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六 燃えない紙
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遠久野高原キャンプ村の敷地にある小さなコテージが事件現場だった。キャンプ村は東西エリアに分かれており、事件現場のある東エリアはコテージ自体が老朽化した為に使われておらず、現在は西エリアに新しくできたコテージとテントの利用で成り立っていた。被害者の名は速見凛太朗、二十七歳。職業は警視庁の刑事課勤務二年目の刑事であり、ノリさんと組んでいた相方だ。
俺はもちろん刑事ではないから現場に立ち入ることは出来ない。現場から出て来たノリさんに話を聞く事しかできないと思っていたが、ノリさんは余程人望のある刑事らしく、関係者だと言って俺を事件現場に通してくれた。現場に着いた時、速見の遺体は近くの病院の遺体安置所に運ばれるところだった。警察官や鑑識班が慌ただしく動いている中、ノリさんは物言わぬ遺体を乗せて去って行く警察車両をじっと見つめて合掌していた。丸まったその背中に俺は五年前の事を想い出していた。
「母さんっ、じいさんっ、何でだよっ、何でこんな事に……」
血だらけの二人をただ見つめて狼狽する俺の叫びが三月の肌寒い空に虚しく消えていったあの日。俺も今のノリさんのようにただ成すべくもなく立ち尽くすだけだった。五年前のあの日、俺が通り魔の押し入った紙山文具店に行った時、高校の教師をしていた母さんはまだ生きていた。胸のすぐ下を刺されて苦悶の表情を浮かべながら抱き上げた俺に囁いた。
「こ、子供は逃げられた?」
顔を上げたがどこにも子供の姿は見えなかった。
「子供なんていないよ」
「良かった、逃げられたのね。さっき子供を追いかけた人が入ってきて守ろうとしたら刺されて」
「誰だ。誰がやったんだ」
「知らない顔だった……文仁、ごめ……」
母は首を左右に力なく振るとスッとまぶたを閉じて動かなくなってしまった。涙で見えなくなりそうな視界で祖父の方を見ると、こちらに目を剥いたまま、こときれていた。左胸から赤いものが滴っている。
それから通り魔から子どもをかばった英雄として、近所で有名になった母と祖父。もし、俺があの朝、寝坊なんてしなければ。仕事が休みだった母さんが代わりに行くと言ってくれたからと店番を頼んだりしなければ。母は店にいる事はなく、俺が祖父とその子供を刃物を向けた犯人から守ってやれたかもしれない。あれからずっと悔やんでいる。
その後、事件現場から少し離れた場所でノリさんは事件のあらましを語ってくれた。速見の死因は鋭利な刃物を使用した腹部への刺し傷による出血と火災により起きた煙の吸引によるものだった。身体は黒焦げではあったが、苦しくて顔だけ外に出そうとしたのだろうか、コテージの一階の窓があったであろう位置に顔を寄せて倒れていた為、かろうじてその死に顔は彼だとわかるものであった。速見は俺より二つ下だ。まだ死ぬには若い。刑事になることに憧れて昨年の春にノリさんと同じ管轄の刑事課に配属されたらしい。元々地頭の良かった理系脳を生かして、指示にも的確、捜査の盲点を突く犯罪者達の裏をかき、鮮やかに解決に導いた事件もあったらしく、署内では若いのに良くできた男だと評判も上々だったようだ。そんな輝かしい未来に満ちた彼がなぜ、長野の山奥のコテージで死んでいたのか。
「速見の実家は県内にある。休暇を取って昨日から実家に泊まっていた。昨夜、趣味のツーリングがてら走って来ると言って家を出たまま帰らなかった。心配した両親が警察に連絡しようとした矢先、第一発見者であるキャンプ場の管理人が火事に気がついた。その時にはもう燃え盛っていたそうだ。他に遺体はみつかっていない。不思議なのは、速見は管理事務所に立ち寄った事はなく、このコテージが今は使われていないエリアにあるという事だ」
「なぜ使われていない場所に速見は行ったのか、だな」
「さっき遺体を見たんだ。頬に何か鋭利な刃物で切られたような跡があった。腹部にも刺し傷が複数。犯人はおそらく鋭利な刃物で向かい合ったまま速見を刺そうとして一度逃げられたがその後腹部を刺して殺害、コテージに火を放って逃げたのだろう」
「死亡推定時刻は?」
「鑑識班が言うには、おそらく今日の午前二時から三時の間。新コテージのある西エリアには宿泊客がいたが、旧コテージのあるこの東エリアは立ち入り禁止になっていて普段から人の出入りはなかった」
辺りが暗くなって来て、ブルーシートに囲まれた現場からわらわらと刑事や鑑識班が撤収してきて次々とノリさんに親しげに話しかけた。
「我々は今日のところは引き上げますが、ノリさん、どうします?」
「ちょっと腹が痛えから、管理事務所のトイレ借りてから帰るよ」
「では我々はお先に失礼します。明日はどうされますか?」
「署に戻る。事件は他にもある。また何かあったら連絡をくれ」
「はい。お身体ご自愛下さい」
「ああ、ありがとうな」
彼等はノリさんに次々に一礼すると警察車両に乗り込んで去って行った。
「顔、広いですね」
「プライベートじゃ皆、友人でな。現場、もっと見て行くか?」
「いいんですか?」
「ああ。この事件が迷宮入りになるのだけはたまらない。早く解決してやりたいんだ」
……迷宮入り。また母と祖父の顔が浮かんだ。物言わぬあの死に顔。まだ手がかりさえ見つけられていない姿の見えぬ犯人の顔。ノリさんは切なげな目をして速見の遺体があった場所へと歩き出したので後に続いた。
「去年、正月に一人で年越しするって言ったらよ、速見が一人じゃ寂しいっすよって実家に誘ってくれたんだ。あいつんところは大家族でな、親戚もさっきの刑事達も来て皆総出で飲み食いしてどんちゃん騒ぎしたさ。家内を三年前に亡くしてからずっと一人で年越してきたからよ、楽しかったなぁ。速見の親父も元刑事だったらしい、結構腕利きの。足の怪我で辞めて農家で生計を立てていた話の合う親父だったが、そのひと月後に心筋梗塞で急に亡くなってな」
ノリさんと速見刑事はまるで近しい親戚のような付き合いがあったのだと彼の話から感じられた。だからこそさっき電話で取り乱していたのだろう。
ノリさんは捜査用の手袋をはめ、遺体が転がっていた場所の焼け跡をあちこち調べ始めた。明日には管轄の署に戻らねばならない身だとしても相棒の死の真相を少しでも掴みたいという欲求は誰よりも強いに違いなかった。じっと見ていた俺に気がついたノリさんは黙っていろよと言って特別に手袋を貸してくれた。
現場をあちこちと見ているうちに遺体が転がっていた部屋の隣室へといつの間にか足を踏み入れていた。ぼろきれのように焼け落ち、もはや元の模様さえわからないカーテンのようなものが床に落ちている。そっと摘まもうとした時、視界の隅に壁沿いにある黒く焼け焦げたクローゼットが見えた。歩みを進めて半分開いていたクローゼットを開けた時、そこに簡易式の金庫があった。よく旅館やホテルの部屋に備え付けてあるようなものだ。金属でできたそれは火災の影響を受けていないようで無傷だった。そしてそれは半分開いたままだった。中を覗いてみると、そこには長さが三十センチほどの細長い筒状のものが置かれている。形状からして筒状のビニールに入れられたカレンダーのようだった。それを取り出して薄茶に汚れた透明ビニールをそっと上に動かしてカレンダーを平面にならす。その表紙を見て俺は心臓が止まるかと思った。
“ 2017カレンダー紙山文具 ”
そのカレンダーの下部にはそう印字されてあった。その年は五年前、俺の祖父と母親が通り魔に殺された事件のあった年だ。その年の紙山のノベルティカレンダーがどうしてここにあるんだ。あけぼの印刷製造のそのカレンダーは質の良さからくるのであろう、紙自体は五年の時を経ていてもまだ新品のように真っ白だった。
「おい、そのビニール、ちょっと見せてくれ」
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、ノリさんが眼光鋭くカレンダーから取り外したばかりの薄茶に汚れた透明のビニールの内側に着目していた。
「これ……血液じゃないのか」
独り言のようにそう言ったノリさんはハッとする俺を見上げた。ずっと探していた手がかりは、これなのか。ノリさんはスマホを取り出してどこかにかけた。
「鑑識か。至急、調べてもらいたいものが見つかった」
もしこのビニールに付着している茶色いものが、母かじいさんの血液だったとしたら犯人がここに来て隠したという事になる。でも隠したのなら鍵を閉めるはず。なぜ金庫の鍵は開いたままだったのか。そのあたりを突けば真相に迫る事ができるような気がして身震いがした。
「鑑識に調べさせる。また連絡する」
ノリさんはそう言って俺達はキャンプ場の駐車場で別れた。ミニバンに乗り込み、興奮冷めやらぬ思考を鎮めようと深呼吸をした。ゆっくりと呼吸を繰り返しているうちに少しずつ思考が落ち着いてきた。そして、自分がなんのために長野に来たのかを思い出した。腕時計を見ると午後六時半。辺りは夕闇が迫っている。しまった……。アポは四時半からと筆野に言われた。急いでエンジンをかけ、あけぼの印刷へとミニバンを走らせた。
あけぼの印刷に着いた時は日が暮れていた。工場の入口は閉まっている。仕方なくホテルに帰ろうとミニバンへ向かった時、誰だと後ろから声をかけられた。
振り返ると会社のパンフレットに載っていたのと同じ社長の顔が俺を睨みつけていた。
警戒されている。社長さんは俺に向かってもう一度、誰だと言った。自分が暗がりにいて顔が見えていないのだと悟り街灯の下へと進み出る。
「伺うのが遅くなりすみません。紙山文具店の紙山文仁です」
名乗ってからも暫く返事はなく沈黙が俺を取り囲んでいるだけで社長さんは一向に近寄ってきてはくれない。近くに水田があるのだろうか、ウシガエルの鳴く野太い声が先程から延々と聞こえている。俺は非礼を詫びようと砂利道にいる彼の方へと歩み寄った。
「母と祖父が亡くなった時はご参列いただき、ありがとうございました」
俺は彼に持って来ていた手土産の紙袋と共に名刺を差し出した。一呼吸置いてからやっと社長さんはその手を差し出してくれた。そして上下同色グレーの作業着のズボンから年季が入り擦り切れた黒革の名刺入れを取り出して、名刺を一枚くれた。
「あんたは母親に似ているな」
ポツリとそう言うと、社長さんはちょっと寄って行けと工場内を案内してくれた。
あけぼの印刷の三代目である曙金平のことは祖父から聞いていた。なんでも金平さんの父と祖父は幼少時代からの仲良しで、祖父が文具屋をやりたくて仕入れに便利な東京に居を移すまではご近所同士だったそうだ。そして何より驚いたことに金平さんは母の事をよく知っていた。
「あんたのおふくろさんとは中学校が同じだった。女優みたいに綺麗な人だったなぁ。道を通れば後ろに崇拝者がくっついて歩いてさ、アイドルの追っかけ見ているみたいだった」
亡き母の名を言われると、また後悔が蘇ってくる。俺は黙ってその話を聞く。従業員の出払った工場はがらんとしていて寂しい気配が漂っている。
「ああ、そうだ。菜七子ちゃんが一度だけこの工場に逃げ込んできたことがあってよ、俺が不審な男を金属バット振り回して追い払ったこともあったなぁ。俺はその時から強い男になるって決めて格闘家になりたくて東京に出たりもしたけど、結局夢破れて今は紙屋やっているけどな」
強面を崩してハハと笑う金平さんは見た目だけは怖そうに見えるが、中身は人の好い純粋なおっさんなんだと感ぜられた。
「あんたにとっては本当につらいよなぁ」
金平さんは立ち上がって給湯室に行くと温かいお茶を湯飲みに入れて持って来てくれた。
「そんでも菜七子ちゃんもじっちゃんもあんたが紙山を継いでくれて、本当に嬉しいと思うぜ。そんなこの世の終わりみたいな顔、せんでええよ」
はっとした。目頭と鼻先にツンとこみあげるものがあって、俺はさっきからそれをずっとこらえていたのだ。
「泣いてもええんだよ。ずっと一人で我慢してきたんだろ?」
俺はたまらなくなって、思わず泣いてしまった。
「……ずっと後悔してます。あの日代わりに店番を頼んだりしなきゃ助けられたかもしれないって。何度も何度も考えてしまう。いまだに―」
喉につかえていた言葉が次々と俺の中から溢れ出す。
「母が好きだった色のエプロンを買っていたり、使っていたマグカップも未だに捨てられなかったり、初めて給料が入った時、どこかに連れて行ってあげようとドライブをした時に好きで舐めていたミントの飴とか、そういうのを見かけるとつい買ってしまう。母と名前の同じ女に惹かれて付き合ったあげくにうまくいかなくて別れる事になったりもした。みっともないくらいに俺、菜七子が亡くなった事実を認めたくないんです」
そこまで打ちあけて胸の内を初めて他人に晒してしまったと恥ずかしくなった。顔が熱くなる中で肩にそっと手が置かれた。
「認めなくていいと思うぜ。どこかで生きているって思ったっていいと思うぜ」
顔を上げると、金平さんはすぐそばで明るく笑ってくれていた。
「おふくろさんの事、名前で呼んでるくらいに仲が良かったなら、そう簡単に“はい、さよなら”って訳にはいかねえよ、そら」
ポンポンと軽く俺の肩を叩いた金平さんの目つきが真剣なものに変わった。
「商談断ったんだが、今の話を聞いて受ける事にした。あの妙に自信たっぷりな課長さんとおどおどしたねえちゃんにはまたこっちから連絡すると伝えてくれ」
「いいんですか?」
「あんたがいなかったから話になんないって追い返したけど、こうして来てくれて懐かしい想い出話も出来た。俺は嬉しいんだよ。あんたがあの後も紙山を継いでちゃんと店をやっている事を応援したいんだ。俺は三代目、あんたは二代目、店を担っている以上は同志だからな」
「ありがとうございます」
「ああ。何かあればまた頼ってきてくれよ」
金平さんは握手を求めてきて、俺はしっかりと握り返した。彼の手の温もりは幼い頃に道端で躓いて転んでしまった俺に手を差し伸べてくれた優しい母の手の温度によく似ていた。英雄ではない菜七子もちゃんと忘れないでいてくれる人、まだいたんだな。何よりもそれが一番嬉しかった。
あけぼの印刷を出て、真っ暗になった山道の街灯を頼りにホテルまで戻った。すると間接照明に照らされたロビーの一角にあるバーカウンターでよく知った小柄な背中が酔いつぶれている。
「そろそろお声をかけようかと思っていたので助かりました」
安堵の息を吐いたバーテンダーに会釈をして、俺の肩にどっぷりと寄り掛かりながらふらふらと歩く筆野を部屋まで送る事にした。あのまぬけはどこに消えた?部下を一人でしこたま飲ませて自分は風呂にでも浸かっているのか?
「カードキーはあるか?」
とりあえずこのお荷物を安全な場所に閉じ込めないとまずい。“目覚めたら記憶がありませんでした”状態になるのが目に見えている。若い女が一人、リゾートホテルのバーカウンターに突っ伏していたら邪な男が妙な気を起こさないとも限らない。
エレベーターの中でそんな事を考える俺のそばで筆野はもぞもぞとハンドバッグを漁っているが、そのスカートの後ろポケットに刺さっているものは何だ。俺は呆れ顔で彼女の部屋の前まで行き、カードキーをスカートのポケットから引き抜くとカードホルダーに通した。彼女を支えながら部屋に足を踏み入れる。
「ちゃんと靴を脱いで寝ろよ」
「課長、優しいなぁ……。誰かさんと違ってすごーく優しい。戻ってきてくれてありがとうございまっす!」
そんな事をぶつぶつと言いながら筆野はパタンと仰向けにベッドの真横にダイブするなりすーすーと寝てしまった。
呆れたな。明日は大事なイベント初日じゃなかったのか。俺はため息を吐きながら、筆野のパンプスを左右脱がせてベッドサイドに揃えて置くと部屋を出て行こうとしたが、鏡台の前にある派手な色のポケットティッシュが目に留まった。同じものが二つあるので目についたのだ。取り上げて見ると、“ガールズバー☆みやび”と書かれてあってボインの女子がまるで雛壇のように写真になって飾られている。戻ってきてくれてありがとうって。あいつ、まさか。筆野を置いてここに行ったのか?呆れてものがいえない。蒼井、お前も明日大事なイベント初日じゃなかったのか。
俺はさらに大きくため息を吐きながら、ベッドの上で伸びているはずの筆野に目をやると姿が消えている。さっき寝かせてやったばかりだよな?おかしいなとベッドに駆け寄ると、いつの間に寝返りを打ったのか、ベッドの向こう側に落ちたまま寝ている。そのままにしておくわけにもいかず彼女の身体をそっと抱き上げた。女特有のやわらかくてもちっとした肌の感覚が腕にしどけなくもたれかかる。腕の中の彼女は無防備だった。ゆっくりとベッドに横たえると開襟シャツのボタンを二つ開けているせいか下着が見えた。淡い水色。俺が取り置きしておいたペンと同じ色だな。好きな色なのだろうか。確か店に来た時も同じような色のカーディガンを羽織っていた。手を伸ばしてそっとシャツのボタンに触れる。中から覗いている、誘うような淡い水色。俺は彼女が起きないようにそっと指を動かしてシャツのボタンを留め、ベッドから退くとカードキーをドア近くのホルダーにさして照明を落とした。
薄暗かった部屋からいきなり明るい照明の点く廊下に出てドアが閉まると途端に思考を殴られたような気がした。
……うつつを抜かしている場合ではない、事件が起きている。ノリさんが相棒を殺した犯人逮捕を強く望んでいる。集中しろ。
自分にそう言い聞かせながら同じ階の隅にある部屋に入る。寝る前にシャワーを浴びてベッドに入った。眠りに落ちた後、淡い水色のプールの中をゆっくりと泳ぐ夢を見た。その色の中に浮かんだ体は不思議なほど軽く、いつも胸の底に重しのように乗っている過去の記憶がそれを取り巻く息苦しさと共に影形なく消えていた。それは久しく忘れていた思考の“無”のような気がした。
翌朝は快晴だった。遠久野高原には眩しいくらいに青々とした空が広がっている。夏らしく澄みきった空と眼下に広がる緑豊かな森の風景に自然と気分が上がる。ここに着いた時、やはり高所ゆえ空気が薄く感じた。けれど今は特に気にならずに過ごせている。身体が環境に適応したのだろう。
今は午前七時半過ぎ。紙山さんと昼食をとったレストランの窓際の席に座り、一人寂しく朝食をとっている。“集合はレストランの前に七時。皆で朝御飯を食べる”と言う約束で昨夜、メールを交わし合っていたというのにメールは既読にならず、モーニングコールをしても課長も紙山さんも起きてこなかった。
昨日行われたミーティングで山際さんによる事前説明を受けた。その後、私達はイベントの店舗設営をした。モールの営業時間である午前十時から閉店の午後十八時まで中央広場の一角に張った簡易テントでアウトドアグッズを販売する。最新のアウトドアグッズを展示し、来客に実際に使ってもらって良ければ販売をする。商品を売るのは初めてだ。ドキドキするけれど、これも経験の一つ、楽しみでもある。
近くの高原で絞ったという新鮮なミルクをゴクゴクと飲み、焼きたてのホテルブレットにバターを塗っていると、寝癖がチョモランマ級の蒼井課長が慌てたように私の前に来るなりコホンと咳払いをして髪の毛をかきあげた。
「やあ、筆野さん、おはよう。遅れてすまないね」
「おはようございます、課長。あれ、何も食べないんですか?」
課長は水の入ったグラスしか持っていなかった。
「起きたら頭痛がしてね、朝食は控えるよ」
そう言いながら向かい側に座った課長は水を飲んで眉間に皺を寄せた。
「もしかして二日酔いですか?」
「いやいや、そうではない」
否定しているけれど、なんだか目がとろんとしている。大丈夫かなぁ……今日。昨日の課長の言動を思い出す。麓の駅前でたくさん配っていたんだよとポケットティッシュを私にくれて「ホテル送迎あり。安心して飲めますだって。こんな美しい自然のところまで来てクラブに行くなんてもったいないよねぇ」とか言っていた課長。けれど夕食の後、バーで一杯付き合ってもらおうかなとお部屋に行ったら留守だった。おそらくお酒はそのクラブで飲んだのだろう。結局つまらなくてお風呂あがりに一階のバーでカクテルを楽しんでいたら私も酔いつぶれたのだけれど。
「でも、ありがとうございます。課長が見つけてくれなかったら、ロビーで行き倒れていたかもしれません」
お礼を言ったら課長は怪訝そうな顔をした。
「何の事?」
「昨日、バーで酔いつぶれた私を部屋まで連れて行ってくれたじゃないですか」
「それ僕じゃないけど?」
「え?じゃ、あれは誰?」
そこへ紙山さんがあくびをしながらやって来て蒼井課長の隣に座った。服は着替えているけれど昨日みたいにまた寝癖が立っている。寝起きのイケメンはけだるげで妙に色気を醸し出すらしく、昨日みたいに周りの女性達がこちらを興味深そうに見てくる。それにしても紙山さんが手にしたトレイにも珈琲のカップしか載っていない。
「二人とも朝御飯はしっかり食べとかないと今日一日もちませんよ?ヨーグルトお代わりしてくるのでお二人の分も何か取って来ましょうか?」
「いらない」
「いらん」
そう言って二人とも大あくび。朝に弱いとは似た者同士らしい。対する私はもっとスタミナをつけておこうとキムチを山盛りに乗せた納豆ご飯も茶碗二杯モリモリ食べて二人に珍獣のように見られた。
「それにしても紙山さんには怒っています」
「何が?」
食後にレストランを出て、ちょっとトイレとレストランの横の男子化粧室に消えて行った蒼井課長を置いて先に部屋へ戻ろうと乗ったエレベーターの中で、私は紙山さんに昨日からずっと溜め込んでいた不満をぶつけた。
「とぼけないで下さい。四時半だって言ったのにミーティング終わって部屋に迎えに行ったらいないしミニバンもないから私達慌ててタクシーを呼んであけぼの印刷まで行ったんですよ?いったいどこに行っていたんですか?」
「……」
「黙らないで下さい。紙山さんがいないんじゃ話にならないって社長に言われて私達、秒で追い返されたんですよ?」
「その件だが後で連絡するって社長が言っていた」
「はっ?」
「約束に間に合わなかったのはすまないが俺は二人にとってはもう用済みだろ。後は自由にやらせてくれ」
そこでエレベーターが開いた。紙山さんはさっさと下りると奥の自分の部屋へ向かってしまう。
「ちょっと紙山さん!用済みって、自由にやるって何をですか?」
紙山さんは意味ありげな含み笑いを浮かべると自室に入ってしまった。
その後、イベントの会場で開店の準備をしていたら、あけぼの印刷の社長から思いがけない内容のメールが届いた。ノベルティカレンダーを作ってやってもいいとの取引承諾のメールだった。昨日はあんなに拒んでいたのに手のひらを返したような内容だ。蒼井課長と手を合わせて喜んだ。そこで紙山さんのあの含み笑いを思い出した。きっと後で社長に連絡を入れてくれて話をいい方向に進めてくれたのだろう。後でお礼を言わなきゃと感謝しながら開店準備を進めた。
そして十時。開店と同時にお客さんが代わる代わる訪れてくれた。
「いらっしゃいませ。どうぞご自由に触ってお試し下さい」
最初に足を止めてくれたのはバイクツーリングの若者達。カラフルで軽量で持ち運びのしやすい一人用のテントに興味を示してくれた。実際にそばの芝生で張り方を実演してみせる蒼井課長。繰り出す営業トークが上手くて、若者達の半数がそれを購入していってくれた。次に訪れたのは小学生の男の子を二人連れた三十代ぐらいのご夫婦。全国をキャンプして旅行するのが夏休みの定番らしくて、このイベント開催の噂をテレビの情報番組で知り、今年は遠久野高原でキャンプをして観に来ようと訪れたらしい。テントにぶらさげる可愛らしいランタンやバーベキューセットを楽しげに触りながら見ている旦那様と子供達を微笑ましそうに見ていた奥様がふと私に話しかけた。
「そういえば昨日まで泊っていたキャンプ場で大変な事が起きたんですよ」
「大変な事?」
「管理人さんに聞いても口を濁すだけで聞けなかったんだけど他の宿泊客の方が教えてくれて。どうやら殺人事件が起きて管理事務所の方に警察が来てるって」
「殺人事件?」
「怖いでしょう?だから本当は今日まで泊まってから帰るつもりだったんだけど一日前倒して今日このイベント見て帰ることにしたの」
「そうなんですね」
「怖い世の中よね。身近でそういう事が起きると。でも旅行の最後に子供達も楽しくしてくれているからここに来て本当に良かったわ」
そう言って奥様は家族の会話に加わって行った。微笑ましい一家の様子は見ていて心が和んだ。けれどその後、仕事をこなしながらも奥様の言っていた殺人事件の事が頭の上にのれんのようにずっと引っかかっていた。
忙しくしていると時間はあっという間に過ぎ、イベント初日が終わった。気がつくと夕闇が辺りを取り囲んでいて黒に染まり始めた世界に大粒の星がぽつぽつと輝き始めていた。その光景は本当にダイヤモンドみたいに美しくて暫く突っ立ったまま見惚れてしまう。
「よし、後は明日だね。初日にしてはだいぶ売上げた。明日は土曜日だからかなり集客が見込めそうだ。どうした筆野君、手が止まっているよ?」
蒼井課長に話しかけられているというのにまだ星を見上げながら奥様との会話を思い出してしまっていた私は慌ててすみませんと謝った。
ホテルまでの道を課長について歩道に沿って歩く。山の上だけれど街灯の明かりに照らされて歩道は都会のように広くて歩きやすい。けれど、登り坂なので一日ほぼ立ちっぱなしだった足にはやや負担だ。部屋に着いたらバタンキューだな。明日もあるし早く寝よう。そう思いながらホテルに入ろうとした時、紙山さんが出て来るのとすれ違った。
「文仁、飯は?まだなら一緒に食おう」
蒼井課長が声をかけた。紙山さんは外の景色と同化したような真っ黒なシャツにデニムを履いて足元はいつもの濃紺の下駄姿でまるで散歩にでも行くような恰好をしている。
「散歩ですか?」
つい口から滑り出た言葉に紙山さんは二人で食べてくれと足早にミニバンのある駐車場の方へと去って行った。
「あいつ、また何かやってるな」
蒼井課長がそのすらりとした背中を見送りながらポツリと言う。
「あいつの癖だ。肝心な事は秘密にして一人で行動する。危険な事に首を突っ込んでないといいが」
……危険な事に首を突っ込む。昼間来店した奥様の言葉がすぐさま浮かんだ。
―殺人事件が起きたらしいのよ。
「腹が減ったね。このまま食堂に行こう。あれ?筆野さん?どこ行くの!」
私はすでに紙山さんの方へと駆け出していた。
「筆野さーん!メーシー!」
後ろから蒼井課長の大声が聞こえたけれど足は止まらない。勘が働いていた。女の勘のようなもの。紙山さんは文具屋だけど探偵でもある。その殺人事件に、首を突っ込んでいるのでは。
「課長は先に食べて寝て下さい。明日にはちゃんとイベント行きます。お疲れ様でしたっ!」
振り返らずに叫びながら逸る気持ちで駐車場までばたばたと走る。駐車場に着くと紙山さんが人の気配のない駐車場の隅に停めたミニバンの中で誰かとスマホで話しているのを見つけた。そっと後ろから音を立てないように近寄って運転席の下にしゃがむ。耳を澄ませる。静寂の中で聞こえてくる相手のボリュームの高い話し声。どこかで聞き覚えがある……この声は―ノリさんだ。
だけど今になって何で紙山さんと連絡を取っているのだろう?そこまで考えた時、ハッとした。もしかしてだけど奥様が言っていたキャンプ場の殺人事件と何か関係があるとか?
「ⅮNAが一致したってことは……本当にあれは」
DNAが一致?何の事だろう。
「……わかりました。私の方でも彼の足取りを調べてみます。ありがとうございました」
通話を切ったのか何も聞こえなくなったところで私はバッと運転席へと顔を突き出した。
「わっ!」
真っ暗闇からいきなり窓の外に現れた私に紙山さんは相当驚いたみたいで声を上げた。そして車から降りてくるなり深々とため息を吐いて私を呆れたように眺めた。
「俺のストーカーかお前は」
「内緒話をしているから気になっただけです」
「自由にしてくれと言っただろう」
「課長が紙山さんの一人行動は危険な事に首を突っ込んでいる証拠だって」
「何の事だ。帰るぞ。明日も早いんだろう?」
ホテルの方へと歩き始めてしまった紙山さんを追いかける。
「さっきの電話の相手、ノリさんですよね?」
「お前、地獄耳だな」
「教えて下さい。DNAが一致したって何の事ですか?」
紙山さんは小さな吐息を漏らして呆れたようにこっちを見た。
「二人で何を調べているんですか?教えて下さい」
「……」
「黙っているって事は図星なんですよね?私も首、突っ込みたいです」
「ダメだ」
詰め寄る私を見もせずに紙山さんは険しい顔でどんどん足を速めるから諦めずに追いかける。
「前回は相棒にしてくれたじゃないですか?きっとまたお役に立ちますから!」
「お前は仕事でここに来たんだろう」
「でも」
「でも何だ」
「紙山さんの事が心配だから。何かあったら……困るし」
「困る?俺がいなくなったってお前の何が困るんだ。うちで雇っている訳でもない。会社から給料だって入るし、ちょっと凝ったメシが食いたいならなにも俺のとこに来なくても料理本やレシピを検索すればいい。どんなに下手な奴でもたいていのものは作れるようになる」
……もう。何にもわかってない。
悔しくて思わず紙山さんのシャツを引っ張って引き留めた。
「離せ」
「離しません。紙山さんに何かあったら私の良心が困ります。ああ何で手伝わなかったんだろうって紙山さんの亡骸に縋って泣くのは嫌です」
「さりげなく物騒な事を言うなお前は」
紙山さんはそう言いながらも足を止めてじっと私を見つめる。頭上には星がきらきらと瞬いていてそれを背景に佇む長身の紙山さんはまるで王子様みたいに格好が良い。……黙っていればの話だけれど。
「誰にも言わないか」
「もちろんです」
「紙山事件の犯人が見つかるかもしれない手がかりが見つかった」
「え?」
「五年前、俺の母と祖父が子供を追って飛び込んで来た通り魔に刺されて亡くなった。その二人の血痕がついたノベルティカレンダーが見つかった。紙山で五年前に配られたノベルティカレンダーだ。この前の拉致事件で犯人逮捕に関わっていた若い刑事がいただろう。ノリさんの相棒だ」
「はい」
「彼が殺された現場に近い場所でそのカレンダーが金庫の中に入れられていた」
「えっ、殺された?」
「もし彼を殺したのが紙山事件の犯人と同一である可能性もあるならば」
「今回の事件を辿れば犯人に繋がるかもしれませんね!」
「ああ」
「良かった!本当に良かったですね」
これで紙山さんの抱えてきた苦悩に光が差すのかと思うと満面の笑みが浮かぶ。まだこれからだがなと言いながら紙山さんはなぜか急に目元を緩めて笑んだ。
「そろそろ離せ」
「あ」
まだ紙山さんのシャツを掴んだままだったことに気がついて慌てて離す。
「……すみません」
「意外だな」
「何がですか?」
「お前がそんなに俺の事を考えていたとは知らなかった」
「……考えてますよ。もう紙山さんとは知り合いですから。放っておくわけにはいきません」
「そうか……じゃ、どれぐらいのなら、していい?」
「はい?」
次の瞬間、私の唇めがけてスッと落ちてきたのは夜空に瞬く流星ではなく、紙山さんの唇だった。い、いきなり?!こ、心の準備が。文具馬鹿だし、相当変わっているって思っていたけれど、それ以上にこの人、こんなに大胆だったの!慌てて両手で襲ってくる唇を跳ねのけようと自分の唇を守る為に手をかざしたら紙山さんは余裕の笑みで私の手をグイグイと退けようとしてくる。
「ま、待って下さい。そういうのは恋人になってからにしないとっ」
そう言った途端にパッと手が離された。きょとんとした私の頭のてっぺんを紙山さんは無言でぐちゃぐちゃに散らす。
「冗談だ」
そしてニヤッと笑うなりスタスタと歩いて行ってしまった。冗談ですと?こっちはすごくドキドキしたのに!頭にきて、つい本音が口をついて出た。
「酷いです。奈々子さんに未練があるくせにそんな真似するなんて最低!」
「奈々子……?」
「ボインの奈々子さんですよ。ピンク色の好きな奈々子さん!」
「あいつとはもう別れた。未練などない。お前も知っているはずだ」
「えっ、でもまだお部屋の中、ピンクだらけじゃないですか。それって奈々子さんにまだ未練があって好きだからですよね?」
「そんな訳ないだろうが」
「えっ、違うの?じゃあ何で?」
「あれは全部、母さんの形見だ。菜七子はピンクが好きだった」
「ん?」
その後、衝撃の事実を聞かされた。紙山さんのお母さんと元カノの奈々子さんは同名である事、そしてピンク色が好きであるという共通点を。私はどうやら前回の事件からずっと大きな勘違いをしていたらしい。紙山菜七子と百瀬奈々子。名前だけ聞けば同じ響きになる。
「もしかして、あの辛いミントの飴、好きだったのもお母さんの菜七子さんですか?」
「ああ」
なんたること!ずっと奈々子さんへの未練が強いなって思っていたけれど、それは母親に対するものだったのだ。納得がいってなお、紙山さんが母親の死をまだちゃんと受け入れられていないのだなと改めて感じた。母親が遺した形見を奈々子さんと付き合っていた時でさえおそらく部屋のそこらじゅうに見えるように飾っていたのだろうから……。
「歯磨いてさっさと寝ろよ」
ホテルに戻ると紙山さんは大あくびをしながら自分の部屋の方へと戻って行った。身長が百五十三センチ程の私からすれば百八十センチ近く背丈のある紙山さんは子供と大人みたいな身長差だ。すらっとしたその背中をまるで言い方がうちのお父さんとそっくりと思いながら見送り自室に戻る。
一日動いて汗ばんだ。スーツを脱いでバスルームに入り熱いシャワーを浴びる。指先でシャンプーを白く泡立て髪を丁寧に洗った。そして正面の鏡を見た時、キスを冗談だという前の、髪の毛をぐちゃぐちゃにしてきた紙山さんの表情が不意に蘇った。胸がきゅんと苦しくなって思わず髪の毛と混ざった泡を逆立ててみた。紙山さんの寝癖みたい。立ち上がったそれに笑みがふっと零れる。紙山さんは私にキスしようとしたこと、冗談だって言っていた。でも。あんな風に触られたことは今までなかった。あんな冗談を投げかけられたことも今までなかった。紙山さんは奈々子さんに未練があると思っていたけれど、そうではないとわかった今、甘い期待を抱いてしまう。今だって。唇が迫った時の事を想い出すとそこが燃えているんじゃないかってくらいに熱さを帯びてくる。
好きな人にあんなこと冗談でもされたら、ずっとその事ばっかり考えちゃうじゃない……。どうするの、綴。このまま言わないでいるつもり?今ならずっと好きだった人が振り向いてくれるかもしれないよ?
その後、髪を乾かして言われた通りきちんと歯を磨いてベッドに横たわる。けれど眠れない。ずっと抱えてきた想いはさっき一瞬だけはじめて近くなった距離でさらに膨れ上がってしまってはち切れそうだ。S気のある紙山さんのこと、私の気持ちに気がついていてわざとやったとかだってありえないことではないような気までしてきた。
どちらにせよ。事件のことを話してくれた時の真剣なまなざしを思い返すとやはり今は伝えない方がいい。私は会社から責務を頼まれてこの地にいて、紙山さんは五年の時を経て真犯人に辿り着くかもしれない大事な時なのだから。
告白を諦めた私はせめて星を見て気持ちを慰めようとカーテンに手を伸ばして開く。見上げた漆黒の空、ダイヤモンドのような満天の星が私の出した答えに賛同するかのようにチカチカときらめいた。
朝が来た。出張三日目の土曜日だ。今日は人出が明らかに多い。地元の買い物客も多数来訪しているからだろうか、お店は大盛況で商品が面白いように売れていく。接客も次第に板についてきて笑顔にも余裕が出てきた。
お昼のピークが過ぎた。お客さんが途切れてレジ前のパイプ椅子に座って売店で買ってきた焼きそばで遅いお昼をとる。すると通りかかった若者二人と目が合った。彼等はにやけ笑いを浮かべながらこちらに歩いて来た。
「ねえねえお姉さん、地元の人じゃないよね?」
「可愛いねー」
食事中なのに無遠慮に話しかけて来る彼等は商品を見に来た様子もなくて警戒心がチカチカと点滅した。こんな時に限って蒼井課長は打ち合わせがあって事務局に行っている。
「仕事、何時までなの?」
「終わった頃に車で迎えに来るからメシ食いに行こうよ?女友達も連れて来るからさぁ」
「おごるぜ。行こうよ」
なんだか頭のてっぺんから爪先までじろじろと見られてすごく嫌な感じ。あー、どうしよう。いわゆるナンパってやつだよね?どうかわせばよいのやらと返事に困っていたら後ろから「すみません」と声をかけられた。
「はいっ、いらっしゃいませ」
慌てて立ち上がると入り口に展示している商品のテント越しに二十代位の若者がひょっこりと顔を出して私に手招きしていた。
「仕事がありますので失礼しますっ」
内心助かったとその若者の方へと向かう。しつこいお兄さん達は何やら悪態をつきながら私より先に彼の方へと歩み寄るなり彼の胸を軽くどついて行ってしまった。
「何かお探しでしょうか?」
ほっとしながら笑顔を向けたら賢そうな光を湛えた眼をこちらに向けて人懐こく微笑まれた。ツーブロックの艶やかな黒髪に紺色のボタンダウンシャツをきちんと上まで留めた彼は首から一眼レフカメラをぶら下げている。育ちの良さそうな雰囲気に目がきらきらとしていて、どこか幼い少年のような顔つきはアイドルフェイスでありモテそうだ。
「お姉さん困っていたみたいだったから声をかけただけです。すみません」
「ありがとうございます!誘われ慣れてないのですごく助かりました!」
そう言って頭を掻くと彼はぷっと吹き出した。
「慣れてないって正直だね。面白い人」
「あっ、すみません」
若者は狼狽える私に微笑みながらそっと教えてくれた。
「実はあいつら同じ大学のゼミ仲間で。休みの日にはここでしょうもないナンパばっかしているんです。だから相手にしなくていいですよ。じゃ」
若者は夏空のごとく爽やかに笑むと、一眼レフのカメラを手に行ってしまった。大学が休みの日に趣味の写真でも撮りに来たといったところだろうか。感じの良い青年だったなぁと快く見送っていたらすぐ側で「へえ、ああいうのも好きなのか」と言う声がした。
見るとテントの中にいつの間に入っていたのか、紙山さんが寝そべって腕をついたまま私を見上げている。
「そこで何しているんですか?」
「ちょっとな」
「事件はどうなったんですか?調べているのかと思ったのに」
「このテント悪くないな。脚が真っすぐ伸ばせるのはなかなかなかったから買うのもありかもしれない」
「自慢ですか、それ。お買い上げ下さるなら包装しますのでそこから出てきて下さい」
「さっきの男は行ったか?」
「見ていたなら助けてくれたっていいのに」
「ナンパな方じゃない。カメラの方だ」
「カメラ……ああ、さっきの爽やか青年ですか。もう行っちゃいましたけど、それが何か?」
のそりとテントの中から出てきた紙山さんは両手を掲げてうーんと伸びをした。すると通りかかったマダム達がめざとくやってきて「いい男ねえ」とあっという間に取り囲まれてしまった。あれよあれよとマダム達が紙山さんの周りの商品に興味を持ってくれて大人買いする事態となって。
「ありがとうございました!」
マダム達を全力の笑顔で見送って紙山さんの顔面集客力ってこんなにすごかったんだと感心した。
「お前、何時に終わる?」
「十八時ですけど?」
「ホテルの飯に飽きた。地元のもんでも食いに行かないか?」
「いいですね!じゃ、蒼井課長も誘ってみましょう」
「いや……」
紙山さんが何か言いかけた時、蒼井課長が青い顔をして戻って来た。なんだか顔色が悪そうだけれど、どうしたのだろう?
「ちょっと休ませてくれないか。さっき食べたアレにあたったみたいで、なんだか腹が痛い」
蒼井課長が指し示す先を見ると、広場の方に海鮮バーベキュー“海雪”と看板をつけたキッチンカーが停まっている。まるで西洋の海賊みたいな黒い髭をたたえたおじさんが汗を拭いながら一生懸命トングを動かして何かを焼いていた。左右に立てられた幟には“生牡蠣あります”と書いてある。
「お前、本当についてないな。昨日の忘れもんといい」
「あっ、コレ、やばいよ」
話をまるで聞いていない課長はお尻を押さえながら慌てたようにトイレの方へ駆けて行ってしまった。
「課長なんか大変そう」
「漏らしそうだったな」
「ちょっと大きな声で言わないで下さい。可哀そうですよ」
紙山さんを横目で睨んだら私を退けてレジの前に立ってしまう。
「何しているんですか?」
「イケメンの補充だ」
「手伝ってくれるって事?」
そこに女性のお客さんがやってきて紙山さんはいらっしゃいませと人が変わったように愛想よく微笑んだ。普段、文具店で慣らした接客態度(私には冷たいが)により紙山さんは次から次に来る女性客のハートをがっちり掴んで飛ぶように商品が売れていく。そして蒼井課長のお腹の具合も三十分後には無事に治り、二人のイケメン効果か売上げは前日の倍以上。ホクホクの一日になった。そして忙しくしているうちにあっという間に日は暮れて業務は終了となった。
蒼井課長の隣で展示していた商品を片付けていたら後ろから声をかけられた。
「終わっちゃいました?」
振り返ると昼間にナンパされて困っていた私を助けてくれたカメラ青年ではないか。
「すみません。閉店なんです」
「残念だなぁ。写真を撮った帰りに寄ろうかと思ったんだけど間に合わなかったみたいだ」
「あ、テントはまだ畳んでいないので良かったら見て行って下さい」
青年はありがとうございますと嬉しそうに目を細めるとテントの方へと歩いて行き興味深そうにあちこち眺め始めた。
「欲しいなぁ、これ。このイベントっていつまでやっていますか?」
「来週の水曜日までです」
「水曜か。来られたらまた来ます」
「ぜひ!お待ちしています」
青年は愛想よく微笑むと私達に丁寧に会釈をして去って行った。見送りながら蒼井課長が言う。
「爽やかだね、彼。モテそうだな」
「地元の方みたいですよ。お昼過ぎに一回来店されて。大学が近そうでした」
「大学の休みにカメラか。良い趣味だ、モテそう」
「蒼井課長、モテモテ言ってて、なんだかおかしい」
「ははは。凄いモテたい奴みたいだね、僕」
「あ、そうだ、課長。お腹の具合もう大丈夫でしたらこの後、紙山さんも一緒に夜ごはんに麓の街に繰り出しません?地元グルメ食べたいなって思って」
「いいね!もう平気だよ。行こうか」
「はい」
食いしん坊の私が嬉しそうに即答したら聞いていた紙山さんが蒼井課長の腕をつつく。
「ん?どうした?」
「これの畳み方がわからん」
どうやら展示していたテントを畳もうとしていたらしい。
「ああ、これはこうやって」
蒼井課長は紙山さんとテントを畳み始めた。そこに女性達が連れ立ってやってきて二人に話しかけてきた。イケメン二人が共同作業していると目立つらしい。レジ作業をしながらも会話に耳を傾けてしまう。
「行きましょうよ~地元の美味しいもの食べに。私達も同じホテルだから皆でタクシー乗っていけばいいじゃないですか。そしたら飲めるし。ね?」
よく見るとイベントに参加している他の会社の担当者の女性達だ。紙山さん、昼間に三人でご飯行こうって言っていたけれど、頷いちゃうのかな……。そんな事を思いながら数える売上金は二回も数え間違えてやり直した。ようやくレジを清算し終えて鍵をかけた時、紙山さんが一人でこちらにやって来た。
「終わったようだな」
「はい。私はホテルまで歩いて帰るのでお先です。お疲れ様でした」
レジからお金を社名入りのクリアケースに移し、それを運営事務局の貸金庫に預ける為に歩き出した私のシャツを紙山さんがおもむろに掴んだ。
「メシ行くんじゃないのか?」
「えっ、でも……あの方達と行くんですよね?」
楽しそうに話す蒼井課長と女性達の方に視線を移すと紙山さんは鼻で笑った。
「ああいうのは好きじゃない。俺はお前と食べることにする」
「……」
「筆野、どうした?」
「……あっ!はい」
ちょっと拗ねたわがままをごく親しい相手に言うような口ぶりだった紙山さんが愛おしくてつい頬が緩んでしまったのだ。ほこほこと胸にたちのぼるあたたかな想いを胸にいそいそと貸金庫にクリアケースを預けに行った。戻って来たら蒼井課長はもう女性達とご飯を食べに行ってしまったようで紙山さんは一人その場に佇んで手持無沙汰に空を見上げながら待っていてくれた。
「……お待たせしました」
後ろから声をかける感じ、まるでデートの待ち合わせみたい。私はスーツ姿だからデートというより仕事帰りの飲みにしか見えないかもだけど。
「……着替えてから行くか」
「えっ、いいんですか?」
「シャワーを浴びてから集合しよう。ロビーに七時だ」
私の心を読んだかのように紙山さんは腕時計を見て言ってくれた。
「外にタクシーを呼んでおく」
「はい!」
思わず声が弾んでしまった。緩みきった顔が恥ずかしくてホテルまでの道は紙山さんの後ろを歩いた。今夜の星はたくさん瞬いてエールを送ってくれているみたいに見える。この後のディナー、楽しみだな。きっとロマンチックで楽しいものになるのだろうと私は勝手に期待していた。仕事の休憩時間にサマーセールをしていたお店で可愛いなぁと一目惚れして買っていたふんわりと裾の広がる向日葵色のオフショルダーのワンピースとゴールドの華奢なサンダルに意気揚々と着替える。
けれど紙山さんが連れて行ってくれたのは麓の町の裏通りにある大きな赤提灯が灯る大衆居酒屋だった。
「……ここですか?」
「不満か?」
「い、いえ」
紙山さんのお父さんは大手探偵社の社長。家もガードマンを雇っているぐらいの豪邸、もしかしてこういうお店は来た事がないから珍しいのかもしれない。一緒に食べられるのならなんだっていいじゃないと過剰に期待していた自分に喝を入れ、店のカウンターの隅に座った紙山さんの隣に腰をかける。だけど紙山さんはさっきから入口の引き戸の方をじっと見ている。気になりながらもメニューを取り紙山さんに見せた。
「何、飲みます?」
「何でもいい」
「何、食べます?」
「何でもいい」
「……紙山さん」
「何でもいい」
「今、何か、企んでませんか?」
やる気のない会話に積もり始めた疑問を吐き出した時、私の口に紙山さんが指先をあてた。会話を制したのだ。そしてズボンのポケットからスマホを出していじり始めた。もうこれは。会話を楽しもうという余裕もないのだ。ムッとしてメニューに視線を落としたら、私のスマホがメールの通知を知らせた。取り上げて見ると隣の紙山さんからだった。
―今、入って来た客を見ろ。以後、会話はこれでする。
そっと後ろを振り返ってみたら来店したばかりの男性客が三人、私達のすぐ後ろのテーブル席に座ったところだった。
―あれって、昼間、私をナンパしてきた二人と助けてくれたカメラ青年です!
―後ろを見ずに普通にしていろ。
幸い、三人の若者はこちらに気がついていないようだった。私服に着替えてもいたし髪型も涼やかに見えるようにゆるく頭の上でお団子にまとめてきたから後ろから見れば私だと気がつくことはおそらくないはずだ。
―来るとどうしてわかったんですか?
―偶然だ。
そこまでやり取りした時、目の前の厳しそうな顔をした大将が怒鳴った。
「あんたら何も頼まないなら出てってもらうよ?」
「このページ、全部」
いきなり頼む紙山さんに私は慌てた。
「は?!今、蒼井課長いないのでそれは止めて下さい。大将、今のはキャンセルで。おまかせコース二つ、生ビールジョッキ二つで!」
「あいよ」
目についたものを勢いで頼んだ後にハッと気がついた。紙山さんはあまり飲めなかったんだ。前にワインを飲んでへべれけになっていたのを思い出す。急いでオーダー変更しようとしたら大将の奥さんらしき女性が来て異様に大きなジョッキの生ビールを二つ、でんと置いて行った。うーん、飲めるかな……。
案の定、紙山さんは後から追加で頼んだオレンジジュースを優雅に啜り、私は後ろの三人の会話をビールを飲み過ぎてしまい最後の方は聞いてなかったという大失態を犯した。
酔いつぶれた私はベッドの上に放り投げられた。居酒屋からタクシーでホテルまで帰った後、紙山さんがふらついた私を部屋まで支えて連れて行ってくれたのだ。
「無理して飲まなくても良かったんだ」
「だって出されたものは飲まなきゃお店に悪いですし。うっ、気持ち悪い」
トイレに駆け込んだ私に紙山さんは大いに呆れたような顔をした。
「少し話せるかと思ったが無理そうだな。早めに寝ろ」
そう言う声を聞きつつもトイレでおおいに吐いた私はスッキリとして部屋に戻ったが、紙山さんはもういなかった。
―何をやっているんだ、私は。ロマンチックなディナーどころか、迷惑をかけただけではないか。
申し訳なくなってせめて寝る前に一言だけでもお詫びをしようと口を何回もゆすぎ乱れた髪をまとめ直してから紙山さんの部屋のドアをノックした。しばらくしてドアが開く。紙山さんは歯ブラシを口にくわえている。
「さっきは本当にすみませんでした」
「わざわざそれを言いにきたのか?」
「はい」
神妙な顔つきで頭を下げる私に紙山さんはクスクスと笑ってちょっと話せるかとドアを大きく開いた。
「でも……寝るところなんじゃ」
「話し相手が酔いつぶれていたから戻って来ただけだ。俺もお前と話したかった」
そう言ってふっと目を細める紙山さん。その言葉にぎゅーんとときめいてしまった私は部屋に足を踏み入れる。
「おじゃまします……」
紙山さんは洗面所の方に入って行って、うがいをしはじめた。
そっと歩みを進めて鏡台の前あたりに佇んでいたら紙山さんが戻って来た。
「何か飲むか。お茶しかないが」
「私、淹れます」
「座っていろ。体を労わった方がいいだろ」
促されるままにそばのベッドに腰かけてからまずいと思う。ベッドに座っちゃったけど、これ、正解?いやいや、普通ソファーだよ、ソファー。だってお話するだけだもん……。慌てて立ち上がってソファーの方に移動しようとしたらお茶を持って来てくれていた紙山さんとぶつかる。紙コップに入れていた熱いお茶が紙山さんの着ている白いTシャツの胸のあたりにびしゃっと跳ねた。
「わっ、ごめんなさいっ」
慌ててワンピースのポケットからハンカチを出しTシャツについたお茶を上下に拭った。
「思ったより濡れちゃってる。ごめんなさい」
紙山さんは答えずにじっと胸の辺りを拭いている私を見下ろしていた。視線を感じて顔を上げると涼やかなまなざしが真っすぐに私を見つめていた。その視線に抱きすくめられたような気がして胸が大きく波打つ。
「……もういい。大丈夫だ」
紙山さんは目を逸らして私から距離を取ると紙コップをくしゃりと握りつぶし近くのゴミ箱に放った。でもそれは床に転がってしまい。紙山さんはそれを再び拾って入れるとお茶を淹れ直してくれた。湯気のたつ紙コップを私に渡すと紙山さんは鏡台の前の椅子に座ったので向かい合ったソファーに腰をかけた。
「会話の内容をお前と共有したい。酔っぱらってほとんど聞いていないだろうからな」
「……すみません」
「あのカメラ青年はあけぼの印刷の社長の甥だ」
「えっ?」
「彼が筆野のナンパを追いやっていた時に、どこかで見た事がある顔だと思った。それで思い出したんだ。約束に遅れて印刷工場に行き社長と話していた時、社長の机の上に写真が挟まっていた。奥さんと社長が映った写真の真ん中にあの青年も映っていた」
「紙山さん、あけぼのに行ってたんですか?」
「ああ。お前に悪いと思った。契約は取れたろ?」
「はい、その件では本当に助かりました。ありがとうございます!」
商談をすっぽかしたことを一方的に責めたことを悪かったなと思いながら、あのカメラ青年が社長の甥だったことに驚きを覚える。
「彼は社長の妹の息子で名は硯光也。年は二十三、私立大学の教育学部に通っている四年生で教師を目指しているらしい」
「すごい、いつの間に調べたんですか?」
「お前が居酒屋で呑んだくれてた間。彼らの会話でわかった。問題はだ、なぜ彼はこっちで暮らしているのかだ。光也は実家が東京にある。東京には大学がたくさんあり、教育学が学べるところは多い」
「自然が好きでカメラで撮りたいからこっちの大学を選んだとか?」
「そう考えてもいいが、彼は大学で或るサークルの副代表をしている」
「写真のサークルですね!」
「いや、未解決事件研究会だ」
「未解決事件研究会?」
「彼の大学はサークル活動が盛んで、中でもカメラを愛好する写真サークルが断トツに多い。なのに、彼はそこには所属せずカメラをぶらさげて週末、よくここに来る。おそらく……未解決事件を探るために休日を費やしている可能性もある」
「なるほど!」
「筆野をナンパした二人が週末によくダイヤモンド・マウンテンに来ていることも知っているくらいに、彼は休みのたびに未解決事件に関する何らかのことを一人で調べようとしているんじゃないかと思う」
「何らかのこと……何の事件を調べてるんだろう」
「あくまでも推測だがな。彼らの大学では夏のオープンキャンパスをしているとも話していた。彼もサークルの紹介を手伝うらしい。速見の殺された事件はまだ未解決だ。彼が何か小耳に挟んでいる情報があるかもしれない。明日行って話をしてみようと思う」
「明日……。仕事だから私は行けませんが気をつけて下さいね」
「大丈夫だ。いざという時の護身術は一通り身に付けている」
「でも、心配です」
そう言って紙山さんを見つめたらさっき見たのと同じ真っすぐなまなざしを向けられた。長い睫毛から覗く瞳が切なげな色を帯びていて息を呑む。真剣な顔つきになるとすごい色気で心拍数がいやでも上がってしまう。
「この事件を迷宮入りにしたくない。ノリさんと同じくらいにそう思っている」
「私もですよ」
間髪を入れずにそう返したら紙山さんは目を細めてそうだなと微笑んでくれた。
「迷宮入り事件って、ものすごく興味惹かれるんですよね。元々小さい頃からテレビのそういうドキュメンタリー番組とか観るのが好きで」
世界中のあらゆる事件に関する研究報告がパネルや部員の推理考をまとめた論文集となって紹介されているそれらを眺めて回る俺に、硯光也は嬉々とした様子で語った。
翌日の日曜日の昼前、あけぼの印刷のある彼の家からほど近い町内にある私立遠久野大学のサマーキャンパスに訪れた俺は、未解決事件研究会の部室で彼のサークル紹介に耳を傾けていた。
「俺、身体が産まれつき弱いこともあって浪人する前は都内の大学を志望していたんですけど、やっぱり空気の良いところで勉強したいって思って、ここで学ぶことにしたんです。お兄さん熱心ですね。お兄さんもこういうのが好きとか?」
「そうみえるか?」
「そうじゃなきゃ野郎二人しかいないサークルの見学したりとか普通しないっすよ」
「二人?」
「はい。俺と入口にいる部長だけなんですよ。来年二人とも卒業するから廃部になっちゃうんで今年は部員増やしたくて。あ、腹空きません?メシ時だからメシ行きましょう!」
彼は白くて健康的な歯を見せてニッと笑うと、部室の入口に座ってけだるそうにうちわを仰いでいる肥満体型の大柄な青年に声をかけた。
「部長、俺この人とメシ行って来るから。後、頼むね」
「おー」
部室内は一台の扇風機がゆっくりと動いているだけで暑かった。何か冷たいものが飲めるのならと誘いに乗ることにした。彼はサークル棟を出て、別の棟の一階にあるガラス張りの広い食堂に連れて行ってくれた。学食のガラスケースに並ぶメニューのおかずを取りながら、ふと自分が学生だった頃を思い出す。あの頃は隣にはいつも彼みたいに爽やかに笑う楽しげな蒼井がいた。たわいもない会話で盛り上がりながら学食の隅っこで向かい合い二人とか他の友達とかと皆で和気あいあいとメシを食っていた。見渡せば青春を謳歌している若者達の笑顔に囲まれていて、俺は不意にあの頃に戻りたいと思えた。祖父も母も元気に生きていたあの頃に。
「大丈夫っすか、お兄さん?」
声をかけられ自分の足がいつの間にか配膳カウンターの途中で止まっているのに気がついた。後ろに並んでいた学生達に会釈をして謝る。
「うちの学食、近隣の誰でも利用できるんです。ほら、あれ、たぶん近所の奥さん達」
そう言う彼に案内されて外の緑豊かな中庭が見える席に向かい合って座り昼食をとることにした。俺はビーフカレーに中華風春雨サラダ、彼はカツカレーに大盛りポテトサラダをよそっている。二人とも冷たいアイスコーヒーを頼んでいた。
「さっき入口にいた彼がサークルの部長か?」
「はい。あいつ、大学入学前に下着泥棒の嫌疑をかけられた事があって個人的に真犯人を捕まえたいそうで、この部を設立したんです」
「手がかりはあるのか?」
「犯人見つかったら部は閉部だって言って、早四年目です」
「厳しいな」
「ですよねぇ」
そう言いつつどんなメニューを頼んでも必ずつけられるという、手元のわかめと豆腐の味噌汁を同時にずるずると啜った。
「部員は入りそうなのか?」
「ダメっすね。来てくれたの、お兄さんだけです。毎年必死に勧誘するけどカメラサークルの方が健全っぽく見えるのか、不人気で」
「俺は良いと思うが」
「お兄さん、目の付け所がいい!新入生だったら良かったのになぁ」
やたらと明るく話してくる彼に俺はカレーを黙々と食べながらさりげなく聞いてみた。
「研究しているのは海外の未解決事件だったようだが、日本で起きた事件には興味はないのか?」
その言葉にゴクゴクと水を飲んでいた彼は目を丸くして身を乗り出してきた。
「ありありですよ。知ってます?最近、ここから近いあるところで殺人事件が起きて」
「殺人事件?」
「キャンプ場のコテージが燃えてそこから刺殺遺体が見つかったってニュースで観ました」
「遠久野キャンプ場か?」
「はい。あれ、お兄さん、知ってた?」
別に隠しておく必要もないかと俺は彼に自分の名刺の裏を向けて差し出した。
「謎解きもやってますって、お兄さんって探偵さん?!」
「本業は文具屋だ」
「あっ、待って、紙山文具……この店名、覚えがあるな。もしかして金平伯父さんのお仕事関係の人ですか?」
「ああ。ノベルティ―カレンダーを毎年頼んでいる」
「そっか。だからお仕事でこっちに来ているんですね」
「ああ」
「それで事件が起きてそっちも気になっている、と」
俺は頷き、黙々とカレーを口に運ぶ。カレーなのに水っぽくて肉はひき肉みたいに小さい。正直あまりうまくないと思った。まあ、三百八十円なのだから文句は言えないだろう。
「金平伯父さん、俺が大学でサークルやっている事、よく思っていないんですよね。そんな活動にうつつ抜かしてないで勉学に励めって何度も言われてて実はこっそりやってます。でもお兄さんなら話せそうだな。俺の見解、聞いてくれます?」
妹の息子を預かっている身としてはそういう台詞も出て来るだろうと思った。事件に関するニュースを見聞きして彼なりに調べた見解は次の二つだというので聞いてみることにした。
まず一つ目。犯人は事件現場に下見に来ている可能性がある。事前に下見に来て、そのコテージが使われていないことを利用して被害者をそこに呼び出したと考えられる。そして二つ目に、被害者を刺した上に火を点けて燃やすという意味合いから被害者に対して強い恨みがあった。
「刑事が刺されたって事にも意味があると思うんですよ」
物騒な言葉が耳に入ったのか俺達の席の近くに座ろうとしていた女学生達が奇異の目を向けてそそくさと違う席に移ってしまった。
「もし強い恨みから殺したのだとしたら、刑事が一番恨みを買いやすい人間って誰だと思います?」
彼は食べていたカツカレーの一際大きな肉片の真ん中にスプーンをザクっと突き立てて切り、俺の目を真っすぐに見つめた。
「誰だろうな」
「犯罪者ですよ」
「犯罪者」
「はい。まあ、恨みというよりも、自分の身の危険を脅かす一番の存在だって意味で、いなくなって欲しいと考えられますね」
「その仮説でいくと今回の事件の犯人は犯罪者っていう事か?」
そう問い返した俺に彼はそうですと言いながら突き刺したばかりの肉片を口に頬張るともぐもぐと美味しそうに食べた。
「お兄さん、私立探偵なんですよね」
先程渡した名刺を指先で摘まむと硯は言った。
「俺達、協力し合いません?お兄さんの持っている情報をもらえれば俺なりに分析して犯人逮捕につながる何か、掴んで見せますよ?どうです?」
黙ってしまった俺に硯は目を細めた。
「なんてね、学生の分際で何ができるんだって顔してますね」
「いや……協力してくれるなら有難い」
俺は素直に彼に協力を仰いでみることにした。全くの知らない人間ではない。祖父が世話になってきた金平さんの甥だ。そして地の利に詳しい彼なら一人で調べていくよりも良い助っ人になるかもしれない。
「実は……」
俺は声を潜めて彼にわかっている事を話すことにした。五年前に紙山文具店で通り魔事件が起き、自分の身内が二人殺された事。犯人は未だ見つかっていない事。そして犯人が今回の事件と関わっているかもしれないことを。そしてまだ誰にも見せた事がない、スマホに残しているある画像を彼に見せた。それは色鉛筆で描いた絵で、後ろ向きの男がナイフを持っていて座っているように見える女の人にナイフを振りかざしている様子が描かれている。
「これは?」
「五年前の事件があってからしばらくして俺のところに一人の少女が尋ねて来た。その子が描いたものだ」
「なんか、これ、事件の絵みたいっすね」
「そうだ。その子、絵が好きだったんだが、事件に遭って以来それしか描けなくなってしまってな。彼女の親が何かの手がかりにならないかと俺に画像も提供してくれた」
硯はそれを熱心に見ていたが、やがて興奮した様子で傍らの水をごくごくと飲んだ。
「その少女は犯人の顔は見たんですか?」
「後ろ姿だけだ。怖くなって棚の影に隠れていたが、そっと覗いたらこの絵のシーンが見えた。それで怖くてすぐに店から飛び出して逃げたそうだ」
「それは怖い。いろいろつらかったですね、お兄さんも」
「ああ」
思い出すのも語るのも、本当はつらい。でも、誰かに見てもらわなければ、聞いてもらわなければ、手がかりを掴めないかもしれない。最近そう思い始めている。悲しみも苦しみも誰かと共有させてもらう事で少しだけ希望を持って今を生きる事ができるのではないかと思えるようになっている。そう思わせてくれたのは今頃キャンプ用品を笑顔で売っている、あいつなんだけどな。
「だけど後ろ姿だけか……。これだと年齢はわからないですね。頭に黒いキャップを被っている」
「顔に覆面をしていたかもしれない」
「そっか……。他に目撃者はいないんですか?」
「ああ。そのあたりは警察の目撃情報にもあがっていない」
「事件が起きたのは?」
「午前十一時過ぎだ」
「通り魔は理不尽過ぎるよな……」
硯は独り言のように言って、俺がカレーを食べ終わった皿を取り上げると自分のトレイの皿と一つにして手際よく片付けてくれた。それから愛想のよい笑みを浮かべ自分のスマホを出した。
「俺も調べてみます。お兄さんの連絡先教えて下さい」
連絡先を交換し合い、学食を出たところで彼と別れた。
「何かあったら連絡を取り合いましょう」
「ああ、よろしく」
俺が握手の為に手を伸ばすと、彼はしっかりと手を握り返してくれた。それからまた笑みを浮かべ、じゃあと自ら手を離してサークル棟の方へと去って行こうとした。その時、彼に伝え忘れていることに気がついて呼び止めた。
「すまないがこっそり調べて欲しい事がある」
「何ですか?」
「うちは毎年、君の下宿しているあけぼの印刷とノベルティカレンダーの取引きをしているが、五年前の年のカレンダーの紙質について、どの紙を使っていたか知りたいんだ」
「紙質?品名でいいのかな。いいですよ。また連絡します」
手を挙げると彼は再び去って行った。
俺はその後もしばらくキャンパスをぶらぶらと散策して歩いた。学生の頃が懐かしかったからだ。何度か女子大生に声をかけられ少し困ったので「彼女を待っている」と嘘を吐いた。教育学部のある棟の前で研究発表会のポスターを眺めていたら、学識の高そうな初老の男に声をかけられた。
「どなたでも聴けますので、ぜひいらして下さい」
「あなたは?」
「教育学部の講師をしております、真鍋です」
話を聞けば彼の授業の受講生の中に硯もいた。
「彼は頭の良い優秀な学生ですよ。たぶん、成績トップなんじゃないかな、学部内では」
彼がそんなに利口ならば―なおさら良いではないかと思いながらキャンパスを後にした。
大学のキャンパスからホテルに帰った時にはもう夕方になっていた。動き回り過ぎて少し疲れた俺はベッドにうつ伏せに突っ伏したまま寝てしまった。目覚めた時には外は闇に包まれていた。起き上がって星がきらめく様子をぼーっと眺めていたらスマホが震えた。昼間に別れたばかりの硯だった。
「調べましたよ、紙質。納品指示書によると品番は二十三。高価格ですが、人気の商品みたいです。あ、それと、この紙、ちょっと特殊で、燃えない紙でした」
「燃えない紙?」
「不燃性の特殊な素材で作られているんですよ。伯父さんほど詳しく説明できないですけど、火や水に強くて燃えないって商品の説明書に書いてありました」
「火に、強い」
燃え盛るコテージが脳裏に浮かぶと同時に鍵の開いた金庫に残されていたカレンダーを思い出した。普通なら燃えるはずのカレンダーが燃えなかった、その理由はその紙の性質にあったのだ。
「ありがとう。また何かわかれば連絡する」
「はい。また何かあれば言って下さい。じゃ」
通話が切れて静けさが部屋を包んだ。俺は思考を整理することにした。犯人は紙山文具で犯行後、なぜ、ノベルティ―カレンダーを持ち去ったのか。俺は部屋のドレッサーの上に置かれている卓上の小さなカレンダーを見つめた。カレンダーは筒状のまま、店に置かれていたはずだ。そしてそれはビニール製の袋に入っていた。その袋に血が付いていた。筒。そうか。筒になれば円形の空間ができる。犯人はおそらくそこに凶器を隠しながら逃げたのではないか。刃物を持っている人物がいれば一目で注目を浴びてしまったはずだが、目撃情報がないということはそうやってカレンダーの筒の中に凶器を隠して運んでしまえば傍目にはわからない。犯人はそうやって逃げながら長野まで来て隠し場所に困り、使われていない山林のコテージの中の金庫にそれを隠した。金庫を閉めてしまえば開ける為の暗号は犯人でないとわからない。犯人は隠していたカレンダーを他の場所に移動させようとしたが、それを速見に見られてナイフだけを取り出して彼を刺し殺し、そのままコテージごと証拠隠滅の為に燃やそうとした。そして逃げたが犯人はカレンダーが燃えない紙で出来ていることを知らなかった為、カレンダーはそのまま燃えずに見つかったとは考えられないだろうか。
そうだとすると凶器はまだ犯人が持っている可能性が高い。同じ凶器で速見を殺していたとしたら本当におぞましい事だ。犯人が次に動くとしたら凶器の処分のはずだ。事件から三日経つ今、もう処分してしまったかもしれない。
俺は犯人が凶器を捨て去る方法をそれからずっとベッドの上に大の字になり考えていた。しばらくして遠慮がちに扉がノックされると筆野の声が聞こえた。
「夕食食べないんですか?」
時計を見るとすでに午後七時半だった。
「先に食べていい」
「とか言って何も食べないとかダメですよ?」
昨日の夜、俺の事を心配と言って見つめてきた彼女の顔がふと浮かぶ。あまり心配させるのも得策ではないなと考え直す。身を起こして扉を開けた。やはり心配そうに見上げてくる瞳があった。最近どうしたことか、まるで母のように真っすぐに小言を言ってくるこの小柄な存在になにか云われると素直に従わねばならないように思える。
これからご飯なら付き合いますとついてきた筆野と俺はホテル内にある寿司店のカウンターで寿司を握ってもらっていた。
