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二 忍び寄る不安とオムライス
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紙山文具店で思いがけない昼食を食べ終えるともう午後一時半になっていた。どうやらこの店の休憩時間は店主である紙山さんの思惑次第らしくて、休憩時間が三十分の日もあれば、半日の日もあるらしいと店番をしている間に来店した近所の奥さんから聞いた。随分とマイペースにやっているお店だ。はたして儲かっているのだろうかと不思議に思いながらレジにいる紙山さんに会釈をすると店を後にした。ちょうど入って来た宅配便の人に声をかけられた紙山さんはその応対をしている。ガラス扉を開けて外に出た。帰るにはまだ早いしこれからどこをあたろうかと思いあぐねた時、スマホの着信がつく。鞄から取り出して見ると友人の下山菜月からだった。
「もしもーし、今、どこぉ?」
のんびりとした声が耳に届いて、自然と笑みがもれる。朝からの人探しや慣れない店番をやって神経が張り詰めていた分、大学時代からの親友の気の抜けたサイダーみたいな声はそれをたやすく緩ませて癒してくれた。
「外にいるよ。どうしたの?」
「暇ならお茶でもと思ってさ」
「お仕事は?今日、土曜日だけど」
彼女はこの春から旅行会社に新卒として入社し、旅行販売カウンターで働いている。週五勤務の週休二日制、土日祝は基本的に勤務があるので土日祝が休みの私とは休みを合わせないと会えなくなっているはずだ。
「今日は休みでさ。土日は忙しいから接客カウンターの仕事、新人に任せるのはまだ危なっかしいらしくて来週からの土日に入る感じなんだ。仕方ないよね、右も左もまだわかんない事だらけだもん」
「わかる!わかんない事ばっかりだよね」
「あー、いろいろ話したい。けど出かけているなら、また今度にするよ。じゃ」
「あっ、大丈夫だよ。お茶しよう!」
「いいの?やったぁ!じゃ、今から出るから新宿駅の西口改札辺りで落ち合おうよ」
「わかった。また後でね」
楽しいお誘いなら大歓迎だ。通話を切った時、ふと誰かに見られているような気がして思わず振り返った。誰も私を見ている様子はない。気のせいか。それでもなんだか気味が悪くてその場を足早に去った。その様子を宅急便の人を見送ってガラス扉を開きに外に出て来た紙山さんが見送っていたことには気がつかなかった。
なっちゃんと会うのは前月、大学の卒業式に一緒に出席して以来だ。久しぶりの事もあってカフェでお茶を楽しんだ後もまだまだ話し足りなかった。カフェを出て居酒屋が開くまで新宿駅のファッションビルのお店をぶらぶらと覗き、日が暮れてきた頃、新宿駅近くのホテルの一階にある大人な雰囲気のバーに入った。向かい合ってお酒とおつまみと夕食も兼ねてピザとパスタを頼んだ。あちこち歩いて喉が渇いていたから口にしたキンキンに冷えたジンライムがお腹の底まで落ちて染み渡る。気分がスカッとした。
なっちゃんはお酒に強い。どれだけ飲んでも顔色一つ変わらない。大学時代はいろんな飲み会に呼ばれていたし、コミュ力高い彼女の後ろに私も一緒に行こうと誘われて金魚の糞みたいにくっついて行った。目鼻立ちがお人形みたいにくっきりとして可愛く、素直で裏表がない明るく気さくな性格で異性問わず学内に友達の多い子だった。
「今日はどこにでかけてたの?」
なっちゃんがピザカッターで切り分けてくれたピザをもぐもぐと食べていた私は何気なく問われて返答に困った。探偵の真似事みたいなのをしていて、なんて言えそうもない。
「最近とじこもってばかりだったから散歩してた」
「散歩?へぇ、いいね」
なっちゃんはウイスキーベースのアルコール度数の高い琥珀色のカクテル、マンハッタンの入ったグラスをまるで巨峰みたいな濃紫のネイルを施した指先で持ち上げるとクイッと飲んだ。
「爪、カッコいいね」
「いいでしょ?昨日の夜、塗ったの。まあ週明けには落とさなきゃなんだけどね」
「えっ、もったいなーい」
「派手なネイルは社則で禁止だからさ。ほらうち手元見られる仕事だから」
そう言いながらグラスを傾けるその唇も熟れきったサクランボみたいに深紅で艶やかだった。
「なっちゃんとこは旅行代理店だから社内旅行とかもあるの?」
「バリバリあるよ。この前、行き先の社内アンケートとっていてさ、どうやら希望が多いところに行けるみたい」
「へぇ~良いなあ。どこか決まったらお土産プリーズ!」
「ふふ、なんか今日、綴のテンションおかしくない?」
「えっ、そうかな」
「なんかいつもより口数多い気がする。あ、さては。何か良い事あった?いい男見つけたとか」
「い、いつもと同じだよ?」
そう返して目の前の半分だけ減ったジンライムを飲んだ時、爽やかに弾ける酸味の中で一瞬だけ昼間に食べたオムライスのふわふわとした感触とデミグラスソースの味が蘇った。
気がついた時には午後十時を回っていた。そろそろ帰ろうとお店を出て新宿駅へと向かう。夜になってもまだ暖かかった。身体に回ったアルコールの心地良さと相まって気分もふわふわとしている。良い気分だ。
「まーた飲もうね」
「うーん連絡するね」
同じような口調で言い合って、新宿駅構内で別れた。彼女はこの後、大学時代にバイト先で知り合った年上の彼氏の家にお泊まりに行くらしい。背中を見送りながら手に握られているミニトランクには可愛いルームウェアでも詰まっているのかなと少し羨ましく思えた。寂しい時とか誰もいない部屋に一人で帰らずにすむような彼氏が欲しいとたまに思う。けれど、その対象になるような相手もいないから仕方がない。つい感傷的になりながら改札口へ歩き出そうとした時、後ろから走って来た男にどんっと押されて前のめりになった。
慌てて両手を伸ばし地面につけたが同時に両ひざを強打してしまった。膝はジンジンと痛んですぐには立ち上がれない。顔をしかめながらそれでも何とか立ち上がる。黒いパーカーらしき服を着た背中がみるみる遠ざかって行くのが見えた。幸いズボンを履いていたから少し汚れただけで済んだけれど、手をつかなかったら大変な事になっていたかもしれない。謝りもしないなんてと苛立ちながら膝小僧の汚れを払おうとした時だった。肩にかけていた鞄の中に何か白い紙きれの様なものが入っているのが目に入る。
四つに畳まれているそれをそっと開くとそこにはよく刑事ドラマとかで見た事のある新聞の見出し文字が貼られていた。それを読んだ途端、背筋がぞくっとして心臓がぎゅっと掴まれた。先程ぶつかってきた人物の去った方角を見つめる。人物の顔は見ていない。立ち上がろうと顔を上げた時は既にその人は離れていたからだ。
“何かあれば連絡しろ。くれぐれもド素人が一人で何かやろうとするなよ”
耳元で紙山さんの声が蘇る。鞄の中からもらった名刺を取り出す。人波を避けて道の脇に寄った。震える指先で名刺の裏に書かれている番号に電話をかけてみる。何回か虚しく繰り返されるコール音がもどかしい。八コール目。やっと出てくれた紙山さんに私は切羽詰まったように告げていた。
「どうしよう、怖いです」
もう片方の手で握り締めている紙切れには新聞の見出し文字で脅迫めいた文言が貼りつけられているのだ。
“手ヲ引ケ、引カねバ、殺ス”
見ているそばからどうしようもなく恐怖で足が震えて来る。二十三年間生きてきて初めて“脅迫状”を受け取ってしまった。
紙山さんは新宿駅構内にある小さなカフェまで迎えに来てくれた。新宿駅は幾つもの主要路線が交わる巨大なターミナル駅で、終日、人の行き交いが絶えない。カフェの中にいたのは、なるべく誰の目にもつきやすい場所で待っていろと紙山さんに指示されたからだ。
「少し歩く」
カフェを出て無言のまま紙山さんについて行った。さっきまでの心地良さはかき消え、カクテルの酔いもあっという間にどこかに吹き飛んでしまっていた。動揺しきって不安げな私を新宿駅近くのコインパーキングに停めた黒のミニバンの助手席に乗せると紙山さんは落ち着き払った声で告げた。
「実家暮らしか?」
「今は一人です」
「荷物をまとめてから実家に送ってやってもいいが、暫くは俺のそばにいた方が安全だと思う。紙山の三階を貸してやるからそこで暮らせ」
「は?」
「俺は二階で寝るから自由に使っていい」
「でも……」
「どこにいれば安全か、決めるのはお前だ」
紙山さんはそれ以上何も言わなかった。私の決心がつくまでじっとハンドルに手を置いたまま待っているようだった。
「三階に鍵はついていますか?」
紙山さんはコクリと頷いた。
「随分と歴史を感じるアパートだな」
紙山さんはそんな事を言いながらミニバンを私のアパートの近くに停めた。考えに考えて心を決めた私は紙山さんのところに暫く匿ってもらうことにした。例え実家に帰ったとしても安全だと言う保障はないし、正直、紙山さんの店の方が会社から徒歩五分と恐ろしく近い。脅迫状を出されたとしても会社に行かないわけにはいかない。通勤路の中で命を狙われる危険性が高いなら、目的地である会社により近い方が危険度は減る。そう考えた私は実家に帰ると言う選択肢を手放した。
「手伝うから必要なものを運べ」
「大丈夫です。ここで待っていて下さい」
部屋に上がられるのはたまったものではない。布団は敷きっぱなし、下着も干しっぱなしのはずだったから。部屋にあがりクローゼットにしまい込んでいたキャリーケースに着替えやら金目の物やら当面の生活に必要なものを詰め込んだ。最後に窓と玄関の戸締りを確認してから鍵を鞄に入れる。そして隙間なく詰め込んだキャリーケースを引きずりながら車に戻った。急いで支度してきたので疲れたなと助手席のシートに背中を預けて目を閉じていたら急激に眠気が襲ってきて目を擦った。車のトランクにキャリーケースを積んでくれた紙山さんが運転席に乗り込んできたので慌てて居ずまいを正す。
「眠いなら寝たっていい。俺に気を遣っても意味はない」
紙山さんは淡々とそう言うと後部座席から淡いピンク色のブランケットを取って貸してくれた。
「ありがとうございます」
紙山さんが使っていたマグカップと似た色だと思う。きっとこれも奈々子さんので、ピンクは彼女が好きな色なんだ。お礼を言いながらそっと膝にかけた。一日いろんな事があって疲れ果てていた。起きていようと思いながらも車の揺れに身を任せていたらぐっすりと眠ってしまった。
目が覚めた時には紙山文具店の裏にある駐車場に着いていた。紙山さんはキャリーケースを三階まで持ち上げてくれて部屋の鍵を渡してくれた。
「右に回してから左で開く。エアコンのリモコンはテレビ棚の横の白いやつだ。自由に使っていい。風呂場はあそこだ。狭いが追い炊きは出来る。タオルは持って来たか?」
「何枚か持って来ました」
紙山さんは部屋に置かれていたダークブラウンの箪笥の引き出しから新しいシーツを出すと敷かれていたシーツをベリッと剥がして敷いてくれた。そしてお風呂と洗面所の使い方を一通り説明すると「何かあれば言え」と扉を閉めて出て行った。それは矢のように早い説明だったけれど、ぐるりと見回す限り当面の生活には困らなそうだった。
ドアに内鍵をかけると鞄に入れた脅迫状をそっとつまみ出した。見間違いであってくれたら。そう願いながら折りたたんだそれを開く。けれどそこには同じ文言が書かれてある訳で。深々とため息をつき、スマホを取り出して文言を画像に収めた。再び折りたたんで持って来たビニール袋の中に保管した。キャリーケースの内ポケットに入れて鍵をかけ、シャワーを浴びる為にバスルームに向かった。あんなものを持ち歩いてうっかり会社の中で落としたりしたら大騒ぎになる。失くさないように、そして不安になるから見なくても済むように保管したのだ。
翌朝目が覚めた時、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなった。ああ、紙山文具店にいる。ここに暫くお世話になるのだ。ベッドから降りて紺色のカーテンを引く。窓を開けてみると涼しい外気が吹き込んできた。眩しい日差しの中にいつもとは違う景色の街が見えた。今日は日曜日で会社は休み、出勤は明日からだ。ベッドサイドの長方形をした淡いピンク色の置き時計は八時を指していた。
「ピンク」
思わず独り言が漏れた。これも奈々子さんの使っていたものなのだろうか。よくここに寝泊まりしていたのかもしれないな。会社も近いし、ここから通う方が都合が良いよねと思いながら顔を洗おうとタオルを持って立ち上がると、コンコンとノックの音が聞こえた。慌てて鏡の前に行き寝癖を整えてからドアを開けた。身支度を整えたのか、出逢った時と同じ格好でエプロンだけつけていない紙山さんが黙ってすたすたと入って来た。
「ちょっと!勝手に入らないで下さい」
「朝飯を作る」
「あっ、そっか。すみません」
ここにキッチンがあるのだから当然そうなるだろう。ガスコンロの横の冷蔵庫をぱたっと開ける紙山さんに恐る恐る聞いた。
「紙山さんはいつも何時に起きますか?もしよかったら朝はこれから私が作ります。私が寝ていたら自由にキッチン使えないと思うし」
紙山さんは冷蔵庫の中から卵を二個と牛乳とバターを取り出した。
「店の開店は大体九時から、閉店は夜六時前後。店の定休日は水曜日。起床は七時だ」
「あ、うちも始業は九時からで定時は五時半です。起きるのは合わせますので七時より早めに起きて朝御飯作りますね」
ニコッと笑ってそう提案してみたら紙山さんはじろりと私を見た。
「メシを作るのは趣味だ。それ以外の事をしてくれ」
「えっ、あ、じゃあそれ以外の掃除とか洗濯、何でもやります」
紙山さんは部屋の片隅にある洗濯機に目を向けた。
「あれは自由に使っていい。自分の分は適当に洗うから部屋の掃除だけ頼む」
紙山さんはそれだけ言うと、キッチンの下の棚から小麦粉を取り中身をボールに入れ始めた。
「パンケーキ食えるか?」
「大好きです!」
お腹が空いていたので食い気味に答えてしまったら、またじろりと横目で睨まれた。
「やけに楽しそうだが、お前は命を狙われている事を忘れるな。店から外に出かける時は正面ではなく一階の裏口から出ろ。出て右側に進んで初めの路地をまた右に曲がれば店の正面に出られる」
「……はい」
いきなり冷水をぶっかけられたみたいな現実に身が竦む。さっき脅迫状を入れたキャリーケースを見やり、唇を一文字に引き締めた。私の様子を紙山さんはじっと見ていたけれど何も言わずパンケーキの材料をぐるりと混ぜ始めた。
「後で洗濯機の使い方、教えて下さい」
「ああ」
そこで改めて部屋を見回して寝乱れたシーツに気がつく。慌てて直してバスルームに入ってルームウェアを脱いだ。持って来た白いタンクトップと黄色のブラウスと淡いブルーのデニムに着替えて無造作だった髪もドライヤーをあてて櫛で梳かし一つにまとめた。
部屋に戻ると紙山さんはパンケーキを焼いてフォークで突きながら食べていた。戻って来た私を見ると「何枚焼く?」と立ち上がる。
「自分で焼きますから座っていて下さい」
「……そうか」
紙山さんは座り直すと再びフォークを動かした。そして何やらカタログのようなものを熱心に見ている。私もフライパンでパンケーキを焼いて紙山さんの向かいに座った。紙山さんが見ているものにそっと視線をやると、それは文房具のカタログのようだった。商品の仕入れを検討しているのかもしれない。
「いただきます」
邪魔してはいけないと小声で言ってから手を合わせた。パンケーキにナイフとフォークを入れたら何気なく顔を上げた紙山さんが「え」と声を洩らした。
「何ですか?」
「ずいぶん派手に焦がしたな」
真っ黒げのその表面を上手く剥がそうと苦慮しながらフォークを動かしていた私に紙山さんの視線がからかうように向けられる。
「お前、もしかして料理、」
「下手ではありません。慣れてないからです。家のフライパンじゃないですしね」
語気強めに言い訳をした私をおかしそうに見つめる紙山さん。いいんだ、どうせ私は料理が上手くない。作ってあげたい彼氏ができたらその時こそはちゃんとやるつもりだしね。そう思いながらもじっと見られていると恥ずかしいので皿を片腕で隠しながらこそこそと焦げを剥がす。紙山さんはその間もちらちらっとこっちを見てずっと目が笑っていた。この人、絶対、S気質あるよ。見られるたびにグッと睨んだら彼は目を細めてふっと乾いた笑いを一つ零した。
紙山さんがカタログを静かに読んでいるそばでやっと焦げを取り終えたツギハギだらけのパッチワークと化したパンケーキを優雅に口に運んだ。うん、美味しい。
―そういえば。ずっと気になっていた事があったんだ。
「あの」
紙山さんはカタログに視線を落としながらこっちも見ずに「何だ」と答えた。
「このお店って、いつからあるんですか?」
紙山さんはページをめくりながら祖父の代から始めて俺で二代目だと教えてくれた。
「お父様は?」
「親父は店を継ぐのを嫌がったからな。じいさんが五年前に亡くなって俺が継いだ」
紙山さんは軽量ボールペンなら軽く載せられちゃいそうなふさふさしてクルリと上向いた睫毛を伏せたままそう言う。どことなく寂しげな表情にそれ以上は聞いてはいけないような気がして黙った。
「メシが終わったら洗濯するから、やり方、教える」
「あっ、はい」
朝食の後、食器の片付けを紙山さんがやってくれている間、洗濯ものをまとめた。
「洗剤はここだ」
洗剤の置き場と洗濯機の使い方を一通り教わって、箪笥の隣に置かれた掃除機の使い方も教えてもらった。料理ではまだお役に立てそうもないから他の事で役に立たねばとその聞き取って欲しいのかどうかわからないほどの早口を真剣に聞き取る。
洗濯が終わり、干すのは屋上だった。三階のドアを出て外階段を少し上がったところに屋上があった。今日も気持ちよく爽やかに晴れている。屋上の真ん中にポツンと突っ立っている物干し竿に洗濯物を皺を伸ばしてからピンチやハンガーで干していった。上を見上げると雲一つない青空が果てなく広がっていた。道から見上げると建物に遮られて狭くみえる東京の空も少し高いビルに登れば広々として見えるものだ。
せっかくの休みだ、この後、散歩でも行きたいなぁと思ってハッとした。匿われているのだ。のんきに出かけて行く訳にはいかない。どうしたものかとため息を吐きながらタオルを広げて皺を伸ばしていたら、隣に紙山さんが立つなり小さなビニール袋に入れた下着を干し始めた。タンクトップに靴下にパンツ。思わずじっと見てしまい、我にかえって目を逸らす。
「干し終わったならもうゆっくりしていい。でかける時は言ってくれ。着いて行く」
「えっ来るの?」
「何だ」
「か、紙山さんはお店がありますよね?」
「だから?」
「いや、えっと、私に付き合っているようなお暇はないのではないかと」
「まぁ、空気を読むと言うことを知っていればそんな行動は慎むと思うがな」
「それはつまり出かけるな、という事でしょうか……?」
「どこにいれば安全か、決めるのはお前だ」
なんだか前にも聞いた台詞だ。
「……わかっています。どこにも出かけませんよ」
仕方がないと大きくため息をついたら鼻で笑われた。
「恨むなら脅迫状を出した人間を恨め」
紙山さんは靴下を干し終えると、さっさと屋上階段を降りて行ってしまった。
「むー!」
ぐうの音もでない。紙山さんと一緒じゃないとどこにも出かけられないなんて。わかってはいるけれど、なんだかストレスが溜まる……。あの脅迫状を出した奴、絶対ゆるさないんだから!
いらいらしながら洗濯ものを干してから仕方なく部屋に戻る。そして自宅から持って来たファッション誌を読んだりスマホをいじったりした。そのうち飽きてきていつの間にかベッドの上でうとうとと寝てしまった。
黒いパーカーを目深に被った顔の見えない何者かが追いかけてくる。薄暗い地下通路のような場所を闇雲に走って逃げる。息が荒くなり苦しい。それでも走らねば追いつかれてしまう。逃げて逃げて足がもつれて転んでしまった。振り向いた頭上でその人物にきらりと光るナイフを振り下ろされた。
「うわぁ!」
そこで目が覚めた。ベッドから転げ落ちた私をキッチン前のテーブルで黙々とナポリタンを食べていた紙山さんが不思議な生き物でも見たかのように眺めていた。
「やっと起きたか」
昼食を作る為とはいえ、無防備で寝ている部屋にいられると恥ずかしい。
「おっ、起こしてくれたっていいじゃないですか」
「ノックしても反応がなかったし、鍵が開いていた。不用心極まりないな」
「……すみません」
「お前は自覚がないのか?自覚のない人間を守りきれるか、正直自信がなくなってきた」
「次は鍵をかけるように気をつけます」
申し訳なさそうに謝ると紙山さんは立ち上がり、ナポリタンとわかめと卵のスープをお鍋からカップによそってテーブルに並べてくれた。手を洗ってから「いただきます」と手を合わせる。どちらもすごく美味しい。やっぱり紙山さんの料理は美味しいなぁと感激していたら、ジーッとドアの呼び鈴のような音が聞こえてきた。
「来客だ」
休憩中にしているのになんだとぶつぶつ独り言を言いながら出て行った紙山さんは暫くしても戻って来なかった。
食べ終えてお皿を洗って片付けてから一階に降りた。すると紙山さんと夫婦の真似事をした時の刑事が二人立っていて紙山さんと何やら話し込んでいる。彼等は私を見ると会釈をし、ノリさんと呼ばれていた年配の方の刑事が話しかけてきた。
「先日は大変無礼な事をいたしまして本日は謝罪に参りました」
紙山さんを見ると話を合わせろと目が言っている。
「それはそれは。もう全然気にしていませんので」
「実はですね、奥さん。篠原美優がいなくなりましてね」
「えっ、美優ちゃんが?」
「奥様、ご存知ですか?」
「あっ、はい。か、彼女はこのお店の常連さん―だったので」
早苗ちゃんと二人でたまに来ていたと言っていたからこれは嘘ではない。
「昨夜十時半頃、近くのコンビニに買い物に出かけて、まだ帰っておらんのです。親御さんから捜索願いが出されましてね。ご主人は昨夜、奥さんを迎えに出かけていたと聞きましたが?」
「あっ、はい!私は友人と午後一時過ぎぐらいから会って夜十時頃まで飲んでいましたが、その後は主人に迎えに来てもらって一緒に家に帰って来ました」
「ご主人は車で?」
「はい。新宿駅まで迎えに来てもらって」
「それは何時頃?」
「えっと、確か十時半頃でした」
駅構内のカフェで紙山さんが来るのを今か今かと待っていたから来た時の時間は覚えていた。記憶を辿ってそう答えたら、ノリさんは若い方の刑事を見て言った。
「篠原美優がコンビニの防犯カメラに映っていた時刻が確か十時半だったな?」
「はい」
「同じ時刻にお二人は新宿駅にいた。それは間違いないですね?」
はいと答えたら、ノリさんはわかりましたと頷いた。
「また何かありましたら、名刺のところにご一報下さい」
一礼して店を出て行った刑事達を見送って紙山さんを見上げる。
「刑事さん達、紙山さんに謝罪するとか言っていましたけど、まだしっかり疑っていましたね」
「刑事は疑う事が商売だからな」
「探偵も同じですね」
「いや、少し違う」
「違う?」
「刑事は市民の安全を守るのが仕事、探偵は市民の心も守る」
きょとんとした私に紙山さんは唇を一文字に引き結ぶと何も言わずに何かを考えるように顎に手を充てた。そして暫くしてから私をじっと見つめた。
「出かける。お前はどうする?」
「えっ、どこに?」
お店をやるのかと思っていたので聞き返すと、紙山さんは淡々とした口調で言った。
「新城早苗が消えて彼女の行方を探していた篠原美優も消えた。同じように探しているお前には脅迫状が来ている。同じ人物が彼女達の消息に関与しているとしたら、次に狙われるのは誰だと思う?」
紙山さんの言葉が胸に突き刺さり恐怖が押し寄せる。
「私、ですか?」
「可能性は高い」
思わずごくりと生唾を飲んだ。
紙山さんが出かけて行った先は明解学園の校舎がある敷地とは道路を挟んで向かい側にある大きなグラウンドだった。そこは校舎とは違って誰でも入れるように開放されており、立ち止まって陸上競技の練習風景を見ている人もいた。グラウンドの左側にあるテニスコートではテニスをしている。その中の一人の少女を紙山さんはさっきからじっと見つめている。
「何かあるんですかあの子?」
「園山沙耶。特進クラスの三年だ。新城早苗が所属していたテニス部の主将だ。今は辞めてしまっているから所属していた、という事になるが」
「早苗ちゃん、今はもうテニスを辞めているんですか?」
いつの間にそこまで調べていたのだろうか。紙山さんを見るとちょうど練習が終わったのか、ベンチに戻って一息ついている主将の少女の元へと歩き出している。慌ててその後を追った。
「こんにちは」
爽やかな声で話しかけられてテニスラケットをケースにしまおうとしていた少女は丸い目をこちらに向けた。日焼けした顔にはそばかすが散らばり、ベリーショートの髪がボーイッシュな印象だ。
「園山さんだね。私はこういうものです」
慣れた口調でそう言って、紙山さんは名刺を彼女に渡す。探偵の時の紙山さんってなんだか誰かに操られているように別人めいている。感じがいいのだ。見ていて妙におかしくなるのはここだけの話だけれど。
「紙山文具って、あのお店の?」
ここの学生に人気って言っていたのは本当だったんだなとその言葉に納得する。
「……警察の人にも話したけど、早苗の事については私、最近あまり関わってなかったから聞かれても言える事がないです」
どこか突き放したような物言いが気になる。
「私達、早苗ちゃんのお友達に頼まれて彼女の事を探しているの。特進クラスにいた時は早苗ちゃんとあなたは交流があったのかな?」
問いかけた私に沙耶ちゃんは迷惑そうな顔をしてテニスラケットをケースにそそくさと閉まって立ち上がると傍らに置いていたスポーツバッグを肩にかける。
「クラスは一緒でしたけど、この春で早苗は部活も辞めちゃったし、本当に最近の事はわからないんです。失礼します」
そう言って私達にぺこりとお辞儀をすると彼女はその場を立ち去る。
「君だけが頼りなんだ」
遠ざかって行くその背中に紙山さんのいつになく凛とした言葉が飛んだ。
「心あたりがあれば何でもいい。教えてもらえないかな?」
今度は優しく問いかけるような言葉だった。彼女の心に届いて欲しいと願いながら、遠ざかる背中を見つめる。彼女はそれでも歩みを止めずに歩いていた。けれど、やがてゆっくりと立ち止まった。
「……あんなにテニスが好きで、優勝しちゃうぐらいに実力があったのに辞めちゃうなんて悲しすぎる」
沙耶ちゃんはゆっくりと振り返った。
「今はもう止んでしまったけれど、早苗、嫌がらせされていたんです。たぶん早苗がテニス上手い事を妬んだ誰かの仕業だと思う。ロッカーの鍵が何度か壊されてゴミ箱のゴミが入っていたり、着替えがなくなっていたりとか訳のわからない嫌がらせがあって」
「嫌がらせ?」
「はい。顧問の先生にも相談したけれど収まらなくて」
「嫌がらせは彼女だけが受けていたの?」
紙山さんが口を挟むと彼女は頷いた。
「紙山さん、そういえば美優ちゃんが言っていました。早苗ちゃん頭が良いのにこの春から偏差値の高い子がいる特進からクラスを移ったから不思議に思っているって。その嫌がらせが原因なのかも」
紙山さんは考え込むように私を見つめてから沙耶ちゃんの方を向いた。
「そのロッカールームは見られるか?」
「部外者は立ち入り禁止だけど、外側からなら見られます。ほら、あそこの一階にあります」
沙耶ちゃんが指示した方角を見ると、グラウンドの片隅にクラブハウスのような建物が見えた。
「ロッカールームは部に関係なく男女別に一階にあって、ロッカーの鍵は個人所有です。部室は二階でロッカールームも部室も鍵は一つ、管理室からもらって開けて最後に出た人が鍵をかける決まりで、戸締まりしたらまた管理室に届けてから帰ります」
「管理室は校舎の方にあるの?」
「はい。中等部の一階の正面玄関を入ってすぐのところにあります。休日でも守衛さんに言えばロッカールームも部室の鍵も貸してもらえます」
そんなやり取りを沙耶ちゃんとしながら私達はクラブハウスの前に立っていた。他の部活を終えた部員達が出入りしていて、部外者がウロウロしていたら目立ちそうだ。
「今の話だとロッカールームはかなり広そうだ。ロッカーに個人名はあるのか?」
紙山さんが尋ねると沙耶ちゃんは首を横に振った。
「いいえ。扉にはアルファベットと番号が書かれていて使用者名は書いてないです。もらった鍵を持ち歩いて入部から退部までずっと同じロッカーを使う感じです」
紙山さんは顎に手を充てて考えこんでいる。
「嫌がらせをしていた人物は予め新城早苗がそのロッカーを使っていると知っていた人物に限定されるな」
「彼女のロッカーの番号を知っていて、それでいて彼女に悪意を持っていた人物ですね」
「悪意というか、妬んでいたんじゃないかって思います」
沙耶ちゃんが口を挟んだ。
「早苗はテニスがずば抜けて上手くて。後輩からは尊敬のまなざしで見られていたけど、同じ三年の部員の一部の子は陰口を言う子もいて」
「そうだったんだ」
そこで黙ってしまった彼女の表情が曇ったのを見て、沙耶ちゃんもまたテニスの才能を持つ彼女にそんな感情を少しはもっていたのかもしれないなと感じた。
「私、自分の事でいっぱいになっちゃって、早苗の事もっと心配してあげればよかった。今年からキャプテンに選ばれてバタバタしていて結局何も相談に乗ってあげられなかったから」
そう言いながら沙耶ちゃんは泣き出してしまった。そっと近寄ってハンカチを差し出し、近くにあったベンチに座ってもらい落ち着くまで待った。
「早苗、去年の夏休み前までは真面目に部活に出ていたんです。でもロッカーの嫌がらせが始まってそれから体調不良を理由に休みがちになって、部活辞めようかなと漏らしたこともあったりして。それでこの春に早苗が辞めてしまって、皆、やっぱりという感じでした。彼女がテニス部を辞めてから嫌がらせはなくなりました。でも皆、内心ぎくしゃくしています。早苗がいなくなった今でも誰がやったんだろうって皆お互いにもやもやしていて」
主将としてチームをまとめている彼女の苦悩が言葉の端々に感じられて頷きながら聞いていた。
「最初に嫌がらせがあった時期はいつ頃?」
「去年の九月終わりぐらいです。夏休み中に全国大会があって、早苗が優勝した後に初めて行われた部活の日だったからよく覚えています。その日は前から長雨続きで久しぶりに晴れたからって自主練で皆で遅くまで残っていたんです。顧問の先生は急用ができて先にあがってしまったので私達も帰ろうとなってロッカールームに行ったら、早苗のロッカーの鍵が壊されていて、中を開けた瞬間、テニスボールが雪崩落ちてきました」
誰の悪戯だと皆が騒いでいる中、早苗ちゃんは一人青ざめながらボールを見つめていたらしい。
「心当たりある?って早苗に聞いたけど、わからないって」
沙耶ちゃんは気分が落ち着いたのか、涙を拭ったハンカチを私に返して礼を言うと用事があるので帰りますと校舎の方に帰って行った。
「嫌がらせをしていた人物が怪しいですね」
紙山さんの方を振り向いたら、ベンチのそばに立っていたはずなのに姿が見えない。慌てて辺りを探すとクラブハウスの脇からのそりと紙山さんが現れた。
「何していたのですか?」
「窓から入れるかと思ったが、内側からしか開かない仕様だ」
クラブハウスの上の方を見上げると確かに内側の方から外側へ開いている長方形の細長い窓がいくつか並んではいた。けれど人が通れるような大きさではない。
「じゃあ犯人はクラブハウスに内側から入って彼女のロッカーに行って鍵を壊してテニスボールを詰め込んだ」
そう考え込んだ私を置いて、紙山さんはさっさと歩き出してしまっている。
「ちょっと置いて行かないで下さいっ」
一人になるのは怖い。どこで脅迫状の犯人が見ているかわからない。紙山さんは追いついた私を見て微笑んだ。
「やっと自覚が出てきたようだな」
「次はどこに行くんですか?」
グラウンドの横の駐車場に停めていたミニバンに乗り込むと、紙山さんは眠たそうに大あくびをした。
「家」
「そうですね、もう帰りましょう。暗くなる前に」
昼間だってどこかからスナイパーが自分を狙っているのではないかと思ってしまっている。その上に暗闇がやって来たら脅迫されている身としてはさらに不安要素が増す。さっさと安全な家に帰るのが得策だよねとシートベルトを締めたら紙山さんは車を速やかに発進させてくれた。流れていく車窓をぼんやりと眺めていたら違和感を覚えた。
「ちょっと、これ、店と反対方向ですけど?」
「誰が帰ると言った?」
「え?」
車は暫く見知らぬ住宅街を走り、やがて大きくて立派な家の立ち並ぶ一角にやって来た。
紙山さんは大きな門構えのある家の前に車を停める。外から背の高い立派な松の木が一本立っているのが見えた。
すぐ戻ると言い紙山さんは門前にいるガードマンらしき紺色の帽子と制服を着た男性に話しかけに行く。その男性は紙山さんに敬礼をして門の中に入れてしまった。お屋敷みたいな家だけれど誰の家なのだろうか。ここも事件に関係のある場所なのかな。車の中でぼんやりとその家を見つめていたら、トントンと窓を叩かれてハッと我に返った。さっきのガードマンらしき男性が叩いている。窓を開けると男性はにこやかに微笑んできた。
「おたくさん、ぼっちゃんの彼女さんかい?」
「はい?!」
予想外の言葉に思わず聞き返したつもりだったのにその人はそれを肯定の返事だと受け取ってしまったらしく、いきなり白い手袋越しにぶんぶんと手を握られた。
「これはこれは、お目にかかれて光栄ですよ。ぼっちゃんも隅に置けない。こんなに可愛い彼女さんを連れてくるとは」
「えっ、あっ、私はその……」
実は脅迫されていて身を守る為に匿ってもらっているただの居候なんです、なんてこの人に説明したってわかってもらえなさそうだ。紙山さんのこと知っていそうだから良い機会だ。普段から謎すぎる紙山さんの素性を聞いてみよう。
「あの、ここって紙山さんのご実家だったりしますか?」
「そうですよ。通称“紙山御殿”。ここいらの住人達は皆、困った時の駆け込み寺って呼んでます」
「駆け込み寺?」
「旦那様が探偵社を経営しとるんですわ」
「紙山さんのお父さんって探偵なんですか?」
「あれ、ぼっちゃんから聞いてませんでした?」
頷く私に鈴木さんはまるで自分の事のように得意げに胸を張る。
「紙山探偵社ですよ。"探偵は市民の心も守る"っていうのが社訓でしてね。依頼人の心に寄り添えるように心理カウンセラーの派遣もしていて人気がありますよ」
「へえ、そうなんですね」
そういえばその社訓と同じ事を前に紙山さんも言っていた。あの時は唇を一文字に引き結んで少し悲しげに見えたけれど。
紙山さんが運転席に戻って来た。手には茶色い紙袋のようなものを持っている。
「見張りさせて悪かったね、鈴木さん」
「ぼっちゃんの為ならお安い御用でございますよ。またちょくちょくいらして下さい。旦那様も私も寂しいですから」
「今度飲みにでも行きましょう。また連絡します」
「おお、それは嬉しいなぁ。ぼっちゃんにお誘いいただけるなんて光栄ですよ。お待ちしておりますよ、では!」
弾んだ声でそう言うと鈴木さんは満足そうな笑顔を浮かべて門の方へと戻って行った。そして先程の場所に立つとこちらに向かって元気よく敬礼をした。紙山さんはシートベルトを締めて車を発進させた。
「あの方は?」
「ガードマン」
「ご実家なんですね」
「ああ」
振り返って後ろを見たら鈴木さんが満面の笑顔で両手を掲げて左右に大きく振っていた。
「大きいお屋敷ですね」
「大きいだけだ」
そう言った紙山さんは黙ってハンドルを握っている。どこか硬いその横顔にそれ以上の事は聞いてはいけないような気がした。
事件が起きたのはその夜遅くの事だった。寝ている私の枕元でスマホが振動してベッドから床に落ちた。動いているスマホを急いで拾って着信を見ると美優ちゃんの名前が表示されていたので慌てて電話に出る。
「美優ちゃん!どこにいるの?」
「助けて、旧校舎に閉じ込められてるの」
電話に出ると怯えたような美優ちゃんの声が聞こえた。
「旧校舎?」
通話がぷつっと途切れ、何も聞こえなくなった。急いで部屋の明かりをつける。明解学園の旧校舎の情報が無いかスマホで探す。
「あった!」
今は使われていない校舎が現校舎からそんなに離れていない隣町にあった。このぐらいの距離なら自転車で行けそうだ。急いで部屋着から動きやすそうな長袖シャツとデニムに着替えた。部屋の鍵をかけてデニムのポケットに入れると一階に降りる。店内の明かりをつけ、レジ後ろの作業机の周りを見回したら自転車の鍵らしきものが壁の釘に引っかかっていた。ひっつかんで裏口から出て表通りへと走る。店の前に止まっていた自転車の鍵穴にそれを差し込むと開いた。
「よしっ」
サドルに跨って旧校舎へと全速力で漕いだ。美優ちゃんを助けたい。その一心で取った行動だった。けれど気がはやるあまりにすっかり忘れていた。手を引かなければ自分にも危険が及ぶかもしれないという事を。
「もしもーし、今、どこぉ?」
のんびりとした声が耳に届いて、自然と笑みがもれる。朝からの人探しや慣れない店番をやって神経が張り詰めていた分、大学時代からの親友の気の抜けたサイダーみたいな声はそれをたやすく緩ませて癒してくれた。
「外にいるよ。どうしたの?」
「暇ならお茶でもと思ってさ」
「お仕事は?今日、土曜日だけど」
彼女はこの春から旅行会社に新卒として入社し、旅行販売カウンターで働いている。週五勤務の週休二日制、土日祝は基本的に勤務があるので土日祝が休みの私とは休みを合わせないと会えなくなっているはずだ。
「今日は休みでさ。土日は忙しいから接客カウンターの仕事、新人に任せるのはまだ危なっかしいらしくて来週からの土日に入る感じなんだ。仕方ないよね、右も左もまだわかんない事だらけだもん」
「わかる!わかんない事ばっかりだよね」
「あー、いろいろ話したい。けど出かけているなら、また今度にするよ。じゃ」
「あっ、大丈夫だよ。お茶しよう!」
「いいの?やったぁ!じゃ、今から出るから新宿駅の西口改札辺りで落ち合おうよ」
「わかった。また後でね」
楽しいお誘いなら大歓迎だ。通話を切った時、ふと誰かに見られているような気がして思わず振り返った。誰も私を見ている様子はない。気のせいか。それでもなんだか気味が悪くてその場を足早に去った。その様子を宅急便の人を見送ってガラス扉を開きに外に出て来た紙山さんが見送っていたことには気がつかなかった。
なっちゃんと会うのは前月、大学の卒業式に一緒に出席して以来だ。久しぶりの事もあってカフェでお茶を楽しんだ後もまだまだ話し足りなかった。カフェを出て居酒屋が開くまで新宿駅のファッションビルのお店をぶらぶらと覗き、日が暮れてきた頃、新宿駅近くのホテルの一階にある大人な雰囲気のバーに入った。向かい合ってお酒とおつまみと夕食も兼ねてピザとパスタを頼んだ。あちこち歩いて喉が渇いていたから口にしたキンキンに冷えたジンライムがお腹の底まで落ちて染み渡る。気分がスカッとした。
なっちゃんはお酒に強い。どれだけ飲んでも顔色一つ変わらない。大学時代はいろんな飲み会に呼ばれていたし、コミュ力高い彼女の後ろに私も一緒に行こうと誘われて金魚の糞みたいにくっついて行った。目鼻立ちがお人形みたいにくっきりとして可愛く、素直で裏表がない明るく気さくな性格で異性問わず学内に友達の多い子だった。
「今日はどこにでかけてたの?」
なっちゃんがピザカッターで切り分けてくれたピザをもぐもぐと食べていた私は何気なく問われて返答に困った。探偵の真似事みたいなのをしていて、なんて言えそうもない。
「最近とじこもってばかりだったから散歩してた」
「散歩?へぇ、いいね」
なっちゃんはウイスキーベースのアルコール度数の高い琥珀色のカクテル、マンハッタンの入ったグラスをまるで巨峰みたいな濃紫のネイルを施した指先で持ち上げるとクイッと飲んだ。
「爪、カッコいいね」
「いいでしょ?昨日の夜、塗ったの。まあ週明けには落とさなきゃなんだけどね」
「えっ、もったいなーい」
「派手なネイルは社則で禁止だからさ。ほらうち手元見られる仕事だから」
そう言いながらグラスを傾けるその唇も熟れきったサクランボみたいに深紅で艶やかだった。
「なっちゃんとこは旅行代理店だから社内旅行とかもあるの?」
「バリバリあるよ。この前、行き先の社内アンケートとっていてさ、どうやら希望が多いところに行けるみたい」
「へぇ~良いなあ。どこか決まったらお土産プリーズ!」
「ふふ、なんか今日、綴のテンションおかしくない?」
「えっ、そうかな」
「なんかいつもより口数多い気がする。あ、さては。何か良い事あった?いい男見つけたとか」
「い、いつもと同じだよ?」
そう返して目の前の半分だけ減ったジンライムを飲んだ時、爽やかに弾ける酸味の中で一瞬だけ昼間に食べたオムライスのふわふわとした感触とデミグラスソースの味が蘇った。
気がついた時には午後十時を回っていた。そろそろ帰ろうとお店を出て新宿駅へと向かう。夜になってもまだ暖かかった。身体に回ったアルコールの心地良さと相まって気分もふわふわとしている。良い気分だ。
「まーた飲もうね」
「うーん連絡するね」
同じような口調で言い合って、新宿駅構内で別れた。彼女はこの後、大学時代にバイト先で知り合った年上の彼氏の家にお泊まりに行くらしい。背中を見送りながら手に握られているミニトランクには可愛いルームウェアでも詰まっているのかなと少し羨ましく思えた。寂しい時とか誰もいない部屋に一人で帰らずにすむような彼氏が欲しいとたまに思う。けれど、その対象になるような相手もいないから仕方がない。つい感傷的になりながら改札口へ歩き出そうとした時、後ろから走って来た男にどんっと押されて前のめりになった。
慌てて両手を伸ばし地面につけたが同時に両ひざを強打してしまった。膝はジンジンと痛んですぐには立ち上がれない。顔をしかめながらそれでも何とか立ち上がる。黒いパーカーらしき服を着た背中がみるみる遠ざかって行くのが見えた。幸いズボンを履いていたから少し汚れただけで済んだけれど、手をつかなかったら大変な事になっていたかもしれない。謝りもしないなんてと苛立ちながら膝小僧の汚れを払おうとした時だった。肩にかけていた鞄の中に何か白い紙きれの様なものが入っているのが目に入る。
四つに畳まれているそれをそっと開くとそこにはよく刑事ドラマとかで見た事のある新聞の見出し文字が貼られていた。それを読んだ途端、背筋がぞくっとして心臓がぎゅっと掴まれた。先程ぶつかってきた人物の去った方角を見つめる。人物の顔は見ていない。立ち上がろうと顔を上げた時は既にその人は離れていたからだ。
“何かあれば連絡しろ。くれぐれもド素人が一人で何かやろうとするなよ”
耳元で紙山さんの声が蘇る。鞄の中からもらった名刺を取り出す。人波を避けて道の脇に寄った。震える指先で名刺の裏に書かれている番号に電話をかけてみる。何回か虚しく繰り返されるコール音がもどかしい。八コール目。やっと出てくれた紙山さんに私は切羽詰まったように告げていた。
「どうしよう、怖いです」
もう片方の手で握り締めている紙切れには新聞の見出し文字で脅迫めいた文言が貼りつけられているのだ。
“手ヲ引ケ、引カねバ、殺ス”
見ているそばからどうしようもなく恐怖で足が震えて来る。二十三年間生きてきて初めて“脅迫状”を受け取ってしまった。
紙山さんは新宿駅構内にある小さなカフェまで迎えに来てくれた。新宿駅は幾つもの主要路線が交わる巨大なターミナル駅で、終日、人の行き交いが絶えない。カフェの中にいたのは、なるべく誰の目にもつきやすい場所で待っていろと紙山さんに指示されたからだ。
「少し歩く」
カフェを出て無言のまま紙山さんについて行った。さっきまでの心地良さはかき消え、カクテルの酔いもあっという間にどこかに吹き飛んでしまっていた。動揺しきって不安げな私を新宿駅近くのコインパーキングに停めた黒のミニバンの助手席に乗せると紙山さんは落ち着き払った声で告げた。
「実家暮らしか?」
「今は一人です」
「荷物をまとめてから実家に送ってやってもいいが、暫くは俺のそばにいた方が安全だと思う。紙山の三階を貸してやるからそこで暮らせ」
「は?」
「俺は二階で寝るから自由に使っていい」
「でも……」
「どこにいれば安全か、決めるのはお前だ」
紙山さんはそれ以上何も言わなかった。私の決心がつくまでじっとハンドルに手を置いたまま待っているようだった。
「三階に鍵はついていますか?」
紙山さんはコクリと頷いた。
「随分と歴史を感じるアパートだな」
紙山さんはそんな事を言いながらミニバンを私のアパートの近くに停めた。考えに考えて心を決めた私は紙山さんのところに暫く匿ってもらうことにした。例え実家に帰ったとしても安全だと言う保障はないし、正直、紙山さんの店の方が会社から徒歩五分と恐ろしく近い。脅迫状を出されたとしても会社に行かないわけにはいかない。通勤路の中で命を狙われる危険性が高いなら、目的地である会社により近い方が危険度は減る。そう考えた私は実家に帰ると言う選択肢を手放した。
「手伝うから必要なものを運べ」
「大丈夫です。ここで待っていて下さい」
部屋に上がられるのはたまったものではない。布団は敷きっぱなし、下着も干しっぱなしのはずだったから。部屋にあがりクローゼットにしまい込んでいたキャリーケースに着替えやら金目の物やら当面の生活に必要なものを詰め込んだ。最後に窓と玄関の戸締りを確認してから鍵を鞄に入れる。そして隙間なく詰め込んだキャリーケースを引きずりながら車に戻った。急いで支度してきたので疲れたなと助手席のシートに背中を預けて目を閉じていたら急激に眠気が襲ってきて目を擦った。車のトランクにキャリーケースを積んでくれた紙山さんが運転席に乗り込んできたので慌てて居ずまいを正す。
「眠いなら寝たっていい。俺に気を遣っても意味はない」
紙山さんは淡々とそう言うと後部座席から淡いピンク色のブランケットを取って貸してくれた。
「ありがとうございます」
紙山さんが使っていたマグカップと似た色だと思う。きっとこれも奈々子さんので、ピンクは彼女が好きな色なんだ。お礼を言いながらそっと膝にかけた。一日いろんな事があって疲れ果てていた。起きていようと思いながらも車の揺れに身を任せていたらぐっすりと眠ってしまった。
目が覚めた時には紙山文具店の裏にある駐車場に着いていた。紙山さんはキャリーケースを三階まで持ち上げてくれて部屋の鍵を渡してくれた。
「右に回してから左で開く。エアコンのリモコンはテレビ棚の横の白いやつだ。自由に使っていい。風呂場はあそこだ。狭いが追い炊きは出来る。タオルは持って来たか?」
「何枚か持って来ました」
紙山さんは部屋に置かれていたダークブラウンの箪笥の引き出しから新しいシーツを出すと敷かれていたシーツをベリッと剥がして敷いてくれた。そしてお風呂と洗面所の使い方を一通り説明すると「何かあれば言え」と扉を閉めて出て行った。それは矢のように早い説明だったけれど、ぐるりと見回す限り当面の生活には困らなそうだった。
ドアに内鍵をかけると鞄に入れた脅迫状をそっとつまみ出した。見間違いであってくれたら。そう願いながら折りたたんだそれを開く。けれどそこには同じ文言が書かれてある訳で。深々とため息をつき、スマホを取り出して文言を画像に収めた。再び折りたたんで持って来たビニール袋の中に保管した。キャリーケースの内ポケットに入れて鍵をかけ、シャワーを浴びる為にバスルームに向かった。あんなものを持ち歩いてうっかり会社の中で落としたりしたら大騒ぎになる。失くさないように、そして不安になるから見なくても済むように保管したのだ。
翌朝目が覚めた時、自分がどこにいるのか一瞬わからなくなった。ああ、紙山文具店にいる。ここに暫くお世話になるのだ。ベッドから降りて紺色のカーテンを引く。窓を開けてみると涼しい外気が吹き込んできた。眩しい日差しの中にいつもとは違う景色の街が見えた。今日は日曜日で会社は休み、出勤は明日からだ。ベッドサイドの長方形をした淡いピンク色の置き時計は八時を指していた。
「ピンク」
思わず独り言が漏れた。これも奈々子さんの使っていたものなのだろうか。よくここに寝泊まりしていたのかもしれないな。会社も近いし、ここから通う方が都合が良いよねと思いながら顔を洗おうとタオルを持って立ち上がると、コンコンとノックの音が聞こえた。慌てて鏡の前に行き寝癖を整えてからドアを開けた。身支度を整えたのか、出逢った時と同じ格好でエプロンだけつけていない紙山さんが黙ってすたすたと入って来た。
「ちょっと!勝手に入らないで下さい」
「朝飯を作る」
「あっ、そっか。すみません」
ここにキッチンがあるのだから当然そうなるだろう。ガスコンロの横の冷蔵庫をぱたっと開ける紙山さんに恐る恐る聞いた。
「紙山さんはいつも何時に起きますか?もしよかったら朝はこれから私が作ります。私が寝ていたら自由にキッチン使えないと思うし」
紙山さんは冷蔵庫の中から卵を二個と牛乳とバターを取り出した。
「店の開店は大体九時から、閉店は夜六時前後。店の定休日は水曜日。起床は七時だ」
「あ、うちも始業は九時からで定時は五時半です。起きるのは合わせますので七時より早めに起きて朝御飯作りますね」
ニコッと笑ってそう提案してみたら紙山さんはじろりと私を見た。
「メシを作るのは趣味だ。それ以外の事をしてくれ」
「えっ、あ、じゃあそれ以外の掃除とか洗濯、何でもやります」
紙山さんは部屋の片隅にある洗濯機に目を向けた。
「あれは自由に使っていい。自分の分は適当に洗うから部屋の掃除だけ頼む」
紙山さんはそれだけ言うと、キッチンの下の棚から小麦粉を取り中身をボールに入れ始めた。
「パンケーキ食えるか?」
「大好きです!」
お腹が空いていたので食い気味に答えてしまったら、またじろりと横目で睨まれた。
「やけに楽しそうだが、お前は命を狙われている事を忘れるな。店から外に出かける時は正面ではなく一階の裏口から出ろ。出て右側に進んで初めの路地をまた右に曲がれば店の正面に出られる」
「……はい」
いきなり冷水をぶっかけられたみたいな現実に身が竦む。さっき脅迫状を入れたキャリーケースを見やり、唇を一文字に引き締めた。私の様子を紙山さんはじっと見ていたけれど何も言わずパンケーキの材料をぐるりと混ぜ始めた。
「後で洗濯機の使い方、教えて下さい」
「ああ」
そこで改めて部屋を見回して寝乱れたシーツに気がつく。慌てて直してバスルームに入ってルームウェアを脱いだ。持って来た白いタンクトップと黄色のブラウスと淡いブルーのデニムに着替えて無造作だった髪もドライヤーをあてて櫛で梳かし一つにまとめた。
部屋に戻ると紙山さんはパンケーキを焼いてフォークで突きながら食べていた。戻って来た私を見ると「何枚焼く?」と立ち上がる。
「自分で焼きますから座っていて下さい」
「……そうか」
紙山さんは座り直すと再びフォークを動かした。そして何やらカタログのようなものを熱心に見ている。私もフライパンでパンケーキを焼いて紙山さんの向かいに座った。紙山さんが見ているものにそっと視線をやると、それは文房具のカタログのようだった。商品の仕入れを検討しているのかもしれない。
「いただきます」
邪魔してはいけないと小声で言ってから手を合わせた。パンケーキにナイフとフォークを入れたら何気なく顔を上げた紙山さんが「え」と声を洩らした。
「何ですか?」
「ずいぶん派手に焦がしたな」
真っ黒げのその表面を上手く剥がそうと苦慮しながらフォークを動かしていた私に紙山さんの視線がからかうように向けられる。
「お前、もしかして料理、」
「下手ではありません。慣れてないからです。家のフライパンじゃないですしね」
語気強めに言い訳をした私をおかしそうに見つめる紙山さん。いいんだ、どうせ私は料理が上手くない。作ってあげたい彼氏ができたらその時こそはちゃんとやるつもりだしね。そう思いながらもじっと見られていると恥ずかしいので皿を片腕で隠しながらこそこそと焦げを剥がす。紙山さんはその間もちらちらっとこっちを見てずっと目が笑っていた。この人、絶対、S気質あるよ。見られるたびにグッと睨んだら彼は目を細めてふっと乾いた笑いを一つ零した。
紙山さんがカタログを静かに読んでいるそばでやっと焦げを取り終えたツギハギだらけのパッチワークと化したパンケーキを優雅に口に運んだ。うん、美味しい。
―そういえば。ずっと気になっていた事があったんだ。
「あの」
紙山さんはカタログに視線を落としながらこっちも見ずに「何だ」と答えた。
「このお店って、いつからあるんですか?」
紙山さんはページをめくりながら祖父の代から始めて俺で二代目だと教えてくれた。
「お父様は?」
「親父は店を継ぐのを嫌がったからな。じいさんが五年前に亡くなって俺が継いだ」
紙山さんは軽量ボールペンなら軽く載せられちゃいそうなふさふさしてクルリと上向いた睫毛を伏せたままそう言う。どことなく寂しげな表情にそれ以上は聞いてはいけないような気がして黙った。
「メシが終わったら洗濯するから、やり方、教える」
「あっ、はい」
朝食の後、食器の片付けを紙山さんがやってくれている間、洗濯ものをまとめた。
「洗剤はここだ」
洗剤の置き場と洗濯機の使い方を一通り教わって、箪笥の隣に置かれた掃除機の使い方も教えてもらった。料理ではまだお役に立てそうもないから他の事で役に立たねばとその聞き取って欲しいのかどうかわからないほどの早口を真剣に聞き取る。
洗濯が終わり、干すのは屋上だった。三階のドアを出て外階段を少し上がったところに屋上があった。今日も気持ちよく爽やかに晴れている。屋上の真ん中にポツンと突っ立っている物干し竿に洗濯物を皺を伸ばしてからピンチやハンガーで干していった。上を見上げると雲一つない青空が果てなく広がっていた。道から見上げると建物に遮られて狭くみえる東京の空も少し高いビルに登れば広々として見えるものだ。
せっかくの休みだ、この後、散歩でも行きたいなぁと思ってハッとした。匿われているのだ。のんきに出かけて行く訳にはいかない。どうしたものかとため息を吐きながらタオルを広げて皺を伸ばしていたら、隣に紙山さんが立つなり小さなビニール袋に入れた下着を干し始めた。タンクトップに靴下にパンツ。思わずじっと見てしまい、我にかえって目を逸らす。
「干し終わったならもうゆっくりしていい。でかける時は言ってくれ。着いて行く」
「えっ来るの?」
「何だ」
「か、紙山さんはお店がありますよね?」
「だから?」
「いや、えっと、私に付き合っているようなお暇はないのではないかと」
「まぁ、空気を読むと言うことを知っていればそんな行動は慎むと思うがな」
「それはつまり出かけるな、という事でしょうか……?」
「どこにいれば安全か、決めるのはお前だ」
なんだか前にも聞いた台詞だ。
「……わかっています。どこにも出かけませんよ」
仕方がないと大きくため息をついたら鼻で笑われた。
「恨むなら脅迫状を出した人間を恨め」
紙山さんは靴下を干し終えると、さっさと屋上階段を降りて行ってしまった。
「むー!」
ぐうの音もでない。紙山さんと一緒じゃないとどこにも出かけられないなんて。わかってはいるけれど、なんだかストレスが溜まる……。あの脅迫状を出した奴、絶対ゆるさないんだから!
いらいらしながら洗濯ものを干してから仕方なく部屋に戻る。そして自宅から持って来たファッション誌を読んだりスマホをいじったりした。そのうち飽きてきていつの間にかベッドの上でうとうとと寝てしまった。
黒いパーカーを目深に被った顔の見えない何者かが追いかけてくる。薄暗い地下通路のような場所を闇雲に走って逃げる。息が荒くなり苦しい。それでも走らねば追いつかれてしまう。逃げて逃げて足がもつれて転んでしまった。振り向いた頭上でその人物にきらりと光るナイフを振り下ろされた。
「うわぁ!」
そこで目が覚めた。ベッドから転げ落ちた私をキッチン前のテーブルで黙々とナポリタンを食べていた紙山さんが不思議な生き物でも見たかのように眺めていた。
「やっと起きたか」
昼食を作る為とはいえ、無防備で寝ている部屋にいられると恥ずかしい。
「おっ、起こしてくれたっていいじゃないですか」
「ノックしても反応がなかったし、鍵が開いていた。不用心極まりないな」
「……すみません」
「お前は自覚がないのか?自覚のない人間を守りきれるか、正直自信がなくなってきた」
「次は鍵をかけるように気をつけます」
申し訳なさそうに謝ると紙山さんは立ち上がり、ナポリタンとわかめと卵のスープをお鍋からカップによそってテーブルに並べてくれた。手を洗ってから「いただきます」と手を合わせる。どちらもすごく美味しい。やっぱり紙山さんの料理は美味しいなぁと感激していたら、ジーッとドアの呼び鈴のような音が聞こえてきた。
「来客だ」
休憩中にしているのになんだとぶつぶつ独り言を言いながら出て行った紙山さんは暫くしても戻って来なかった。
食べ終えてお皿を洗って片付けてから一階に降りた。すると紙山さんと夫婦の真似事をした時の刑事が二人立っていて紙山さんと何やら話し込んでいる。彼等は私を見ると会釈をし、ノリさんと呼ばれていた年配の方の刑事が話しかけてきた。
「先日は大変無礼な事をいたしまして本日は謝罪に参りました」
紙山さんを見ると話を合わせろと目が言っている。
「それはそれは。もう全然気にしていませんので」
「実はですね、奥さん。篠原美優がいなくなりましてね」
「えっ、美優ちゃんが?」
「奥様、ご存知ですか?」
「あっ、はい。か、彼女はこのお店の常連さん―だったので」
早苗ちゃんと二人でたまに来ていたと言っていたからこれは嘘ではない。
「昨夜十時半頃、近くのコンビニに買い物に出かけて、まだ帰っておらんのです。親御さんから捜索願いが出されましてね。ご主人は昨夜、奥さんを迎えに出かけていたと聞きましたが?」
「あっ、はい!私は友人と午後一時過ぎぐらいから会って夜十時頃まで飲んでいましたが、その後は主人に迎えに来てもらって一緒に家に帰って来ました」
「ご主人は車で?」
「はい。新宿駅まで迎えに来てもらって」
「それは何時頃?」
「えっと、確か十時半頃でした」
駅構内のカフェで紙山さんが来るのを今か今かと待っていたから来た時の時間は覚えていた。記憶を辿ってそう答えたら、ノリさんは若い方の刑事を見て言った。
「篠原美優がコンビニの防犯カメラに映っていた時刻が確か十時半だったな?」
「はい」
「同じ時刻にお二人は新宿駅にいた。それは間違いないですね?」
はいと答えたら、ノリさんはわかりましたと頷いた。
「また何かありましたら、名刺のところにご一報下さい」
一礼して店を出て行った刑事達を見送って紙山さんを見上げる。
「刑事さん達、紙山さんに謝罪するとか言っていましたけど、まだしっかり疑っていましたね」
「刑事は疑う事が商売だからな」
「探偵も同じですね」
「いや、少し違う」
「違う?」
「刑事は市民の安全を守るのが仕事、探偵は市民の心も守る」
きょとんとした私に紙山さんは唇を一文字に引き結ぶと何も言わずに何かを考えるように顎に手を充てた。そして暫くしてから私をじっと見つめた。
「出かける。お前はどうする?」
「えっ、どこに?」
お店をやるのかと思っていたので聞き返すと、紙山さんは淡々とした口調で言った。
「新城早苗が消えて彼女の行方を探していた篠原美優も消えた。同じように探しているお前には脅迫状が来ている。同じ人物が彼女達の消息に関与しているとしたら、次に狙われるのは誰だと思う?」
紙山さんの言葉が胸に突き刺さり恐怖が押し寄せる。
「私、ですか?」
「可能性は高い」
思わずごくりと生唾を飲んだ。
紙山さんが出かけて行った先は明解学園の校舎がある敷地とは道路を挟んで向かい側にある大きなグラウンドだった。そこは校舎とは違って誰でも入れるように開放されており、立ち止まって陸上競技の練習風景を見ている人もいた。グラウンドの左側にあるテニスコートではテニスをしている。その中の一人の少女を紙山さんはさっきからじっと見つめている。
「何かあるんですかあの子?」
「園山沙耶。特進クラスの三年だ。新城早苗が所属していたテニス部の主将だ。今は辞めてしまっているから所属していた、という事になるが」
「早苗ちゃん、今はもうテニスを辞めているんですか?」
いつの間にそこまで調べていたのだろうか。紙山さんを見るとちょうど練習が終わったのか、ベンチに戻って一息ついている主将の少女の元へと歩き出している。慌ててその後を追った。
「こんにちは」
爽やかな声で話しかけられてテニスラケットをケースにしまおうとしていた少女は丸い目をこちらに向けた。日焼けした顔にはそばかすが散らばり、ベリーショートの髪がボーイッシュな印象だ。
「園山さんだね。私はこういうものです」
慣れた口調でそう言って、紙山さんは名刺を彼女に渡す。探偵の時の紙山さんってなんだか誰かに操られているように別人めいている。感じがいいのだ。見ていて妙におかしくなるのはここだけの話だけれど。
「紙山文具って、あのお店の?」
ここの学生に人気って言っていたのは本当だったんだなとその言葉に納得する。
「……警察の人にも話したけど、早苗の事については私、最近あまり関わってなかったから聞かれても言える事がないです」
どこか突き放したような物言いが気になる。
「私達、早苗ちゃんのお友達に頼まれて彼女の事を探しているの。特進クラスにいた時は早苗ちゃんとあなたは交流があったのかな?」
問いかけた私に沙耶ちゃんは迷惑そうな顔をしてテニスラケットをケースにそそくさと閉まって立ち上がると傍らに置いていたスポーツバッグを肩にかける。
「クラスは一緒でしたけど、この春で早苗は部活も辞めちゃったし、本当に最近の事はわからないんです。失礼します」
そう言って私達にぺこりとお辞儀をすると彼女はその場を立ち去る。
「君だけが頼りなんだ」
遠ざかって行くその背中に紙山さんのいつになく凛とした言葉が飛んだ。
「心あたりがあれば何でもいい。教えてもらえないかな?」
今度は優しく問いかけるような言葉だった。彼女の心に届いて欲しいと願いながら、遠ざかる背中を見つめる。彼女はそれでも歩みを止めずに歩いていた。けれど、やがてゆっくりと立ち止まった。
「……あんなにテニスが好きで、優勝しちゃうぐらいに実力があったのに辞めちゃうなんて悲しすぎる」
沙耶ちゃんはゆっくりと振り返った。
「今はもう止んでしまったけれど、早苗、嫌がらせされていたんです。たぶん早苗がテニス上手い事を妬んだ誰かの仕業だと思う。ロッカーの鍵が何度か壊されてゴミ箱のゴミが入っていたり、着替えがなくなっていたりとか訳のわからない嫌がらせがあって」
「嫌がらせ?」
「はい。顧問の先生にも相談したけれど収まらなくて」
「嫌がらせは彼女だけが受けていたの?」
紙山さんが口を挟むと彼女は頷いた。
「紙山さん、そういえば美優ちゃんが言っていました。早苗ちゃん頭が良いのにこの春から偏差値の高い子がいる特進からクラスを移ったから不思議に思っているって。その嫌がらせが原因なのかも」
紙山さんは考え込むように私を見つめてから沙耶ちゃんの方を向いた。
「そのロッカールームは見られるか?」
「部外者は立ち入り禁止だけど、外側からなら見られます。ほら、あそこの一階にあります」
沙耶ちゃんが指示した方角を見ると、グラウンドの片隅にクラブハウスのような建物が見えた。
「ロッカールームは部に関係なく男女別に一階にあって、ロッカーの鍵は個人所有です。部室は二階でロッカールームも部室も鍵は一つ、管理室からもらって開けて最後に出た人が鍵をかける決まりで、戸締まりしたらまた管理室に届けてから帰ります」
「管理室は校舎の方にあるの?」
「はい。中等部の一階の正面玄関を入ってすぐのところにあります。休日でも守衛さんに言えばロッカールームも部室の鍵も貸してもらえます」
そんなやり取りを沙耶ちゃんとしながら私達はクラブハウスの前に立っていた。他の部活を終えた部員達が出入りしていて、部外者がウロウロしていたら目立ちそうだ。
「今の話だとロッカールームはかなり広そうだ。ロッカーに個人名はあるのか?」
紙山さんが尋ねると沙耶ちゃんは首を横に振った。
「いいえ。扉にはアルファベットと番号が書かれていて使用者名は書いてないです。もらった鍵を持ち歩いて入部から退部までずっと同じロッカーを使う感じです」
紙山さんは顎に手を充てて考えこんでいる。
「嫌がらせをしていた人物は予め新城早苗がそのロッカーを使っていると知っていた人物に限定されるな」
「彼女のロッカーの番号を知っていて、それでいて彼女に悪意を持っていた人物ですね」
「悪意というか、妬んでいたんじゃないかって思います」
沙耶ちゃんが口を挟んだ。
「早苗はテニスがずば抜けて上手くて。後輩からは尊敬のまなざしで見られていたけど、同じ三年の部員の一部の子は陰口を言う子もいて」
「そうだったんだ」
そこで黙ってしまった彼女の表情が曇ったのを見て、沙耶ちゃんもまたテニスの才能を持つ彼女にそんな感情を少しはもっていたのかもしれないなと感じた。
「私、自分の事でいっぱいになっちゃって、早苗の事もっと心配してあげればよかった。今年からキャプテンに選ばれてバタバタしていて結局何も相談に乗ってあげられなかったから」
そう言いながら沙耶ちゃんは泣き出してしまった。そっと近寄ってハンカチを差し出し、近くにあったベンチに座ってもらい落ち着くまで待った。
「早苗、去年の夏休み前までは真面目に部活に出ていたんです。でもロッカーの嫌がらせが始まってそれから体調不良を理由に休みがちになって、部活辞めようかなと漏らしたこともあったりして。それでこの春に早苗が辞めてしまって、皆、やっぱりという感じでした。彼女がテニス部を辞めてから嫌がらせはなくなりました。でも皆、内心ぎくしゃくしています。早苗がいなくなった今でも誰がやったんだろうって皆お互いにもやもやしていて」
主将としてチームをまとめている彼女の苦悩が言葉の端々に感じられて頷きながら聞いていた。
「最初に嫌がらせがあった時期はいつ頃?」
「去年の九月終わりぐらいです。夏休み中に全国大会があって、早苗が優勝した後に初めて行われた部活の日だったからよく覚えています。その日は前から長雨続きで久しぶりに晴れたからって自主練で皆で遅くまで残っていたんです。顧問の先生は急用ができて先にあがってしまったので私達も帰ろうとなってロッカールームに行ったら、早苗のロッカーの鍵が壊されていて、中を開けた瞬間、テニスボールが雪崩落ちてきました」
誰の悪戯だと皆が騒いでいる中、早苗ちゃんは一人青ざめながらボールを見つめていたらしい。
「心当たりある?って早苗に聞いたけど、わからないって」
沙耶ちゃんは気分が落ち着いたのか、涙を拭ったハンカチを私に返して礼を言うと用事があるので帰りますと校舎の方に帰って行った。
「嫌がらせをしていた人物が怪しいですね」
紙山さんの方を振り向いたら、ベンチのそばに立っていたはずなのに姿が見えない。慌てて辺りを探すとクラブハウスの脇からのそりと紙山さんが現れた。
「何していたのですか?」
「窓から入れるかと思ったが、内側からしか開かない仕様だ」
クラブハウスの上の方を見上げると確かに内側の方から外側へ開いている長方形の細長い窓がいくつか並んではいた。けれど人が通れるような大きさではない。
「じゃあ犯人はクラブハウスに内側から入って彼女のロッカーに行って鍵を壊してテニスボールを詰め込んだ」
そう考え込んだ私を置いて、紙山さんはさっさと歩き出してしまっている。
「ちょっと置いて行かないで下さいっ」
一人になるのは怖い。どこで脅迫状の犯人が見ているかわからない。紙山さんは追いついた私を見て微笑んだ。
「やっと自覚が出てきたようだな」
「次はどこに行くんですか?」
グラウンドの横の駐車場に停めていたミニバンに乗り込むと、紙山さんは眠たそうに大あくびをした。
「家」
「そうですね、もう帰りましょう。暗くなる前に」
昼間だってどこかからスナイパーが自分を狙っているのではないかと思ってしまっている。その上に暗闇がやって来たら脅迫されている身としてはさらに不安要素が増す。さっさと安全な家に帰るのが得策だよねとシートベルトを締めたら紙山さんは車を速やかに発進させてくれた。流れていく車窓をぼんやりと眺めていたら違和感を覚えた。
「ちょっと、これ、店と反対方向ですけど?」
「誰が帰ると言った?」
「え?」
車は暫く見知らぬ住宅街を走り、やがて大きくて立派な家の立ち並ぶ一角にやって来た。
紙山さんは大きな門構えのある家の前に車を停める。外から背の高い立派な松の木が一本立っているのが見えた。
すぐ戻ると言い紙山さんは門前にいるガードマンらしき紺色の帽子と制服を着た男性に話しかけに行く。その男性は紙山さんに敬礼をして門の中に入れてしまった。お屋敷みたいな家だけれど誰の家なのだろうか。ここも事件に関係のある場所なのかな。車の中でぼんやりとその家を見つめていたら、トントンと窓を叩かれてハッと我に返った。さっきのガードマンらしき男性が叩いている。窓を開けると男性はにこやかに微笑んできた。
「おたくさん、ぼっちゃんの彼女さんかい?」
「はい?!」
予想外の言葉に思わず聞き返したつもりだったのにその人はそれを肯定の返事だと受け取ってしまったらしく、いきなり白い手袋越しにぶんぶんと手を握られた。
「これはこれは、お目にかかれて光栄ですよ。ぼっちゃんも隅に置けない。こんなに可愛い彼女さんを連れてくるとは」
「えっ、あっ、私はその……」
実は脅迫されていて身を守る為に匿ってもらっているただの居候なんです、なんてこの人に説明したってわかってもらえなさそうだ。紙山さんのこと知っていそうだから良い機会だ。普段から謎すぎる紙山さんの素性を聞いてみよう。
「あの、ここって紙山さんのご実家だったりしますか?」
「そうですよ。通称“紙山御殿”。ここいらの住人達は皆、困った時の駆け込み寺って呼んでます」
「駆け込み寺?」
「旦那様が探偵社を経営しとるんですわ」
「紙山さんのお父さんって探偵なんですか?」
「あれ、ぼっちゃんから聞いてませんでした?」
頷く私に鈴木さんはまるで自分の事のように得意げに胸を張る。
「紙山探偵社ですよ。"探偵は市民の心も守る"っていうのが社訓でしてね。依頼人の心に寄り添えるように心理カウンセラーの派遣もしていて人気がありますよ」
「へえ、そうなんですね」
そういえばその社訓と同じ事を前に紙山さんも言っていた。あの時は唇を一文字に引き結んで少し悲しげに見えたけれど。
紙山さんが運転席に戻って来た。手には茶色い紙袋のようなものを持っている。
「見張りさせて悪かったね、鈴木さん」
「ぼっちゃんの為ならお安い御用でございますよ。またちょくちょくいらして下さい。旦那様も私も寂しいですから」
「今度飲みにでも行きましょう。また連絡します」
「おお、それは嬉しいなぁ。ぼっちゃんにお誘いいただけるなんて光栄ですよ。お待ちしておりますよ、では!」
弾んだ声でそう言うと鈴木さんは満足そうな笑顔を浮かべて門の方へと戻って行った。そして先程の場所に立つとこちらに向かって元気よく敬礼をした。紙山さんはシートベルトを締めて車を発進させた。
「あの方は?」
「ガードマン」
「ご実家なんですね」
「ああ」
振り返って後ろを見たら鈴木さんが満面の笑顔で両手を掲げて左右に大きく振っていた。
「大きいお屋敷ですね」
「大きいだけだ」
そう言った紙山さんは黙ってハンドルを握っている。どこか硬いその横顔にそれ以上の事は聞いてはいけないような気がした。
事件が起きたのはその夜遅くの事だった。寝ている私の枕元でスマホが振動してベッドから床に落ちた。動いているスマホを急いで拾って着信を見ると美優ちゃんの名前が表示されていたので慌てて電話に出る。
「美優ちゃん!どこにいるの?」
「助けて、旧校舎に閉じ込められてるの」
電話に出ると怯えたような美優ちゃんの声が聞こえた。
「旧校舎?」
通話がぷつっと途切れ、何も聞こえなくなった。急いで部屋の明かりをつける。明解学園の旧校舎の情報が無いかスマホで探す。
「あった!」
今は使われていない校舎が現校舎からそんなに離れていない隣町にあった。このぐらいの距離なら自転車で行けそうだ。急いで部屋着から動きやすそうな長袖シャツとデニムに着替えた。部屋の鍵をかけてデニムのポケットに入れると一階に降りる。店内の明かりをつけ、レジ後ろの作業机の周りを見回したら自転車の鍵らしきものが壁の釘に引っかかっていた。ひっつかんで裏口から出て表通りへと走る。店の前に止まっていた自転車の鍵穴にそれを差し込むと開いた。
「よしっ」
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