上 下
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31~40話

私の能力【下】

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「届けなくちゃ……」

 お父さんの忘れ物。
 自分で届けられなくて、今頃困っているかもしれない。
 届けたら、お父さんが褒めてくれるかもしれない。

 戸棚から見つけたビスケットとリンゴ、それに替えの下着二枚をリュックに詰めていると、玄関ドアがノックされた。
 ドアの向こうに立っていたのは、ムスッと怒ったような顔をしたおじいさんで。

「孫か。悪いな、迎えに来るのが遅くなった」



 そうして連れて来られたのは、見知ったパン屋さん。けれどいつもの優しいレジのおばあさんはいなくなっていた。

「カレンはちょっと前に風邪をこじらせて死んじまった。だがまあ、馬鹿息子の死を見ずにけて幸せだったろうよ」

 幼い私は、初対面のおじいちゃんが私のお父さんのことを『馬鹿』と呼ぶのが不満で仕方なかった。
 ――トイレに起きた夜更け、薄明かりのついた部屋で一人、お父さんの手紙を握りしめて「この馬鹿が……っ」と涙するおじいちゃんを見るまでは。

 打ち解けるには程遠い。けれど同じ悲しみを抱えているという事実は、心を許すのには十分だった。


 ある日おじいちゃんが探し物をしていたので、いつもの癖でつい『見えるはずのない』失せ物の在り処を教えてしまった。

 微かに目を見開いたおじいちゃんを見て、しまった、と思った。
 気味悪がられたら、出ていけと言われたらどうしよう。もう、何があろうと無条件に愛してくれた両親はいないのだ。

 けれど……今後も一緒に暮らすなら、いつまでも隠しておくわけにはいかないだろう。
 意を決して透視を打ち明けようとした私に、おじいちゃんは「無理すんな。なんか困ったときにゃ言やぁいい」と言ったきり、それ以上何も追及してくることはなかった。

 透視能力はないはずなのに、おじいちゃんには何もかもお見通しな気がする。その後も何度か『見て』伝えたことはあるけれど、おじいちゃんは問いただすでもなく疑うでもなく、すんなりと私の言ったことを信じてくれた。
 そのせいか、なんとなく『わかっているのだろう』と思いながらも、はっきりと伝える機会のないまま今日まで来てしまったのだ。

「一度ちゃんと伝えておいたほうがいいかしら。わかってそうだけど――って」

 開店準備を進めながら、ふと気付く。

 もしかしてそれは、覗かれているとも知らずに私を好きだと言ってくれているヨルグにこそ、打ち明けるべきことなのではないだろうか……。
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