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31~40話

その距離を飛び越えて【下】

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「――逃げられねぇ状況じゃあ可哀想だと思って、人が決死の思いで耐えたってのに……! 自分から捕まりに来るってんなら、もう手加減しねぇぞ」

 なにやらまずいことを言ってしまった気がする。
 しかし耐えたと言う割りには、すごくいろいろされた気がするのだけれど……。

「……えっと……手加減、してくれてたの?」

「俺がどんだけ理性振り絞ったと思ってんだ!! おい、明日の予定は!?」

「えっ、明日はお休みを貰う予定よ。このところいろいろと大変だったから……」

「わかった、そのまま予定空けとけ。俺ぁ今夜は打ち上げがあんだ」

「…………。ん、わかったわ」

 休日の予定を空けておけということは、おそらく例の件だろう。
 いつのまにか優勝賞品に据えられてしまった、『大会優勝者と一日デート権』。
 そのついでに、お屋敷へも寄らせてくれるつもりなのかもしれない。

 ドキドキするけれど、ちっとも嫌な感じはしない。それどころか、ちょっと明日が待ち遠しいような気さえする。

 ポッと灯った胸の温もりを抱いて、自分の仕事へと戻った。






「ただいまー」

 九日ぶりに帰った自分の部屋。
 埃っぽさを感じ、窓を開けてベッド周りをパタパタとはたく。
 明日のデートが何時からか聞きそびれてしまったけれど、この分では早朝は部屋掃除に費やすことになりそうだ。

 ポツンと部屋の中央に立ってみると、自分以外に人の気配がないことを痛感した。

 値段のわりにおしゃれな調度品と、お気に入りの小物たち。自分の好きなものだけを集めた、居心地のいい空間だったはずなのに。

 静寂が、ひたりと心に張りついて奥へ奥へと潜り込もうとしてくる。

「――お風呂にしましょう! そうよ、久しぶりにのんびり一人で入れるんだもの! 広々と脚だって伸ばせちゃうわ!」

 あえて明るい声を出し、いそいそと準備に取りかかる。
 着替えも――もう、骨折着を着る必要なんてないのだ!

 せっかくだから一番可愛い寝衣を着てやろうじゃないかと、フリルたっぷりのネグリジェを引っ張り出して共用浴場に向かった。


「両手が使えるって、なんて素晴らしいのかしら!」

 すっかり寝支度を整えて。
 一人きりの静寂から必死に目を逸らすように、明日の予定を考えてみる。

 ディノがデートに選ぶのはどんな場所だろう?
 無難にオペラや観劇?
 意外と植物園とか?
 もしかして、私のために苺スイーツのお店を調べておいてくれたり?

 うーん、そもそもあの野盗のようなディノが女性をエスコートしている光景というのが、うまく思い浮かべられない。

 そんな失礼なことを考えていると、部屋の扉がゴンゴンと強いノック音を響かせた。
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