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1~10話

昼下がりの救出劇【上】

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 最も賑わう昼の客足が途切れて、ようやく一段落。
 陳列棚にも空きが目立つ。

 残念ながらブリオッシュはつい先ほど最後の一つが売れてしまった。
 渡したくない気持ちを抑え、笑顔で「ありがとうございます」と言った私は売り子のかがみではないだろうか。

 厨房脇のテーブルで遅い昼ごパンを食べていると、黙々と明日の仕込みをしていたおじいちゃんから声がかかった。

「リゼット、それ食い終わったら買いもん行ってくれ。ローズマリーが切れた」

「むぐ……んぁい。行くのはいいけど、おじいちゃん一人でお店大丈夫……?」

 職人気質がんこで無口で無愛想。とてもじゃないけど接客が務まるとは思えない。

「馬鹿言え。カレンがっちまってからは俺一人でやってきたんだぞ」

「あっ、そうだった」

 私がここを手伝いはじめたとき、常連さんたちからはいたく歓迎されたものだ。

 常連さんたちいわく、おじいちゃんの接客は『声をかけても仕込み優先で厨房から出てこない』『選んでいるあいだずっと睨まれているようで気が焦る』『美味しかったと伝えてもニコリともしない』と散々なものであった。
 それでもここのパンが好きだから買いに来ざるを得ないのだと、悔しそうに零しながら。

 おばあちゃんが生きていた頃は、彼女が接客を担当していた。いつもニコニコとして穏やかで、みんな口を揃えておじいちゃんにはもったいないほど優しい人だったと言う。
 今は私がその後任にいている状態だ。

 おばあちゃんに比べればまだまだ至らない点も多いはずなのに、おじいちゃんも常連さんも比較することなく私のままを受け入れてくれているのが嬉しい。
 中継ぎをつとめたおじいちゃんの接客が、あまりにも酷すぎたおかげかもしれない。

 最後の一口を頬張ってコップに残ったミルクを飲み干すと、食器を片付けてエプロンを外し、引き出しから『仕入れ財布』を取り出す。

「ローズマリーはダダ商店の上等品だぞ。間違えんなよ」

「いつものお店ね、オッケー! じゃ、いってきまーす!」

 ドアを開けた瞬間吹き込む風に、髪を押さえながら店を出た。





「ローズマリーは買ったし、ついでに減ってた厨房用洗剤も買ったし、……うん、買い漏らしはないわね!」

 本当は洗剤の店でお風呂用の石鹸も買い足しておきたかったけれど、今は店のお金仕入れ財布しか持っていないので諦めた。

 ぽかぽか陽気に足取りも軽く歩いていると、店に続く通りの真ん中で近所のおばちゃんが声を上げているのに気付いた。

「誰かぁ~! 飛んできたわよ、ハンカチ~っ! 誰の~!?」

 通りを歩く人々と、通り沿いに洗濯物を干している家々の住人にも届くようにと、親切心から張り上げられた声。
 高々と掲げられた右手のてっぺんでは、ものすごーく見覚えのある薄桃色の布切れがはためいていた。
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