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1~10話
昼下がりの救出劇【下】
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「あれって……!」
一年近く毎晩のように見てきたのだ。見間違えるはずがない。
あれはヨルグの……、なんというか、その……宝物みたいなやつだ!
慌てて周囲を見渡すと、おばちゃんの幾分後方に、キョロキョロと必死に何かを探し歩いている大柄な男の姿が見えた。
「あちゃー……」
この状況はどうしたものか。
「女の子物のハンカチよ~! ねえ誰かいないの~!?」
地面を見ながらこちらへと歩いてきたヨルグが、声に気付いて顔を上げ、一瞬で絶望に呑まれたように見えたのは気のせいではないだろう。
こんな衆人環視下で高らかに女の子物だと告げられたハンカチを、独身男性が自分の所有物だと名乗り出る。
それは命の危険を伴う行為だ……。
大声で拡散される前であれば。いや、せめてハンカチが婦人物であったならば。恋人の忘れ物なり、何かしらの言い様があったかもしれないのに。
私だって、変に関わってのぞきに勘づかれでもしたら困るのだけれど……。
案の定ヨルグは打つ手もないまま立ち尽くし、全身から悲壮感を漂わせはじめている。
――ええい! 仕方ないなぁ、もうっ!
「あーっ! それ、私のハンカチです!」
私は舞台女優も顔負けの演技で、たった今気付いたかのように声を上げた。
「あら、リゼットちゃんのだったの!」
「はい、洗濯物が飛ばされちゃったみたいで。拾ってくれてありがとうございます!」
「いいのいいの、持ち主が見つかってよかったわ! これ、このクローバーの刺繍! うちの娘も子どもの頃やってたのよ~! 懐かしいわねぇ~」
薄桃色の布に、子どもっぽい大振りなレースの縁取り。そして黄緑色の糸で入れられた、なんとも拙いクローバーの刺繍。
『四つ葉のクローバーを身につけると願いが叶う』
私が幼い頃――まだ両親とともに小さな田舎町で暮らしていた頃――そんなおまじないが大流行した。
女の子たちはこぞって、ハンカチやポーチに四つ葉のクローバーの刺繍を入れたものだ。もちろん私も例外ではない。
このハンカチの本来の持ち主も、きっと当時女の子だった女性なのだろう……。
「えへへ、流行りましたよね……」
曖昧に笑って誤魔化しながらも、怪しまれることなくハンカチを渡される。
二言、三言、世間話を交わして分かれ、ハンカチ救出ミッションは無事に成功を遂げた。
声をかけたいけれどかけられない様子で挙動不審になっているヨルグを、ちょいちょいと指で招いて店に戻る。
厨房に荷物を置き、エプロンを着けながらカウンターに出ると、一拍遅れてギィ……と、ためらいがちに店のドアが開かれた。
一年近く毎晩のように見てきたのだ。見間違えるはずがない。
あれはヨルグの……、なんというか、その……宝物みたいなやつだ!
慌てて周囲を見渡すと、おばちゃんの幾分後方に、キョロキョロと必死に何かを探し歩いている大柄な男の姿が見えた。
「あちゃー……」
この状況はどうしたものか。
「女の子物のハンカチよ~! ねえ誰かいないの~!?」
地面を見ながらこちらへと歩いてきたヨルグが、声に気付いて顔を上げ、一瞬で絶望に呑まれたように見えたのは気のせいではないだろう。
こんな衆人環視下で高らかに女の子物だと告げられたハンカチを、独身男性が自分の所有物だと名乗り出る。
それは命の危険を伴う行為だ……。
大声で拡散される前であれば。いや、せめてハンカチが婦人物であったならば。恋人の忘れ物なり、何かしらの言い様があったかもしれないのに。
私だって、変に関わってのぞきに勘づかれでもしたら困るのだけれど……。
案の定ヨルグは打つ手もないまま立ち尽くし、全身から悲壮感を漂わせはじめている。
――ええい! 仕方ないなぁ、もうっ!
「あーっ! それ、私のハンカチです!」
私は舞台女優も顔負けの演技で、たった今気付いたかのように声を上げた。
「あら、リゼットちゃんのだったの!」
「はい、洗濯物が飛ばされちゃったみたいで。拾ってくれてありがとうございます!」
「いいのいいの、持ち主が見つかってよかったわ! これ、このクローバーの刺繍! うちの娘も子どもの頃やってたのよ~! 懐かしいわねぇ~」
薄桃色の布に、子どもっぽい大振りなレースの縁取り。そして黄緑色の糸で入れられた、なんとも拙いクローバーの刺繍。
『四つ葉のクローバーを身につけると願いが叶う』
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女の子たちはこぞって、ハンカチやポーチに四つ葉のクローバーの刺繍を入れたものだ。もちろん私も例外ではない。
このハンカチの本来の持ち主も、きっと当時女の子だった女性なのだろう……。
「えへへ、流行りましたよね……」
曖昧に笑って誤魔化しながらも、怪しまれることなくハンカチを渡される。
二言、三言、世間話を交わして分かれ、ハンカチ救出ミッションは無事に成功を遂げた。
声をかけたいけれどかけられない様子で挙動不審になっているヨルグを、ちょいちょいと指で招いて店に戻る。
厨房に荷物を置き、エプロンを着けながらカウンターに出ると、一拍遅れてギィ……と、ためらいがちに店のドアが開かれた。
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