【完結】0.3%の奇跡

福重ゆら

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0.3%のその後

0.3%の婚姻届 side. ハル

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 翌朝の土曜日、俺はちゃんと生きてた。
 死亡フラグじゃなくて、本当によかった!

 でも、俺の腕の中にいるはずのりんちゃんはいなくて。
「もしかしてりんちゃんがいなくなる方のフラグだった?!」と思って、俺は一瞬青褪めたんだけど。
 りんちゃんは、起きて朝の身支度をしていただけで、ちゃんといた。
 ものすごくホッとした。

「ハルくんの分の朝食無いし、コンビニ行ってくるね」

「え!りんちゃん、まだ体調悪いんじゃない?夜も無理させちゃったし、まだ寝てた方がいいよ!俺、行ってくるよ?」

「大丈夫。一晩寝て、体調良くなったから」

 そう言って、りんちゃんは部屋を後にした。
 俺は、りんちゃんの家に一人残された。
 信頼されてることがわかって、とっても嬉しい気持ちになる。

 でも、りんちゃんが帰って来た時、俺はもっと嬉しくなった。

「りんちゃん、それ……!」

 コンビニから帰って来たりんちゃんが手に持っていたのは、朝食が入った袋と、二つ折りのA3用紙。

 なんと、婚姻届だった。

「流石に証人欄を偽造したのを、訂正して使う訳にもいかないし」

「りんちゃん……!書いてくれるの?!」

「うん。調べてみたら、ダウンロードしたものでも良いってわかったから。コンビニでプリントしてきた」

「ありがとう!本当に?!……本当に、書いてくれるの?!」

「しつこい。これ以上何か言うなら、書かないけど?」

「もう言わない!書ごう"っ!」

 俺がそう言うと、りんちゃんはクスクス笑って言った。

「ハルくん、また泣いてる」

 涙を拭ってくれたりんちゃんに、俺はまたキスをした。

 幸せすぎる。
 やっぱり俺の死亡フラグは継続中なのかもしれない。


 ◇


 朝食後、りんちゃんと婚姻届をうめていく。
 俺が『夫になる人』欄に名前を書いたところで、りんちゃんが言った。

「……本名見てたら、ハルくんだってすぐ気付いたのに」

「メッセージアプリの登録名、『ハル』だったのに気付かなかった?」

「うん。ハルって登録してる男の子、いっぱいいるし」

「まぁ、そだね。……俺さ、てっきり、りんちゃんに忘れられてると思ったよ」

 りんちゃんは目を見開いた。
 そして、目を伏せて言う。

「……私、ハルくんのこと、忘れたこと、なかったよ」

「本当っ?!」

「たぶん初恋で初めての失恋だったし」

「そうなの?!」

「それで、たぶん次の恋は、『女なら誰でもいい男』で」

「えっ!そいつが、りんちゃんを男性不信にした男?!」

「なのに、やたらと『好き』とか『付き合って』とか『結婚して』とか言ってきて」

「何だそいつ!俺が殴りに行ってやるっ!」

「毎週金曜日に私のこと呼び出して、日曜日まで引き止めて」

「……え?」

「なんだかんだ3年間も一緒にいた人」

「……俺?!」

「うん。……ごめん。私、ずっと、男の人、信じるのが怖くて。週替わりで美女を持ち帰ってたアンタなんか、尚更、信じれなくて」

「……りんちゃん」

「だけど、たぶん惹かれてたから、のこのこついて行ったし。たぶん好きになってたから、離れられなかった」

「……本当?」

「うん。たくさん酷いこと言って、ごめん」

「ううん!りんちゃん!嬉しい!!!嬉しすぎるっ!!!」

 俺は思わずりんちゃんに抱きついて、キスをした。

「でもさ、見た目じゃ、気付かなかった?」

「……だって。ハルくん、昔はものすごく可愛かったじゃん。見た目も、声も」

「今は?違う?」

「うん。身長もそんなに伸びて、声もなんかイイ声だし、そんなに、……カッコよくなってるなんて、反則」

「本当っ?!嬉しいっっっ!!!りんちゃん……っ!!!」

 俺はりんちゃんの胸に顔を埋める。

「ちょっと!胸張ってて痛いから、胸はやめてって昨日も言ったじゃん!」

「あ、そうだった!ごめん!」

 俺は慌てて顔を離した。
 すると、なぜかりんちゃんはハッとしたような顔をした。
 そのあと罪悪感を感じているような顔で、言った。

「……私こそ、ごめん」

「えっ?何で?」

「私、ずっと、アンタに期待しないようにって自分に言い聞かせてて。だから、ずっと、こんな酷い対応になっちゃってて。昨日から直そうって思ってるのに、なかなか直せなくて。……これからは、ちゃんと、普通に出来るようにする」

「ううん!りんちゃん、そのままでもいいよ」

「え?」

「昨日、りんちゃんにさ、『Sかも』って言われて気付いたんだけど。……俺もさ、ちょっとだけ、Mなのかもしれない」

「は?」

「りんちゃんにキツいこと言われたり、呆れ顔とかドン引き顔で見られるの、ちょっと嬉しいと思ってることに気付いた」

「……」

 りんちゃんは、今までで一番ドン引きした顔をした。


 ◇


 りんちゃんが婚姻届の『妻になる人』欄に名前を書く。

 りんちゃんが、俺の、『妻』……!

 俺の中で喜びと幸福感が爆発する。
 俺は言った。

「……りんちゃんこそさ、本当、綺麗になったよね。昔も綺麗だなって思ってたけど」

「……そんなこと、言われたことない」

「あと、俺、りんちゃんの声が好きなんだ。たぶん最初に好きだって気付いたのも、りんちゃんの声」

「えっ?」

 りんちゃんは意外だという顔をした。

「……掠れてるし、自分じゃあんまり好きじゃないんだけど」

「俺は好き。りんちゃんに『ハルくん』って呼ばれるのが好きで、気付いたら、りんちゃん自身のこと好きになってた」

「ふぅん」

「だから、ずっとアンタって呼ばれてるの、ちょっと悲しかった。名前で呼んでって言おうと何度も思ったけど、……言えなかった」

「……何で?」

 何で?考えたこともなかったな。
 考えた瞬間、俺はある一つの可能性に気付く。

「……Mだったから、かも……」

「……」

 りんちゃんに、残念なものを見るような目で見られた。


 ◇


 次は、『婚姻後の夫婦の氏』欄だ。

「俺はりんちゃんの希望に合わせたい。……りんちゃんは希望ある?」

「どうしてもっていう訳じゃないけど」

「うん?『けど』?」

「結婚して苗字変わるの、ちょっと憧れてたから。私が決めていいなら、ハルくんの苗字がいい」

「ふぅん、そっか」

 少し意外だった。
 顔に出てたのか、りんちゃんに聞かれた。

「意外?」

「ちょっとだけ。だって、りんちゃん自立してるから。俺が毎週呼び出して束縛してたのとか、本当は嫌じゃないのかなってずっと不安だったし」

「……王子様への憧れと、少し通じてるのかも。真相真理で、『王子様に攫われて、囲われたい』みたいに思ってるのかもしれない」

「なるほどね」

「だから、ハルくんに毎週呼び出されて引き止められるのも、今思うと、嬉しかった」

「りんちゃん……!!!」

「……そういう意味では、私、Mなのかもね。SとかMって、単純にどっちかって訳じゃないのかな」

「ははっ!……確かに、俺もりんちゃんを気持ち良くさせて啼かせるの大好きだから、そういう意味ではSかも。……でも、Sな俺は当分、お預けかぁ」

「ちょ、ちょっと!何言ってるの?!」

 りんちゃんは真っ赤になって狼狽える。
 俺はそれを見て、りんちゃんをもっと真っ赤にさせたいと思ってる自分に気付いた。

 ……こういう時も、俺は確実にSだなと思った。


 ◇


『同居を始めたとき』欄は空欄にして、『その他』欄に「同居も結婚式もしていない」と記入する。

「ねぇ、りんちゃん。俺、りんちゃんと少しでも多く一緒にいたいし、昨日みたいにりんちゃんが倒れてたら怖いから、早く一緒に住みたいと思ってる」

「……うん。ありがとう」

「出産後、子供と三人で住む家探しと引越しは、りんちゃんの体調が落ち着いてから考えるとして。今日からどっちかの家で一緒に住まない?」

「……うん。私も、そうしたい」

「ほんと?!じゃあさ、りんちゃんがよかったら、うちにしない?ずっと二人で過ごしてたし、ベッドも少しだけ広いし、りんちゃんの日用品も着替えも最低限あるし、調理器具もいろいろ揃えてあるし」

「……うん。確かに。私も、平日の朝と夜しかいなかったここよりもずっと、週末ずっといたハルくんの家の方が、自宅みたいに感じてるかも……。でも」

「でも?」

「今まで自分が『都合の良い女』だと思ってたから耐えれてたけど、今はこんな関係になって。ワガママだってわかってるけど、……ハルくんが他の女を連れ込んでた家で過ごすの、かなり抵抗ある」

「りんちゃん、大丈夫だよ!」

「は?そりゃ、アンタは大丈夫だろうけど?!」

「違うよ!俺、りんちゃん以外、家に連れて来たことないから!家の場所すら教えたことない」

「え?!」

「だって、ストーカーされたり、刺されたり、勝手に教えられたりしたら嫌だったし。好きでもない女を家に入れるのも嫌だったしさ」

 りんちゃんはものすごく複雑そうな顔をして、額を手で押さえて言った。

「……喜ぶところなのか、アンタを軽蔑するところなのか、……本当に悩む」

 そして、複雑そうなりんちゃんは続けた。

「まぁ、抵抗はなくなったから、いいや。今日からハルくん家に行く」

「うんっ」

 こうして、俺はりんちゃんと今日から一緒に住むことになった。


 ◇


 他の欄の記入が終わり、あとは『証人』欄だけだ。

「俺もりんちゃんも実家遠いし。どうしよう……」

「私、親と疎遠になってて。お互い距離置いた方が良いって離れて始めてわかって。だから、なるべく事後報告がいいし、報告もメールとかで済ませたい」

「ああ。俺も、高校の時、俺の女関係の素行の悪さで実家に迷惑かけまくって、大学入学と同時に実家を追い出されてから……そんな感じ」

 りんちゃんが額を手で押さえて言った。

「……理解を得にくい親との距離感を共感し合えて嬉しい気持ちと、アンタのクズ時代が垣間見えて軽蔑する気持ちで、……ほんと複雑」

「えへっ」

 りんちゃんの視線が痛い……。
 話を変えよう。

「あとは、友達も。元々、俺を女を集めるダシとしか思ってないような奴しかいなくて。全員、俺がりんちゃん一筋になった瞬間、離れてった」

「……そっか。まぁでも、私も証人を頼めるような人、周りにいないけど。……あっ!」

「誰かいた?」

「私、女将さんと、大将に頼みたい!」

「いいね!俺もそうしたい!」

 俺がりんちゃんと再会して、それからも毎週金曜、りんちゃんを呼び出した居酒屋の女将さんと大将だ。

「俺さ、女将さんに報告もしなきゃ」

「報告?」

「うん。女将さん、俺のりんちゃんへの片想いを、ずっと応援してくれてて。
 俺がりんちゃんを引き止めるため料理を始めて。りんちゃんの好物を教えてほしいってお願いしたら、いろいろ教えてくれたんだ。
 だから、俺とりんちゃんの結婚と妊娠の報告、したい」

「ハルくん、女将さんに相談してたの……?!」

「えへへ」

「しかも、ハルくんが料理にあんなにこだわってたの、私を引き止めるためだったの……?!」

「うん、最初はね。でも途中から料理自体楽しくなっちゃって、もはや趣味みたいになってるけど」

「ふぅん」

「あのさ、りんちゃんが初めてうちに来た時、俺、りんちゃんの日用品とか着替えとか買って、引き止めたでしょ?」

「……うん。そうだったね」

「そういうのも、料理も、あれで終わりにしたくなくて、必死だった」

「……そっか」

 りんちゃんは少し考えてから、言った。

「……ごめん。ずっと、私、自分が傷つきたくなくて必死で、自分の気持ちもアンタの気持ちも見ない振りしてて。気付いてないこと、たくさんあったんだね」

「ううん、クズだった俺が悪いんだから。俺こそごめん」

「……ううん」

 眉を下げていたりんちゃんが、少し照れたように笑って、続けた。

「でもさ、ちょっと、謎が解けた」

「謎?」

「女将さんね、私のこと、変な男に付き纏われないよう、ずっと守ってくれてて。私が知らない男に話しかけられたりすると、女将さんがそれとなく追い払ってくれてたの」

「えっ?!知らなかった!」

「うん。でもね、ハルくんだけは、なぜか、追い払われなかったんだよね」

「ええっ?!そうだったの?!」

「……うん」

「でも、それって、俺がりんちゃんをあの居酒屋に呼び出し始める前の話だよね?」

「そうだね」

「俺が相談する前だ」

「えっ?!そうなの?」

「うん」

「じゃあ、謎は謎のまま、かぁ」

「俺、聞いてみようかな」

「気になる?」

「うん!だって俺、あの時女将さんに『困ったちゃん』って呼ばれてて」

「そういえば、呼ばれてたね」

「もし俺が女将さんだったら、俺なんかがりんちゃんに近付いたら、絶対真っ先に追い払うだろうなって思って」

「ふふっ、ちょっと、それ、自分で言う……?」

 りんちゃんのツボに入ってしまったようだ。
 肩を震わせて笑うりんちゃんが可愛い。

「えへへ」

 その後、2人で笑い合った。

 こうして証人欄以外の項目を書き終えた俺たちは、俺の家に移動することにした。
 最低限のりんちゃんの荷物を持って、残りは休日に少しずつ運ぶことにした。


 ◇


 真夏の屋外。
 まだ午前中なのに、うだるような暑さだった。

 暑くて断られるかなと思ったけど、俺は夢だったことをまた一つ、りんちゃんにお願いしてみることにした。

「ねぇ、りんちゃん」

「何?」

「手、繋いでもいい?」

「……うん。私も、繋ぎたい」

 りんちゃんは今まで、外で手を繋いでくれなかった。
 こういうりんちゃんの変化が、俺を最高に幸せにする。

 幸せすぎて、やっぱり俺、この後死んじゃうのかもしれない。
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