
 それを必死に抑えるように、静かに言った。

「それは立派な精神的暴力だ。……恐らく、後輩ちゃんも、あの男のモラハラのターゲットになっているんだと思う」

「……え? ……でも」

 私みたいな気の強い女がハラスメントのターゲットになるなんてこと、あるのだろうか?

 同期さんは、必死に私を諭すように続けた。

「あの男が言っていることに根拠なんて無い。あの男の責任転嫁と後輩ちゃんの罪悪感が、たまたまリンクしてしまっただけなんだ。だから後輩ちゃんが、あの男の言うことに惑わされる必要は全くないんだ」

「で、でも、私が……」

 息が苦しい。
 こんなこと思いたくない。言いたくない。
 だけど、一度自覚してしまった絶望を止められなかった。

「私が葵先輩を『特別な人』だなんて思わなければ……っ!」

 同期さんは瞳を大きく見開いて、息を呑んだ。
 そして、その目を伏せた。
 その表情は、酷く傷付いているように見えた。


 私は、また、傷付けてしまった?
 こんなに優しい人を?
 そうだ。私は、同期さんともう会ってはいけないと、そう思ったんだった。
 なのに、私はまた同期さんに助けられて、また迷惑をかけて、また傷付けてしまった。
 やっぱり、私は、同期さんと、もう……。


 でも、同期さんはそんな私と目を合わせて、『安心して』というように、ふわりと微笑んだ。
 そして、ゆっくりと優しい声音で話し始めた。

「後輩ちゃん。……後輩ちゃんが葵ちゃんを助けたいという一心で、悠斗に会いに来た日、俺は、後輩ちゃんと出会えて、救われたんだよ」

 同期さんが、救われた?

「俺はあの時、悠斗が死んでしまうことも、悠斗と葵ちゃんが別れたことも本当に辛くて、心が張り裂けそうだった。でも、そんな時、同じ想いを抱いている君と出会えて、張り裂けそうな心が繋ぎ止められたように感じたんだ」

 同じ、想い。

「それにね、葵ちゃんと別れたあとの悠斗が、葵ちゃんへの想いを封じなくなったのも、後輩ちゃんのおかげで。後輩ちゃんが俺を救った出来事は、他にもたくさんあるんだ」

 たくさん……。

「だからさ、後輩ちゃんがしたことは『余計なこと』なんかじゃない。俺にとっては、必要なことだった」

 同期さんにとっては、必要なことだった。

「後輩ちゃんが葵ちゃんを特別に思って、行動してくれたから、俺は救われたんだ」

 私が葵先輩を『特別な人』だと思って、行動したから、同期さんを救えた!

 その瞬間、私をずっと閉じ込めていた分厚い壁が、開け放たれたような気持ちになった。
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