「寿司はいいのか?」
「はい。もう夕食は課長と楽しく食べたし」
そう言いながら頼んだ茶碗蒸しにスプーンを入れてパクっと食べてほっこりと頬を緩ませた筆野に事件の事ばかり考えて荒んでいた心が少しほぐれる。しかし楽しく食べた、か。誘ってくれれば俺だって行ったのに。
「で、進展はあったんですか?」
「それが聞きたいだけか」
「違いますよ。心配だから聞きたいんです」
筆野は頬を膨らませて拗ねた。俺はキャンパスで硯と話した事を語った。
「じゃあ硯君も協力してくれるんですね。心強い!あとは凶器がどこにあるかを見つければそこに犯人がいる」
「もうすでに隠滅した可能性もあるがな」
「事件は先週の金曜日だから今日で三日目ですもんね」
考え込みながらも筆野が茶碗蒸しを忙しく口に運ぶペースは変わらなくて見ていて面白い。
「お前だったら凶器をどうする?」
「私?」
驚いたように筆野が俺を見る。丸い目がさらに丸くなって小動物のように愛らしく思えた。
「隠すにも誰かに見つかったら嫌だから焼却炉とかに放り込んで燃やす、とか?」
「焼却炉か。焼却炉が身近にある場所といえば学校などだろう。でも今の学校は簡単には構内に入ることは出来ない。監視カメラも近くの道などに設置されているところも多い。入れば不審人物としてすぐに警報が鳴る」
「じゃあ、そこに通っている人物とかなら?怪しまれないですよね」
筆野の言葉にハッとした。
「一理あるな」
「私って天才!」
「ただの食いしん坊だろ。お代わりはしないのか?」
「失礼過ぎる。しますけど。えっと、大将、やっぱり美味しそうだからマグロの握りとイクラも下さい」
「あいよ」
大将の握った握りを大口を開けて美味しそうに食べる筆野に呆れてしまった。
「今日の売上げ良かったんですよ!もう紙山さんなしでもいけそうです」
「なら、もう俺は用無しだな」
からかってみたら筆野はガシッと俺の腕を掴んで来た。
「ご飯要員として必要です。蒼井課長、私とご飯食べたと思ったら秒で飲みに行っちゃいました。昨日の彼女達に誘われて」
「あいつ、本当に懲りないな」
「私とは完全に付き合いみたいです。でも、紙山さんは違いますよね?だから、いいの」
「いい?」
「だって前に……俺はお前と食べるって私の事優先にしてくれましたから」
にっこりと満足そうに微笑む筆野に何と返してよいか惑った俺は彼女の皿に最後に残っていた寿司を取り上げて口に入れた。
「あっ、すし泥棒!」
目を丸くして抗議してくる筆野は大好きな餌をとられた小動物のようでやはり愛らしかった。
俺はもちろん刑事ではないから現場に立ち入ることは出来ない。現場から出て来たノリさんに話を聞く事しかできないと思っていたが、ノリさんは余程人望のある刑事らしく、関係者だと言って俺を事件現場に通してくれた。現場に着いた時、速見の遺体は近くの病院の遺体安置所に運ばれるところだった。警察官や鑑識班が慌ただしく動いている中、ノリさんは物言わぬ遺体を乗せて去って行く警察車両をじっと見つめて合掌していた。丸まったその背中に俺は五年前の事を想い出していた。
「母さんっ、じいさんっ、何でだよっ、何でこんな事に……」
血だらけの二人をただ見つめて狼狽する俺の叫びが三月の肌寒い空に虚しく消えていったあの日。俺も今のノリさんのようにただ成すべくもなく立ち尽くすだけだった。五年前のあの日、俺が通り魔の押し入った紙山文具店に行った時、高校の教師をしていた母さんはまだ生きていた。胸のすぐ下を刺されて苦悶の表情を浮かべながら抱き上げた俺に囁いた。
「こ、子供は逃げられた?」
顔を上げたがどこにも子供の姿は見えなかった。
「子供なんていないよ」
「良かった、逃げられたのね。さっき子供を追いかけた人が入ってきて守ろうとしたら刺されて」
「誰だ。誰がやったんだ」
「知らない顔だった……文仁、ごめ……」
母は首を左右に力なく振るとスッとまぶたを閉じて動かなくなってしまった。涙で見えなくなりそうな視界で祖父の方を見ると、こちらに目を剥いたまま、こときれていた。左胸から赤いものが滴っている。
それから通り魔から子どもをかばった英雄として、近所で有名になった母と祖父。もし、俺があの朝、寝坊なんてしなければ。仕事が休みだった母さんが代わりに行くと言ってくれたからと店番を頼んだりしなければ。母は店にいる事はなく、俺が祖父とその子供を刃物を向けた犯人から守ってやれたかもしれない。あれからずっと悔やんでいる。
その後、事件現場から少し離れた場所でノリさんは事件のあらましを語ってくれた。速見の死因は鋭利な刃物を使用した腹部への刺し傷による出血と火災により起きた煙の吸引によるものだった。身体は黒焦げではあったが、苦しくて顔だけ外に出そうとしたのだろうか、コテージの一階の窓があったであろう位置に顔を寄せて倒れていた為、かろうじてその死に顔は彼だとわかるものであった。速見は俺より二つ下だ。まだ死ぬには若い。刑事になることに憧れて昨年の春にノリさんと同じ管轄の刑事課に配属されたらしい。元々地頭の良かった理系脳を生かして、指示にも的確、捜査の盲点を突く犯罪者達の裏をかき、鮮やかに解決に導いた事件もあったらしく、署内では若いのに良くできた男だと評判も上々だったようだ。そんな輝かしい未来に満ちた彼がなぜ、長野の山奥のコテージで死んでいたのか。
「速見の実家は県内にある。休暇を取って昨日から実家に泊まっていた。昨夜、趣味のツーリングがてら走って来ると言って家を出たまま帰らなかった。心配した両親が警察に連絡しようとした矢先、第一発見者であるキャンプ場の管理人が火事に気がついた。その時にはもう燃え盛っていたそうだ。他に遺体はみつかっていない。不思議なのは、速見は管理事務所に立ち寄った事はなく、このコテージが今は使われていないエリアにあるという事だ」
「なぜ使われていない場所に速見は行ったのか、だな」
「さっき遺体を見たんだ。頬に何か鋭利な刃物で切られたような跡があった。腹部にも刺し傷が複数。犯人はおそらく鋭利な刃物で向かい合ったまま速見を刺そうとして一度逃げられたがその後腹部を刺して殺害、コテージに火を放って逃げたのだろう」
「死亡推定時刻は?」
「鑑識班が言うには、おそらく今日の午前二時から三時の間。新コテージのある西エリアには宿泊客がいたが、旧コテージのあるこの東エリアは立ち入り禁止になっていて普段から人の出入りはなかった」
辺りが暗くなって来て、ブルーシートに囲まれた現場からわらわらと刑事や鑑識班が撤収してきて次々とノリさんに親しげに話しかけた。
「我々は今日のところは引き上げますが、ノリさん、どうします?」
「ちょっと腹が痛えから、管理事務所のトイレ借りてから帰るよ」
「では我々はお先に失礼します。明日はどうされますか?」
「署に戻る。事件は他にもある。また何かあったら連絡をくれ」
「はい。お身体ご自愛下さい」
「ああ、ありがとうな」
彼等はノリさんに次々に一礼すると警察車両に乗り込んで去って行った。
「顔、広いですね」
「プライベートじゃ皆、友人でな。現場、もっと見て行くか?」
「いいんですか?」
「ああ。この事件が迷宮入りになるのだけはたまらない。早く解決してやりたいんだ」
……迷宮入り。また母と祖父の顔が浮かんだ。物言わぬあの死に顔。まだ手がかりさえ見つけられていない姿の見えぬ犯人の顔。ノリさんは切なげな目をして速見の遺体があった場所へと歩き出したので後に続いた。
「去年、正月に一人で年越しするって言ったらよ、速見が一人じゃ寂しいっすよって実家に誘ってくれたんだ。あいつんところは大家族でな、親戚もさっきの刑事達も来て皆総出で飲み食いしてどんちゃん騒ぎしたさ。家内を三年前に亡くしてからずっと一人で年越してきたからよ、楽しかったなぁ。速見の親父も元刑事だったらしい、結構腕利きの。足の怪我で辞めて農家で生計を立てていた話の合う親父だったが、そのひと月後に心筋梗塞で急に亡くなってな」
ノリさんと速見刑事はまるで近しい親戚のような付き合いがあったのだと彼の話から感じられた。だからこそさっき電話で取り乱していたのだろう。
ノリさんは捜査用の手袋をはめ、遺体が転がっていた場所の焼け跡をあちこち調べ始めた。明日には管轄の署に戻らねばならない身だとしても相棒の死の真相を少しでも掴みたいという欲求は誰よりも強いに違いなかった。じっと見ていた俺に気がついたノリさんは黙っていろよと言って特別に手袋を貸してくれた。
現場をあちこちと見ているうちに遺体が転がっていた部屋の隣室へといつの間にか足を踏み入れていた。ぼろきれのように焼け落ち、もはや元の模様さえわからないカーテンのようなものが床に落ちている。そっと摘まもうとした時、視界の隅に壁沿いにある黒く焼け焦げたクローゼットが見えた。歩みを進めて半分開いていたクローゼットを開けた時、そこに簡易式の金庫があった。よく旅館やホテルの部屋に備え付けてあるようなものだ。金属でできたそれは火災の影響を受けていないようで無傷だった。そしてそれは半分開いたままだった。中を覗いてみると、そこには長さが三十センチほどの細長い筒状のものが置かれている。形状からして筒状のビニールに入れられたカレンダーのようだった。それを取り出して薄茶に汚れた透明ビニールをそっと上に動かしてカレンダーを平面にならす。その表紙を見て俺は心臓が止まるかと思った。
“ 2017カレンダー紙山文具 ”
そのカレンダーの下部にはそう印字されてあった。その年は五年前、俺の祖父と母親が通り魔に殺された事件のあった年だ。その年の紙山のノベルティカレンダーがどうしてここにあるんだ。あけぼの印刷製造のそのカレンダーは質の良さからくるのであろう、紙自体は五年の時を経ていてもまだ新品のように真っ白だった。
「おい、そのビニール、ちょっと見せてくれ」
不意に後ろから声をかけられて振り返ると、ノリさんが眼光鋭くカレンダーから取り外したばかりの薄茶に汚れた透明のビニールの内側に着目していた。
「これ……血液じゃないのか」
独り言のようにそう言ったノリさんはハッとする俺を見上げた。ずっと探していた手がかりは、これなのか。ノリさんはスマホを取り出してどこかにかけた。
「鑑識か。至急、調べてもらいたいものが見つかった」
もしこのビニールに付着している茶色いものが、母かじいさんの血液だったとしたら犯人がここに来て隠したという事になる。でも隠したのなら鍵を閉めるはず。なぜ金庫の鍵は開いたままだったのか。そのあたりを突けば真相に迫る事ができるような気がして身震いがした。
「鑑識に調べさせる。また連絡する」
ノリさんはそう言って俺達はキャンプ場の駐車場で別れた。ミニバンに乗り込み、興奮冷めやらぬ思考を鎮めようと深呼吸をした。ゆっくりと呼吸を繰り返しているうちに少しずつ思考が落ち着いてきた。そして、自分がなんのために長野に来たのかを思い出した。腕時計を見ると午後六時半。辺りは夕闇が迫っている。しまった……。アポは四時半からと筆野に言われた。急いでエンジンをかけ、あけぼの印刷へとミニバンを走らせた。
あけぼの印刷に着いた時は日が暮れていた。工場の入口は閉まっている。仕方なくホテルに帰ろうとミニバンへ向かった時、誰だと後ろから声をかけられた。
振り返ると会社のパンフレットに載っていたのと同じ社長の顔が俺を睨みつけていた。
警戒されている。社長さんは俺に向かってもう一度、誰だと言った。自分が暗がりにいて顔が見えていないのだと悟り街灯の下へと進み出る。
「伺うのが遅くなりすみません。紙山文具店の紙山文仁です」
名乗ってからも暫く返事はなく沈黙が俺を取り囲んでいるだけで社長さんは一向に近寄ってきてはくれない。近くに水田があるのだろうか、ウシガエルの鳴く野太い声が先程から延々と聞こえている。俺は非礼を詫びようと砂利道にいる彼の方へと歩み寄った。
「母と祖父が亡くなった時はご参列いただき、ありがとうございました」
俺は彼に持って来ていた手土産の紙袋と共に名刺を差し出した。一呼吸置いてからやっと社長さんはその手を差し出してくれた。そして上下同色グレーの作業着のズボンから年季が入り擦り切れた黒革の名刺入れを取り出して、名刺を一枚くれた。
「あんたは母親に似ているな」
ポツリとそう言うと、社長さんはちょっと寄って行けと工場内を案内してくれた。
あけぼの印刷の三代目である曙金平のことは祖父から聞いていた。なんでも金平さんの父と祖父は幼少時代からの仲良しで、祖父が文具屋をやりたくて仕入れに便利な東京に居を移すまではご近所同士だったそうだ。そして何より驚いたことに金平さんは母の事をよく知っていた。
「あんたのおふくろさんとは中学校が同じだった。女優みたいに綺麗な人だったなぁ。道を通れば後ろに崇拝者がくっついて歩いてさ、アイドルの追っかけ見ているみたいだった」
亡き母の名を言われると、また後悔が蘇ってくる。俺は黙ってその話を聞く。従業員の出払った工場はがらんとしていて寂しい気配が漂っている。
「ああ、そうだ。菜七子ちゃんが一度だけこの工場に逃げ込んできたことがあってよ、俺が不審な男を金属バット振り回して追い払ったこともあったなぁ。俺はその時から強い男になるって決めて格闘家になりたくて東京に出たりもしたけど、結局夢破れて今は紙屋やっているけどな」
強面を崩してハハと笑う金平さんは見た目だけは怖そうに見えるが、中身は人の好い純粋なおっさんなんだと感ぜられた。
「あんたにとっては本当につらいよなぁ」
金平さんは立ち上がって給湯室に行くと温かいお茶を湯飲みに入れて持って来てくれた。
「そんでも菜七子ちゃんもじっちゃんもあんたが紙山を継いでくれて、本当に嬉しいと思うぜ。そんなこの世の終わりみたいな顔、せんでええよ」
はっとした。目頭と鼻先にツンとこみあげるものがあって、俺はさっきからそれをずっとこらえていたのだ。
「泣いてもええんだよ。ずっと一人で我慢してきたんだろ?」
俺はたまらなくなって、思わず泣いてしまった。
「……ずっと後悔してます。あの日代わりに店番を頼んだりしなきゃ助けられたかもしれないって。何度も何度も考えてしまう。いまだに―」
喉につかえていた言葉が次々と俺の中から溢れ出す。
「母が好きだった色のエプロンを買っていたり、使っていたマグカップも未だに捨てられなかったり、初めて給料が入った時、どこかに連れて行ってあげようとドライブをした時に好きで舐めていたミントの飴とか、そういうのを見かけるとつい買ってしまう。母と名前の同じ女に惹かれて付き合ったあげくにうまくいかなくて別れる事になったりもした。みっともないくらいに俺、菜七子が亡くなった事実を認めたくないんです」
そこまで打ちあけて胸の内を初めて他人に晒してしまったと恥ずかしくなった。顔が熱くなる中で肩にそっと手が置かれた。
「認めなくていいと思うぜ。どこかで生きているって思ったっていいと思うぜ」
顔を上げると、金平さんはすぐそばで明るく笑ってくれていた。
「おふくろさんの事、名前で呼んでるくらいに仲が良かったなら、そう簡単に“はい、さよなら”って訳にはいかねえよ、そら」
ポンポンと軽く俺の肩を叩いた金平さんの目つきが真剣なものに変わった。
「商談断ったんだが、今の話を聞いて受ける事にした。あの妙に自信たっぷりな課長さんとおどおどしたねえちゃんにはまたこっちから連絡すると伝えてくれ」
「いいんですか?」
「あんたがいなかったから話になんないって追い返したけど、こうして来てくれて懐かしい想い出話も出来た。俺は嬉しいんだよ。あんたがあの後も紙山を継いでちゃんと店をやっている事を応援したいんだ。俺は三代目、あんたは二代目、店を担っている以上は同志だからな」
「ありがとうございます」
「ああ。何かあればまた頼ってきてくれよ」
金平さんは握手を求めてきて、俺はしっかりと握り返した。彼の手の温もりは幼い頃に道端で躓いて転んでしまった俺に手を差し伸べてくれた優しい母の手の温度によく似ていた。英雄ではない菜七子もちゃんと忘れないでいてくれる人、まだいたんだな。何よりもそれが一番嬉しかった。
あけぼの印刷を出て、真っ暗になった山道の街灯を頼りにホテルまで戻った。すると間接照明に照らされたロビーの一角にあるバーカウンターでよく知った小柄な背中が酔いつぶれている。
「そろそろお声をかけようかと思っていたので助かりました」
安堵の息を吐いたバーテンダーに会釈をして、俺の肩にどっぷりと寄り掛かりながらふらふらと歩く筆野を部屋まで送る事にした。あのまぬけはどこに消えた?部下を一人でしこたま飲ませて自分は風呂にでも浸かっているのか?
「カードキーはあるか?」
とりあえずこのお荷物を安全な場所に閉じ込めないとまずい。“目覚めたら記憶がありませんでした”状態になるのが目に見えている。若い女が一人、リゾートホテルのバーカウンターに突っ伏していたら邪な男が妙な気を起こさないとも限らない。
エレベーターの中でそんな事を考える俺のそばで筆野はもぞもぞとハンドバッグを漁っているが、そのスカートの後ろポケットに刺さっているものは何だ。俺は呆れ顔で彼女の部屋の前まで行き、カードキーをスカートのポケットから引き抜くとカードホルダーに通した。彼女を支えながら部屋に足を踏み入れる。
「ちゃんと靴を脱いで寝ろよ」
「課長、優しいなぁ……。誰かさんと違ってすごーく優しい。戻ってきてくれてありがとうございまっす!」
そんな事をぶつぶつと言いながら筆野はパタンと仰向けにベッドの真横にダイブするなりすーすーと寝てしまった。
呆れたな。明日は大事なイベント初日じゃなかったのか。俺はため息を吐きながら、筆野のパンプスを左右脱がせてベッドサイドに揃えて置くと部屋を出て行こうとしたが、鏡台の前にある派手な色のポケットティッシュが目に留まった。同じものが二つあるので目についたのだ。取り上げて見ると、“ガールズバー☆みやび”と書かれてあってボインの女子がまるで雛壇のように写真になって飾られている。戻ってきてくれてありがとうって。あいつ、まさか。筆野を置いてここに行ったのか?呆れてものがいえない。蒼井、お前も明日大事なイベント初日じゃなかったのか。
俺はさらに大きくため息を吐きながら、ベッドの上で伸びているはずの筆野に目をやると姿が消えている。さっき寝かせてやったばかりだよな?おかしいなとベッドに駆け寄ると、いつの間に寝返りを打ったのか、ベッドの向こう側に落ちたまま寝ている。そのままにしておくわけにもいかず彼女の身体をそっと抱き上げた。女特有のやわらかくてもちっとした肌の感覚が腕にしどけなくもたれかかる。腕の中の彼女は無防備だった。ゆっくりとベッドに横たえると開襟シャツのボタンを二つ開けているせいか下着が見えた。淡い水色。俺が取り置きしておいたペンと同じ色だな。好きな色なのだろうか。確か店に来た時も同じような色のカーディガンを羽織っていた。手を伸ばしてそっとシャツのボタンに触れる。中から覗いている、誘うような淡い水色。俺は彼女が起きないようにそっと指を動かしてシャツのボタンを留め、ベッドから退くとカードキーをドア近くのホルダーにさして照明を落とした。
薄暗かった部屋からいきなり明るい照明の点く廊下に出てドアが閉まると途端に思考を殴られたような気がした。
……うつつを抜かしている場合ではない、事件が起きている。ノリさんが相棒を殺した犯人逮捕を強く望んでいる。集中しろ。
自分にそう言い聞かせながら同じ階の隅にある部屋に入る。寝る前にシャワーを浴びてベッドに入った。眠りに落ちた後、淡い水色のプールの中をゆっくりと泳ぐ夢を見た。その色の中に浮かんだ体は不思議なほど軽く、いつも胸の底に重しのように乗っている過去の記憶がそれを取り巻く息苦しさと共に影形なく消えていた。それは久しく忘れていた思考の“無”のような気がした。
翌朝は快晴だった。遠久野高原には眩しいくらいに青々とした空が広がっている。夏らしく澄みきった空と眼下に広がる緑豊かな森の風景に自然と気分が上がる。ここに着いた時、やはり高所ゆえ空気が薄く感じた。けれど今は特に気にならずに過ごせている。身体が環境に適応したのだろう。
今は午前七時半過ぎ。紙山さんと昼食をとったレストランの窓際の席に座り、一人寂しく朝食をとっている。“集合はレストランの前に七時。皆で朝御飯を食べる”と言う約束で昨夜、メールを交わし合っていたというのにメールは既読にならず、モーニングコールをしても課長も紙山さんも起きてこなかった。
昨日行われたミーティングで山際さんによる事前説明を受けた。その後、私達はイベントの店舗設営をした。モールの営業時間である午前十時から閉店の午後十八時まで中央広場の一角に張った簡易テントでアウトドアグッズを販売する。最新のアウトドアグッズを展示し、来客に実際に使ってもらって良ければ販売をする。商品を売るのは初めてだ。ドキドキするけれど、これも経験の一つ、楽しみでもある。
近くの高原で絞ったという新鮮なミルクをゴクゴクと飲み、焼きたてのホテルブレットにバターを塗っていると、寝癖がチョモランマ級の蒼井課長が慌てたように私の前に来るなりコホンと咳払いをして髪の毛をかきあげた。
「やあ、筆野さん、おはよう。遅れてすまないね」
「おはようございます、課長。あれ、何も食べないんですか?」
課長は水の入ったグラスしか持っていなかった。
「起きたら頭痛がしてね、朝食は控えるよ」
そう言いながら向かい側に座った課長は水を飲んで眉間に皺を寄せた。
「もしかして二日酔いですか?」
「いやいや、そうではない」
否定しているけれど、なんだか目がとろんとしている。大丈夫かなぁ……今日。昨日の課長の言動を思い出す。麓の駅前でたくさん配っていたんだよとポケットティッシュを私にくれて「ホテル送迎あり。安心して飲めますだって。こんな美しい自然のところまで来てクラブに行くなんてもったいないよねぇ」とか言っていた課長。けれど夕食の後、バーで一杯付き合ってもらおうかなとお部屋に行ったら留守だった。おそらくお酒はそのクラブで飲んだのだろう。結局つまらなくてお風呂あがりに一階のバーでカクテルを楽しんでいたら私も酔いつぶれたのだけれど。
「でも、ありがとうございます。課長が見つけてくれなかったら、ロビーで行き倒れていたかもしれません」
お礼を言ったら課長は怪訝そうな顔をした。
「何の事?」
「昨日、バーで酔いつぶれた私を部屋まで連れて行ってくれたじゃないですか」
「それ僕じゃないけど?」
「え?じゃ、あれは誰?」
そこへ紙山さんがあくびをしながらやって来て蒼井課長の隣に座った。服は着替えているけれど昨日みたいにまた寝癖が立っている。寝起きのイケメンはけだるげで妙に色気を醸し出すらしく、昨日みたいに周りの女性達がこちらを興味深そうに見てくる。それにしても紙山さんが手にしたトレイにも珈琲のカップしか載っていない。
「二人とも朝御飯はしっかり食べとかないと今日一日もちませんよ?ヨーグルトお代わりしてくるのでお二人の分も何か取って来ましょうか?」
「いらない」
「いらん」
そう言って二人とも大あくび。朝に弱いとは似た者同士らしい。対する私はもっとスタミナをつけておこうとキムチを山盛りに乗せた納豆ご飯も茶碗二杯モリモリ食べて二人に珍獣のように見られた。
「それにしても紙山さんには怒っています」
「何が?」
食後にレストランを出て、ちょっとトイレとレストランの横の男子化粧室に消えて行った蒼井課長を置いて先に部屋へ戻ろうと乗ったエレベーターの中で、私は紙山さんに昨日からずっと溜め込んでいた不満をぶつけた。
「とぼけないで下さい。四時半だって言ったのにミーティング終わって部屋に迎えに行ったらいないしミニバンもないから私達慌ててタクシーを呼んであけぼの印刷まで行ったんですよ?いったいどこに行っていたんですか?」
「……」
「黙らないで下さい。紙山さんがいないんじゃ話にならないって社長に言われて私達、秒で追い返されたんですよ?」
「その件だが後で連絡するって社長が言っていた」
「はっ?」
「約束に間に合わなかったのはすまないが俺は二人にとってはもう用済みだろ。後は自由にやらせてくれ」
そこでエレベーターが開いた。紙山さんはさっさと下りると奥の自分の部屋へ向かってしまう。
「ちょっと紙山さん!用済みって、自由にやるって何をですか?」
紙山さんは意味ありげな含み笑いを浮かべると自室に入ってしまった。
その後、イベントの会場で開店の準備をしていたら、あけぼの印刷の社長から思いがけない内容のメールが届いた。ノベルティカレンダーを作ってやってもいいとの取引承諾のメールだった。昨日はあんなに拒んでいたのに手のひらを返したような内容だ。蒼井課長と手を合わせて喜んだ。そこで紙山さんのあの含み笑いを思い出した。きっと後で社長に連絡を入れてくれて話をいい方向に進めてくれたのだろう。後でお礼を言わなきゃと感謝しながら開店準備を進めた。
そして十時。開店と同時にお客さんが代わる代わる訪れてくれた。
「いらっしゃいませ。どうぞご自由に触ってお試し下さい」
最初に足を止めてくれたのはバイクツーリングの若者達。カラフルで軽量で持ち運びのしやすい一人用のテントに興味を示してくれた。実際にそばの芝生で張り方を実演してみせる蒼井課長。繰り出す営業トークが上手くて、若者達の半数がそれを購入していってくれた。次に訪れたのは小学生の男の子を二人連れた三十代ぐらいのご夫婦。全国をキャンプして旅行するのが夏休みの定番らしくて、このイベント開催の噂をテレビの情報番組で知り、今年は遠久野高原でキャンプをして観に来ようと訪れたらしい。テントにぶらさげる可愛らしいランタンやバーベキューセットを楽しげに触りながら見ている旦那様と子供達を微笑ましそうに見ていた奥様がふと私に話しかけた。
「そういえば昨日まで泊っていたキャンプ場で大変な事が起きたんですよ」
「大変な事?」
「管理人さんに聞いても口を濁すだけで聞けなかったんだけど他の宿泊客の方が教えてくれて。どうやら殺人事件が起きて管理事務所の方に警察が来てるって」
「殺人事件?」
「怖いでしょう?だから本当は今日まで泊まってから帰るつもりだったんだけど一日前倒して今日このイベント見て帰ることにしたの」
「そうなんですね」
「怖い世の中よね。身近でそういう事が起きると。でも旅行の最後に子供達も楽しくしてくれているからここに来て本当に良かったわ」
そう言って奥様は家族の会話に加わって行った。微笑ましい一家の様子は見ていて心が和んだ。けれどその後、仕事をこなしながらも奥様の言っていた殺人事件の事が頭の上にのれんのようにずっと引っかかっていた。
忙しくしていると時間はあっという間に過ぎ、イベント初日が終わった。気がつくと夕闇が辺りを取り囲んでいて黒に染まり始めた世界に大粒の星がぽつぽつと輝き始めていた。その光景は本当にダイヤモンドみたいに美しくて暫く突っ立ったまま見惚れてしまう。
「よし、後は明日だね。初日にしてはだいぶ売上げた。明日は土曜日だからかなり集客が見込めそうだ。どうした筆野君、手が止まっているよ?」
蒼井課長に話しかけられているというのにまだ星を見上げながら奥様との会話を思い出してしまっていた私は慌ててすみませんと謝った。
ホテルまでの道を課長について歩道に沿って歩く。山の上だけれど街灯の明かりに照らされて歩道は都会のように広くて歩きやすい。けれど、登り坂なので一日ほぼ立ちっぱなしだった足にはやや負担だ。部屋に着いたらバタンキューだな。明日もあるし早く寝よう。そう思いながらホテルに入ろうとした時、紙山さんが出て来るのとすれ違った。
「文仁、飯は?まだなら一緒に食おう」
蒼井課長が声をかけた。紙山さんは外の景色と同化したような真っ黒なシャツにデニムを履いて足元はいつもの濃紺の下駄姿でまるで散歩にでも行くような恰好をしている。
「散歩ですか?」
つい口から滑り出た言葉に紙山さんは二人で食べてくれと足早にミニバンのある駐車場の方へと去って行った。
「あいつ、また何かやってるな」
蒼井課長がそのすらりとした背中を見送りながらポツリと言う。
「あいつの癖だ。肝心な事は秘密にして一人で行動する。危険な事に首を突っ込んでないといいが」
……危険な事に首を突っ込む。昼間来店した奥様の言葉がすぐさま浮かんだ。
―殺人事件が起きたらしいのよ。
「腹が減ったね。このまま食堂に行こう。あれ?筆野さん?どこ行くの!」
私はすでに紙山さんの方へと駆け出していた。
「筆野さーん!メーシー!」
後ろから蒼井課長の大声が聞こえたけれど足は止まらない。勘が働いていた。女の勘のようなもの。紙山さんは文具屋だけど探偵でもある。その殺人事件に、首を突っ込んでいるのでは。
「課長は先に食べて寝て下さい。明日にはちゃんとイベント行きます。お疲れ様でしたっ!」
振り返らずに叫びながら逸る気持ちで駐車場までばたばたと走る。駐車場に着くと紙山さんが人の気配のない駐車場の隅に停めたミニバンの中で誰かとスマホで話しているのを見つけた。そっと後ろから音を立てないように近寄って運転席の下にしゃがむ。耳を澄ませる。静寂の中で聞こえてくる相手のボリュームの高い話し声。どこかで聞き覚えがある……この声は―ノリさんだ。
だけど今になって何で紙山さんと連絡を取っているのだろう?そこまで考えた時、ハッとした。もしかしてだけど奥様が言っていたキャンプ場の殺人事件と何か関係があるとか?
「ⅮNAが一致したってことは……本当にあれは」
DNAが一致?何の事だろう。
「……わかりました。私の方でも彼の足取りを調べてみます。ありがとうございました」
通話を切ったのか何も聞こえなくなったところで私はバッと運転席へと顔を突き出した。
「わっ!」
真っ暗闇からいきなり窓の外に現れた私に紙山さんは相当驚いたみたいで声を上げた。そして車から降りてくるなり深々とため息を吐いて私を呆れたように眺めた。
「俺のストーカーかお前は」
「内緒話をしているから気になっただけです」
「自由にしてくれと言っただろう」
「課長が紙山さんの一人行動は危険な事に首を突っ込んでいる証拠だって」
「何の事だ。帰るぞ。明日も早いんだろう?」
ホテルの方へと歩き始めてしまった紙山さんを追いかける。
「さっきの電話の相手、ノリさんですよね?」
「お前、地獄耳だな」
「教えて下さい。DNAが一致したって何の事ですか?」
紙山さんは小さな吐息を漏らして呆れたようにこっちを見た。
「二人で何を調べているんですか?教えて下さい」
「……」
「黙っているって事は図星なんですよね?私も首、突っ込みたいです」
「ダメだ」
詰め寄る私を見もせずに紙山さんは険しい顔でどんどん足を速めるから諦めずに追いかける。
「前回は相棒にしてくれたじゃないですか?きっとまたお役に立ちますから!」
「お前は仕事でここに来たんだろう」
「でも」
「でも何だ」
「紙山さんの事が心配だから。何かあったら……困るし」
「困る?俺がいなくなったってお前の何が困るんだ。うちで雇っている訳でもない。会社から給料だって入るし、ちょっと凝ったメシが食いたいならなにも俺のとこに来なくても料理本やレシピを検索すればいい。どんなに下手な奴でもたいていのものは作れるようになる」
……もう。何にもわかってない。
悔しくて思わず紙山さんのシャツを引っ張って引き留めた。
「離せ」
「離しません。紙山さんに何かあったら私の良心が困ります。ああ何で手伝わなかったんだろうって紙山さんの亡骸に縋って泣くのは嫌です」
「さりげなく物騒な事を言うなお前は」
紙山さんはそう言いながらも足を止めてじっと私を見つめる。頭上には星がきらきらと瞬いていてそれを背景に佇む長身の紙山さんはまるで王子様みたいに格好が良い。……黙っていればの話だけれど。
「誰にも言わないか」
「もちろんです」
「紙山事件の犯人が見つかるかもしれない手がかりが見つかった」
「え?」
「五年前、俺の母と祖父が子供を追って飛び込んで来た通り魔に刺されて亡くなった。その二人の血痕がついたノベルティカレンダーが見つかった。紙山で五年前に配られたノベルティカレンダーだ。この前の拉致事件で犯人逮捕に関わっていた若い刑事がいただろう。ノリさんの相棒だ」
「はい」
「彼が殺された現場に近い場所でそのカレンダーが金庫の中に入れられていた」
「えっ、殺された?」
「もし彼を殺したのが紙山事件の犯人と同一である可能性もあるならば」
「今回の事件を辿れば犯人に繋がるかもしれませんね!」
「ああ」
「良かった!本当に良かったですね」
これで紙山さんの抱えてきた苦悩に光が差すのかと思うと満面の笑みが浮かぶ。まだこれからだがなと言いながら紙山さんはなぜか急に目元を緩めて笑んだ。
「そろそろ離せ」
「あ」
まだ紙山さんのシャツを掴んだままだったことに気がついて慌てて離す。
「……すみません」
「意外だな」
「何がですか?」
「お前がそんなに俺の事を考えていたとは知らなかった」
「……考えてますよ。もう紙山さんとは知り合いですから。放っておくわけにはいきません」
「そうか……じゃ、どれぐらいのなら、していい?」
「はい?」
次の瞬間、私の唇めがけてスッと落ちてきたのは夜空に瞬く流星ではなく、紙山さんの唇だった。い、いきなり?!こ、心の準備が。文具馬鹿だし、相当変わっているって思っていたけれど、それ以上にこの人、こんなに大胆だったの!慌てて両手で襲ってくる唇を跳ねのけようと自分の唇を守る為に手をかざしたら紙山さんは余裕の笑みで私の手をグイグイと退けようとしてくる。
「ま、待って下さい。そういうのは恋人になってからにしないとっ」
そう言った途端にパッと手が離された。きょとんとした私の頭のてっぺんを紙山さんは無言でぐちゃぐちゃに散らす。
「冗談だ」
そしてニヤッと笑うなりスタスタと歩いて行ってしまった。冗談ですと?こっちはすごくドキドキしたのに!頭にきて、つい本音が口をついて出た。
「酷いです。奈々子さんに未練があるくせにそんな真似するなんて最低!」
「奈々子……?」
「ボインの奈々子さんですよ。ピンク色の好きな奈々子さん!」
「あいつとはもう別れた。未練などない。お前も知っているはずだ」
「えっ、でもまだお部屋の中、ピンクだらけじゃないですか。それって奈々子さんにまだ未練があって好きだからですよね?」
「そんな訳ないだろうが」
「えっ、違うの?じゃあ何で?」
「あれは全部、母さんの形見だ。菜七子はピンクが好きだった」
「ん?」
その後、衝撃の事実を聞かされた。紙山さんのお母さんと元カノの奈々子さんは同名である事、そしてピンク色が好きであるという共通点を。私はどうやら前回の事件からずっと大きな勘違いをしていたらしい。紙山菜七子と百瀬奈々子。名前だけ聞けば同じ響きになる。
「もしかして、あの辛いミントの飴、好きだったのもお母さんの菜七子さんですか?」
「ああ」
なんたること!ずっと奈々子さんへの未練が強いなって思っていたけれど、それは母親に対するものだったのだ。納得がいってなお、紙山さんが母親の死をまだちゃんと受け入れられていないのだなと改めて感じた。母親が遺した形見を奈々子さんと付き合っていた時でさえおそらく部屋のそこらじゅうに見えるように飾っていたのだろうから……。
「歯磨いてさっさと寝ろよ」
ホテルに戻ると紙山さんは大あくびをしながら自分の部屋の方へと戻って行った。身長が百五十三センチ程の私からすれば百八十センチ近く背丈のある紙山さんは子供と大人みたいな身長差だ。すらっとしたその背中をまるで言い方がうちのお父さんとそっくりと思いながら見送り自室に戻る。
一日動いて汗ばんだ。スーツを脱いでバスルームに入り熱いシャワーを浴びる。指先でシャンプーを白く泡立て髪を丁寧に洗った。そして正面の鏡を見た時、キスを冗談だという前の、髪の毛をぐちゃぐちゃにしてきた紙山さんの表情が不意に蘇った。胸がきゅんと苦しくなって思わず髪の毛と混ざった泡を逆立ててみた。紙山さんの寝癖みたい。立ち上がったそれに笑みがふっと零れる。紙山さんは私にキスしようとしたこと、冗談だって言っていた。でも。あんな風に触られたことは今までなかった。あんな冗談を投げかけられたことも今までなかった。紙山さんは奈々子さんに未練があると思っていたけれど、そうではないとわかった今、甘い期待を抱いてしまう。今だって。唇が迫った時の事を想い出すとそこが燃えているんじゃないかってくらいに熱さを帯びてくる。
好きな人にあんなこと冗談でもされたら、ずっとその事ばっかり考えちゃうじゃない……。どうするの、綴。このまま言わないでいるつもり?今ならずっと好きだった人が振り向いてくれるかもしれないよ?
その後、髪を乾かして言われた通りきちんと歯を磨いてベッドに横たわる。けれど眠れない。ずっと抱えてきた想いはさっき一瞬だけはじめて近くなった距離でさらに膨れ上がってしまってはち切れそうだ。S気のある紙山さんのこと、私の気持ちに気がついていてわざとやったとかだってありえないことではないような気までしてきた。
どちらにせよ。事件のことを話してくれた時の真剣なまなざしを思い返すとやはり今は伝えない方がいい。私は会社から責務を頼まれてこの地にいて、紙山さんは五年の時を経て真犯人に辿り着くかもしれない大事な時なのだから。
告白を諦めた私はせめて星を見て気持ちを慰めようとカーテンに手を伸ばして開く。見上げた漆黒の空、ダイヤモンドのような満天の星が私の出した答えに賛同するかのようにチカチカときらめいた。
朝が来た。出張三日目の土曜日だ。今日は人出が明らかに多い。地元の買い物客も多数来訪しているからだろうか、お店は大盛況で商品が面白いように売れていく。接客も次第に板についてきて笑顔にも余裕が出てきた。
お昼のピークが過ぎた。お客さんが途切れてレジ前のパイプ椅子に座って売店で買ってきた焼きそばで遅いお昼をとる。すると通りかかった若者二人と目が合った。彼等はにやけ笑いを浮かべながらこちらに歩いて来た。
「ねえねえお姉さん、地元の人じゃないよね?」
「可愛いねー」
食事中なのに無遠慮に話しかけて来る彼等は商品を見に来た様子もなくて警戒心がチカチカと点滅した。こんな時に限って蒼井課長は打ち合わせがあって事務局に行っている。
「仕事、何時までなの?」
「終わった頃に車で迎えに来るからメシ食いに行こうよ?女友達も連れて来るからさぁ」
「おごるぜ。行こうよ」
なんだか頭のてっぺんから爪先までじろじろと見られてすごく嫌な感じ。あー、どうしよう。いわゆるナンパってやつだよね?どうかわせばよいのやらと返事に困っていたら後ろから「すみません」と声をかけられた。
「はいっ、いらっしゃいませ」
慌てて立ち上がると入り口に展示している商品のテント越しに二十代位の若者がひょっこりと顔を出して私に手招きしていた。
「仕事がありますので失礼しますっ」
内心助かったとその若者の方へと向かう。しつこいお兄さん達は何やら悪態をつきながら私より先に彼の方へと歩み寄るなり彼の胸を軽くどついて行ってしまった。
「何かお探しでしょうか?」
ほっとしながら笑顔を向けたら賢そうな光を湛えた眼をこちらに向けて人懐こく微笑まれた。ツーブロックの艶やかな黒髪に紺色のボタンダウンシャツをきちんと上まで留めた彼は首から一眼レフカメラをぶら下げている。育ちの良さそうな雰囲気に目がきらきらとしていて、どこか幼い少年のような顔つきはアイドルフェイスでありモテそうだ。
「お姉さん困っていたみたいだったから声をかけただけです。すみません」
「ありがとうございます!誘われ慣れてないのですごく助かりました!」
そう言って頭を掻くと彼はぷっと吹き出した。
「慣れてないって正直だね。面白い人」
「あっ、すみません」
若者は狼狽える私に微笑みながらそっと教えてくれた。
「実はあいつら同じ大学のゼミ仲間で。休みの日にはここでしょうもないナンパばっかしているんです。だから相手にしなくていいですよ。じゃ」
若者は夏空のごとく爽やかに笑むと、一眼レフのカメラを手に行ってしまった。大学が休みの日に趣味の写真でも撮りに来たといったところだろうか。感じの良い青年だったなぁと快く見送っていたらすぐ側で「へえ、ああいうのも好きなのか」と言う声がした。
見るとテントの中にいつの間に入っていたのか、紙山さんが寝そべって腕をついたまま私を見上げている。
「そこで何しているんですか?」
「ちょっとな」
「事件はどうなったんですか?調べているのかと思ったのに」
「このテント悪くないな。脚が真っすぐ伸ばせるのはなかなかなかったから買うのもありかもしれない」
「自慢ですか、それ。お買い上げ下さるなら包装しますのでそこから出てきて下さい」
「さっきの男は行ったか?」
「見ていたなら助けてくれたっていいのに」
「ナンパな方じゃない。カメラの方だ」
「カメラ……ああ、さっきの爽やか青年ですか。もう行っちゃいましたけど、それが何か?」
のそりとテントの中から出てきた紙山さんは両手を掲げてうーんと伸びをした。すると通りかかったマダム達がめざとくやってきて「いい男ねえ」とあっという間に取り囲まれてしまった。あれよあれよとマダム達が紙山さんの周りの商品に興味を持ってくれて大人買いする事態となって。
「ありがとうございました!」
マダム達を全力の笑顔で見送って紙山さんの顔面集客力ってこんなにすごかったんだと感心した。
「お前、何時に終わる?」
「十八時ですけど?」
「ホテルの飯に飽きた。地元のもんでも食いに行かないか?」
「いいですね!じゃ、蒼井課長も誘ってみましょう」
「いや……」
紙山さんが何か言いかけた時、蒼井課長が青い顔をして戻って来た。なんだか顔色が悪そうだけれど、どうしたのだろう?
「ちょっと休ませてくれないか。さっき食べたアレにあたったみたいで、なんだか腹が痛い」
蒼井課長が指し示す先を見ると、広場の方に海鮮バーベキュー“海雪”と看板をつけたキッチンカーが停まっている。まるで西洋の海賊みたいな黒い髭をたたえたおじさんが汗を拭いながら一生懸命トングを動かして何かを焼いていた。左右に立てられた幟には“生牡蠣あります”と書いてある。
「お前、本当についてないな。昨日の忘れもんといい」
「あっ、コレ、やばいよ」
話をまるで聞いていない課長はお尻を押さえながら慌てたようにトイレの方へ駆けて行ってしまった。
「課長なんか大変そう」
「漏らしそうだったな」
「ちょっと大きな声で言わないで下さい。可哀そうですよ」
紙山さんを横目で睨んだら私を退けてレジの前に立ってしまう。
「何しているんですか?」
「イケメンの補充だ」
「手伝ってくれるって事?」
そこに女性のお客さんがやってきて紙山さんはいらっしゃいませと人が変わったように愛想よく微笑んだ。普段、文具店で慣らした接客態度(私には冷たいが)により紙山さんは次から次に来る女性客のハートをがっちり掴んで飛ぶように商品が売れていく。そして蒼井課長のお腹の具合も三十分後には無事に治り、二人のイケメン効果か売上げは前日の倍以上。ホクホクの一日になった。そして忙しくしているうちにあっという間に日は暮れて業務は終了となった。
蒼井課長の隣で展示していた商品を片付けていたら後ろから声をかけられた。
「終わっちゃいました?」
振り返ると昼間にナンパされて困っていた私を助けてくれたカメラ青年ではないか。
「すみません。閉店なんです」
「残念だなぁ。写真を撮った帰りに寄ろうかと思ったんだけど間に合わなかったみたいだ」
「あ、テントはまだ畳んでいないので良かったら見て行って下さい」
青年はありがとうございますと嬉しそうに目を細めるとテントの方へと歩いて行き興味深そうにあちこち眺め始めた。
「欲しいなぁ、これ。このイベントっていつまでやっていますか?」
「来週の水曜日までです」
「水曜か。来られたらまた来ます」
「ぜひ!お待ちしています」
青年は愛想よく微笑むと私達に丁寧に会釈をして去って行った。見送りながら蒼井課長が言う。
「爽やかだね、彼。モテそうだな」
「地元の方みたいですよ。お昼過ぎに一回来店されて。大学が近そうでした」
「大学の休みにカメラか。良い趣味だ、モテそう」
「蒼井課長、モテモテ言ってて、なんだかおかしい」
「ははは。凄いモテたい奴みたいだね、僕」
「あ、そうだ、課長。お腹の具合もう大丈夫でしたらこの後、紙山さんも一緒に夜ごはんに麓の街に繰り出しません?地元グルメ食べたいなって思って」
「いいね!もう平気だよ。行こうか」
「はい」
食いしん坊の私が嬉しそうに即答したら聞いていた紙山さんが蒼井課長の腕をつつく。
「ん?どうした?」
「これの畳み方がわからん」
どうやら展示していたテントを畳もうとしていたらしい。
「ああ、これはこうやって」
蒼井課長は紙山さんとテントを畳み始めた。そこに女性達が連れ立ってやってきて二人に話しかけてきた。イケメン二人が共同作業していると目立つらしい。レジ作業をしながらも会話に耳を傾けてしまう。
「行きましょうよ~地元の美味しいもの食べに。私達も同じホテルだから皆でタクシー乗っていけばいいじゃないですか。そしたら飲めるし。ね?」
よく見るとイベントに参加している他の会社の担当者の女性達だ。紙山さん、昼間に三人でご飯行こうって言っていたけれど、頷いちゃうのかな……。そんな事を思いながら数える売上金は二回も数え間違えてやり直した。ようやくレジを清算し終えて鍵をかけた時、紙山さんが一人でこちらにやって来た。
「終わったようだな」
「はい。私はホテルまで歩いて帰るのでお先です。お疲れ様でした」
レジからお金を社名入りのクリアケースに移し、それを運営事務局の貸金庫に預ける為に歩き出した私のシャツを紙山さんがおもむろに掴んだ。
「メシ行くんじゃないのか?」
「えっ、でも……あの方達と行くんですよね?」
楽しそうに話す蒼井課長と女性達の方に視線を移すと紙山さんは鼻で笑った。
「ああいうのは好きじゃない。俺はお前と食べることにする」
「……」
「筆野、どうした?」
「……あっ!はい」
ちょっと拗ねたわがままをごく親しい相手に言うような口ぶりだった紙山さんが愛おしくてつい頬が緩んでしまったのだ。ほこほこと胸にたちのぼるあたたかな想いを胸にいそいそと貸金庫にクリアケースを預けに行った。戻って来たら蒼井課長はもう女性達とご飯を食べに行ってしまったようで紙山さんは一人その場に佇んで手持無沙汰に空を見上げながら待っていてくれた。
「……お待たせしました」
後ろから声をかける感じ、まるでデートの待ち合わせみたい。私はスーツ姿だからデートというより仕事帰りの飲みにしか見えないかもだけど。
「……着替えてから行くか」
「えっ、いいんですか?」
「シャワーを浴びてから集合しよう。ロビーに七時だ」
私の心を読んだかのように紙山さんは腕時計を見て言ってくれた。
「外にタクシーを呼んでおく」
「はい!」
思わず声が弾んでしまった。緩みきった顔が恥ずかしくてホテルまでの道は紙山さんの後ろを歩いた。今夜の星はたくさん瞬いてエールを送ってくれているみたいに見える。この後のディナー、楽しみだな。きっとロマンチックで楽しいものになるのだろうと私は勝手に期待していた。仕事の休憩時間にサマーセールをしていたお店で可愛いなぁと一目惚れして買っていたふんわりと裾の広がる向日葵色のオフショルダーのワンピースとゴールドの華奢なサンダルに意気揚々と着替える。
けれど紙山さんが連れて行ってくれたのは麓の町の裏通りにある大きな赤提灯が灯る大衆居酒屋だった。
「……ここですか?」
「不満か?」
「い、いえ」
紙山さんのお父さんは大手探偵社の社長。家もガードマンを雇っているぐらいの豪邸、もしかしてこういうお店は来た事がないから珍しいのかもしれない。一緒に食べられるのならなんだっていいじゃないと過剰に期待していた自分に喝を入れ、店のカウンターの隅に座った紙山さんの隣に腰をかける。だけど紙山さんはさっきから入口の引き戸の方をじっと見ている。気になりながらもメニューを取り紙山さんに見せた。
「何、飲みます?」
「何でもいい」
「何、食べます?」
「何でもいい」
「……紙山さん」
「何でもいい」
「今、何か、企んでませんか?」
やる気のない会話に積もり始めた疑問を吐き出した時、私の口に紙山さんが指先をあてた。会話を制したのだ。そしてズボンのポケットからスマホを出していじり始めた。もうこれは。会話を楽しもうという余裕もないのだ。ムッとしてメニューに視線を落としたら、私のスマホがメールの通知を知らせた。取り上げて見ると隣の紙山さんからだった。
―今、入って来た客を見ろ。以後、会話はこれでする。
そっと後ろを振り返ってみたら来店したばかりの男性客が三人、私達のすぐ後ろのテーブル席に座ったところだった。
―あれって、昼間、私をナンパしてきた二人と助けてくれたカメラ青年です!
―後ろを見ずに普通にしていろ。
幸い、三人の若者はこちらに気がついていないようだった。私服に着替えてもいたし髪型も涼やかに見えるようにゆるく頭の上でお団子にまとめてきたから後ろから見れば私だと気がつくことはおそらくないはずだ。
―来るとどうしてわかったんですか?
―偶然だ。
そこまでやり取りした時、目の前の厳しそうな顔をした大将が怒鳴った。
「あんたら何も頼まないなら出てってもらうよ?」
「このページ、全部」
いきなり頼む紙山さんに私は慌てた。
「は?!今、蒼井課長いないのでそれは止めて下さい。大将、今のはキャンセルで。おまかせコース二つ、生ビールジョッキ二つで!」
「あいよ」
目についたものを勢いで頼んだ後にハッと気がついた。紙山さんはあまり飲めなかったんだ。前にワインを飲んでへべれけになっていたのを思い出す。急いでオーダー変更しようとしたら大将の奥さんらしき女性が来て異様に大きなジョッキの生ビールを二つ、でんと置いて行った。うーん、飲めるかな……。
案の定、紙山さんは後から追加で頼んだオレンジジュースを優雅に啜り、私は後ろの三人の会話をビールを飲み過ぎてしまい最後の方は聞いてなかったという大失態を犯した。
酔いつぶれた私はベッドの上に放り投げられた。居酒屋からタクシーでホテルまで帰った後、紙山さんがふらついた私を部屋まで支えて連れて行ってくれたのだ。
「無理して飲まなくても良かったんだ」
「だって出されたものは飲まなきゃお店に悪いですし。うっ、気持ち悪い」
トイレに駆け込んだ私に紙山さんは大いに呆れたような顔をした。
「少し話せるかと思ったが無理そうだな。早めに寝ろ」
そう言う声を聞きつつもトイレでおおいに吐いた私はスッキリとして部屋に戻ったが、紙山さんはもういなかった。
―何をやっているんだ、私は。ロマンチックなディナーどころか、迷惑をかけただけではないか。
申し訳なくなってせめて寝る前に一言だけでもお詫びをしようと口を何回もゆすぎ乱れた髪をまとめ直してから紙山さんの部屋のドアをノックした。しばらくしてドアが開く。紙山さんは歯ブラシを口にくわえている。
「さっきは本当にすみませんでした」
「わざわざそれを言いにきたのか?」
「はい」
神妙な顔つきで頭を下げる私に紙山さんはクスクスと笑ってちょっと話せるかとドアを大きく開いた。
「でも……寝るところなんじゃ」
「話し相手が酔いつぶれていたから戻って来ただけだ。俺もお前と話したかった」
そう言ってふっと目を細める紙山さん。その言葉にぎゅーんとときめいてしまった私は部屋に足を踏み入れる。
「おじゃまします……」
紙山さんは洗面所の方に入って行って、うがいをしはじめた。
そっと歩みを進めて鏡台の前あたりに佇んでいたら紙山さんが戻って来た。
「何か飲むか。お茶しかないが」
「私、淹れます」
「座っていろ。体を労わった方がいいだろ」
促されるままにそばのベッドに腰かけてからまずいと思う。ベッドに座っちゃったけど、これ、正解?いやいや、普通ソファーだよ、ソファー。だってお話するだけだもん……。慌てて立ち上がってソファーの方に移動しようとしたらお茶を持って来てくれていた紙山さんとぶつかる。紙コップに入れていた熱いお茶が紙山さんの着ている白いTシャツの胸のあたりにびしゃっと跳ねた。
「わっ、ごめんなさいっ」
慌ててワンピースのポケットからハンカチを出しTシャツについたお茶を上下に拭った。
「思ったより濡れちゃってる。ごめんなさい」
紙山さんは答えずにじっと胸の辺りを拭いている私を見下ろしていた。視線を感じて顔を上げると涼やかなまなざしが真っすぐに私を見つめていた。その視線に抱きすくめられたような気がして胸が大きく波打つ。
「……もういい。大丈夫だ」
紙山さんは目を逸らして私から距離を取ると紙コップをくしゃりと握りつぶし近くのゴミ箱に放った。でもそれは床に転がってしまい。紙山さんはそれを再び拾って入れるとお茶を淹れ直してくれた。湯気のたつ紙コップを私に渡すと紙山さんは鏡台の前の椅子に座ったので向かい合ったソファーに腰をかけた。
「会話の内容をお前と共有したい。酔っぱらってほとんど聞いていないだろうからな」
「……すみません」
「あのカメラ青年はあけぼの印刷の社長の甥だ」
「えっ?」
「彼が筆野のナンパを追いやっていた時に、どこかで見た事がある顔だと思った。それで思い出したんだ。約束に遅れて印刷工場に行き社長と話していた時、社長の机の上に写真が挟まっていた。奥さんと社長が映った写真の真ん中にあの青年も映っていた」
「紙山さん、あけぼのに行ってたんですか?」
「ああ。お前に悪いと思った。契約は取れたろ?」
「はい、その件では本当に助かりました。ありがとうございます!」
商談をすっぽかしたことを一方的に責めたことを悪かったなと思いながら、あのカメラ青年が社長の甥だったことに驚きを覚える。
「彼は社長の妹の息子で名は硯光也。年は二十三、私立大学の教育学部に通っている四年生で教師を目指しているらしい」
「すごい、いつの間に調べたんですか?」
「お前が居酒屋で呑んだくれてた間。彼らの会話でわかった。問題はだ、なぜ彼はこっちで暮らしているのかだ。光也は実家が東京にある。東京には大学がたくさんあり、教育学が学べるところは多い」
「自然が好きでカメラで撮りたいからこっちの大学を選んだとか?」
「そう考えてもいいが、彼は大学で或るサークルの副代表をしている」
「写真のサークルですね!」
「いや、未解決事件研究会だ」
「未解決事件研究会?」
「彼の大学はサークル活動が盛んで、中でもカメラを愛好する写真サークルが断トツに多い。なのに、彼はそこには所属せずカメラをぶらさげて週末、よくここに来る。おそらく……未解決事件を探るために休日を費やしている可能性もある」
