不能だと噂の騎士隊長が『可能』なことを私だけが知っている(※のぞきは犯罪です)

南田 此仁

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41~50話

究極の選択【下】

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 さすがにヨルグより先にお風呂に入るのは申し訳ないと断ったのだけれど、『訓練と外回りをした俺のほうが汚れているから』と押し切られてしまった。
 ほこほこと湯気を立てる浴槽の横で、真っ白く曇った鏡台を前に説明を受ける。

「タオルはここに。サイズが合わないだろうが着替えも用意した。よければ使ってくれ」

「はい、ありがとうございま――」

 鏡台に載せられる着替えを目で追って、お礼を言おうと振り返ると、鏡台へと腕を伸ばすヨルグの顔が真横にあった。

 この距離はもしや、また口づけられてしまうのでは――!?

 私が期待にまぶたを閉じるより早く、ヨルグがシュバッと風切り音を立てて飛びのく。

「えっ……」

「おっ、置いてあるものはなんでも好きに使ってくれて構わない。俺は居間にいる!」

 わたわたと後退したヨルグは、浴室のドアの縁にしたたかに後頭部を打ち付けたのも構わず、逃げるように走り去っていった。

「? トイレでも我慢してたのかしら……?」



 自分とお揃いのカモミール石鹸が置かれていることに嬉しさを覚えたり、この浴槽のサイズではヨルグは脚を伸ばせないだろうなと考えてみたり。
 楽しい気分で入浴を終えた私は今、究極の選択を迫られていた。

「新しい下着か、一日穿いた下着か……」

 鏡台の椅子に並べられているのは、今日一日穿いていた洗いざらしのドロワースと、今日新品の下着。
 ポシェットのなかに、買ったまま半分忘れかけていた下着の包みが入っていたのだ。

 汚れた下着で好きな人の前に出るなんてもってのほか。普通なら迷うことなく新品の下着を身につけるだろう。
 そう、それが『普通の』下着だったなら…………。




 ぶかぶかの室内履きを引きずりながら居間に戻る。

「ヨルグさん、お風呂ありがとうございました。着替えもお借りしちゃいました」

 ヨルグは短袖のシャツとやわらかなズボンを用意してくれていたのだけれど、長すぎるズボンは貴婦人のドレスのようにずるずると裾を引きずってしまうので諦めた。
 シャツだけでも膝が隠れるほどの長さがあるので、ワンピースを着ているのと変わりない。

「リ――――っ」

 濡れた髪を拭きながら声をかけると、ソファに座っていたヨルグは首まで真っ赤に染めて機能を停止した。

「……ヨルグさん?」

 これは先ほど馬車でも見た光景だ。
 一体何をきっかけに固まってしまったのか。私はそんなに驚くような発言をしただろうか。とりあえず今は、早くしないとお風呂が冷めてしまうのに。

 すたすたと遠慮なく近づいて、座っているヨルグと目線の高さを合わせるように顔を覗き込む。

「ヨルグさーん、お風呂空きましたよー」

「――――」

 高い鼻先にチョンと触れてみたり、頬をツンツンと突ついてみたり。

「お風呂冷めちゃいますよー?」

「――――」

 何をしても動かないヨルグを前に、むくむくといたずら心が湧いてくる。
 ヨルグからは何度もされているから、私からしたって怒られない……はず! だってもう、こっ、恋人なのだからっ!

 ――――ちゅっ!

 話しかけのまま半開きになったヨルグの唇に軽く口づけた途端、伸びてきた二本の腕にガシッと全身を捕らえられた。
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