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21~30話
赤に染まる【中】
しおりを挟む思い出されるのは一年前の、ある春の日。
春分を過ぎてようやく寒さが和らいできたというのに、その日は薄曇りの肌寒い朝だった。
いつも早起きなおじいちゃんが朝食の準備を終えても起きてこないので、体調でも崩したのかと心配になって寝室を覗きに行った私は――――
その『心配』が、もう二度と届かないことを知ったのだ。
自分はなんて無力なのだろう。
こんなとき、ただ泣くことしかできないなんて。
それでもクロが、隠れていてくれと言ったから。両手できつく口元を押さえ、狭いポケットの中で必死に嗚咽を殺す。
押さえる手のない目元からは大粒の涙がぼろぼろと零れ、音もなくポケットの内布を濡らした。
「――もう出てきて大丈夫だ」
クロが重なりあった枕をどかせば、シーツの上にうずくまって泣きじゃくる私に眩しい部屋明かりが注いだ。
自分の足で部屋へと戻ったクロは、血染めの上着のポケットから私を抱き上げて、そっとベッドの枕元に隠れさせたのだ。
その後慌ただしく人が出入りしてクロの治療も終わり、今は広い寝室にクロと私の二人だけ。
「ひっく……、クロっ! クロぉ……っ!」
堰を切ったようにしゃくり上げながら、ベッドに座るクロの腕にひしとしがみつく。
少し顔色がよくないけれど……それ以外はいつも通りだ。
険しい表情も、穏やかな瞳も、温かな体温も、ちゃんとここにある。
血の気配は跡形もなくなり、今は真っ白な寝衣を着ていた。
「クロ……、無事で、よか……っ……」
安心と共にまた新たな涙が込み上げてくる。
緩みきった涙腺はとどまることを知らず、あとからあとから涙をあふれさせる。
「傷はもう治癒魔法で塞がっている。失った血は戻らないので数日間安静にしている必要はあるが……。ヒナ、心配をかけてすまなかった。万が一俺に何かあったときには、ヒナの生活を保障するよう書き置いておくから安心してほしい」
「――!」
「執務室の隠し扉も、主を失えば普通の扉として姿を現す。中に閉じ込められる心配はしなくて大丈夫だ」
「なに……それ……」
涙跡の残る顔で唖然とクロを見上げる。
「ああ、先んじてヒナ専用の部屋を用意しておいたほうが――」
「バカっ!!!!!」
私の急な怒鳴り声に、クロはぱちくりと目を瞬いた。
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