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どう考えても一目惚れの理由がおかしくありませんこと!?【中編】
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流れるように犯人を無力化するハルドを目の当たりにして、認識を改める。
今までハルドのことを見目麗しい変態だと思っていたけれど、噂通り本当に優秀な騎士だったのだ。
それだけに、変態であることが一層悔やまれてならない。
ゆったりと落ち着いたカフェ。美味しいお茶と、冷めやらぬ劇の余韻。
ハルドは事前に原作にも目を通してきたそうで、原作とは表現の異なる箇所や私なりの解釈について述べても逐一理解を示してくれるものだから、ついつい夢中になって話してしまった。
しゃべりすぎて渇いた喉を何杯目かのお茶で潤しながら、壁際の時計を見てハッと気付く。
「すみません、わたくしばかり長々とお話ししてしまって」
「いえ、ミリア嬢の恋愛観がうかがえて興味深かったですよ。なにより、ここまで楽しんでいただけるとお誘いした私としても嬉しいです」
甘やかな微笑みから、すっと顔を背ける。
背後できゃあと黄色い声が上がり、誰かが流れ矢に射抜かれたようだとわかった。
カフェを出たあとはハルドにエスコートされるまま、王都一の品揃えを誇るという書店に立ち寄ったり、人気ドレスメーカーのギャラリーを訪れたり。
「どのドレスもため息が出るほど素敵だわ……」
「では、婚礼衣装を仕立てる際はここにオーダーしましょう。私の衣装の襟には、ミリア嬢の手で刺繍を入れていただけると嬉しいのですが」
――ハルドの妄想話はさておき、デート自体は文句なしに素晴らしいものだった。
窮地を救われてうっかりデートの誘いを了承したはいいものの、ハルドのことだからどこかの庭園の片隅や、ひと気のない森の奥にでも連れていかれるのではないかと警戒していた。
力ずくで何かされるとは思っていないけれど、そもそもハルドは私に憚りを見せる趣味があると思い込んでいるのだ。期待に満ちた笑顔で『さあ、遠慮なくどうぞ』などと言われた日には、恐ろしさのあまり失禁するかもしれない。
「ええと、このあとはディナーの予定でしたかしら?」
「そうですね。ここから店までは少々かかりますので、そろそろ向かいましょうか」
馬車に揺られることしばし。たどり着いたのは、切り立った丘の上に建つ瀟洒なレストランだった。
貴族の館を改修したものだというその上品で洗練された佇まいに、思わず自分の服装を見下ろしてしまう。
「大丈夫、ミリア嬢はいつだって魅力的ですよ」
『いつだって』の範囲が常軌を逸して聞こえた気がするのは、私の被害妄想ではないはずだ。
元々の部屋を活かし、全席広々とした個室になっているのだという。案内人について歩きながら、廊下に飾られた美術品の数々を眺める。
「オーナー様は芸術に造詣が深いのかしら? お父様を連れてきたら喜びそうだわ」
「はは、ウォルダー財務官は美術品がお好きでしたね。ここに飾られている美術品はどれも、気に入ればその場で購入することができるそうですよ」
……やっぱり、決してお父様は連れてくるまい。
予算管理の専門家でありながら、こと美術品となると目の色を変えて身の丈以上のものを欲しがるのだ。
通されたのは、外に面した壁のほとんどが大きなガラス窓になった二階の一室だった。
窓からは日暮れどきの王都の街並みが一望できる。
「すごい! 街が見えるわ! 王城まで!」
「ちょうど間に合ったようですね。他の部屋との共有スペースですが、バルコニーに出られます。――お手を」
ハルドにエスコートされてバルコニーに出る。ちらりと左右を見れば、背の高い観葉植物でそれとなく仕切られたバルコニーには、自分たち以外にも景色を眺める男女の姿があった。
ゆっくりと傾いた太陽が、地面に呑み込まれながら真っ赤な輝きを放つ。
「綺麗……」
空が朱く染まる。
雲も、街中の建物も、手すりに置いた私の手も。
燃えるような朱から、撫子色、紺藍へと移ろう空の変化を見届けて、ほぅと息をついた。
「さあ、食事の用意も整ったようですよ」
景観自慢のレストランかと思いきや、料理も驚くほど美味しい。
ハルドが勧めてくれるお酒も料理にピッタリで、料理が変わるたびにグラスを替えてさまざまな組み合わせを楽しんだ。
すっかり気も緩み、はしゃぎ疲れて、お腹も満ちて。酔いが回ってぼんやりと鈍る頭の片隅で、微かに尿意の存在を感じ取る。
けれど、このメインディッシュを食べ終えればあとはデザートと紅茶だけだ。わざわざ食事中に席を立つほどのことでもない。
