29 / 165
11~20話
喉の渇きの前では無力【下】
しおりを挟む
ティースプーンに両手を添えて、口を付ける。
そこまでの大きさはないものの、気分は優勝力士の大盃のよう。
クロが慎重にスプーンを傾けるのに合わせ、ゴクゴクと一気に紅茶を飲み干した。
「っぷはぁー! 美味しいーっ!!」
ミルクの混ざったなめらかな口当たり。
冷めてもなお香り高い、上質な紅茶。
渇ききった喉から全身へと染み渡り、萎びたミイラが瑞々しく息を吹き返したような心地がする。
「それはよかった。おかわりは?」
「お願いします!」
二回ほどおかわりをして、ようやく満足して息を吐いた。
「はぁー……生き返った」
「ほら、こっちも食べるといい」
クロがクッキーを一枚摘まみ、差し出してくれる。
「ありがとうございます! ……?」
私が両手で受け取っても、クロはなぜかクッキーから手を放さない。
食べろと言っていた手前くれるのが惜しくなったとも考え難いので、仕方なくそのまま噛りついた。
サクッ
「んぐ、んむ、美味しーーっ!」
朝に食べたリーフパイも美味しかったけれど、喉の渇きが潤った状態で食べるお菓子はまた格別だ。
紅茶によく合う、香ばしいバターの香りが鼻に抜ける。
サクサクと夢中で噛り進めながらふと視線を感じて見上げると、目を細めたクロの慈しむような視線とかち合った。
「……あんまり見ないでください」
「それは難しい相談だな……。そろそろ紅茶のおかわりはどうだ?」
「あっ、いただきます!」
「ふぅーお腹いっぱい。幸せー」
クッキーで膨らんだ頬をつつかれ吹き出しそうになったりとクロも好き勝手してくるものだから、私ももう遠慮も何もなくなって、クロの手のひらの上にコロンと寝そべった。
はみ出した脚をブラブラと揺らしながら、満足感たっぷりにお腹をさする。
「かわ――――っ」
一緒にお腹をさすりたそうな指先が上空をさ迷っている。
やめてやめて。今お腹押されたら出ちゃう!
サッと両腕でお腹を庇うと、指は残念そうに引き返していった。
「俺はそろそろ仕事に戻らなくてはならないが……ヒナはしばらくここに滞在してくれるのだろうか?」
「えっと、しばらくは……その、ご迷惑じゃなければ……」
むくりと起き上がり、そわそわと居ずまいを正す。
他の人間は立ち入り禁止だと言っていた休憩室に、妖精もどきがいるのもどうなのだろう。一人の時間の邪魔になってしまうのではないだろうか。
しかしここを追い出されでもしたら、野生動物の餌になる未来しか見えない。
『夢』が覚めるまでの……あいだ、だけ……。
「何ヵ月でも何年でも、好きなだけいてくれていい」
「…………本当に?」
「ああ。ヒナのお陰でよく休まって身体の調子もいい。こちらから頼みたいくらいだ」
「……えへへ、ありがとうございます」
真っ直ぐなクロの厚意に、安心してへにゃりと頬を緩めた。
そこまでの大きさはないものの、気分は優勝力士の大盃のよう。
クロが慎重にスプーンを傾けるのに合わせ、ゴクゴクと一気に紅茶を飲み干した。
「っぷはぁー! 美味しいーっ!!」
ミルクの混ざったなめらかな口当たり。
冷めてもなお香り高い、上質な紅茶。
渇ききった喉から全身へと染み渡り、萎びたミイラが瑞々しく息を吹き返したような心地がする。
「それはよかった。おかわりは?」
「お願いします!」
二回ほどおかわりをして、ようやく満足して息を吐いた。
「はぁー……生き返った」
「ほら、こっちも食べるといい」
クロがクッキーを一枚摘まみ、差し出してくれる。
「ありがとうございます! ……?」
私が両手で受け取っても、クロはなぜかクッキーから手を放さない。
食べろと言っていた手前くれるのが惜しくなったとも考え難いので、仕方なくそのまま噛りついた。
サクッ
「んぐ、んむ、美味しーーっ!」
朝に食べたリーフパイも美味しかったけれど、喉の渇きが潤った状態で食べるお菓子はまた格別だ。
紅茶によく合う、香ばしいバターの香りが鼻に抜ける。
サクサクと夢中で噛り進めながらふと視線を感じて見上げると、目を細めたクロの慈しむような視線とかち合った。
「……あんまり見ないでください」
「それは難しい相談だな……。そろそろ紅茶のおかわりはどうだ?」
「あっ、いただきます!」
「ふぅーお腹いっぱい。幸せー」
クッキーで膨らんだ頬をつつかれ吹き出しそうになったりとクロも好き勝手してくるものだから、私ももう遠慮も何もなくなって、クロの手のひらの上にコロンと寝そべった。
はみ出した脚をブラブラと揺らしながら、満足感たっぷりにお腹をさする。
「かわ――――っ」
一緒にお腹をさすりたそうな指先が上空をさ迷っている。
やめてやめて。今お腹押されたら出ちゃう!
サッと両腕でお腹を庇うと、指は残念そうに引き返していった。
「俺はそろそろ仕事に戻らなくてはならないが……ヒナはしばらくここに滞在してくれるのだろうか?」
「えっと、しばらくは……その、ご迷惑じゃなければ……」
むくりと起き上がり、そわそわと居ずまいを正す。
他の人間は立ち入り禁止だと言っていた休憩室に、妖精もどきがいるのもどうなのだろう。一人の時間の邪魔になってしまうのではないだろうか。
しかしここを追い出されでもしたら、野生動物の餌になる未来しか見えない。
『夢』が覚めるまでの……あいだ、だけ……。
「何ヵ月でも何年でも、好きなだけいてくれていい」
「…………本当に?」
「ああ。ヒナのお陰でよく休まって身体の調子もいい。こちらから頼みたいくらいだ」
「……えへへ、ありがとうございます」
真っ直ぐなクロの厚意に、安心してへにゃりと頬を緩めた。
53
お気に入りに追加
1,130
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
最狂公爵閣下のお気に入り
白乃いちじく
ファンタジー
「お姉さんなんだから、我慢しなさい」
そんな母親の一言で、楽しかった誕生会が一転、暗雲に包まれる。
今日15才になる伯爵令嬢のセレスティナには、一つ年下の妹がいる。妹のジーナはとてもかわいい。蜂蜜色の髪に愛らしい顔立ち。何より甘え上手で、両親だけでなく皆から可愛がられる。
どうして自分だけ? セレスティナの心からそんな鬱屈した思いが吹き出した。
どうしていつもいつも、自分だけが我慢しなさいって、そう言われるのか……。お姉さんなんだから……それはまるで呪いの言葉のよう。私と妹のどこが違うの? 年なんか一つしか違わない。私だってジーナと同じお父様とお母様の子供なのに……。叱られるのはいつも自分だけ。お決まりの言葉は「お姉さんなんだから……」
お姉さんなんて、なりたくてなったわけじゃない!
そんな叫びに応えてくれたのは、銀髪の紳士、オルモード公爵様だった。
***登場人物初期設定年齢変更のお知らせ***
セレスティナ 12才(変更前)→15才(変更後) シャーロット 13才(変更前)→16才(変更後)
田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~
なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。
そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。
少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。
この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。
小説家になろう 日間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 週間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 月間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 四半期ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 年間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 総合日間 6位獲得!
小説家になろう 総合週間 7位獲得!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる