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やっぱり一目惚れの理由がおかしくありませんこと!?【前編】
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意気揚々と婚約承諾の返事を出そうとするお父様を押し留め、『どなたかとお間違いではありませんか?』と返事を送って数日。
まさか、こうして乗り込んでくるとは。
「先日は名乗りもせずに失礼いたしました。あなたが人違いを疑うのも無理はない。ですので面と向かって気持ちをお伝えするべく、今日はこうして押しかけてしまいました」
できることなら二度と会いたくはなかった。
その凛々しい顔を前にするとあの夜のとんでもない記憶が甦り、羞恥心で転げ回りたくなる。
「私はハルド=レンブロー。隠居した父に代わって伯爵位を継ぎ、近衛騎士として王城に上がっている身です」
「ミリア=ウォルダーと申します。わ、わたくしのほうこそ先日は……、た、大変、お見苦しいところを……」
もう嫌だ、帰りたい。——ここが我が家だけれど。
目を合わせることもできず、紅い水面を見つめながらカップに口を付ける。
室内で二人きりになるのは不安だったので、今は庭先のテラスでお茶をしている。
メイドにはお茶のあいだずっと側に控えていてほしいと頼んだのに、「やらなければならない仕事が多いので」とすげなく断られてしまった。これもうちが貧乏子爵家で、使用人一人あたりの分担が多いせいだ。
私の言葉を聞いて、ハルドは弾かれたように首を振った。
「見苦しいなどとんでもない! とても——とても魅力的なお姿でしたよ」
うっとりと目を細める様子に気が遠くなる。
先日の夜会で、私はあろうことかこの騎士様に小用を足す姿を見られたのだ。
これは私を気遣い励まそうとしてくれているのだろうか。
……だとすれば、排泄姿を褒められて喜ぶ女性など存在しないと声を大にして言いたい。迷惑そうに眉をひそめられたほうがよっぽどましである。
コクリと紅茶を飲んで気を落ち着ける。
「レンブロー伯爵」
「ハルドとお呼びください」
「……ハルド様。こちら、先日ダメにしてしまったハンカチのお詫びです」
ハンカチをダメにした理由については触れないでほしい。
「新しいハンカチですか? お気遣い無用とお伝えするのを失念していました。……しかし見事な刺繍だ。これはミリア嬢が?」
「はい、拙い出来ですが」
謝罪の手紙に添えようと思って作っていたのだけれど、それよりも先に乗り込まれてしまったので仕方ない。
「ミリア嬢の刺繍の腕前は大層なものだと、子爵に見せていただいたことがあります。まさか私にも贈っていただけるとは光栄です」
そういえばあの夜も、お父様から私の話をよく聞かされているかのような口振りだった。
「……父は他にも何か?」
「ええ。手製のクッキーに大量の塩が入っていたので、愛しい娘からのプレゼントを長期保存しておくことができた、ですとか。資料を届けてもらったら娘の愛読している恋愛小説が入っていて、読んで新婚時代のときめきを思い出せた、ですとか。財務部を訪れた人間に、手当たり次第ミリア嬢の自慢話を聞かせてくださるのです」
「おっ、父様……っ!」
ぐいと紅茶を飲み干し、わなわなと震える手でドレスの裾を握りしめる。
今晩、お父様とじっくり話し合う必要がありそうだ。
まさか、こうして乗り込んでくるとは。
「先日は名乗りもせずに失礼いたしました。あなたが人違いを疑うのも無理はない。ですので面と向かって気持ちをお伝えするべく、今日はこうして押しかけてしまいました」
できることなら二度と会いたくはなかった。
その凛々しい顔を前にするとあの夜のとんでもない記憶が甦り、羞恥心で転げ回りたくなる。
「私はハルド=レンブロー。隠居した父に代わって伯爵位を継ぎ、近衛騎士として王城に上がっている身です」
「ミリア=ウォルダーと申します。わ、わたくしのほうこそ先日は……、た、大変、お見苦しいところを……」
もう嫌だ、帰りたい。——ここが我が家だけれど。
目を合わせることもできず、紅い水面を見つめながらカップに口を付ける。
室内で二人きりになるのは不安だったので、今は庭先のテラスでお茶をしている。
メイドにはお茶のあいだずっと側に控えていてほしいと頼んだのに、「やらなければならない仕事が多いので」とすげなく断られてしまった。これもうちが貧乏子爵家で、使用人一人あたりの分担が多いせいだ。
私の言葉を聞いて、ハルドは弾かれたように首を振った。
「見苦しいなどとんでもない! とても——とても魅力的なお姿でしたよ」
うっとりと目を細める様子に気が遠くなる。
先日の夜会で、私はあろうことかこの騎士様に小用を足す姿を見られたのだ。
これは私を気遣い励まそうとしてくれているのだろうか。
……だとすれば、排泄姿を褒められて喜ぶ女性など存在しないと声を大にして言いたい。迷惑そうに眉をひそめられたほうがよっぽどましである。
コクリと紅茶を飲んで気を落ち着ける。
「レンブロー伯爵」
「ハルドとお呼びください」
「……ハルド様。こちら、先日ダメにしてしまったハンカチのお詫びです」
ハンカチをダメにした理由については触れないでほしい。
「新しいハンカチですか? お気遣い無用とお伝えするのを失念していました。……しかし見事な刺繍だ。これはミリア嬢が?」
「はい、拙い出来ですが」
謝罪の手紙に添えようと思って作っていたのだけれど、それよりも先に乗り込まれてしまったので仕方ない。
「ミリア嬢の刺繍の腕前は大層なものだと、子爵に見せていただいたことがあります。まさか私にも贈っていただけるとは光栄です」
そういえばあの夜も、お父様から私の話をよく聞かされているかのような口振りだった。
「……父は他にも何か?」
「ええ。手製のクッキーに大量の塩が入っていたので、愛しい娘からのプレゼントを長期保存しておくことができた、ですとか。資料を届けてもらったら娘の愛読している恋愛小説が入っていて、読んで新婚時代のときめきを思い出せた、ですとか。財務部を訪れた人間に、手当たり次第ミリア嬢の自慢話を聞かせてくださるのです」
「おっ、父様……っ!」
ぐいと紅茶を飲み干し、わなわなと震える手でドレスの裾を握りしめる。
今晩、お父様とじっくり話し合う必要がありそうだ。
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