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21~30話

満月の瞳【上】

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 恥ずかしさも、緊張も、思考も何も吹き飛んで、頭のなかにはぽっかりと満月が浮かんでいる。人間、驚きすぎると驚くことさえできなくなるらしい。

 真剣な金の瞳。
 ちゃんと見るのは初めてのはずなのに、どこか見覚えのあるような不思議な感覚。
 風がやみ、長い前髪が元通り顔の半分を覆い隠してもなお、瞬きも忘れて見つめつづける。

「……突然こんなことを言ってすまない。この気持ちがリズを困らせてしまうだけだとは承知している。……ただの客でいればずっと笑顔を向けてもらえるなら、それだけで十分だと、何度も自分に言い聞かせてきた。リズの笑顔さえ守れればいい、俺の気持ちのせいでリズを困らせるようなことがあってはならないと」

 抱き止めた私を解放するのも忘れたまま、ヨルグがひどく強張った声で続ける。

「それでも……どうしても期待してしまうんだ。食事をしながら楽しそうに向けられる笑みに。『デート』と口にしてもなお、待ち合わせ場所に訪れてくれる姿に」

 伝わってくる微かな震えは。
 諦めにも似た自嘲のなかで、一縷いちるの希望にすがりつくかのように切実な。

 夢ではないかと逃避しかける意識を、必死に掴んで繋ぎとめる。真剣な想いから目を逸らしてはダメだ。そう思うのに、にわかには信じがたい。

 ヨルグが、私を、愛しているという。
 頭の片隅ではいまだに現実を受け止められない私が、『空腹時にパンをあげたことによる刷り込みでは?』なんて言っている。
 同調しそうになる反面、それなら美味しいパンを供したおじいちゃんのほうを好きになりそうなものだとも思う。

 いつだって前髪に覆われた表情はわからず、感情をあらわにすることもない。本当はすごく強いのに、なぜか自信なさそうにオドオドとして。心根の優しい人だから私へも優しく接してくれるけれど、それはきっと誰に対しても同じなのだろうと思っていた。
 私のような初恋でいっぱいいっぱいになっているような小娘なんて、大人なヨルグからしてみれば到底恋愛対象にならないと――そう、思っていたのに。

「っぁ――」

 驚きに開いていた口から、声ともつかない掠れた音が漏れる。慌ててコクリと唾液を飲み込み、喉を湿らせてもう一度口を開く。

 ――早く。早く答えなくては。ヨルグの気持ちが変わってしまう前に。返事など、決まりきっているのだから。

「わた――――」

 『私も好きです』、改めてそう口にしようとして、ふと毎晩の光景が頭をよぎった。
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