不能だと噂の騎士隊長が『可能』なことを私だけが知っている(※のぞきは犯罪です)

南田 此仁

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21~30話

食後のデザート【下】

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 ヨルグはずるいと思う。私ばっかり好きにさせて、その言動で一喜一憂させて。
 『また手料理を振る舞う』なんてヨルグと過ごせる口実に、私が浮かれていることなんかこれっぽっちも気付かないくせに。

 このまま胃袋から掴めたりしないだろうか……。

 花型にくり抜いたクッキーを嬉しそうに頬張るヨルグを、じっと見つめる。

「! リズも食べてみないか? すごく美味いぞ」

 ヨルグの手元を見れば、クッキーはもう最後の一枚だ。

「ふふっ、じゃあひと口だけ貰います」

 作った本人に勧めてくるヨルグがおかしくて、そこまで美味しいと思ってくれていることが嬉しくて。笑顔で頷くと、口元にひょいとクッキーが差し出された。

「ほら」

「へっ? あっ、えっと……いただきます」

 唇に触れそうな位置で待っているクッキーにサクリと噛りつく。

 咄嗟に噛ったものの、これはヨルグに手ずから食べさせてもらっている状態では……。

「ん……オイシイ、デス」

「だろう」

 味なんてわからないけれど口元を押さえてコクコクと頷けば、ヨルグも満足そうに頷いて私の食べかけを口に放り込んだ。

「なっ――」

 な……、何を……どう指摘できようか……。
 今の私にできるのは、心臓が飛び出さないよう固く口を結んで、両手で顔を覆うことだけである……。





 空の食器を二人で片付け、お茶を飲んでひと心地。
 パンパンだったお腹も多少落ち着き、脚を投げ出して敷物に座ったままゆったりとした気分で景色を眺める。
 もう少しお腹がこなれたら付近を散策してみたいところだ。

「……リズ」

 固い声に呼ばれて隣を見れば、なぜか姿勢を正したヨルグが、ひしひしと漂う緊張感をまとってこちらを向いていた。

「聞いてほしいことがある」

「はっ、はい……!」

 これはただ事ではないと、慌てて姿勢を正してヨルグに向き合う。

 一体なんの話だろう。
 ヨルグの様子からいって、重大な話に違いない。

 もううちのお店には通えない……とか?
 遠くに引っ越すことになったとか?
 本当は実家の跡継ぎで、子爵になる予定だとか?

「毎朝の笑顔も優しさも、『客』に向けたものだとはわかっている。……それでも俺は、初めて会っ――」

 ヒンヒヒーーーーン! と、静かな空間を割って緊迫したいななきが響いた。
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