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31~40話

少女の名《ヨルグ視点》【下】

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 傷痕を見せればまたリズを泣かせてしまうかもしれない。……などとは建前だ。本当はリズが案じてくれたを、自分一人のものにしたかった。
 目元の傷が隠れるほどに長く前髪を伸ばしながら、あの日の少女を想う。

 蓋を開けてみれば、犯行動機は単なる金銭目的だった。
 王族とはつゆ知らず、高そうな服を着ている子どもを誘拐して身代金をせしめようとしたらしい。同様の手口で余罪も見つかり、奴らが二度と日の目を見ることはない。

 脱走が事件の発端となったことで、王子には一年間の外出禁止が言い渡された。
 王子の脱走を許した近衛騎士たちに対しても、多少のお咎めはあったと聞く。
 そして王子発見の功績を称えると言われた俺は、褒賞ならば情報提供者の少女に与えてほしいと願い出た。



 長い前髪越しの視界にもすっかり慣れた頃、ようやく調査報告書が届いた。
 門の通行名簿には代表者の名前しか記されておらず、加えてあの時間帯は多くの人や馬車が門を通過した。そのため調査にかなりの時間を要したのだ。

 報告書によれば、あの日あの時間帯に門を通過した者のなかで、『リズ』の愛称で呼ばれる可能性がある少女は三人。
 ドラ、エット。

 一般市民に姿絵などあるわけもなく、髪や瞳の色などの詳細は不明。唯一顔を見た自分が確認に行くと言って、少女探しを買って出た。

 一人目は王都に住んでいたためすぐに確認できたけれど、記憶を疑うまでもないまったくの別人だった。
 二人目は行商人の娘らしく、門の通過から日数の経過した現時点では、どこの町村を訪れているかは不明。
 三人目が住んでいるとされるのどかな田舎町へも訪れたものの、すでに引っ越してしまったらしく家は空き家になっていた。


 ――リズ。
 困っている俺の前に現れ、俺を助けて、案じてくれた。
 天使か、都合のいい幻でも見たのだろうか。会えない月日に自分の記憶を疑いそうになるたび、あの日貰ったハンカチを見つめて一人想いを募らせた。




 だから、王都で再びリズに会ったときは奇跡だと思った。

 あれは、馬が通れない路地を選んでちょこまかと逃げる小悪党を一晩中追い回す羽目になった日のこと。
 やっとの思いで取っ捕まえて遅番の部下に引き渡した俺は、空腹を抱え、朝日に白んでいく空にげんなりとしながら城に向かっていた。

 仕事終わりでいいだろうと、夕食を後回しにした自分が恨めしい。こんな時間では店などどこも閉まっている。
 一旦一人暮らしの自宅に寄って朝食を腹に入れようかと思ったものの、自炊をしない我が家に食料の買い置きなんてものがあるはずもなかった。

 そんな俺に、リズが声をかけてくれたのだ。

 あの頃と変わらない。困っている者を放っておけない優しさも、少々強引なくらいの行動力も、快活そうに輝く深緑の瞳も。
 ……けれど、見違えるほどに女性らしくなった。


 いつしか記憶のなかの少女を神格化し、愛情は崇拝に形を変えてしまったのではないかと思っていた。
 しかし違った。
 愛らしいピンクのハンカチを手にすれば、今朝がた再会したを思い出して、愛欲が鎌首をもたげたのだ。
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