ご主人様は愛玩奴隷をわかっていない ~皆から恐れられてるご主人様が私にだけ甘すぎます!~

南田 此仁

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41~50話

48d、ご主人様は愛をわかっていなかった

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「クリスマス? なんだそれは?」
「え? クリスマスを知らないの?」

 ラヴィアスのキョトンとした顔に、リディオがうーんと唸る。
 リディオの転生した世界にはクリスマスがないらしい。
 そう言われるとリディオの住んでいるラヴィアスの城では、毎年そんな行事をした記憶はない。
 どうして気付かなかったのか……。

(今までプレゼントとかした事ないし……俺からみんなに何かプレゼントしてみようかな)

 リディオは、みんなの好きなものを考えた。

(ユシリスは狼男なのに意外と寒がりだからマフラーにしよう。猫の獣人のシャールちゃんには高級爪研ぎだな。料理人のミロは、大きな鍋が欲しいって言ってた。フォウレはビーカーで得体の知れない液体飲んでたから、マグカップにしよ。ラムカにはラベンダーが好きだし、ラヴィアスには──やっぱり指輪あげたいな……うん、つけてくれなくても、指輪にしよ。淫魔のユルは──あれ? ユルって何が好きかわかんないや……)

 悩みながらも魔界から人間界に行かない事にはプレゼントが買えない。
 それから、お金も必要だ。魔物を倒せばお金が手に入る世界だけれど、リディオにはその力がない。
 そこでリディオが思いついたのは、お小遣い作戦だ。

 魔王の息子であるラヴィアスの執務室で、仕事の手伝いをしていたリディオは、ラヴィアスとユルに向かって両手を合わせてお願いポーズをする。

「あのさ、一週間でいいから、この仕事の給料ってもらえない?」
「給料? 格闘大会の賞金みたいなものか?」

 ラヴィアスが不思議に思って首を傾げると、ユルが説明した。

「給料とは、仕事に見合った対価です。人間界で働く人はそうやってお金を稼ぐ人もいるのですよ。でも、リディオにお金なんて必要なんですか? ラヴィアス様に言えば、何でも買ってもらえますよ?」
「それじゃ意味がないんだ。自分でお金を稼ぎたい」

 リディオの必死な様子にユルがラヴィアスへ視線を向ければラヴィアスが頷いた。

「では、お給料をあげましょう。お金はすぐに必要なんですか?」
「うん」
「それなら、一週間後ではなく、一週間遡った分の給料を今あげますよ」
「いいの!?」
「もちろん。リディオにはずっと仕事を手伝ってもらっていますから」

 ニコニコするユルにリディオはお礼を言って微笑む。

「それと……人間界に行きたいから、ラムカと一緒に行っていい?」

 ラムカとなら一緒に人間界に行った事がある。プレゼントの事もラムカなら協力してくれると思った。

「なぜラムカなんだ。私が一緒に行く」
「ダメ。ラムカがいい」

 ラヴィアスだけには手伝ってもらうわけにはいかない。
 ラヴィアスは、リディオに拒否された為に、思いの外ショックを受けて動きが止まる。

「おや、まぁ。ラムカなら、リディオを守ってくれますよ」
「なぜ私じゃないんだ……」

 頭を抱えてしまいそうなラヴィアスにユルが目を細める。

「理由があるのでしょう。それぐらいで使い物にならなくなるのはやめて下さい」

 ユルがラヴィアスに喝を入れて仕事をさせた。

 ラヴィアス達の仕事の手伝いがなくなればラムカを呼んだ。部屋まで送ってもらいながら、人間界に連れて行って欲しいとお願いする。

「なるほどね。みんなにプレゼントね。いいぜ。協力してやるよ」
「ラムカなら、そう言ってくれると思った。ありがとう」

 リディオがお礼を言えば、ラムカは照れ臭そうに笑いながら紫色の髪を弄る。

「それじゃ、明日の朝に出発だな。部屋に直接行くからな」
「うん。お願いね」

 リディオは久しぶりの人間界に胸をワクワクさせていた。

     ◆◇◆

 次の日に部屋にやってきたラムカは、背中から羽根を出してリディオを抱えて飛んだ。
 高所恐怖症で必死でラムカにしがみつくリディオを、ラムカは大事にギュッと抱きしめる。
 ラムカにとって大事な時間だ。
 ラムカはこうやってリディオを抱えて飛ぶ事が好きだ。
 この瞬間だけは、リディオが頼るのはラムカだけで、リディオがラヴィアスのものだと忘れられる。

 人間界に来れば、恐怖で動けなかったリディオが動けるようになってから、お目当てのプレゼントを順調に買っていく。
 ラムカはミロのプレゼントである大きな鍋にそれらを入れて持ってくれていた。

「この鍋、荷物入れに丁度いいな」

 ラムカがニカッと笑う。

「あ。そうだ。ラムカはユルの好きなものって何だかわかる?」
「セックス」

 サラリと告げられた言葉に、リディオは一瞬聞き間違えかと思いながら、もう一度聞いてみた。

「それで、ユルの好きなものって──」
「だから、セックスだよ。それ以外にない。淫魔なんだから当たり前だろ?」

 当然のように言われてもリアクションに困る。

「そ、そうなんだ……」

 そう言う他にない。
 さすがにそんなものはリディオからプレゼントできない。
 リディオが悩んでいれば、ふと視界の片隅に入った露天で売っていた物にパッと目を輝かせた。

「そうだ! 髪留め!」

 ユルの髪の毛は長い。いつも一つに縛っていた。その髪を縛るリボンに決めた。
 リディオがいい物が買えたと喜んでいれば、ラムカが声を掛ける。

「もう終わりだろ? 帰るか?」
「まだ。あと一つ」

 リディオはラムカを引き連れて、花屋に入って行く。
 ラムカは、その花屋にあるスミレとラベンダーの鉢植えが目に飛び込んできた。リディオとの思い出が蘇ってきて懐かしく思っていた。

「いらっしゃい」
「あの、これください」
「はいよ」

 リディオは、前にラムカにここに連れて来てもらった時に、栞が売っているのを覚えていた。
 その栞を買った。

「ラムカ、これで全部だよ」

 スミレとラベンダーを夢中で見ていたラムカは、リディオに声を掛けられてハッとする。

「はいよ。じゃあ、帰るぞ」
「うん!」

 人間界と魔界の境界まで二人で歩いた。
 そこで待っていた狼姿のユシリスは、リディオを見つけると犬のように駆け寄ってきた。

「待った?」

 リディオはユシリスの首に抱きついて、もふもふしながら問いかける。

「丁度良い時間だ。荷物は背中に乗せて落ちないように縛れ」

 言われた通りにユシリスの背中に荷物を置いて落ちないように布で包んで縛りつけた。

 大きな買い物をするなら荷物持ちも必要だと提案したのはラヴィアスだった。
 荷物を抱えながら飛ぶのでは、リディオを落としかねないとラヴィアスが心配したからだ。
 リディオも空を飛ぶ時だけは身軽な方が気持ち的にも助かった。

「ごめんね。ユシリスに荷物持ちなんてさせて……」
「リディオの為にする事で嫌な事なんてないさ」

 本来なら上級魔族であるラムカもユシリスもこんな事で他人に手を貸したりしない。
 二人ともリディオが可愛くて仕方がないと思っているからこそ成立している。

「それじゃ、俺は先に帰ってるからな。気を付けて帰ってこいよ」
「うん」
「ラムカ様、お先に失礼します」
「ああ」

 ユシリスが駆け出せば、あっという間に見えなくなった。
 リディオは来た時と同じようにラムカにお姫様抱っこされる。

「リディオ、落としたりしないから安心しろよ」
「うん。信じてるよ──うわぁ!」

 いつまで経っても、リディオの高所恐怖症は治らない。
 空を飛んでリディオの部屋のバルコニーまで帰ってきた。
 ラムカはリディオをそのまま降ろす事を躊躇った。必死でラムカにしがみついていたリディオをそのまま連れ去ってしまいたかった。

 空を飛んでいる間、リディオは目を開けない。
 リディオを降ろす前にその唇にチュッと唇を触れさせた。
 驚いて目を開けたけれど、恐怖で再び目を閉じる。

「ラ、ラムカ? 今キスした?」
「体液が体内に入らなきゃ、キスしたなんてわからないからな。もう少し……」

 リディオは繰り返しラムカに唇を奪われる。
 空を飛んでいる感覚が怖くて抵抗するどころか体を動かせなかった。

「リディオ……俺を好きになれよ……」

 リディオは、ラムカにそんな事を言われても全く相手にできない。

「ラムカ──とりあえず降ろしてぇー!」

 ラムカは必死なリディオにクスクスと笑ってしまった。
 バルコニーに着地してリディオの部屋に入った。
 リディオは、空を飛んだ後は腰が抜けてしばらく立てない。ラムカは、そのままベッドに連れて行き、ベッドにそっと降ろしてやった。すると、キッと睨まれた。

「さっきキスしたよね?」
「したなぁ」

 全然悪いと思っていないラムカの態度にリディオはため息をつく。

「やめてって言ってるでしょ」
「好きなやつの唇が目の前にあったら奪うだろ」

 ラムカに当然のように言われてリディオが怒る。

「ラヴィアスに怒られるの俺なんだよ!」
「今日のお礼って事にしろよ」
「なんでキスなの⁉︎ 他のものにしてよ!」
「他のものなんていらない」

 ラムカがリディオにキスをしたのは初めてじゃない。隙をついて何度もされた。
 その度にリディオは、ラヴィアスにベッドから起きれなくなるほど抱かれ、しばらく寝室から出してもらえなくなる。

 ある時はその現場をラヴィアスに見られ、二人がケンカになって城が半壊するという惨事になった。
 魔族の中でも魔王族と呼ばれるラヴィアスとラムカは、同じぐらいの力がある為にお互いに譲るつもりもなく、決着はつかない。
 大なり小なりのケンカを収めるのはいつもユルだ。リディオを使って二人を止める。

「そういう事したら城から出てくように言わてるじゃん!」
「それなら──いっその事、最後まで奪ってやろうかな」

 ニヤリと笑いながらベッドに上ってきたラムカに、リディオは動けないまま覆いかぶさられ両腕を取られてしまう。

「じょ、冗談だよね?」
「お前には冗談なんて言った事ない。ほら、口開けろ──」

 迫るラムカに顔を逸らせば、首をスーッと舐められた。

「そ、それ以上したら、ラムカにはプレゼントあげないから!」

 リディオは慌てて叫ぶ。

「──え? あのプレゼントって俺の分もあるの……?」

 自分もプレゼントが貰えると思わずにいたラムカは、驚いてピタリと動きが止まる。
 リディオは更に叫ぶ。

「どかないと絶対あげない!」

 ラムカは慌ててリディオから離れてベッドを降りる。
 顔だけをベッドに乗せた状態でリディオの様子を窺う。

「ご、ごめんな! ちょっと抑えられなくて……ほら、もうどいたから、な? 機嫌直せよ?」
「ばか……」

 膨れて睨むリディオにラムカが眉尻を下げて情けない顔をした。

「悪かった! この通りだ! 反省したからお前からのプレゼント……くれるよな?」

 不安そうなラムカにリディオはため息をつく。

「それじゃ、俺は寝るから部屋から出て行って下さい」

 リディオが部屋のドアを指差す。

「わかった……ゆっくり寝ろよ……」

 そっとリディオの頭を撫でてから部屋を出て行くラムカにリディオは大きなため息をついた。

     ◆◇◆

 クリスマスイブ当日。

 ラヴィアスの腕の中で目覚めたリディオは、ゆっくり寝ているラヴィアスの頬にチュッとキスをしてから起き出した。
 寝室から出ると、魔族の洋服屋に頼んで作ってもらった赤い服を着て、鏡の前に立った。

「服がイメージと違う! 黒シャツに赤コート……確かにモコモコも付いてるのに魔族仕様とでも言うのか……コートのフードを被れば──まぁ……こんなサンタもありか? いや、むしろカッコいいかも?」

 リディオにブツブツと独り言を言っている自覚はない。
 想像よりもカッコいいリディオサンタに変身できて得意げに胸を張った。

「リディオ。今日は早いですね。おや? いつもと違う格好をしてますね?」

 ユルが部屋に入ってきて不思議そうに問いかけられた。
 鏡の前で格好つけていた所を見られたと思うと恥ずかしい。

「今日はね、クリスマスなんだよ!」
「クリスマス?」
「そう! えっと……とにかく、いつも頑張ってるみんなに俺からご褒美をあげます!」

 みんなのプレゼントを入れていた袋からユルへのプレゼントを取り出す。

「ユル、こっちに来て座って」

 不思議そうにしながらソファに座り込んだユルの背後に立って、ユルの髪を解く。
 サラサラの金髪がユルの背中に落ちる。

(天の川みたいに綺麗な髪だ……)

 触り心地も最高で、サラサラと手で弄ぶ。

「解いてしまったら、仕事がしずらいのですが……」
「すぐ縛るね」

 ユルの髪を纏めて、赤いレースのリボンで縛る。
 綺麗な金髪に赤いレースが映えて可愛かった。

「ユル! 見て!」

 鏡の前に連れて行き、リディオが縛ったリボンを見せられたユルは、内心でとても驚いていた。
 ユルは、リディオが給料が欲しいと言い出した時に、てっきりラヴィアスだけのプレゼントを買うのだと思っていた。
 それなのに、ユルがリディオからプレゼントを貰えるなんて衝撃的だった。

(些細なプレゼントにも気持ちが込められていれば、こんなにも私の心を乱す……) 

「これがリディオからのプレゼントですね。ふふっ。あのお給料はこんな使い道だったのですね。こんなにも嬉しいプレゼントは初めてですよ」

 少し頬を赤くしながら優しく微笑むユルにリディオが照れる。

「大袈裟だよ。でも喜んでくれたらなら良かった」
「リディオ……私の可愛い人──」

 ユルは、リディオの頬に手を添えた。

「ユル?」

 キョトンとしたリディオを見つめて想像する。
 この可愛い人をラヴィアスのように愛する自分──ラヴィアスのように甘くは愛せない。
 寝室に一生閉じ込めて、誰にも会わせず、誰にも触れさせず、自分がいないとダメになるほどの快楽と愛情をたくさん注いで暮らす日々──。

(私はこの想像だけで充分です……)

 ラヴィアスのような優しい気持ちじゃない。ラムカのように真っ直ぐな気持ちでもない。
 一度手を出したら壊れるまで愛してしまいそうな衝動。
 ユルは、その衝動を抑えてニッコリと微笑んだ。

「リディオ……何かあったらすぐに私に言うのですよ。ラヴィアス様と同じように、あなたを赤ん坊の頃から見守っているのは、私も同じなんですから……」

 ギュッと抱きついたリディオの背を優しく撫でる。

「ユルは、俺の大事な家族だよ。だから、ユルも何かあったら俺に言ってね」

 淫魔であり、上級魔族であり、ラヴィアスの側近で敵などいない──誰もユルをおびやかしたりしない。
 そんなユルを、か弱いリディオが守ろうとしてくれるのが、ユルにはとてつもなく嬉しかった。
 この世にそんな事を思ってくれる人が一人いるという喜びが心を満たす。

「今日は、みんなにプレゼントを配ってくるね!」
「はい。護衛はユシリスに頼みますね。そのうちシャールも来ますよ」

 微笑み合っていれば、寝室が開いてラヴィアスが出てくる。

「リディオ……今日は早いんだな……」

 リディオは普段、先に起きてもそのままベッドにいた。
 ベッドから出るのはいつもラヴィアスと一緒だったのに、リディオが隣にいなかった事がラヴィアスにはショックだった。
 寂しいという気持ちを味わうのは、リディオと会えなかった時以来だ。

「今日は、色々行きたい所があるから、今日の手伝いは無しでね」
「わかった……」

 人間界に一緒に行く事を断られて、一緒に起きれなかった上に、更には一緒にいてもくれない。
 少し落ち込み気味のラヴィアスは、ユルがいつになく上機嫌なのを目ざとく発見する。

「ユル? 何か良い事があったのか?」
「はい。リディオからプレゼントを貰ったのです」

 ユルは、髪を縛っているリボンが可愛らしいレースになっているのをラヴィアスに見せびらかす。
 それを見てラヴィアスは羨ましく思う。

「リディオ──」

 私には?と言いかけて、言うのをやめた。
 まるでプレゼントを強要しているかのようだ。器の小さい男と思われるのも嫌だった。

「おはよう……」

 そう言うのが精一杯だった。

「おはよう! ラヴィアス!」

 ラヴィアスは、ニコニコするリディオに複雑な思いを抱いていた。

     ◆◇◆

 リディオは、朝食の片付けをしていたメイドのシャールを呼び止めて、プレゼントを渡した。

「こ、これは──! 高級爪研ぎですぅ~」

 シャールは手のひらサイズのヤスリみたいな鉄製の爪研ぎに目を輝かせて喜んだ。
 頬擦りまでして喉をゴロゴロと鳴らす。リディオはさすが猫の獣人だとこっそり思う。

「早速使います! リディオ、ありがとう」

 ギュッと抱きしめられると思わずもふもふしてしまうのは、シャールの毛並みが良いからだ。
 次は高級ブラシにしようとこっそり決めた。

 次に会ったのはリディオを迎えに来たユシリスだ。

「リディオ? なんだその格好は?」

 不思議そうに見つめられたけれど、恥ずかしいのを我慢して、マフラーを取り出す。

「ユシリス、少ししゃがんで」

 じゃないと首に届かない。
 言われた通りにしゃがむユシリスの首に紺色のマフラーを巻いた。
 ユシリスの銀色の髪に良く似合っていた。

「おぉ!? な、なんだこれ!? もふもふして……気持ちいいな……」

 マフラーにスリスリとほっぺを擦り付けて、口元まで埋まりそうなユシリスに微笑む。

「ユシリスにプレゼント! いつもありがとう。メリークリスマス」
「メリークリスマス?」
「えっと……説明が難しいな。楽しい一日を過ごしましょうって感じの言葉だよ。挨拶みたいなものだと思って」
「そっか。メリークリスマスだな!」

 ニカッと笑ったユシリスの尻尾が嬉しそうに左右にブンブンと振られている。リディオのあげたプレゼントに喜んでくれた事が嬉しい。

「じゃあ、ミロにもプレゼントしたいから、調理場まで連れてって」
「はいよ」

 ユシリスと一緒に調理場へ行った。
 いつも料理を作ってくれる鬼人であるミロは、筋肉ムキムキのお兄さんだ。
 ミロには耐久性抜群の鍋をプレゼントする。

「リディオからプレゼントだなんて……」

 嬉し泣きをするミロにリディオは微笑む。

「その鍋でまた美味しい料理を作ってね」
「ああ! 任せな!」

 ご機嫌で仕事に戻るミロと別れて、今度はフォウレの所だ。
 城の医者であり、妖狐であるフォウレの部屋に行けば、嬉しそうに中に入れてくれた。
 九本ある尻尾がファサッと揺れた。

「これフォウレに。いつもありがとうって事でみんなにプレゼントしてるんだ」

 フォウレは、手渡した可愛い狐の絵が描いてあるマグカップをまじまじと見つめて耳をピクピクさせる。
 嬉しいらしく、尻尾が揺れていた。
 獣人の皆さんは感情が分かりやすくていい。

「リディオが選んだの?」
「そう。飲み物は、ちゃんとしたマグカップで飲んでね」
「わかった。毎日使わせてもらうよ。ふふっ。嬉しい。今度はお礼にお茶会に招待するからね」
「うん! ありがとう!」

 フォウレは、喜ぶリディオが可愛くて頭を撫でた。その手をガシッとユシリスに掴まれた。
 チッと舌打ちをして、ユシリスを見れば見慣れないマフラーを巻いていた。

「それ──君もリディオからもらったわけだ?」
「いいだろ。やらねぇからな」
「僕にはこのマグカップがあるから結構だよ」

 お互いにリディオのプレゼントを自慢し合う光景はリディオには少し恥ずかしかった。

 次はラムカだ。
 ラムカの所に行けば、プレゼントを持ってきたのだとわかって、渡す前からルンルンと聞こえてきそうだった。
 リディオはラベンダーの押し花が入っている栞を手渡した。

「これっ──!」

 ラムカは、それ以上言葉にならなくて口元を押さえた。

「押し花って言って、本物だけど枯れないよ。栞だから本を挟んだりする時とかに使ってね」

 魔界では花は枯れてしまうけれど、押し花なら枯れずに残る。
 ラムカは、人間界に行った時だけ花を楽しんでいたけれど、思い出の花をいつも見られるようになるとは思ってもいなかった。

「ラベンダーの香りもするな……」
「香りは時間が経つと消えちゃうらしいけど、しばらくは香るらしいよ」

 魔族は鼻がいい。リディオには鼻を近付けないとわからないけれど、ラムカには手に持つだけで香りがよく分かる。

「ああ……懐かしいな……ははっ」

 とても嬉しそうに笑いながら、ラムカはギュッとリディオを抱きしめた。

「リディオ……俺と結婚しよ?」
「俺はラヴィアスが好きだって言ってる……」
「気持ちは止められないだろ? 俺は何度断られたってお前を諦めない」
「ばかだね……」

 ラムカは、呆れた様子のリディオにクスクスと笑う。

「好きだ……好き……気持ちが溢れるってさ……今みたいな事を言うんだな……」

 頬にキスされて、慌ててラムカを押す。

「ちょっと……」
「ラヴィアスの十分の一でいい……少しでも俺に心をくれ……」
「だ、だめ……」

 おでこや耳にキスされて暴れれば、ユシリスに引き離されてホッとする。

「忠実な犬だな──」

 ユシリスは、ラムカに睨まれて萎縮しそうになりながらも、リディオを背中に隠して気丈に振る舞った。

「ラムカ様、すみません。リディオはラヴィアス様のものです」
「まぁいいさ。今の俺は機嫌がいい」

 ラムカはユシリスに向けていた敵意を消して、リディオを覗き込んで微笑んだ。

「俺から逃げるのは諦めろよ。この世界のどこに逃げても、俺はお前を見つけるよ」

 リディオは困った事にラムカが嫌いじゃない。
 それでもラヴィアスだけだと言い続けるしか思い浮かばなかった。
 上機嫌で手を振るラムカにどうしたものかとため息をついた。

 他にもラヴィアスのお兄様や魔王様にプレゼントを用意した。伝令に届けてもらうようにお願いすれば、全てのプレゼントを配り終わった。一つを除いて──。

 残ったのは、ラヴィアスの指輪だけだ。
 リディオにとって、ラヴィアスへのプレゼントは特別だ。
 渡し方も考えてみたけれど、どれもしっくりこなかった。
 それでも、みんなと同じようにそのまま手渡す気にはならなかった。

     ◆◇◆

 ラヴィアスは、ユルのリボンを引っ張ってやりたかった。
 途中でお茶を持ってきたシャールが、ユルとプレゼントを貰ったと話して喜んでいたのを聞いて書類を書いていたペンを折った。

(私にはないんだろうか……)

 益々不安になってしまった所にラムカがやってきて、栞をもらったと見せびらかされた。

「これ、俺たちの思い出の花なんだ。いいだろ?」

 ラヴィアスは、羨ましいと心の底から思っても、口には出せない。

「それで、お前は何をもらったんだ?」
「…………」
「もしかして、もらってないのか? 一番最初にあげてもいいのにな。貰えないのかもよ?」
「…………」

 ラヴィアスは、引きつる顔を誤魔化せない。ラムカの笑い声が憎らしく思える。
 揶揄うだけ揶揄ってラムカが部屋を出て行った瞬間に、ペンをもう一本折った。
 ペンのインクが飛び散った書類を丸めて捨てる。

「ラヴィアス様、今日はもう仕事は終わりにしたらどうですか?」
「なぜ?」
「リディオからプレゼントを貰えなくて情緒不安定だからですよ」
「違う!」

 怒り出したラヴィアスに、ユルはやれやれと心の中で思う。

「ラヴィアス様は、リディオ自身を貰っているでしょう? それ以上、何を望むのです」

 確かにリディオはラヴィアスのもので、ずっと一緒にいると誓った。
 他のみんながリディオを好きでも、一番はラヴィアスだという自信もあった。
 それでも、いつもと違う行動をされるのは不安だ。

「──……今日は明日の分まで仕事をする。だから明日は一日休む。誰も部屋に近付けるな」
「分かりました。あまり無理をさせないで下さいよ」
「わかっている」

 朝まで抱き合えば、きっとこの不安もなくなるはずだとラヴィアスは思うばかりだった。

     ◆◇◆

 リディオは、夕食の時間になる前に服を着替えてラヴィアスを待った。
 結局、指輪はラヴィアスが寝ている間に指に嵌めることにした。
 朝起きてびっくりするラヴィアスを想像すると楽しみだった。
 夕食を持ってきたシャールにリディオが問いかける。

「あれ? ラヴィアスがまだだよ?」
「はい。少し仕事が忙しいようです。先に食べてお風呂にも入るようにとの事です」
「え……そうなんだ……」

 今日はクリスマスイブで、大事な人と過ごす日だ。
 リディオにとっては、恋人であるラヴィアスが大事な人だ。
 それなのに、一番一緒にいたい人が目の前にいない事に落胆する。

 それでも、わがままを言わずに一人で食事をした。
 食休みをしながらラヴィアスを待ったけれど、なかなか来ないようなので、お風呂にも入った。
 髪を拭きながら部屋に戻れば、ラヴィアスがちょうど部屋に入ってくる所だった。

「ラヴィアス!」

 嬉しくて駆け寄れば、ラヴィアスは微笑んでくれる。
 けれど、リディオにはなんだか元気がないように見えた。

「夕食は仕事をしながら食べた。風呂に入ったら寝室へ行くから薬を飲んで待っていろ」
「う、うん」

 これは、夜のお誘いだ。
 ラヴィアスが飲めと言った薬は、男性でも興奮すると体が濡れるようになる薬だ。

 言われた通りに薬を飲んでベッドに入る。
 指輪は枕の下に隠した。朝渡そうと思ったけれど、抱かれたらきっと渡す余裕がない。
 それなら、今渡すべきだと思った。

 しばらくして、寝室にやってきたラヴィアスは、ベッドに入るとリディオの上に覆いかぶさった。
 リディオは、ラヴィアスの余裕がなさそうな顔を下から見上げて違和感を覚える。

「ラヴィアス? 何かあった?」
「何かあったと言うよりは……何もなくて落ち込んでいるといった所だ……」
「どうしたの?」
「…………」

 ラヴィアスは、眉根を寄せてリディオから視線を逸らした。
 私にプレゼントはないのか?そんな事は言えない。

「ラヴィアス?」
「いや……」
「それなら、俺の用を先にしていい?」
「なんだ?」

 枕の下に手を伸ばして指輪を出して、ラヴィアスの左手を握った。

「手……貸して」

 不思議そうなラヴィアスの左手の薬指に少し太めのシルバーの指輪を嵌めた。
 黒い石は、二人の髪の色を象徴するような漆黒の石だった。

「指輪……?」
「魔界にも指輪ってあるけど、それって権力とか地位の象徴だったよね? 人間界では、恋人だったり夫婦だったりで、お揃いの指輪をするんだ。その……愛を誓い合うっていうか……えっと……大好きですって意味を込めて……」

 照れながら一生懸命に愛を伝えようとするリディオにラヴィアスは放心状態だった。

「俺からラヴィアスだけに贈る、特別なプレゼントだよ……」

 リディオは、枕の下からもう一つの指輪を出して、自分の薬指に嵌めた。
 それをラヴィアスの左手に重ねて照れながら嬉しそうに笑った。
 ラヴィアスは、それを見た瞬間にブワッと胸の奥から何かが込み上げてきて、リディオを強く抱きしめた。
 リディオは、ラヴィアスの背に腕を回して抱き返す。

