37 / 200
11~20話
唯一の呼び名【上】
しおりを挟む
「なぜ泣くんだ……? 俺は嬉しかったんだ」
ヨルグの親指が、そっと目尻に溜まった涙を拭う。
触れる手も、声音も、穏やかで温かくて。恐れていたような嫌悪感や煩わしさなんか、本当にこれっぽっちも抱かれてはいないのだと伝わってくる。
「嬉しい……?」
「ああ。リズに心からの信頼を寄せられているようで、嬉しかった。抱きあげれば安心したように身を預けてくる姿も」
――本当にこの人は、どこまで私を甘やかすのだろう。
二人でのお出かけに浮かれてはしゃぎ回る私に、嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
意外と距離感が近く、面倒見がよくて。私の好きなものに興味を示し、困難から守って、喜ばせようとしてくれる。
うっかり好意を抱かれていると錯覚して、ますます深みにはまっていくこの恋心をどうしてくれよう。
溢れた心が全身へと伝うように、冷たくなった指先にも体温が戻る。
温かな手のひらを頬に添えられたまま、私は涙の残る目をしぱしぱと瞬いてヨルグを見つめた。
「……私のこと、嫌いになってませんか?」
「まさか! リズを嫌うなどありえない」
明確な即答にほっと息を吐く。
少なくとも、今回の件で嫌われたのではという心配は杞憂に終わったようだ。
安心してみれば、気になることがもう一つ。
「その、『リズ』って……」
先ほどから何度か聞こえてはいたけれど、やはり聞き間違いではなかったらしい。
亡き両親が呼んでくれていた愛称。
おじいちゃんは愛称呼びなんか小っ恥ずかしくてできるかと言って名前で呼ぶから、もう私のことを愛称で呼ぶ人なんて誰もいなかったのに。
「昨夜、そう呼んでくれと言っただろう?」
昨夜?
夕食の途中から記憶がないけれど、おそらく酔っぱらった私がヨルグにそんなことをねだったのだろう。
もしかして……酔って開放的な気分になった私は、ヨルグに積極的なアプローチでもしていたのだろうか? 告白――まではさすがにしていないようだけれど、記憶のないあいだに一体何をやらかしたのだろう!?
気になる。
気になるけど、怖くて聞けない。
聞きたくない!
ヨルグの親指が、そっと目尻に溜まった涙を拭う。
触れる手も、声音も、穏やかで温かくて。恐れていたような嫌悪感や煩わしさなんか、本当にこれっぽっちも抱かれてはいないのだと伝わってくる。
「嬉しい……?」
「ああ。リズに心からの信頼を寄せられているようで、嬉しかった。抱きあげれば安心したように身を預けてくる姿も」
――本当にこの人は、どこまで私を甘やかすのだろう。
二人でのお出かけに浮かれてはしゃぎ回る私に、嫌な顔一つせず付き合ってくれた。
意外と距離感が近く、面倒見がよくて。私の好きなものに興味を示し、困難から守って、喜ばせようとしてくれる。
うっかり好意を抱かれていると錯覚して、ますます深みにはまっていくこの恋心をどうしてくれよう。
溢れた心が全身へと伝うように、冷たくなった指先にも体温が戻る。
温かな手のひらを頬に添えられたまま、私は涙の残る目をしぱしぱと瞬いてヨルグを見つめた。
「……私のこと、嫌いになってませんか?」
「まさか! リズを嫌うなどありえない」
明確な即答にほっと息を吐く。
少なくとも、今回の件で嫌われたのではという心配は杞憂に終わったようだ。
安心してみれば、気になることがもう一つ。
「その、『リズ』って……」
先ほどから何度か聞こえてはいたけれど、やはり聞き間違いではなかったらしい。
亡き両親が呼んでくれていた愛称。
おじいちゃんは愛称呼びなんか小っ恥ずかしくてできるかと言って名前で呼ぶから、もう私のことを愛称で呼ぶ人なんて誰もいなかったのに。
「昨夜、そう呼んでくれと言っただろう?」
昨夜?
夕食の途中から記憶がないけれど、おそらく酔っぱらった私がヨルグにそんなことをねだったのだろう。
もしかして……酔って開放的な気分になった私は、ヨルグに積極的なアプローチでもしていたのだろうか? 告白――まではさすがにしていないようだけれど、記憶のないあいだに一体何をやらかしたのだろう!?
気になる。
気になるけど、怖くて聞けない。
聞きたくない!
32
お気に入りに追加
1,019
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった
春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。
本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。
「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」
なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!?
本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。
【2023.11.28追記】
その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました!
※他サイトにも投稿しております。
ご主人様は愛玩奴隷をわかっていない ~皆から恐れられてるご主人様が私にだけ甘すぎます!~
南田 此仁
恋愛
突然異世界へと転移し、状況もわからぬままに拐われ愛玩奴隷としてオークションにかけられたマヤ。
険しい顔つきをした大柄な男に落札され、訪れる未来を思って絶望しかけたものの……。
跪いて手足の枷を外してくれたかと思えば、膝に抱き上げられ、体調を気遣われ、美味しい食事をお腹いっぱい与えられて風呂に入れられる。
温かい腕に囲われ毎日ただひたすらに甘やかされて……あれ? 奴隷生活って、こういうものだっけ———??
奴隷感なし。悲壮感なし。悲しい気持ちにはなりませんので安心してお読みいただけます☆
シリアス風な出だしですが、中身はノーシリアス?のほのぼの溺愛ものです。
■R18シーンは ※ マーク付きです。
■一話500文字程度でサラッと読めます。
■第14回 アルファポリス恋愛小説大賞《17位》
■第3回 ジュリアンパブリッシング恋愛小説大賞《最終選考》
■小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にて30000ポイント突破
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話
まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)
「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」
久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる