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61~70話

おじいちゃんの悪態【上】

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 身体中、至るところが筋肉痛だ。それも内ももとか、お尻の外側面とか、今まで筋肉痛になったことのないような箇所ばかり。

 お尻って筋肉痛になるものなんだなぁ……、なんて考えながらどうにかこうにか着替え終えると、こちらを見たヨルグにシャツの襟元をきゅっと閉じられた。

「すまない、痕が……」

「痕? ――ああ! 『ヨルグさんのものだ』って印なら、むしろ見えてたほうがいいんじゃないですか?」

「それはまあ……、……いやしかし、リズがそういった目で見られるのは耐え難い」

「??」

 襟の切れ目に渡した編み上げ紐をきつめに絞って結ばれて、襟元がクシャッとなる。
 それは別に構わないのだけれど、見えない位置に付けてみたり、見せるのを嫌がったり、この印には本当に意味があるのだろうか……?

 ヨルグを見上げて、ハッと気づく。

「ヨルグさんっ! リボン!」

「はっ――!」

 前髪に結んだまま寝てしまったらしいリボンを慌てて解くも、時すでに遅し。ヨルグの長い前髪はクネッとカーブを描いて癖づいていた。

「一応、目元は隠れてますけど……」

「……仕方あるまい」

 ヤカンで蒸気を当てる方法を提案してみたものの、早くお店に行かないと開店準備の時間がなくなるだろうと却下された。

 前髪がクネクネしたヨルグと、全身の動きがぎこちない私。
 なかでもとりわけ違和感があるのは脚の付け根で、ぎくしゃくとした動きしかできず、歩こうとするとがに股になる。
 それでも歩けないことはない――と家を出ようとしたら、ヨルグにさっと抱き上げられて新居から実家までの距離を運ばれた。



「おはよう、おじいちゃん」

 玄関を入って開口一番、私のひどいしゃがれ声を聞いて、おじいちゃんは無言でヨルグをにらみ付けた。
 ヨルグもひと回りほど縮こまっている。

「これでも飲んどけ」

 朝ごパンを食べる私におじいちゃんが出してくれたのは、生姜とレモンのスライスを漬け込んだハチミツの瓶。
 咳が出るときや肌寒い夜なんかに紅茶に溶かして飲む、ちょっとした薬代わりとして作り置いているものだ。

 ヨルグはいつにも増して素早く食事を済ませると、「休んでいてくれ」と私を椅子に座らせたまま、異様に厳しいおじいちゃんの指示のもとで開店準備に奔走した。
 昨日の朝手伝ってもらったこともあり、作業内容はあらかた覚えているようだ。……なぜか、たまの大掃除にしか触れないような戸棚の天板の上まで拭かされているけれど。
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