「なるほど!」
「筆野をナンパした二人が週末によくダイヤモンド・マウンテンに来ていることも知っているくらいに、彼は休みのたびに未解決事件に関する何らかのことを一人で調べようとしているんじゃないかと思う」
「何らかのこと……何の事件を調べてるんだろう」
「あくまでも推測だがな。彼らの大学では夏のオープンキャンパスをしているとも話していた。彼もサークルの紹介を手伝うらしい。速見の殺された事件はまだ未解決だ。彼が何か小耳に挟んでいる情報があるかもしれない。明日行って話をしてみようと思う」
「明日……。仕事だから私は行けませんが気をつけて下さいね」
「大丈夫だ。いざという時の護身術は一通り身に付けている」
「でも、心配です」
そう言って紙山さんを見つめたらさっき見たのと同じ真っすぐなまなざしを向けられた。長い睫毛から覗く瞳が切なげな色を帯びていて息を呑む。真剣な顔つきになるとすごい色気で心拍数がいやでも上がってしまう。
「この事件を迷宮入りにしたくない。ノリさんと同じくらいにそう思っている」
「私もですよ」
間髪を入れずにそう返したら紙山さんは目を細めてそうだなと微笑んでくれた。
「迷宮入り事件って、ものすごく興味惹かれるんですよね。元々小さい頃からテレビのそういうドキュメンタリー番組とか観るのが好きで」
世界中のあらゆる事件に関する研究報告がパネルや部員の推理考をまとめた論文集となって紹介されているそれらを眺めて回る俺に、硯光也は嬉々とした様子で語った。
翌日の日曜日の昼前、あけぼの印刷のある彼の家からほど近い町内にある私立遠久野大学のサマーキャンパスに訪れた俺は、未解決事件研究会の部室で彼のサークル紹介に耳を傾けていた。
「俺、身体が産まれつき弱いこともあって浪人する前は都内の大学を志望していたんですけど、やっぱり空気の良いところで勉強したいって思って、ここで学ぶことにしたんです。お兄さん熱心ですね。お兄さんもこういうのが好きとか?」
「そうみえるか?」
「そうじゃなきゃ野郎二人しかいないサークルの見学したりとか普通しないっすよ」
「二人?」
「はい。俺と入口にいる部長だけなんですよ。来年二人とも卒業するから廃部になっちゃうんで今年は部員増やしたくて。あ、腹空きません?メシ時だからメシ行きましょう!」
彼は白くて健康的な歯を見せてニッと笑うと、部室の入口に座ってけだるそうにうちわを仰いでいる肥満体型の大柄な青年に声をかけた。
「部長、俺この人とメシ行って来るから。後、頼むね」
「おー」
部室内は一台の扇風機がゆっくりと動いているだけで暑かった。何か冷たいものが飲めるのならと誘いに乗ることにした。彼はサークル棟を出て、別の棟の一階にあるガラス張りの広い食堂に連れて行ってくれた。学食のガラスケースに並ぶメニューのおかずを取りながら、ふと自分が学生だった頃を思い出す。あの頃は隣にはいつも彼みたいに爽やかに笑う楽しげな蒼井がいた。たわいもない会話で盛り上がりながら学食の隅っこで向かい合い二人とか他の友達とかと皆で和気あいあいとメシを食っていた。見渡せば青春を謳歌している若者達の笑顔に囲まれていて、俺は不意にあの頃に戻りたいと思えた。祖父も母も元気に生きていたあの頃に。
「大丈夫っすか、お兄さん?」
声をかけられ自分の足がいつの間にか配膳カウンターの途中で止まっているのに気がついた。後ろに並んでいた学生達に会釈をして謝る。
「うちの学食、近隣の誰でも利用できるんです。ほら、あれ、たぶん近所の奥さん達」
そう言う彼に案内されて外の緑豊かな中庭が見える席に向かい合って座り昼食をとることにした。俺はビーフカレーに中華風春雨サラダ、彼はカツカレーに大盛りポテトサラダをよそっている。二人とも冷たいアイスコーヒーを頼んでいた。
「さっき入口にいた彼がサークルの部長か?」
「はい。あいつ、大学入学前に下着泥棒の嫌疑をかけられた事があって個人的に真犯人を捕まえたいそうで、この部を設立したんです」
「手がかりはあるのか?」
「犯人見つかったら部は閉部だって言って、早四年目です」
「厳しいな」
「ですよねぇ」
そう言いつつどんなメニューを頼んでも必ずつけられるという、手元のわかめと豆腐の味噌汁を同時にずるずると啜った。
「部員は入りそうなのか?」
「ダメっすね。来てくれたの、お兄さんだけです。毎年必死に勧誘するけどカメラサークルの方が健全っぽく見えるのか、不人気で」
「俺は良いと思うが」
「お兄さん、目の付け所がいい!新入生だったら良かったのになぁ」
やたらと明るく話してくる彼に俺はカレーを黙々と食べながらさりげなく聞いてみた。
「研究しているのは海外の未解決事件だったようだが、日本で起きた事件には興味はないのか?」
その言葉にゴクゴクと水を飲んでいた彼は目を丸くして身を乗り出してきた。
「ありありですよ。知ってます?最近、ここから近いあるところで殺人事件が起きて」
「殺人事件?」
「キャンプ場のコテージが燃えてそこから刺殺遺体が見つかったってニュースで観ました」
「遠久野キャンプ場か?」
「はい。あれ、お兄さん、知ってた?」
別に隠しておく必要もないかと俺は彼に自分の名刺の裏を向けて差し出した。
「謎解きもやってますって、お兄さんって探偵さん?!」
「本業は文具屋だ」
「あっ、待って、紙山文具……この店名、覚えがあるな。もしかして金平伯父さんのお仕事関係の人ですか?」
「ああ。ノベルティ―カレンダーを毎年頼んでいる」
「そっか。だからお仕事でこっちに来ているんですね」
「ああ」
「それで事件が起きてそっちも気になっている、と」
俺は頷き、黙々とカレーを口に運ぶ。カレーなのに水っぽくて肉はひき肉みたいに小さい。正直あまりうまくないと思った。まあ、三百八十円なのだから文句は言えないだろう。
「金平伯父さん、俺が大学でサークルやっている事、よく思っていないんですよね。そんな活動にうつつ抜かしてないで勉学に励めって何度も言われてて実はこっそりやってます。でもお兄さんなら話せそうだな。俺の見解、聞いてくれます?」
妹の息子を預かっている身としてはそういう台詞も出て来るだろうと思った。事件に関するニュースを見聞きして彼なりに調べた見解は次の二つだというので聞いてみることにした。
まず一つ目。犯人は事件現場に下見に来ている可能性がある。事前に下見に来て、そのコテージが使われていないことを利用して被害者をそこに呼び出したと考えられる。そして二つ目に、被害者を刺した上に火を点けて燃やすという意味合いから被害者に対して強い恨みがあった。
「刑事が刺されたって事にも意味があると思うんですよ」
物騒な言葉が耳に入ったのか俺達の席の近くに座ろうとしていた女学生達が奇異の目を向けてそそくさと違う席に移ってしまった。
「もし強い恨みから殺したのだとしたら、刑事が一番恨みを買いやすい人間って誰だと思います?」
彼は食べていたカツカレーの一際大きな肉片の真ん中にスプーンをザクっと突き立てて切り、俺の目を真っすぐに見つめた。
「誰だろうな」
「犯罪者ですよ」
「犯罪者」
「はい。まあ、恨みというよりも、自分の身の危険を脅かす一番の存在だって意味で、いなくなって欲しいと考えられますね」
「その仮説でいくと今回の事件の犯人は犯罪者っていう事か?」
そう問い返した俺に彼はそうですと言いながら突き刺したばかりの肉片を口に頬張るともぐもぐと美味しそうに食べた。
「お兄さん、私立探偵なんですよね」
先程渡した名刺を指先で摘まむと硯は言った。
「俺達、協力し合いません?お兄さんの持っている情報をもらえれば俺なりに分析して犯人逮捕につながる何か、掴んで見せますよ?どうです?」
黙ってしまった俺に硯は目を細めた。
「なんてね、学生の分際で何ができるんだって顔してますね」
「いや……協力してくれるなら有難い」
俺は素直に彼に協力を仰いでみることにした。全くの知らない人間ではない。祖父が世話になってきた金平さんの甥だ。そして地の利に詳しい彼なら一人で調べていくよりも良い助っ人になるかもしれない。
「実は……」
俺は声を潜めて彼にわかっている事を話すことにした。五年前に紙山文具店で通り魔事件が起き、自分の身内が二人殺された事。犯人は未だ見つかっていない事。そして犯人が今回の事件と関わっているかもしれないことを。そしてまだ誰にも見せた事がない、スマホに残しているある画像を彼に見せた。それは色鉛筆で描いた絵で、後ろ向きの男がナイフを持っていて座っているように見える女の人にナイフを振りかざしている様子が描かれている。
「これは?」
「五年前の事件があってからしばらくして俺のところに一人の少女が尋ねて来た。その子が描いたものだ」
「なんか、これ、事件の絵みたいっすね」
「そうだ。その子、絵が好きだったんだが、事件に遭って以来それしか描けなくなってしまってな。彼女の親が何かの手がかりにならないかと俺に画像も提供してくれた」
硯はそれを熱心に見ていたが、やがて興奮した様子で傍らの水をごくごくと飲んだ。
「その少女は犯人の顔は見たんですか?」
「後ろ姿だけだ。怖くなって棚の影に隠れていたが、そっと覗いたらこの絵のシーンが見えた。それで怖くてすぐに店から飛び出して逃げたそうだ」
「それは怖い。いろいろつらかったですね、お兄さんも」
「ああ」
思い出すのも語るのも、本当はつらい。でも、誰かに見てもらわなければ、聞いてもらわなければ、手がかりを掴めないかもしれない。最近そう思い始めている。悲しみも苦しみも誰かと共有させてもらう事で少しだけ希望を持って今を生きる事ができるのではないかと思えるようになっている。そう思わせてくれたのは今頃キャンプ用品を笑顔で売っている、あいつなんだけどな。
「だけど後ろ姿だけか……。これだと年齢はわからないですね。頭に黒いキャップを被っている」
「顔に覆面をしていたかもしれない」
「そっか……。他に目撃者はいないんですか?」
「ああ。そのあたりは警察の目撃情報にもあがっていない」
「事件が起きたのは?」
「午前十一時過ぎだ」
「通り魔は理不尽過ぎるよな……」
硯は独り言のように言って、俺がカレーを食べ終わった皿を取り上げると自分のトレイの皿と一つにして手際よく片付けてくれた。それから愛想のよい笑みを浮かべ自分のスマホを出した。
「俺も調べてみます。お兄さんの連絡先教えて下さい」
連絡先を交換し合い、学食を出たところで彼と別れた。
「何かあったら連絡を取り合いましょう」
「ああ、よろしく」
俺が握手の為に手を伸ばすと、彼はしっかりと手を握り返してくれた。それからまた笑みを浮かべ、じゃあと自ら手を離してサークル棟の方へと去って行こうとした。その時、彼に伝え忘れていることに気がついて呼び止めた。
「すまないがこっそり調べて欲しい事がある」
「何ですか?」
「うちは毎年、君の下宿しているあけぼの印刷とノベルティカレンダーの取引きをしているが、五年前の年のカレンダーの紙質について、どの紙を使っていたか知りたいんだ」
「紙質?品名でいいのかな。いいですよ。また連絡します」
手を挙げると彼は再び去って行った。
俺はその後もしばらくキャンパスをぶらぶらと散策して歩いた。学生の頃が懐かしかったからだ。何度か女子大生に声をかけられ少し困ったので「彼女を待っている」と嘘を吐いた。教育学部のある棟の前で研究発表会のポスターを眺めていたら、学識の高そうな初老の男に声をかけられた。
「どなたでも聴けますので、ぜひいらして下さい」
「あなたは?」
「教育学部の講師をしております、真鍋です」
話を聞けば彼の授業の受講生の中に硯もいた。
「彼は頭の良い優秀な学生ですよ。たぶん、成績トップなんじゃないかな、学部内では」
彼がそんなに利口ならば―なおさら良いではないかと思いながらキャンパスを後にした。
大学のキャンパスからホテルに帰った時にはもう夕方になっていた。動き回り過ぎて少し疲れた俺はベッドにうつ伏せに突っ伏したまま寝てしまった。目覚めた時には外は闇に包まれていた。起き上がって星がきらめく様子をぼーっと眺めていたらスマホが震えた。昼間に別れたばかりの硯だった。
「調べましたよ、紙質。納品指示書によると品番は二十三。高価格ですが、人気の商品みたいです。あ、それと、この紙、ちょっと特殊で、燃えない紙でした」
「燃えない紙?」
「不燃性の特殊な素材で作られているんですよ。伯父さんほど詳しく説明できないですけど、火や水に強くて燃えないって商品の説明書に書いてありました」
「火に、強い」
燃え盛るコテージが脳裏に浮かぶと同時に鍵の開いた金庫に残されていたカレンダーを思い出した。普通なら燃えるはずのカレンダーが燃えなかった、その理由はその紙の性質にあったのだ。
「ありがとう。また何かわかれば連絡する」
「はい。また何かあれば言って下さい。じゃ」
通話が切れて静けさが部屋を包んだ。俺は思考を整理することにした。犯人は紙山文具で犯行後、なぜ、ノベルティ―カレンダーを持ち去ったのか。俺は部屋のドレッサーの上に置かれている卓上の小さなカレンダーを見つめた。カレンダーは筒状のまま、店に置かれていたはずだ。そしてそれはビニール製の袋に入っていた。その袋に血が付いていた。筒。そうか。筒になれば円形の空間ができる。犯人はおそらくそこに凶器を隠しながら逃げたのではないか。刃物を持っている人物がいれば一目で注目を浴びてしまったはずだが、目撃情報がないということはそうやってカレンダーの筒の中に凶器を隠して運んでしまえば傍目にはわからない。犯人はそうやって逃げながら長野まで来て隠し場所に困り、使われていない山林のコテージの中の金庫にそれを隠した。金庫を閉めてしまえば開ける為の暗号は犯人でないとわからない。犯人は隠していたカレンダーを他の場所に移動させようとしたが、それを速見に見られてナイフだけを取り出して彼を刺し殺し、そのままコテージごと証拠隠滅の為に燃やそうとした。そして逃げたが犯人はカレンダーが燃えない紙で出来ていることを知らなかった為、カレンダーはそのまま燃えずに見つかったとは考えられないだろうか。
そうだとすると凶器はまだ犯人が持っている可能性が高い。同じ凶器で速見を殺していたとしたら本当におぞましい事だ。犯人が次に動くとしたら凶器の処分のはずだ。事件から三日経つ今、もう処分してしまったかもしれない。
俺は犯人が凶器を捨て去る方法をそれからずっとベッドの上に大の字になり考えていた。しばらくして遠慮がちに扉がノックされると筆野の声が聞こえた。
「夕食食べないんですか?」
時計を見るとすでに午後七時半だった。
「先に食べていい」
「とか言って何も食べないとかダメですよ?」
昨日の夜、俺の事を心配と言って見つめてきた彼女の顔がふと浮かぶ。あまり心配させるのも得策ではないなと考え直す。身を起こして扉を開けた。やはり心配そうに見上げてくる瞳があった。最近どうしたことか、まるで母のように真っすぐに小言を言ってくるこの小柄な存在になにか云われると素直に従わねばならないように思える。
これからご飯なら付き合いますとついてきた筆野と俺はホテル内にある寿司店のカウンターで寿司を握ってもらっていた。
「寿司はいいのか?」
「はい。もう夕食は課長と楽しく食べたし」
そう言いながら頼んだ茶碗蒸しにスプーンを入れてパクっと食べてほっこりと頬を緩ませた筆野に事件の事ばかり考えて荒んでいた心が少しほぐれる。しかし楽しく食べた、か。誘ってくれれば俺だって行ったのに。
「で、進展はあったんですか?」
「それが聞きたいだけか」
「違いますよ。心配だから聞きたいんです」
筆野は頬を膨らませて拗ねた。俺はキャンパスで硯と話した事を語った。
「じゃあ硯君も協力してくれるんですね。心強い!あとは凶器がどこにあるかを見つければそこに犯人がいる」
「もうすでに隠滅した可能性もあるがな」
「事件は先週の金曜日だから今日で三日目ですもんね」
考え込みながらも筆野が茶碗蒸しを忙しく口に運ぶペースは変わらなくて見ていて面白い。
「お前だったら凶器をどうする?」
「私?」
驚いたように筆野が俺を見る。丸い目がさらに丸くなって小動物のように愛らしく思えた。
「隠すにも誰かに見つかったら嫌だから焼却炉とかに放り込んで燃やす、とか?」
「焼却炉か。焼却炉が身近にある場所といえば学校などだろう。でも今の学校は簡単には構内に入ることは出来ない。監視カメラも近くの道などに設置されているところも多い。入れば不審人物としてすぐに警報が鳴る」
「じゃあ、そこに通っている人物とかなら?怪しまれないですよね」
筆野の言葉にハッとした。
「一理あるな」
「私って天才!」
「ただの食いしん坊だろ。お代わりはしないのか?」
「失礼過ぎる。しますけど。えっと、大将、やっぱり美味しそうだからマグロの握りとイクラも下さい」
「あいよ」
大将の握った握りを大口を開けて美味しそうに食べる筆野に呆れてしまった。
「今日の売上げ良かったんですよ!もう紙山さんなしでもいけそうです」
「なら、もう俺は用無しだな」
からかってみたら筆野はガシッと俺の腕を掴んで来た。
「ご飯要員として必要です。蒼井課長、私とご飯食べたと思ったら秒で飲みに行っちゃいました。昨日の彼女達に誘われて」
「あいつ、本当に懲りないな」
「私とは完全に付き合いみたいです。でも、紙山さんは違いますよね?だから、いいの」
「いい?」
「だって前に……俺はお前と食べるって私の事優先にしてくれましたから」
にっこりと満足そうに微笑む筆野に何と返してよいか惑った俺は彼女の皿に最後に残っていた寿司を取り上げて口に入れた。
「あっ、すし泥棒!」
目を丸くして抗議してくる筆野は大好きな餌をとられた小動物のようでやはり愛らしかった。
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