――私は忘れていたのだ。
お酒による尿意が、どれほど急激に襲ってくるものかを。
今までハルドのことを見目麗しい変態だと思っていたけれど、噂通り本当に優秀な騎士だったのだ。
それだけに、変態であることが一層悔やまれてならない。
ゆったりと落ち着いたカフェ。美味しいお茶と、冷めやらぬ劇の余韻。
ハルドは事前に原作にも目を通してきたそうで、原作とは表現の異なる箇所や私なりの解釈について述べても逐一理解を示してくれるものだから、ついつい夢中になって話してしまった。
しゃべりすぎて渇いた喉を何杯目かのお茶で潤しながら、壁際の時計を見てハッと気付く。
「すみません、わたくしばかり長々とお話ししてしまって」
「いえ、ミリア嬢の恋愛観がうかがえて興味深かったですよ。なにより、ここまで楽しんでいただけるとお誘いした私としても嬉しいです」
甘やかな微笑みから、すっと顔を背ける。
背後できゃあと黄色い声が上がり、誰かが流れ矢に射抜かれたようだとわかった。
カフェを出たあとはハルドにエスコートされるまま、王都一の品揃えを誇るという書店に立ち寄ったり、人気ドレスメーカーのギャラリーを訪れたり。
「どのドレスもため息が出るほど素敵だわ……」
「では、婚礼衣装を仕立てる際はここにオーダーしましょう。私の衣装の襟には、ミリア嬢の手で刺繍を入れていただけると嬉しいのですが」
――ハルドの妄想話はさておき、デート自体は文句なしに素晴らしいものだった。
窮地を救われてうっかりデートの誘いを了承したはいいものの、ハルドのことだからどこかの庭園の片隅や、ひと気のない森の奥にでも連れていかれるのではないかと警戒していた。
力ずくで何かされるとは思っていないけれど、そもそもハルドは私に憚りを見せる趣味があると思い込んでいるのだ。期待に満ちた笑顔で『さあ、遠慮なくどうぞ』などと言われた日には、恐ろしさのあまり失禁するかもしれない。
「ええと、このあとはディナーの予定でしたかしら?」
「そうですね。ここから店までは少々かかりますので、そろそろ向かいましょうか」
馬車に揺られることしばし。たどり着いたのは、切り立った丘の上に建つ瀟洒なレストランだった。
貴族の館を改修したものだというその上品で洗練された佇まいに、思わず自分の服装を見下ろしてしまう。
「大丈夫、ミリア嬢はいつだって魅力的ですよ」
『いつだって』の範囲が常軌を逸して聞こえた気がするのは、私の被害妄想ではないはずだ。
元々の部屋を活かし、全席広々とした個室になっているのだという。案内人について歩きながら、廊下に飾られた美術品の数々を眺める。
「オーナー様は芸術に造詣が深いのかしら? お父様を連れてきたら喜びそうだわ」
「はは、ウォルダー財務官は美術品がお好きでしたね。ここに飾られている美術品はどれも、気に入ればその場で購入することができるそうですよ」
……やっぱり、決してお父様は連れてくるまい。
予算管理の専門家でありながら、こと美術品となると目の色を変えて身の丈以上のものを欲しがるのだ。
通されたのは、外に面した壁のほとんどが大きなガラス窓になった二階の一室だった。
窓からは日暮れどきの王都の街並みが一望できる。
「すごい! 街が見えるわ! 王城まで!」
「ちょうど間に合ったようですね。他の部屋との共有スペースですが、バルコニーに出られます。――お手を」
ハルドにエスコートされてバルコニーに出る。ちらりと左右を見れば、背の高い観葉植物でそれとなく仕切られたバルコニーには、自分たち以外にも景色を眺める男女の姿があった。
ゆっくりと傾いた太陽が、地面に呑み込まれながら真っ赤な輝きを放つ。
「綺麗……」
空が朱く染まる。
雲も、街中の建物も、手すりに置いた私の手も。
燃えるような朱から、撫子色、紺藍へと移ろう空の変化を見届けて、ほぅと息をついた。
「さあ、食事の用意も整ったようですよ」
景観自慢のレストランかと思いきや、料理も驚くほど美味しい。
ハルドが勧めてくれるお酒も料理にピッタリで、料理が変わるたびにグラスを替えてさまざまな組み合わせを楽しんだ。
すっかり気も緩み、はしゃぎ疲れて、お腹も満ちて。酔いが回ってぼんやりと鈍る頭の片隅で、微かに尿意の存在を感じ取る。
けれど、このメインディッシュを食べ終えればあとはデザートと紅茶だけだ。わざわざ食事中に席を立つほどのことでもない。
――私は忘れていたのだ。
お酒による尿意が、どれほど急激に襲ってくるものかを。
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