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1~10話

迫り来るリアリティ【上】

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 目を覚ますと、まだ夢の中にいた。


 目の前に広がる薄紫の天蓋。
 いつも寝ているせんべい布団とは似ても似つかないふかふかなベッド。

「……え、ここどこ?」

 たしか昨日は退職届を出しに行って……、家に帰ってからビールで祝杯をあげて、それで……。

 起き上がってきょろきょろと周囲を見渡し、ベッドサイドに置かれた顔よりも大きなチタンのカプセルを見つけて――やっと、ここがだと思い出した。

「あー、続きかぁー」

 手足の疲れはすっかり取れて、寝すぎたせいか頭が少しボーッとする。
 体感としてはたっぷり十時間以上寝た気がするのに、まだ夢の中にいるとは不思議な気分だ。
 まあ、楽しい夢の続きが見られるのだからラッキーだろうか?

 そんなことより今は……下腹に差し迫った緊張感が。

「…………トイレ」

 気のせいだと思い込もうとしてみても、どうにも気のせいでは済ませられそうにない逼迫ひっぱくした状況。

「なんで変なとこだけリアルなの……」

 もっと都合よく、楽しい部分だけを味わえないものだろうか。
 ぶつぶつと不満を洩らしつつ、昨日の記憶を頼りに一番近いトイレを目指した。




「そうだった、プルプルなんだった……」

 呆然とトイレを見つめる。
 小さな換気窓から入る光だけでは見づらいけれど、たしかに穴の奥に何かある。

 トイレの中にはプルプル。
 限界間近の膀胱。
 …………。

「ええいっ、もう知らないっ!」

 下着を脱いでぺたんと着座する。

「…………っはぁぁ」

 圧倒的脅威からの解放。
 なんという清々しさ。
 ハレルヤ。

 ようやく心のゆとりが戻ってくると、今さら気付いた重大な問題に顔色を失っていく。

「まさか私……、してないよね……!?」

 夢の中で強烈な尿意を感じて目覚めると、現実でも膀胱が破裂寸前なことがある。
 ならば夢の中で尿意を解放した今、現実の自分は…………いや。いやいや。大丈夫。根拠はないけど大丈夫。大丈夫ったら大丈夫。うん。そこは自分を信じる。信じたい。信じさせてお願い……。

 とりあえずの対処法として私は、深く考えるのをやめた。

「えーと、拭くもの拭くもの」

 手近な台の上のかごに詰め込まれた、何枚もの端切はぎれ。
 広げてみればハンカチ程度の大きさで、おそらくこれがトイレットペーパー代わりなのだろう。

 ドールハウスの周到さに感謝しつつ汚れを拭うと、使った布はちょっと迷って、トイレではなく脇にあった小さめのくずかごに放り込んだ。

 下着とショートパンツを穿き、恐る恐るトイレを振り返る。

「……ん?」

 妙な違和感に、便座を外して直接中を確認してみれば――

「ない……?」
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