男運ゼロな高身長ド貧乳女の私が、過保護なスパダリイケメンに溺愛執着された理由(旧題:後輩ちゃんと同期さんの願いの話)

福重ゆら

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第三章 後輩ちゃんと同期さんの願いの話

12. 別れ side. 直樹

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 後輩ちゃんと出会った日から、俺は悠斗の病室を訪れる時に、あの紅茶のペットボトルを差し入れるようになった。
 そして、悠斗は以前のように、葵ちゃんの話をしてくれるようになった。

 だけど、少しだけ持ち直したと思った悠斗の体調は、一進一退を繰り返しながら、じわじわと悪化していった。
 覚醒と睡眠のリズムがだんだんと崩れていき、俺が病室を訪れても悠斗は寝ていることも増えた。


 ◇◇◇


 ある日、ちょうど悠斗が起きていて、数日振りにたわいのない会話をした。

「直樹はさ、『生まれ変わり』って信じる?」

「うーん、あんまり考えたことがなかったなぁ。……悠斗は?」

「僕は昔から入院することが多かったから、その度に、このまま死んだらどうなるんだろうって考えてたんだ。そのうちに、生まれ変われたらいいなって思うようになって、……最近は、生まれ変わったらしたいことばかり、考えちゃうんだ」

「したいことって?」

「……葵に会いに行きたい」

「そっか」

「だけど、今生まれ変わったら25~26歳も僕が年下になっちゃうから、葵には相手にされないのかな」

「葵ちゃんは、悠斗だったら何でも受け入れてくれそうだけど」

「そうかな?」

 悠斗が期待に満ちた顔で言うので、俺は思わず破顔しながら頷いた。

「……でもね、僕、生まれ変わった時、今の僕の記憶を持っていたくないんだ」

「え? ……どうして?」

「僕、昔から病弱で、学校に行ったり外で遊んだり友達と遊んだりするのを我慢してた。だから僕は、僕がいなくても世界は回ることを知ってるし、僕がいなくても周りは楽しいし幸せになれることを知ってるんだ。……むしろ僕が我慢することで、みんなが幸福になるんじゃないかって考えてしまうこともある」

「そんなことない! 少なくとも、葵ちゃんは。それに、俺だって……!」

「……うん。そんなことないって、ちゃんとわかってる自分もいるんだ。でもさ、やっぱり長年根付いた感覚はどうしても消えなくて。そんな自分の記憶があったら、多かれ少なかれ、生まれ変わった僕にも影響しちゃうと思ったんだ。……だから、こんな風に考えてしまう自分をリセットしたい」

「……」

 想像の『もし生まれ変われたら』の話だけど。
 悠斗のその考えは、何故か少し寂しいと思ってしまった。

 すると、俺のそんな表情に気付いたらしい悠斗が、少しイタズラっぽく笑って言った。

「あのさ、『高校デビュー』とか『大学デビュー』って言葉、あるでしょ?」

「うん、あるね」

「僕は、今の僕の記憶を持たないことで『転生デビュー』したいんだ」

「『転生デビュー』?!」

 斬新すぎる言葉に驚いた俺の顔を見て、悠斗が吹き出した。
 そして、2人で笑い合った。

 でも、ふと気になったことを聞いてみる。

「だけどさ、悠斗は今の記憶がなくても、葵ちゃんに会える?」

「うん。僕、どんな僕でも、葵がいる場所に引き寄せられて、葵に一目惚れして恋に落ちると思うよ」

「すごい自信だ」

 俺がそう言うと、悠斗は得意げに微笑む。
 そして、悠斗は何か重大な発見をしたような顔になった。

「ということは、……もしかしたら僕は、生まれ変わった僕と葵が恋に落ちるために、葵に別れを告げたのかもしれない」

「え? どういうこと?」

「次の僕に、今の僕の記憶がなかったら、葵に僕が僕だってこと説明できないでしょ?」

「そうだね」

「だから、葵が気兼ねなく次の僕と恋に落ちるよう、今の僕を忘れてもらいたくて、僕は葵と別れたんだよ、きっと」

「……な、難解すぎる」

 悠斗の思考を理解しようとしたけど断念して、額を抑える俺を見て、悠斗が笑った。
 そしてまた、2人で笑い合った。

 そして、悠斗はふいにポツリと言う。

「まぁ、こんな風に、考えても仕方のないことばっかり考えちゃうんだよね」

「……俺は聞けて、嬉しいよ」

 俺がそう言うと、悠斗は哀しそうにも幸せそうにも見える微笑みを浮かべた。


 ◇


 その日の帰り際、悠斗が言った。

「直樹、ありがとう」

「ん? どうした?」

「前にも言ったけど、改めて、……直樹がいてくれて、よかったなぁと思って」

「そっか」

「うん」

「俺も、ありがとう」

「何が?」

「俺も、悠斗がいてくれて、よかった」

「え? ……僕、何もしてないし、……むしろ迷惑かけてばかりだと思うけど」

「ううん。悠斗がいてくれて、俺は、楽しいし幸せだから」

 俺がそう言うと、悠斗は目を瞬かせた。

「……そっか」

 そう言って、悠斗は心底幸せそうな笑顔を浮かべた。






 ◇◇◇


 その翌日、容体が急変した悠斗が息を引き取った。
 余命半年と告げられてから、ひと月しか経っていなかった。

 連絡をもらってすぐに駆けつけたけど、間に合わなかった。


 悠斗はもういない?

 もう会えない?


 なんだか現実のように思えない。
 視界や思考に膜が張ったかのようにはっきりしない。

 ぼんやりとする頭が、昨日の出来事を再生した。


 ーーー『直樹、ありがとう』


 微笑みを浮かべる悠斗。


 あの「ありがとう」は、もしかしたら、悠斗なりのお別れだったのかもしれない。

 そう思い至った瞬間、どこか現実だと思えなかった『今』に引き戻されたような感覚になった。


 悠斗はもういない。

 もう会えない。


 思考が悲しみに支配されていく。


 泣きたいな、と思った。

 その時、なぜか後輩ちゃんの顔が思い浮かぶ。

 ーーー後輩ちゃんなら、一緒に泣いてくれるかもしれない。

 考えて、すぐに思い直す。
 そんな間柄じゃない。たった一度だけ会った相手。

 俺は後輩ちゃんを同志みたいに思ってるけど、彼女は違う。
 たまたま俺が悠斗の居場所を知っていて、案内しただけの、オマケみたいな存在。
 『同期さん』という呼び名が、それを顕著に表している。

 それに、後輩ちゃんには葵ちゃんがいる。
 後輩ちゃんは今日も葵ちゃんを支えようと、必死なんだろうな。


 後輩ちゃんと『悠斗に何かあったら知らせる』と約束した通り、後輩ちゃんに悠斗が亡くなったことを伝えるメッセージを送った。
 そんな日は来ないでほしいという願いは、叶わないどころか、予想よりも遥かに早く現実になってしまった。

 俺が後輩ちゃんに送った、悠斗が亡くなったことを知らせるメッセージの返信に書かれていたことは。


 ーーー葵ちゃんが亡くなったという知らせだった。


 目の前が真っ暗になる。


 絶望感で動けなくなりそうになった瞬間、病室で見た後輩ちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。

 ピンと真っ直ぐに伸びた背中。その背中は、涙を堪えるように震えている。


 ーーー後輩ちゃんはきっと、今も一人で、必死に堪えている。


「後輩ちゃん、今どこにいる?」

 気付いた時には、俺は後輩ちゃんに電話をかけていた。

「……動物園の、近くの、公園、です」

 電話の向こう、後輩ちゃんの震える声を聞いて、俺は思った。


 ーーー後輩ちゃんのもとへ行かなきゃ。一刻も早く。


「今から15分ぐらいかかるんだけど、行ってもいいかな?」

「……はい」

 後輩ちゃんは「でも」と言いかけていたけど、一刻も早く向かいたかった俺は強引に続けた。

「ごめんね、すぐ行くから待ってて」

 そして電話を切った俺は、その場から駆け出した。
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