「──……私には……プレゼントはないのか……と思っていたんだ……」
「うん……」

 ポツリポツリと話し出したラヴィアスにリディオは優しく頷いた。

「他のみんなは……リディオから貰った物を嬉しそうに見せびらかすから……正直羨ましかった……」

 甘えるようなラヴィアスが可愛い。

「そっか。最後になってごめんね」

 リディオはラヴィアスをギュッと強めに抱きしめた。
 プレゼントが貰えなくて落ち込んでいたラヴィアスが本当に愛おしい。

「……落ち込んでいた分……嬉しさで窒息しそうだ──……」

 ラヴィアスが更に強く抱きしめれば、リディオの心も満たされた。

「お揃いの指輪で愛を誓い合う──か……」
「恥ずかしいから……あまり言葉にしないで……」
「私はお前に永遠の愛を誓おう……例えお前が死んでも、私はお前をずっと愛し続けるよ──」

 魔族であるラヴィアスの寿命は長い。それに比べて人間であるリディオの一生はとても短い。
 どうしても先に死ぬのはリディオで、それを覆す事は神様にもできない。
 ラヴィアスなら、本当にリディオをずっと愛してくれるんだろう。ラヴィアスの気持ちがすごく嬉しかった。それと同時に、リディオは、自分が死んだ後の事を考えると胸が痛かった。

「ありがと。すごく嬉しい。でもね、俺が死んだら──……ラヴィアスは他の人を愛してもいいよ」

 ラヴィアスは、少し体を引いてリディオを見つめた。
 リディオの瞳から涙がこぼれた。涙を流しながら微笑まれて、ラヴィアスの胸が締め付けられる。

「リディオ……」

 優しくリディオの涙を指で拭いながら、ラヴィアスの瞳がリディオを切なく見つめて、なぜだ?と問いかけた。

「ラヴィアスは、長い長い時間を生きるでしょう? それなのに、ずっと独りでいないで欲しいんだ。俺が生きている間は、俺がずっとそばにいて独りにしない。でも、俺が死んだら──そしたらラヴィアスは独りになっちゃう……独りじゃ笑い合う事も、抱き合う事もできない──ラヴィアスが可哀想だよ……」

 リディオは、そこで言葉を切って、深呼吸をする。
 辛そうなラヴィアスの顔へそっと手を伸ばして頬に当てれば、ラヴィアスはその手を握った。

「俺との幸せは、ラヴィアスには長く続く時間のほんの少しだよ。だから、俺が死んでいつか愛せる人が現れたら、その時はその人を迷わずに愛してあげて欲しいんだ。人を愛するってこんなにも幸せでしょう……?」
「それは、相手がお前だからだろうっ──!」

 思わず叫んだラヴィアスに、リディオは泣きながら精一杯の笑顔を向ける。
 それは、ラヴィアスの心の奥深くに突き刺さった。

 愛しくて……残酷な人だ──。

「お前以外──……愛せるわけ……ないだろう……っ」

 苦しそうに搾り出された言葉は、リディオの胸をギュッと締め付けて痛くする。

 リディオはこの先の未来の全てに、ラヴィアスの愛がある。こんなにも愛されてリディオは幸せだった。
 それなのに、ラヴィアスのこの先の未来の全てをリディオが愛してあげられない事が悔しくて……悲しい……。

「うん。今はそれでいい……。浮気したら許さないし」

 クスクス笑えば、ラヴィアスも優しく笑う。
 重ねた手が熱かった。

「リディオ……」
「ラヴィアス……んっ」

 ラヴィアスは、想いを込めてリディオにキスを贈る。
 それが深く長いものに変われば、二人に言葉なんてなかった。

 優しくリディオの素肌を撫でて、足の先までキスをした。
 リディオの弱い部分を攻めて喘がせれば、二人の興奮は高まっていく。

 繋がった部分が熱い──。
 ベッドを軋ませて、溶け合ってしまいそうな快感に体も心も震わせた。

 ラヴィアスは、リディオの全てを自分のものにしたかった。
 愛しても愛しても愛し足りなくて、その体ですら自分のものだと刻みつけて何度も愛を伝える。

「リディオ……お前は一生私のものだ──」
「うん……! 一生そばにいる──っ」

 リディオの瞳から涙がホロリと落ちてシーツに染み込む。
 今、抱き合うこの瞬間の幸せを、二人で噛み締めていた。

 いつの日か、リディオが再び神様に出会った時、二人の運命はまた繋がるのかもしれない──。
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