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0.3%のその後
0.3%の婚姻届 side. ハル
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翌朝の土曜日、俺はちゃんと生きてた。
死亡フラグじゃなくて、本当によかった!
でも、俺の腕の中にいるはずのりんちゃんはいなくて。
「もしかしてりんちゃんがいなくなる方のフラグだった?!」と思って、俺は一瞬青褪めたんだけど。
りんちゃんは、起きて朝の身支度をしていただけで、ちゃんといた。
ものすごくホッとした。
「ハルくんの分の朝食無いし、コンビニ行ってくるね」
「え!りんちゃん、まだ体調悪いんじゃない?夜も無理させちゃったし、まだ寝てた方がいいよ!俺、行ってくるよ?」
「大丈夫。一晩寝て、体調良くなったから」
そう言って、りんちゃんは部屋を後にした。
俺は、りんちゃんの家に一人残された。
信頼されてることがわかって、とっても嬉しい気持ちになる。
でも、りんちゃんが帰って来た時、俺はもっと嬉しくなった。
「りんちゃん、それ……!」
コンビニから帰って来たりんちゃんが手に持っていたのは、朝食が入った袋と、二つ折りのA3用紙。
なんと、婚姻届だった。
「流石に証人欄を偽造したのを、訂正して使う訳にもいかないし」
「りんちゃん……!書いてくれるの?!」
「うん。調べてみたら、ダウンロードしたものでも良いってわかったから。コンビニでプリントしてきた」
「ありがとう!本当に?!……本当に、書いてくれるの?!」
「しつこい。これ以上何か言うなら、書かないけど?」
「もう言わない!書ごう"っ!」
俺がそう言うと、りんちゃんはクスクス笑って言った。
「ハルくん、また泣いてる」
涙を拭ってくれたりんちゃんに、俺はまたキスをした。
幸せすぎる。
やっぱり俺の死亡フラグは継続中なのかもしれない。
◇
朝食後、りんちゃんと婚姻届をうめていく。
俺が『夫になる人』欄に名前を書いたところで、りんちゃんが言った。
「……本名見てたら、ハルくんだってすぐ気付いたのに」
「メッセージアプリの登録名、『ハル』だったのに気付かなかった?」
「うん。ハルって登録してる男の子、いっぱいいるし」
「まぁ、そだね。……俺さ、てっきり、りんちゃんに忘れられてると思ったよ」
りんちゃんは目を見開いた。
そして、目を伏せて言う。
「……私、ハルくんのこと、忘れたこと、なかったよ」
「本当っ?!」
「たぶん初恋で初めての失恋だったし」
「そうなの?!」
「それで、たぶん次の恋は、『女なら誰でもいい男』で」
「えっ!そいつが、りんちゃんを男性不信にした男?!」
「なのに、やたらと『好き』とか『付き合って』とか『結婚して』とか言ってきて」
「何だそいつ!俺が殴りに行ってやるっ!」
「毎週金曜日に私のこと呼び出して、日曜日まで引き止めて」
「……え?」
「なんだかんだ3年間も一緒にいた人」
「……俺?!」
「うん。……ごめん。私、ずっと、男の人、信じるのが怖くて。週替わりで美女を持ち帰ってたアンタなんか、尚更、信じれなくて」
「……りんちゃん」
「だけど、たぶん惹かれてたから、のこのこついて行ったし。たぶん好きになってたから、離れられなかった」
「……本当?」
「うん。たくさん酷いこと言って、ごめん」
「ううん!りんちゃん!嬉しい!!!嬉しすぎるっ!!!」
俺は思わずりんちゃんに抱きついて、キスをした。
「でもさ、見た目じゃ、気付かなかった?」
「……だって。ハルくん、昔はものすごく可愛かったじゃん。見た目も、声も」
「今は?違う?」
「うん。身長もそんなに伸びて、声もなんかイイ声だし、そんなに、……カッコよくなってるなんて、反則」
「本当っ?!嬉しいっっっ!!!りんちゃん……っ!!!」
俺はりんちゃんの胸に顔を埋める。
「ちょっと!胸張ってて痛いから、胸はやめてって昨日も言ったじゃん!」
「あ、そうだった!ごめん!」
俺は慌てて顔を離した。
すると、なぜかりんちゃんはハッとしたような顔をした。
そのあと罪悪感を感じているような顔で、言った。
「……私こそ、ごめん」
「えっ?何で?」
「私、ずっと、アンタに期待しないようにって自分に言い聞かせてて。だから、ずっと、こんな酷い対応になっちゃってて。昨日から直そうって思ってるのに、なかなか直せなくて。……これからは、ちゃんと、普通に出来るようにする」
「ううん!りんちゃん、そのままでもいいよ」
「え?」
「昨日、りんちゃんにさ、『Sかも』って言われて気付いたんだけど。……俺もさ、ちょっとだけ、Mなのかもしれない」
「は?」
「りんちゃんにキツいこと言われたり、呆れ顔とかドン引き顔で見られるの、ちょっと嬉しいと思ってることに気付いた」
「……」
りんちゃんは、今までで一番ドン引きした顔をした。
◇
りんちゃんが婚姻届の『妻になる人』欄に名前を書く。
りんちゃんが、俺の、『妻』……!
俺の中で喜びと幸福感が爆発する。
俺は言った。
「……りんちゃんこそさ、本当、綺麗になったよね。昔も綺麗だなって思ってたけど」
「……そんなこと、言われたことない」
「あと、俺、りんちゃんの声が好きなんだ。たぶん最初に好きだって気付いたのも、りんちゃんの声」
「えっ?」
りんちゃんは意外だという顔をした。
「……掠れてるし、自分じゃあんまり好きじゃないんだけど」
「俺は好き。りんちゃんに『ハルくん』って呼ばれるのが好きで、気付いたら、りんちゃん自身のこと好きになってた」
「ふぅん」
「だから、ずっとアンタって呼ばれてるの、ちょっと悲しかった。名前で呼んでって言おうと何度も思ったけど、……言えなかった」
「……何で?」
何で?考えたこともなかったな。
考えた瞬間、俺はある一つの可能性に気付く。
「……Mだったから、かも……」
「……」
りんちゃんに、残念なものを見るような目で見られた。
◇
次は、『婚姻後の夫婦の氏』欄だ。
「俺はりんちゃんの希望に合わせたい。……りんちゃんは希望ある?」
「どうしてもっていう訳じゃないけど」
「うん?『けど』?」
「結婚して苗字変わるの、ちょっと憧れてたから。私が決めていいなら、ハルくんの苗字がいい」
「ふぅん、そっか」
少し意外だった。
顔に出てたのか、りんちゃんに聞かれた。
「意外?」
「ちょっとだけ。だって、りんちゃん自立してるから。俺が毎週呼び出して束縛してたのとか、本当は嫌じゃないのかなってずっと不安だったし」
「……王子様への憧れと、少し通じてるのかも。真相真理で、『王子様に攫われて、囲われたい』みたいに思ってるのかもしれない」
「なるほどね」
「だから、ハルくんに毎週呼び出されて引き止められるのも、今思うと、嬉しかった」
「りんちゃん……!!!」
「……そういう意味では、私、Mなのかもね。SとかMって、単純にどっちかって訳じゃないのかな」
「ははっ!……確かに、俺もりんちゃんを気持ち良くさせて啼かせるの大好きだから、そういう意味ではSかも。……でも、Sな俺は当分、お預けかぁ」
「ちょ、ちょっと!何言ってるの?!」
りんちゃんは真っ赤になって狼狽える。
俺はそれを見て、りんちゃんをもっと真っ赤にさせたいと思ってる自分に気付いた。
……こういう時も、俺は確実にSだなと思った。
◇
『同居を始めたとき』欄は空欄にして、『その他』欄に「同居も結婚式もしていない」と記入する。
「ねぇ、りんちゃん。俺、りんちゃんと少しでも多く一緒にいたいし、昨日みたいにりんちゃんが倒れてたら怖いから、早く一緒に住みたいと思ってる」
「……うん。ありがとう」
「出産後、子供と三人で住む家探しと引越しは、りんちゃんの体調が落ち着いてから考えるとして。今日からどっちかの家で一緒に住まない?」
「……うん。私も、そうしたい」
「ほんと?!じゃあさ、りんちゃんがよかったら、うちにしない?ずっと二人で過ごしてたし、ベッドも少しだけ広いし、りんちゃんの日用品も着替えも最低限あるし、調理器具もいろいろ揃えてあるし」
「……うん。確かに。私も、平日の朝と夜しかいなかったここよりもずっと、週末ずっといたハルくんの家の方が、自宅みたいに感じてるかも……。でも」
「でも?」
「今まで自分が『都合の良い女』だと思ってたから耐えれてたけど、今はこんな関係になって。ワガママだってわかってるけど、……ハルくんが他の女を連れ込んでた家で過ごすの、かなり抵抗ある」
「りんちゃん、大丈夫だよ!」
「は?そりゃ、アンタは大丈夫だろうけど?!」
「違うよ!俺、りんちゃん以外、家に連れて来たことないから!家の場所すら教えたことない」
「え?!」
「だって、ストーカーされたり、刺されたり、勝手に教えられたりしたら嫌だったし。好きでもない女を家に入れるのも嫌だったしさ」
りんちゃんはものすごく複雑そうな顔をして、額を手で押さえて言った。
「……喜ぶところなのか、アンタを軽蔑するところなのか、……本当に悩む」
そして、複雑そうなりんちゃんは続けた。
「まぁ、抵抗はなくなったから、いいや。今日からハルくん家に行く」
「うんっ」
こうして、俺はりんちゃんと今日から一緒に住むことになった。
◇
他の欄の記入が終わり、あとは『証人』欄だけだ。
「俺もりんちゃんも実家遠いし。どうしよう……」
「私、親と疎遠になってて。お互い距離置いた方が良いって離れて始めてわかって。だから、なるべく事後報告がいいし、報告もメールとかで済ませたい」
「ああ。俺も、高校の時、俺の女関係の素行の悪さで実家に迷惑かけまくって、大学入学と同時に実家を追い出されてから……そんな感じ」
りんちゃんが額を手で押さえて言った。
「……理解を得にくい親との距離感を共感し合えて嬉しい気持ちと、アンタのクズ時代が垣間見えて軽蔑する気持ちで、……ほんと複雑」
「えへっ」
りんちゃんの視線が痛い……。
話を変えよう。
「あとは、友達も。元々、俺を女を集めるダシとしか思ってないような奴しかいなくて。全員、俺がりんちゃん一筋になった瞬間、離れてった」
「……そっか。まぁでも、私も証人を頼めるような人、周りにいないけど。……あっ!」
「誰かいた?」
「私、女将さんと、大将に頼みたい!」
「いいね!俺もそうしたい!」
俺がりんちゃんと再会して、それからも毎週金曜、りんちゃんを呼び出した居酒屋の女将さんと大将だ。
「俺さ、女将さんに報告もしなきゃ」
「報告?」
「うん。女将さん、俺のりんちゃんへの片想いを、ずっと応援してくれてて。
俺がりんちゃんを引き止めるため料理を始めて。りんちゃんの好物を教えてほしいってお願いしたら、いろいろ教えてくれたんだ。
だから、俺とりんちゃんの結婚と妊娠の報告、したい」
「ハルくん、女将さんに相談してたの……?!」
「えへへ」
「しかも、ハルくんが料理にあんなにこだわってたの、私を引き止めるためだったの……?!」
「うん、最初はね。でも途中から料理自体楽しくなっちゃって、もはや趣味みたいになってるけど」
「ふぅん」
「あのさ、りんちゃんが初めてうちに来た時、俺、りんちゃんの日用品とか着替えとか買って、引き止めたでしょ?」
「……うん。そうだったね」
「そういうのも、料理も、あれで終わりにしたくなくて、必死だった」
「……そっか」
りんちゃんは少し考えてから、言った。
「……ごめん。ずっと、私、自分が傷つきたくなくて必死で、自分の気持ちもアンタの気持ちも見ない振りしてて。気付いてないこと、たくさんあったんだね」
「ううん、クズだった俺が悪いんだから。俺こそごめん」
「……ううん」
眉を下げていたりんちゃんが、少し照れたように笑って、続けた。
「でもさ、ちょっと、謎が解けた」
「謎?」
「女将さんね、私のこと、変な男に付き纏われないよう、ずっと守ってくれてて。私が知らない男に話しかけられたりすると、女将さんがそれとなく追い払ってくれてたの」
「えっ?!知らなかった!」
「うん。でもね、ハルくんだけは、なぜか、追い払われなかったんだよね」
「ええっ?!そうだったの?!」
「……うん」
「でも、それって、俺がりんちゃんをあの居酒屋に呼び出し始める前の話だよね?」
「そうだね」
「俺が相談する前だ」
「えっ?!そうなの?」
「うん」
「じゃあ、謎は謎のまま、かぁ」
「俺、聞いてみようかな」
「気になる?」
「うん!だって俺、あの時女将さんに『困ったちゃん』って呼ばれてて」
「そういえば、呼ばれてたね」
「もし俺が女将さんだったら、俺なんかがりんちゃんに近付いたら、絶対真っ先に追い払うだろうなって思って」
「ふふっ、ちょっと、それ、自分で言う……?」
りんちゃんのツボに入ってしまったようだ。
肩を震わせて笑うりんちゃんが可愛い。
「えへへ」
その後、2人で笑い合った。
こうして証人欄以外の項目を書き終えた俺たちは、俺の家に移動することにした。
最低限のりんちゃんの荷物を持って、残りは休日に少しずつ運ぶことにした。
◇
真夏の屋外。
まだ午前中なのに、うだるような暑さだった。
暑くて断られるかなと思ったけど、俺は夢だったことをまた一つ、りんちゃんにお願いしてみることにした。
「ねぇ、りんちゃん」
「何?」
「手、繋いでもいい?」
「……うん。私も、繋ぎたい」
りんちゃんは今まで、外で手を繋いでくれなかった。
こういうりんちゃんの変化が、俺を最高に幸せにする。
幸せすぎて、やっぱり俺、この後死んじゃうのかもしれない。
死亡フラグじゃなくて、本当によかった!
でも、俺の腕の中にいるはずのりんちゃんはいなくて。
「もしかしてりんちゃんがいなくなる方のフラグだった?!」と思って、俺は一瞬青褪めたんだけど。
りんちゃんは、起きて朝の身支度をしていただけで、ちゃんといた。
ものすごくホッとした。
「ハルくんの分の朝食無いし、コンビニ行ってくるね」
「え!りんちゃん、まだ体調悪いんじゃない?夜も無理させちゃったし、まだ寝てた方がいいよ!俺、行ってくるよ?」
「大丈夫。一晩寝て、体調良くなったから」
そう言って、りんちゃんは部屋を後にした。
俺は、りんちゃんの家に一人残された。
信頼されてることがわかって、とっても嬉しい気持ちになる。
でも、りんちゃんが帰って来た時、俺はもっと嬉しくなった。
「りんちゃん、それ……!」
コンビニから帰って来たりんちゃんが手に持っていたのは、朝食が入った袋と、二つ折りのA3用紙。
なんと、婚姻届だった。
「流石に証人欄を偽造したのを、訂正して使う訳にもいかないし」
「りんちゃん……!書いてくれるの?!」
「うん。調べてみたら、ダウンロードしたものでも良いってわかったから。コンビニでプリントしてきた」
「ありがとう!本当に?!……本当に、書いてくれるの?!」
「しつこい。これ以上何か言うなら、書かないけど?」
「もう言わない!書ごう"っ!」
俺がそう言うと、りんちゃんはクスクス笑って言った。
「ハルくん、また泣いてる」
涙を拭ってくれたりんちゃんに、俺はまたキスをした。
幸せすぎる。
やっぱり俺の死亡フラグは継続中なのかもしれない。
◇
朝食後、りんちゃんと婚姻届をうめていく。
俺が『夫になる人』欄に名前を書いたところで、りんちゃんが言った。
「……本名見てたら、ハルくんだってすぐ気付いたのに」
「メッセージアプリの登録名、『ハル』だったのに気付かなかった?」
「うん。ハルって登録してる男の子、いっぱいいるし」
「まぁ、そだね。……俺さ、てっきり、りんちゃんに忘れられてると思ったよ」
りんちゃんは目を見開いた。
そして、目を伏せて言う。
「……私、ハルくんのこと、忘れたこと、なかったよ」
「本当っ?!」
「たぶん初恋で初めての失恋だったし」
「そうなの?!」
「それで、たぶん次の恋は、『女なら誰でもいい男』で」
「えっ!そいつが、りんちゃんを男性不信にした男?!」
「なのに、やたらと『好き』とか『付き合って』とか『結婚して』とか言ってきて」
「何だそいつ!俺が殴りに行ってやるっ!」
「毎週金曜日に私のこと呼び出して、日曜日まで引き止めて」
「……え?」
「なんだかんだ3年間も一緒にいた人」
「……俺?!」
「うん。……ごめん。私、ずっと、男の人、信じるのが怖くて。週替わりで美女を持ち帰ってたアンタなんか、尚更、信じれなくて」
「……りんちゃん」
「だけど、たぶん惹かれてたから、のこのこついて行ったし。たぶん好きになってたから、離れられなかった」
「……本当?」
「うん。たくさん酷いこと言って、ごめん」
「ううん!りんちゃん!嬉しい!!!嬉しすぎるっ!!!」
俺は思わずりんちゃんに抱きついて、キスをした。
「でもさ、見た目じゃ、気付かなかった?」
「……だって。ハルくん、昔はものすごく可愛かったじゃん。見た目も、声も」
「今は?違う?」
「うん。身長もそんなに伸びて、声もなんかイイ声だし、そんなに、……カッコよくなってるなんて、反則」
「本当っ?!嬉しいっっっ!!!りんちゃん……っ!!!」
俺はりんちゃんの胸に顔を埋める。
「ちょっと!胸張ってて痛いから、胸はやめてって昨日も言ったじゃん!」
「あ、そうだった!ごめん!」
俺は慌てて顔を離した。
すると、なぜかりんちゃんはハッとしたような顔をした。
そのあと罪悪感を感じているような顔で、言った。
「……私こそ、ごめん」
「えっ?何で?」
「私、ずっと、アンタに期待しないようにって自分に言い聞かせてて。だから、ずっと、こんな酷い対応になっちゃってて。昨日から直そうって思ってるのに、なかなか直せなくて。……これからは、ちゃんと、普通に出来るようにする」
「ううん!りんちゃん、そのままでもいいよ」
「え?」
「昨日、りんちゃんにさ、『Sかも』って言われて気付いたんだけど。……俺もさ、ちょっとだけ、Mなのかもしれない」
「は?」
「りんちゃんにキツいこと言われたり、呆れ顔とかドン引き顔で見られるの、ちょっと嬉しいと思ってることに気付いた」
「……」
りんちゃんは、今までで一番ドン引きした顔をした。
◇
りんちゃんが婚姻届の『妻になる人』欄に名前を書く。
りんちゃんが、俺の、『妻』……!
俺の中で喜びと幸福感が爆発する。
俺は言った。
「……りんちゃんこそさ、本当、綺麗になったよね。昔も綺麗だなって思ってたけど」
「……そんなこと、言われたことない」
「あと、俺、りんちゃんの声が好きなんだ。たぶん最初に好きだって気付いたのも、りんちゃんの声」
「えっ?」
りんちゃんは意外だという顔をした。
「……掠れてるし、自分じゃあんまり好きじゃないんだけど」
「俺は好き。りんちゃんに『ハルくん』って呼ばれるのが好きで、気付いたら、りんちゃん自身のこと好きになってた」
「ふぅん」
「だから、ずっとアンタって呼ばれてるの、ちょっと悲しかった。名前で呼んでって言おうと何度も思ったけど、……言えなかった」
「……何で?」
何で?考えたこともなかったな。
考えた瞬間、俺はある一つの可能性に気付く。
「……Mだったから、かも……」
「……」
りんちゃんに、残念なものを見るような目で見られた。
◇
次は、『婚姻後の夫婦の氏』欄だ。
「俺はりんちゃんの希望に合わせたい。……りんちゃんは希望ある?」
「どうしてもっていう訳じゃないけど」
「うん?『けど』?」
「結婚して苗字変わるの、ちょっと憧れてたから。私が決めていいなら、ハルくんの苗字がいい」
「ふぅん、そっか」
少し意外だった。
顔に出てたのか、りんちゃんに聞かれた。
「意外?」
「ちょっとだけ。だって、りんちゃん自立してるから。俺が毎週呼び出して束縛してたのとか、本当は嫌じゃないのかなってずっと不安だったし」
「……王子様への憧れと、少し通じてるのかも。真相真理で、『王子様に攫われて、囲われたい』みたいに思ってるのかもしれない」
「なるほどね」
「だから、ハルくんに毎週呼び出されて引き止められるのも、今思うと、嬉しかった」
「りんちゃん……!!!」
「……そういう意味では、私、Mなのかもね。SとかMって、単純にどっちかって訳じゃないのかな」
「ははっ!……確かに、俺もりんちゃんを気持ち良くさせて啼かせるの大好きだから、そういう意味ではSかも。……でも、Sな俺は当分、お預けかぁ」
「ちょ、ちょっと!何言ってるの?!」
りんちゃんは真っ赤になって狼狽える。
俺はそれを見て、りんちゃんをもっと真っ赤にさせたいと思ってる自分に気付いた。
……こういう時も、俺は確実にSだなと思った。
◇
『同居を始めたとき』欄は空欄にして、『その他』欄に「同居も結婚式もしていない」と記入する。
「ねぇ、りんちゃん。俺、りんちゃんと少しでも多く一緒にいたいし、昨日みたいにりんちゃんが倒れてたら怖いから、早く一緒に住みたいと思ってる」
「……うん。ありがとう」
「出産後、子供と三人で住む家探しと引越しは、りんちゃんの体調が落ち着いてから考えるとして。今日からどっちかの家で一緒に住まない?」
「……うん。私も、そうしたい」
「ほんと?!じゃあさ、りんちゃんがよかったら、うちにしない?ずっと二人で過ごしてたし、ベッドも少しだけ広いし、りんちゃんの日用品も着替えも最低限あるし、調理器具もいろいろ揃えてあるし」
「……うん。確かに。私も、平日の朝と夜しかいなかったここよりもずっと、週末ずっといたハルくんの家の方が、自宅みたいに感じてるかも……。でも」
「でも?」
「今まで自分が『都合の良い女』だと思ってたから耐えれてたけど、今はこんな関係になって。ワガママだってわかってるけど、……ハルくんが他の女を連れ込んでた家で過ごすの、かなり抵抗ある」
「りんちゃん、大丈夫だよ!」
「は?そりゃ、アンタは大丈夫だろうけど?!」
「違うよ!俺、りんちゃん以外、家に連れて来たことないから!家の場所すら教えたことない」
「え?!」
「だって、ストーカーされたり、刺されたり、勝手に教えられたりしたら嫌だったし。好きでもない女を家に入れるのも嫌だったしさ」
りんちゃんはものすごく複雑そうな顔をして、額を手で押さえて言った。
「……喜ぶところなのか、アンタを軽蔑するところなのか、……本当に悩む」
そして、複雑そうなりんちゃんは続けた。
「まぁ、抵抗はなくなったから、いいや。今日からハルくん家に行く」
「うんっ」
こうして、俺はりんちゃんと今日から一緒に住むことになった。
◇
他の欄の記入が終わり、あとは『証人』欄だけだ。
「俺もりんちゃんも実家遠いし。どうしよう……」
「私、親と疎遠になってて。お互い距離置いた方が良いって離れて始めてわかって。だから、なるべく事後報告がいいし、報告もメールとかで済ませたい」
