一目惚れの理由がおかしくありませんこと!?

南田 此仁

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それにしても一目惚れの理由がおかしくありませんこと!?【前編】

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 レモンクッキーをサクリと噛って、紅茶を一口。
 爽やかなレモンの風味と花のような紅茶の香りが相まって、口の中がふわりと華やぐ。

「美味しい……」

「気に入っていただけてよかった。なんでも、このクッキーに合うように調合されたオリジナルの茶葉だそうですよ。多めに持参しましたのでご家族やご友人と楽しんでください」

 そう言って、招かれざる客はにこりと美しい笑みを見せる。

 庭先のテラスに据えられたテーブルセット。
 当然のように向かい側に座っているのは、うら若き令嬢の憧れを一身に集める『鉄壁の騎士』ことハルド=レンブロー伯爵だ。

 精悍な顔つきを柔和な表情が和らげ、穏やな雰囲気のなかにも底知れぬ鋭さを秘めて人を惹きつける。
 そのうえ手土産のセンスもよく、気が利いていて、話し上手。近衛騎士に抜擢される優秀さに加え、二十代後半で婚約者もなしときている。

 端から見ればさぞ魅力的な人物に見えることだろう。
 ——そう、彼の『変態趣味』さえ知らなければ。

 私は彼に、二度も姿を見られているのだ。



 一度目は、急なもよおしに耐えかねてしゃがみ込んだお城の庭園で、偶然。
 後日私にを申し込んで、ハルドは言った。
「あなたのはばかり姿を見かけ、ピンと来たのです」と。

 二度目は嫌われたい一心で発した言葉があだとなり、自ら用を足して見せる羽目になってしまった。
 しかしながらそんな捨て身の『見せつけ』によって、無事私への興味を失ってもらうことには成功した。

 ——と、思っていたのに。


 あれ以来ハルドは、呼んでもいないのに三日に一度はやって来る。

 同じお城勤めで人となりを把握しているうえ、交際前に求婚してくる誠実さが素晴らしいとお父様が大層乗り気なものだから、家族も使用人たちも誰もハルドの来訪を止めてはくれない。

 ああ、彼が危険な変態だとみんなに訴えることができたなら……。

 そんなことをすれば自分の失態まで露呈することになるので、決して口にはできないけれど。



 ハルドは僅かな休憩時間にやって来て、顔を見てすぐに帰ることもあれば、非番の日にはゆっくりとお茶を楽しんでいくこともある。
 今日はなかなか帰らないので、どうやら非番らしい。

 お茶を口に含み、ソワリと込み上げる尿意に腰をもぞつかせる。

 はばかりに行こうとしたタイミングでハルドが押しかけてきたものだから、すっかり行くタイミングを逃してしまった。
 ちょっと付き合えば、すぐに帰るかと思ったのに……。

 ハルドの前でを見せたくはないけれど、限界まで我慢すればさらなる窮地に立たされることは知っている。
 あの日以来おかしな真似もされていないし、ここは普通に席を外すのが賢明だろう。

「あの、わたくし少々に——」

 そう言って腰を浮かせかけたところへ、メイドが新たな来客を告げにやって来た。

「ミリア様。エレノア様とユリアナ様がお越しでございます」

「えっ! エレノアお姉様たちが!?」

 二つ歳上のエレノアと、同じ歳のユリアナは、親しく付き合いのある父方の従姉妹いとこだ。
 幼い頃から家族同然の付き合いをしているので、出迎えが来るまで玄関先で待つなんてことはなく、さっさとこちらへ向かっているところだろう。

 明るく社交的で、流行りものに目がなく、——そして大のおしゃべり好き。
 そんな従姉妹たちに、もしもハルドと二人っきりでお茶をしていたなんてことがバレたら……!

「たっ、大変! わたくしが時間を稼いでまいりますので、ハルド様は早くお隠れになって!?」

「見つかってはまずいのですね? わかりました」

 諾の返事を信じ、少しでも二人を足止めするべく足早に玄関を目指した。




「それからこっちはマガレー作の絵画でね、お父様が気に入って、高いのに……」

「んもう、叔父様が美術品三点と絵画一枚を物々交換した話なら当時何度も聞いたわよ! ミリアったら、今日はどうしちゃったの?」

「えっと…………ううん、なんでもないわ」

 チラリとテラスを見れば、ハルドの姿は消えていた。
 うまく隠れられたか、あるいは庭づたいに門に回って帰ったのかもしれない。
 ほっとして、二人とともにテラスに出る。

 本当は自室に案内したかったのだけれど、「いい天気だからテラスでお茶にしましょう」と言う従姉妹を止めるすべを持たなかった。

「——あら? 誰か来てたの?」

「っ! さっ、さっきまでお父様の職場の知り合いの方が来てて……! すぐに新しいお茶を用意させるわね!」

 テーブルに置かれた二脚のカップを見咎められ、慌てて食器をかき集める。

 客人に関して嘘はついていない。
 彼は私の知り合いではなく、あくまでお父様の知り合いだ。私はむしろ他人でありたい。

「ミリアったら、そんなに慌てなくても大丈夫よ。私たち何も急いでいないもの」

「え、ええ……そうよね」

 もうハルドの姿もないのだから、大丈夫。バレることはない。

 こっそりと深呼吸して気持ちを落ち着けると、貰ったばかりのクッキーと紅茶を用意するようメイドに指示をした。





「この紅茶、香りがいいわね」

「お姉さま、このクッキーと一緒にいただくと引き立てあって一層美味しいわ!」

「——まあ、本当!」

 楽しそうに盛り上がる従姉妹とテーブルを囲みながらも、私の頭の中はのことでいっぱいだ。

 一体どのタイミングで離席したものか。
 憚りに向かおうとするたびに来客があるせいで、尿意を感じてから随分経つというのに未だに憚りに行けていない。

 収まりのいい場所を探してもぞもぞと腰を動かしつつ、不自然に黙り込んでしまわないよう気もそぞろに口を開く。

「このお茶とクッキーはいただきものなの」

「あら、お店の名前はわかる? うちにも買いたいわ」

「ええと、お店の名前は聞いていなくて……」

 お茶会を始めたばかりでホストが席を立つのは論外だけれど、だからといってそう長くは持ちそうにない。
 二人とは親しい間柄なので、多少の非礼であれば大目に見てくれるだろう。

 一杯目だけでも飲みきって、会話が途切れたタイミングで……。

 真剣にそんなことを考えていると、スカートの膝にツンツンと何かが触れる感覚があった。

「?」

 気のせいかと思いカップに口を付ければ、再びツンツンと。

「??」

「ユリアナ、見て。クッキーに刻印があるわ!」

「まあ、お姉さま! これって入手困難だと噂の人気店、『ラ・ポデュール』の印ではなくて!?」

 一緒に丸テーブルを囲む従姉妹たちを見ても、クッキーの話で盛り上がっていて私にこっそりと合図を送っている様子はない。

 折れた枝でも引っかかっているのだろうかと不思議に思い、膝にかかったテーブルクロスをめくると……。

「——っんぐ!!」

 吹き出すのをこらえ、すんでのところで紅茶を飲み下す。
 紅茶を口に含んでいなければ確実に悲鳴を上げていただろう。

 テーブルクロスの内側。
 薄暗いその空間に、ギラリと光る双眸そうぼうがあった。
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