不能だと噂の騎士隊長が『可能』なことを私だけが知っている(※のぞきは犯罪です)

南田 此仁

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21~30話

木々の向こうの敵【上】

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 ヒンヒヒーーーーン! と、静かな空間を割って緊迫したいななきが響いた。

 何事かと振り返れば、木々の近くでのんびり草をんでいたはずのニュイがタンと後ろ足を踏み鳴らし、鼻先を木々の深いほうへ向けてピタリと静止した。

「ニュイ……?」

「会敵したようだ。相手は獣、数はいちか」

「えっ、ニュイの言葉がわかるんですか!?」

 驚いてヨルグを見る。
 ヨルグは腰の剣に手をかけ、油断なくニュイの示す先を睨みながら立ち上がった。

「軍馬は状況を伝えられるよう訓練されている。野生動物か魔獣か……、この辺りにはさほど強力な魔獣は出ないはずだが」

「魔獣!?」

 動物よりも力が強く、好戦的だという魔獣!? もし本当に魔獣なら、様子を見に行くよりも今すぐ逃げたほうがいいのでは!?

 そわそわとして立ち上がり、ヨルグの視線を追うように重なりあう木々の奥へとよーく目を

 ――――見えた!

 緑の木々を縫ってこちらに向かってくる岩のような巨体。
 イノシシ――ではない。大きすぎる。

 体高はニュイをしのぐほど。焦げ茶の毛並みに、低く潰れた鼻の左右には人の腕ほどもありそうな長い牙。
 肉屋の値札に描き添えられたイラストで見たことがある、この長く特徴的な牙は。

「ファングボアっ!? ヨルグさん、おっきなファングボアがこっちに向かってます! ニュイを連れて早く逃げないと!」

 ヨルグの腕にしがみつき、急かすようにゆさゆさと引っ張る。
 まだ距離はあるものの、敵は目指すものでもあるかのように迷いなくこちらに向かってくる。ここに着くのも時間の問題だ。

「食べ物のにおいに釣られたか。――リズ、晩のおかずに肉はいるか?」

「へっ、おかず!? いえ、あの、おかずなら釣ったお魚で十分ですけど……」

 おじいちゃんと私の二人なら、先ほどの大きな一尾を分け合うので事足りる。脈絡のない質問に困惑しながら答えると、ヨルグは納得したように頷いてやんわりと私の腕を解いた。

「そうか、ではファングボアにはお引き取り願うとしよう。リズはここで待っていてくれ。――ニュイ、リズを頼むぞ!」

「ブルルッ」

「そんなっ、危ないで――」

 ニュイに私を任せると、ヨルグはなんの躊躇ためらいもなく木々の奥へと消えてしまった。

 ヨルグの言葉を正しく理解しているらしい。こちらにやって来たニュイは、私を守るように寄り添ってくれる。

「ニュイ……。ヨルグさん、大丈夫よね?」

「ブルルッ」

 頬を撫でつつ問えば、力強い肯定が私の髪を散らした。
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