「ああ。俺も、高校の時、俺の女関係の素行の悪さで実家に迷惑かけまくって、大学入学と同時に実家を追い出されてから……そんな感じ」
りんちゃんが額を手で押さえて言った。
「……理解を得にくい親との距離感を共感し合えて嬉しい気持ちと、アンタのクズ時代が垣間見えて軽蔑する気持ちで、……ほんと複雑」
「えへっ」
りんちゃんの視線が痛い……。
話を変えよう。
「あとは、友達も。元々、俺を女を集めるダシとしか思ってないような奴しかいなくて。全員、俺がりんちゃん一筋になった瞬間、離れてった」
「……そっか。まぁでも、私も証人を頼めるような人、周りにいないけど。……あっ!」
「誰かいた?」
「私、女将さんと、大将に頼みたい!」
「いいね!俺もそうしたい!」
俺がりんちゃんと再会して、それからも毎週金曜、りんちゃんを呼び出した居酒屋の女将さんと大将だ。
「俺さ、女将さんに報告もしなきゃ」
「報告?」
「うん。女将さん、俺のりんちゃんへの片想いを、ずっと応援してくれてて。
俺がりんちゃんを引き止めるため料理を始めて。りんちゃんの好物を教えてほしいってお願いしたら、いろいろ教えてくれたんだ。
だから、俺とりんちゃんの結婚と妊娠の報告、したい」
「ハルくん、女将さんに相談してたの……?!」
「えへへ」
「しかも、ハルくんが料理にあんなにこだわってたの、私を引き止めるためだったの……?!」
「うん、最初はね。でも途中から料理自体楽しくなっちゃって、もはや趣味みたいになってるけど」
「ふぅん」
「あのさ、りんちゃんが初めてうちに来た時、俺、りんちゃんの日用品とか着替えとか買って、引き止めたでしょ?」
「……うん。そうだったね」
「そういうのも、料理も、あれで終わりにしたくなくて、必死だった」
「……そっか」
りんちゃんは少し考えてから、言った。
「……ごめん。ずっと、私、自分が傷つきたくなくて必死で、自分の気持ちもアンタの気持ちも見ない振りしてて。気付いてないこと、たくさんあったんだね」
「ううん、クズだった俺が悪いんだから。俺こそごめん」
「……ううん」
眉を下げていたりんちゃんが、少し照れたように笑って、続けた。
「でもさ、ちょっと、謎が解けた」
「謎?」
「女将さんね、私のこと、変な男に付き纏われないよう、ずっと守ってくれてて。私が知らない男に話しかけられたりすると、女将さんがそれとなく追い払ってくれてたの」
「えっ?!知らなかった!」
「うん。でもね、ハルくんだけは、なぜか、追い払われなかったんだよね」
「ええっ?!そうだったの?!」
「……うん」
「でも、それって、俺がりんちゃんをあの居酒屋に呼び出し始める前の話だよね?」
「そうだね」
「俺が相談する前だ」
「えっ?!そうなの?」
「うん」
「じゃあ、謎は謎のまま、かぁ」
「俺、聞いてみようかな」
「気になる?」
「うん!だって俺、あの時女将さんに『困ったちゃん』って呼ばれてて」
「そういえば、呼ばれてたね」
「もし俺が女将さんだったら、俺なんかがりんちゃんに近付いたら、絶対真っ先に追い払うだろうなって思って」
「ふふっ、ちょっと、それ、自分で言う……?」
りんちゃんのツボに入ってしまったようだ。
肩を震わせて笑うりんちゃんが可愛い。
「えへへ」
その後、2人で笑い合った。
こうして証人欄以外の項目を書き終えた俺たちは、俺の家に移動することにした。
最低限のりんちゃんの荷物を持って、残りは休日に少しずつ運ぶことにした。
◇
真夏の屋外。
まだ午前中なのに、うだるような暑さだった。
暑くて断られるかなと思ったけど、俺は夢だったことをまた一つ、りんちゃんにお願いしてみることにした。
「ねぇ、りんちゃん」
「何?」
「手、繋いでもいい?」
「……うん。私も、繋ぎたい」
りんちゃんは今まで、外で手を繋いでくれなかった。
こういうりんちゃんの変化が、俺を最高に幸せにする。
幸せすぎて、やっぱり俺、この後死んじゃうのかもしれない。
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旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
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