6 / 200
1~10話
昼下がりの救出劇【上】
しおりを挟む
最も賑わう昼の客足が途切れて、ようやく一段落。
陳列棚にも空きが目立つ。
残念ながら私のブリオッシュはつい先ほど最後の一つが売れてしまった。
渡したくない気持ちを抑え、笑顔で「ありがとうございます」と言った私は売り子の鑑ではないだろうか。
厨房脇のテーブルで遅い昼ごパンを食べていると、黙々と明日の仕込みをしていたおじいちゃんから声がかかった。
「リゼット、それ食い終わったら買いもん行ってくれ。ローズマリーが切れた」
「むぐ……んぁい。行くのはいいけど、おじいちゃん一人でお店大丈夫……?」
職人気質で無口で無愛想。とてもじゃないけど接客が務まるとは思えない。
「馬鹿言え。カレンが逝っちまってからは俺一人でやってきたんだぞ」
「あっ、そうだった」
私がここを手伝いはじめたとき、常連さんたちからはいたく歓迎されたものだ。
常連さんたち曰く、おじいちゃんの接客は『声をかけても仕込み優先で厨房から出てこない』『選んでいるあいだずっと睨まれているようで気が焦る』『美味しかったと伝えてもニコリともしない』と散々なものであった。
それでもここのパンが好きだから買いに来ざるを得ないのだと、悔しそうに零しながら。
おばあちゃんが生きていた頃は、彼女が接客を担当していた。いつもニコニコとして穏やかで、みんな口を揃えておじいちゃんにはもったいないほど優しい人だったと言う。
今は私がその後任に就いている状態だ。
おばあちゃんに比べればまだまだ至らない点も多いはずなのに、おじいちゃんも常連さんも比較することなく私のままを受け入れてくれているのが嬉しい。
中継ぎを務めたおじいちゃんの接客が、あまりにも酷すぎたおかげかもしれない。
最後の一口を頬張ってコップに残ったミルクを飲み干すと、食器を片付けてエプロンを外し、引き出しから『仕入れ財布』を取り出す。
「ローズマリーはダダ商店の上等品だぞ。間違えんなよ」
「いつものお店ね、オッケー! じゃ、いってきまーす!」
ドアを開けた瞬間吹き込む風に、髪を押さえながら店を出た。
「ローズマリーは買ったし、ついでに減ってた厨房用洗剤も買ったし、……うん、買い漏らしはないわね!」
本当は洗剤の店でお風呂用の石鹸も買い足しておきたかったけれど、今は店のお金しか持っていないので諦めた。
ぽかぽか陽気に足取りも軽く歩いていると、店に続く通りの真ん中で近所のおばちゃんが声を上げているのに気付いた。
「誰かぁ~! 飛んできたわよ、ハンカチ~っ! 誰の~!?」
通りを歩く人々と、通り沿いに洗濯物を干している家々の住人にも届くようにと、親切心から張り上げられた声。
高々と掲げられた右手のてっぺんでは、ものすごーく見覚えのある薄桃色の布切れがはためいていた。
陳列棚にも空きが目立つ。
残念ながら私のブリオッシュはつい先ほど最後の一つが売れてしまった。
渡したくない気持ちを抑え、笑顔で「ありがとうございます」と言った私は売り子の鑑ではないだろうか。
厨房脇のテーブルで遅い昼ごパンを食べていると、黙々と明日の仕込みをしていたおじいちゃんから声がかかった。
「リゼット、それ食い終わったら買いもん行ってくれ。ローズマリーが切れた」
「むぐ……んぁい。行くのはいいけど、おじいちゃん一人でお店大丈夫……?」
職人気質で無口で無愛想。とてもじゃないけど接客が務まるとは思えない。
「馬鹿言え。カレンが逝っちまってからは俺一人でやってきたんだぞ」
「あっ、そうだった」
私がここを手伝いはじめたとき、常連さんたちからはいたく歓迎されたものだ。
常連さんたち曰く、おじいちゃんの接客は『声をかけても仕込み優先で厨房から出てこない』『選んでいるあいだずっと睨まれているようで気が焦る』『美味しかったと伝えてもニコリともしない』と散々なものであった。
それでもここのパンが好きだから買いに来ざるを得ないのだと、悔しそうに零しながら。
おばあちゃんが生きていた頃は、彼女が接客を担当していた。いつもニコニコとして穏やかで、みんな口を揃えておじいちゃんにはもったいないほど優しい人だったと言う。
今は私がその後任に就いている状態だ。
おばあちゃんに比べればまだまだ至らない点も多いはずなのに、おじいちゃんも常連さんも比較することなく私のままを受け入れてくれているのが嬉しい。
中継ぎを務めたおじいちゃんの接客が、あまりにも酷すぎたおかげかもしれない。
最後の一口を頬張ってコップに残ったミルクを飲み干すと、食器を片付けてエプロンを外し、引き出しから『仕入れ財布』を取り出す。
「ローズマリーはダダ商店の上等品だぞ。間違えんなよ」
「いつものお店ね、オッケー! じゃ、いってきまーす!」
ドアを開けた瞬間吹き込む風に、髪を押さえながら店を出た。
「ローズマリーは買ったし、ついでに減ってた厨房用洗剤も買ったし、……うん、買い漏らしはないわね!」
本当は洗剤の店でお風呂用の石鹸も買い足しておきたかったけれど、今は店のお金しか持っていないので諦めた。
ぽかぽか陽気に足取りも軽く歩いていると、店に続く通りの真ん中で近所のおばちゃんが声を上げているのに気付いた。
「誰かぁ~! 飛んできたわよ、ハンカチ~っ! 誰の~!?」
通りを歩く人々と、通り沿いに洗濯物を干している家々の住人にも届くようにと、親切心から張り上げられた声。
高々と掲げられた右手のてっぺんでは、ものすごーく見覚えのある薄桃色の布切れがはためいていた。
46
お気に入りに追加
1,019
あなたにおすすめの小説
【R18】利害一致のお飾り婚だったので初夜をすっぽかしたら大変なことになった
春瀬湖子
恋愛
絵に描いたような美形一家の三女として生まれたリネアだったが、残念ながらちょっと地味。
本人としては何も気にしていないものの、美しすぎる姉弟が目立ちすぎていたせいで地味なリネアにも結婚の申込みが殺到……したと思いきや会えばお断りの嵐。
「もう誰でもいいから貰ってよぉ~!!」
なんてやさぐれていたある日、彼女のもとへ届いたのは幼い頃少しだけ遊んだことのあるロベルトからの結婚申込み!?
本当の私を知っているのに申込むならお飾りの政略結婚だわ! なんて思い込み初夜をすっぽかしたヒロインと、初恋をやっと実らせたつもりでいたのにすっぽかされたヒーローの溺愛がはじまって欲しいラブコメです。
【2023.11.28追記】
その後の二人のちょっとしたSSを番外編として追加しました!
※他サイトにも投稿しております。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
男友達を家に入れたら催眠術とおもちゃで責められ調教されちゃう話
mian
恋愛
気づいたら両手両足を固定されている。
クリトリスにはローター、膣には20センチ弱はある薄ピンクの鉤型が入っている。
友達だと思ってたのに、催眠術をかけられ体が敏感になって容赦なく何度もイかされる。気づけば彼なしではイけない体に作り変えられる。SM調教物語。
ご主人様は愛玩奴隷をわかっていない ~皆から恐れられてるご主人様が私にだけ甘すぎます!~
南田 此仁
恋愛
突然異世界へと転移し、状況もわからぬままに拐われ愛玩奴隷としてオークションにかけられたマヤ。
険しい顔つきをした大柄な男に落札され、訪れる未来を思って絶望しかけたものの……。
跪いて手足の枷を外してくれたかと思えば、膝に抱き上げられ、体調を気遣われ、美味しい食事をお腹いっぱい与えられて風呂に入れられる。
温かい腕に囲われ毎日ただひたすらに甘やかされて……あれ? 奴隷生活って、こういうものだっけ———??
奴隷感なし。悲壮感なし。悲しい気持ちにはなりませんので安心してお読みいただけます☆
シリアス風な出だしですが、中身はノーシリアス?のほのぼの溺愛ものです。
■R18シーンは ※ マーク付きです。
■一話500文字程度でサラッと読めます。
■第14回 アルファポリス恋愛小説大賞《17位》
■第3回 ジュリアンパブリッシング恋愛小説大賞《最終選考》
■小説家になろう(ムーンライトノベルズ)にて30000ポイント突破
連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話
まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)
「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」
久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる