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第一章 後輩ちゃんと同期さんの喪失の始まり

06. 崩壊の足音 side. 楓

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 葵先輩からプロポーズ(?)の話を聞いた翌日の火曜日、私はそわそわしながら出社した。

 昨日の帰り、悠斗さんは葵先輩にプロポーズしたんだろうか?
 また肝心な話をすっ飛ばしてないか心配だ。

 悠斗さんに対してそんな失礼なことを考えながら、会社の席に着く。
 葵先輩は既に出社しているようだったけど、今は課長と打ち合わせ中のようだった。

 昨日の話を聞きたかったのに、残念。
 でも、始業時間前の打ち合わせなんて珍しいな。

 ……もしかしたら課長への結婚報告かも!

 なんてことを考えていたら、葵先輩と課長が会議室から出てきた。

 二人とも、どこか真剣な表情を浮かべていた。
 結婚報告をしていた雰囲気ではない。

 もしかして、昨日の悠斗さんの話はプロポーズじゃなかったのかな。

 葵先輩に何て聞こうか考えていると、課長から声をかけられた。

「清宮さん。後で、ボクと湖月さんの3人で打ち合わせしたいんですが、良いですか?」

 私と課長と葵先輩の3人で打ち合わせ。

 課長は少し焦ったような様子だった。
 何の打ち合わせだろう?

 疑問に思いながらも、私は課長に答えた。

「はい。いつでも構いませんよ」

「助かります。では、また後で声をかけますね」

 課長はそう言って、葵先輩を連れて部長席に向かってしまった。


 ◇


 3人の打ち合わせが始まると、課長が神妙な顔で口を開いた。

「実は、例のプロジェクトから緊急の協力要請がありまして、急遽、湖月さんに参加してもらうことになりました」

 そのプロジェクトは以前、プロジェクトリーダーの離田りだ主任から葵先輩に対して『ぜひ湖月さんに参加してほしい』と、しつこく打診があったものだ。

「以前打診があった時は、うちの課と業務内容がまったく違うから、葵先輩の負担が大きいって、課長が断ってくれましたよね? なのに、何で……?

「あのプロジェクト、納期がギリギリになってしまったにも関わらず、メンバーの一人がメンタル不調で休職してしまい、深刻な人手不足に陥っているらしいんです。それで、部長から泣きつかれて、ボクも断りきれず……」

「それって離田主任がスケジュール管理と部下のメンタルケアを出来ていないせいですよね?! 何で葵先輩が巻き込まれなきゃならないんですか?!」

「清宮さん……。まぁ、本当にその通りなので、返す言葉もないんですが……」

 課長が困った様子を見せると、葵先輩が眉を下げたまま微笑んだ。

「楓ちゃん、ありがとう。でもね、私が決めたことだから。心配しなくて大丈夫だよ」

「葵先輩……」

 すると、課長は申し訳なさそうに続けた。

「部長は異動なり採用なりで新しい人員を確保する予定だそうです。湖月さんがプロジェクトに参加するのは、新しいメンバーが決まるまでの間ということで、部長にお願いしています」

「……そうなんですね」

「なので、湖月さんは一時的にうちの課から抜けることになります。その間、清宮さんが湖月さんと二人で担当していた仕事を、清宮さん一人で進めてもらいたいんですが、……お願いできますか?」

「はい。それはもちろん構いません」

 私が頷くと、課長がホッとしたように言う。

「清宮さん、助かります」

 そして、課長は葵先輩に向き直って言った。

「湖月さん、他の仕事の割り振りは追って連絡しますので、先に清宮さんへの引き継ぎをお願いします」

「はい」

 葵先輩がそう返事をすると、課長は会議室を後にした。

「楓ちゃん、じゃあ、早速だけど、引き継ぎしてもいいかな?」

「はい、もちろんです」

「ありがとう。じゃあ、まずは……」

 葵先輩から引き継ぎを受けたものの、元々一緒にやっていた仕事なので、そこまで引き継ぐ内容は多くなかった。

「……これで大丈夫かな。楓ちゃん、迷惑かけちゃって本当に申し訳ないんだけど、よろしくね」

「全然です! ……でも、葵先輩、何でプロジェクトの参加を決めたんですか? あのプロジェクト、残業や飲み会がやたらと多いですよね? ……悠斗さんは、大丈夫なんですか?」

 そう聞いた私に、葵先輩は悲痛な表情を浮かべて言った。

「うん。……実は私ね、昨日、……悠くんに、振られちゃったんだ」

「え……?」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 フリーズする私に、葵先輩が続ける。

「……それでね、これを機に、仕事頑張ろうってちょうど思ったところだったの。それで今朝、課長からプロジェクトに参加してほしいってお願いされて、参加することに決めたの」

 ……葵先輩が、悠斗さんに、振られた?

 毎日お迎えに来るぐらい葵先輩に執着してたのに?
 葵先輩の親に挨拶したいって言ったのに?

「……悠斗さんは、何で……?」

「……私も具体的な理由は聞いてないんだけどね。悠くんが別れて自由になりたいのに、私に止める権利なんてないなって思って……」

「そんな……」

 その時、会議室の扉がコンコンとノックされ、私は現実に引き戻された。

「湖月さん、清宮さんへの引き継ぎは終わりましたか?」

 会議室に入ってきた課長にそう問われて、葵先輩が返事をする。

「はい、終わりました」

「では、湖月さん。続きで他のメンバーへの引き継ぎひついて、打ち合わせしても構いませんか?」

「はい、大丈夫です」

 葵先輩はそう言って、私の方に向き直った。

「じゃあ、楓ちゃん。話、聞いてくれてありがとう」

「いえ! ……あの、辛い時はいつでも聞きますので!」

「……ありがとう」

 葵先輩はそう言って、微笑んでくれた。
 でも、その笑顔は今にも泣き出しそうな表情で。

 私は胸が締め付けられるような気持ちになりながら、会議室を後にした。
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