77 / 213
21~30話
ナイショの話《ヨルグ視点》【上】
しおりを挟む
小さな指の示す先――馬車列の先頭では、一台の荷馬車が通行チェックの順を迎えたところだった。
同行しているのは商人風の男が一人と、護衛らしき男が二人。今は馬車の傍らに立ち手綱を引いていて、荷台にはいくつかの木箱とロール状の布地が山積みになっている。
布の運搬に護衛二人というのは少々大袈裟な気もするが、心配性の商人であればありえない話ではないだろう。
門衛の一人が上段の木箱を開けて中身を確認しているものの、入っているのは大量の紡績糸のようだ。
「あの馬車に少年が乗り込むのを見たのか?」
「ううん、乗ってるのが『見える』のよ。……本当はナイショにしなさいって言われてるんだけど、騎士さまは正義の味方だから特別に教えてあげるわ。あのね……」
手招きされるままに耳を寄せると、少女は聞き取れないほどの小声でコショコショとナイショの話を打ち明けた。
「わたし、トーシができるの。見えない場所のものが見えるのよ」
「…………透視?」
「そう! でもあの男の子、今は寝ちゃってて目の色が見えないの! きっとなかなか見つけてもらえなくて眠くなっちゃったのね。わたしも隠れながら寝ちゃったことあるから、よくわかるわ」
少女は訳知り顔でうんうんと頷いている。
寝ている――つまり、意識のない状態ということか。眠らされているだけであればいいが、最悪の場合……。
じわりと、背筋に嫌な汗が滲む。
決して子どもの話を鵜呑みにするわけではない。けれど実際に、この少女が伝えていない王子の服装を言い当てたことは事実。少なくともなんらかの形で王子を目にした可能性は高い。
少女が何者かとグルになって捜索を妨害しようとしている可能性もゼロとは言い切れないが、人を欺くならば『透視』よりも、もっと説得力のある言い分を用意しただろう。
その話の荒唐無稽さが、逆に信用に繋がる。
なにより今は僅かな手がかりにでもすがるしかない状況だ。
「ねえ、探してるのがあの子なら、早くしないと馬車が門を出ちゃうわ!」
「……ああ。だが勝手な判断で行動はできない。まずは現況を報告して指示をあおぐ」
この不確実な状況でどう動くか。尾行するにせよ、声をかけるにせよ、まずは隊長の指示をあおぐ必要がある。
立ち上がって注意深く馬車を見つめながら、右耳の通信機に触れる。
「こちらデファーロット。西門で『対象』らしき少年を目撃したとの情報を入手。状況は――――。はい、――――。――で、――――」
「んもう! ぐずぐず言わずに行動しなさいって、おかあさんもよく言ってるのに!」
信憑性を損ないかねない『透視発言』については伏せて、目撃談として少女の話を伝える。
そして下された指示は、すぐに周辺の騎士を応援に向かわせるので、到着を待って複数人で尋問にあたるように、というものだった。
根拠が子どもの証言のみでは、管轄の違う門衛にまで協力を求めることは難しいらしい。応援の到着までどうやって馬車を足止めしたものかと考えあぐねつつ、諾の返事に口を開きかけたそのとき。
注視する視線の先に、小さな背中が躍り出た。
同行しているのは商人風の男が一人と、護衛らしき男が二人。今は馬車の傍らに立ち手綱を引いていて、荷台にはいくつかの木箱とロール状の布地が山積みになっている。
布の運搬に護衛二人というのは少々大袈裟な気もするが、心配性の商人であればありえない話ではないだろう。
門衛の一人が上段の木箱を開けて中身を確認しているものの、入っているのは大量の紡績糸のようだ。
「あの馬車に少年が乗り込むのを見たのか?」
「ううん、乗ってるのが『見える』のよ。……本当はナイショにしなさいって言われてるんだけど、騎士さまは正義の味方だから特別に教えてあげるわ。あのね……」
手招きされるままに耳を寄せると、少女は聞き取れないほどの小声でコショコショとナイショの話を打ち明けた。
「わたし、トーシができるの。見えない場所のものが見えるのよ」
「…………透視?」
「そう! でもあの男の子、今は寝ちゃってて目の色が見えないの! きっとなかなか見つけてもらえなくて眠くなっちゃったのね。わたしも隠れながら寝ちゃったことあるから、よくわかるわ」
少女は訳知り顔でうんうんと頷いている。
寝ている――つまり、意識のない状態ということか。眠らされているだけであればいいが、最悪の場合……。
じわりと、背筋に嫌な汗が滲む。
決して子どもの話を鵜呑みにするわけではない。けれど実際に、この少女が伝えていない王子の服装を言い当てたことは事実。少なくともなんらかの形で王子を目にした可能性は高い。
少女が何者かとグルになって捜索を妨害しようとしている可能性もゼロとは言い切れないが、人を欺くならば『透視』よりも、もっと説得力のある言い分を用意しただろう。
その話の荒唐無稽さが、逆に信用に繋がる。
なにより今は僅かな手がかりにでもすがるしかない状況だ。
「ねえ、探してるのがあの子なら、早くしないと馬車が門を出ちゃうわ!」
「……ああ。だが勝手な判断で行動はできない。まずは現況を報告して指示をあおぐ」
この不確実な状況でどう動くか。尾行するにせよ、声をかけるにせよ、まずは隊長の指示をあおぐ必要がある。
立ち上がって注意深く馬車を見つめながら、右耳の通信機に触れる。
「こちらデファーロット。西門で『対象』らしき少年を目撃したとの情報を入手。状況は――――。はい、――――。――で、――――」
「んもう! ぐずぐず言わずに行動しなさいって、おかあさんもよく言ってるのに!」
信憑性を損ないかねない『透視発言』については伏せて、目撃談として少女の話を伝える。
そして下された指示は、すぐに周辺の騎士を応援に向かわせるので、到着を待って複数人で尋問にあたるように、というものだった。
根拠が子どもの証言のみでは、管轄の違う門衛にまで協力を求めることは難しいらしい。応援の到着までどうやって馬車を足止めしたものかと考えあぐねつつ、諾の返事に口を開きかけたそのとき。
注視する視線の先に、小さな背中が躍り出た。
45
お気に入りに追加
1,019
あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる