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11~20話

一滴の染みのような【中】

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 暖かな日差し、ふわりと木の葉を揺らすそよ風。
 ときおり魚が跳ねたのか、どこかでパチャッと水音が鳴る。
 長い倒木の上、お互いの糸が絡んでしまわないよう十分な距離を空け、ヨルグと並んで座っている。

 ――幸せな時間だ。疑う余地なんてない。

 ずっとこの時間が続けばいい。
 好きな人と二人きりで、のんびりと過ごす一日。静かに、平穏に、天気の話でもしながら、当たり障りなく。

 ――本当に?

 幸せだ。幸せに決まってる。だって好きな人といられるのだから!

 離れた二人の間に吹く風が妙にひやりと感じられるのは、湖の涼気を含んでいるせい。
 変なことを聞いて気まずくなるくらいなら、『知らないまま』側にいるほうが幸せに決まってる。

 お店のドアを開ければ、待ちかねたようにそこにいて。毎朝のなんてことのない会話に、低く落ち着いた声。
 今まで向けられた優しさのすべてを、作り物かと疑いながら?

 この先ずっと、ヨルグと過ごす幸せな時間に一滴のインク染みのようなわだかまりを残したままで――?



 ヨルグが作ってくれた釣り竿を両手できつく握りしめる。
 せっかくの仮初かりそめの幸せを壊すなんて、後悔することになるかもしれない。それを確かめて、自分がどうしたいのかもわからない。――だとしても。

 深く息を吸い、意を決して左隣へと向いた。

「――――あのっ!」

「うん?」

 呼びかければこちらを向いて、穏やかな声が返ってきて。
 そんな当たり前の幸せが、もう失われてしまうかもしれないけれど。

「ヨルグさんが、その…………きっ、騎士団のっ! 第二部隊の、隊長だって――!」

 一息に言って覚悟を決める。
 ヨルグは認めるだろうか、誤魔化すだろうか。いっそのこと単なる勘違いであればいいのに。

「ああ……」

 続くヨルグの言葉が怖くてぎゅっと目を閉じる。耳も塞いでしまいたい。
 自分から聞いたくせに!

「雑務と責任ばかりがのし掛かるだが、こうして休日の日程に融通ゆうずうを利かせられる点だけはありがたいな」

「…………へ?」

 あっさりともたらされた肯定に、意味がわからず顔を上げる。
 自らを隊長だと認めたヨルグは、後ろめたさなんて微塵も感じていない様子で緩く口元に笑みを浮かべていた。
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