62 / 213
21~30話
木々の向こうの敵【上】
しおりを挟む
ヒンヒヒーーーーン! と、静かな空間を割って緊迫した嘶きが響いた。
何事かと振り返れば、木々の近くでのんびり草を食んでいたはずの馬がタンと後ろ足を踏み鳴らし、鼻先を木々の深いほうへ向けてピタリと静止した。
「ニュイ……?」
「会敵したようだ。相手は獣、数は一か」
「えっ、ニュイの言葉がわかるんですか!?」
驚いてヨルグを見る。
ヨルグは腰の剣に手をかけ、油断なくニュイの示す先を睨みながら立ち上がった。
「軍馬は状況を伝えられるよう訓練されている。野生動物か魔獣か……、この辺りにはさほど強力な魔獣は出ないはずだが」
「魔獣!?」
動物よりも力が強く、好戦的だという魔獣!? もし本当に魔獣なら、様子を見に行くよりも今すぐ逃げたほうがいいのでは!?
そわそわとして立ち上がり、ヨルグの視線を追うように重なりあう木々の奥へとよーく目を凝らす。
――――見えた!
緑の木々を縫ってこちらに向かってくる岩のような巨体。
イノシシ――ではない。大きすぎる。
体高はニュイをしのぐほど。焦げ茶の毛並みに、低く潰れた鼻の左右には人の腕ほどもありそうな長い牙。
肉屋の値札に描き添えられたイラストで見たことがある、この長く特徴的な牙は。
「ファングボアっ!? ヨルグさん、おっきなファングボアがこっちに向かってます! ニュイを連れて早く逃げないと!」
ヨルグの腕にしがみつき、急かすようにゆさゆさと引っ張る。
まだ距離はあるものの、敵は目指すものでもあるかのように迷いなくこちらに向かってくる。ここに着くのも時間の問題だ。
「食べ物のにおいに釣られたか。――リズ、晩のおかずに肉はいるか?」
「へっ、おかず!? いえ、あの、おかずなら釣ったお魚で十分ですけど……」
おじいちゃんと私の二人なら、先ほどの大きな一尾を分け合うので事足りる。脈絡のない質問に困惑しながら答えると、ヨルグは納得したように頷いてやんわりと私の腕を解いた。
「そうか、ではファングボアにはお引き取り願うとしよう。リズはここで待っていてくれ。――ニュイ、リズを頼むぞ!」
「ブルルッ」
「そんなっ、危ないで――」
ニュイに私を任せると、ヨルグはなんの躊躇いもなく木々の奥へと消えてしまった。
ヨルグの言葉を正しく理解しているらしい。こちらにやって来たニュイは、私を守るように寄り添ってくれる。
「ニュイ……。ヨルグさん、大丈夫よね?」
「ブルルッ」
頬を撫でつつ問えば、力強い肯定が私の髪を散らした。
何事かと振り返れば、木々の近くでのんびり草を食んでいたはずの馬がタンと後ろ足を踏み鳴らし、鼻先を木々の深いほうへ向けてピタリと静止した。
「ニュイ……?」
「会敵したようだ。相手は獣、数は一か」
「えっ、ニュイの言葉がわかるんですか!?」
驚いてヨルグを見る。
ヨルグは腰の剣に手をかけ、油断なくニュイの示す先を睨みながら立ち上がった。
「軍馬は状況を伝えられるよう訓練されている。野生動物か魔獣か……、この辺りにはさほど強力な魔獣は出ないはずだが」
「魔獣!?」
動物よりも力が強く、好戦的だという魔獣!? もし本当に魔獣なら、様子を見に行くよりも今すぐ逃げたほうがいいのでは!?
そわそわとして立ち上がり、ヨルグの視線を追うように重なりあう木々の奥へとよーく目を凝らす。
――――見えた!
緑の木々を縫ってこちらに向かってくる岩のような巨体。
イノシシ――ではない。大きすぎる。
体高はニュイをしのぐほど。焦げ茶の毛並みに、低く潰れた鼻の左右には人の腕ほどもありそうな長い牙。
肉屋の値札に描き添えられたイラストで見たことがある、この長く特徴的な牙は。
「ファングボアっ!? ヨルグさん、おっきなファングボアがこっちに向かってます! ニュイを連れて早く逃げないと!」
ヨルグの腕にしがみつき、急かすようにゆさゆさと引っ張る。
まだ距離はあるものの、敵は目指すものでもあるかのように迷いなくこちらに向かってくる。ここに着くのも時間の問題だ。
「食べ物のにおいに釣られたか。――リズ、晩のおかずに肉はいるか?」
「へっ、おかず!? いえ、あの、おかずなら釣ったお魚で十分ですけど……」
おじいちゃんと私の二人なら、先ほどの大きな一尾を分け合うので事足りる。脈絡のない質問に困惑しながら答えると、ヨルグは納得したように頷いてやんわりと私の腕を解いた。
「そうか、ではファングボアにはお引き取り願うとしよう。リズはここで待っていてくれ。――ニュイ、リズを頼むぞ!」
「ブルルッ」
「そんなっ、危ないで――」
ニュイに私を任せると、ヨルグはなんの躊躇いもなく木々の奥へと消えてしまった。
ヨルグの言葉を正しく理解しているらしい。こちらにやって来たニュイは、私を守るように寄り添ってくれる。
「ニュイ……。ヨルグさん、大丈夫よね?」
「ブルルッ」
頬を撫でつつ問えば、力強い肯定が私の髪を散らした。
37
お気に入りに追加
1,017
あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
獣人公爵のエスコート
ざっく
恋愛
デビューの日、城に着いたが、会場に入れてもらえず、別室に通されたフィディア。エスコート役が来ると言うが、心当たりがない。
将軍閣下は、番を見つけて興奮していた。すぐに他の男からの視線が無い場所へ、移動してもらうべく、副官に命令した。
軽いすれ違いです。
書籍化していただくことになりました!それに伴い、11月10日に削除いたします。
義兄の執愛
真木
恋愛
陽花は姉の結婚と引き換えに、義兄に囲われることになる。
教え込むように執拗に抱き、甘く愛をささやく義兄に、陽花の心は砕けていき……。
悪の華のような義兄×中性的な義妹の歪んだ愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる