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3・人殺し
しおりを挟む次の週末、今度は映画に行くらしい。ということは聞いたが、詳しいプランは聞いていない。
よくよく考えたら、最初のデートは映画とか聞くもんな。この前いきなり遊園地行ったのがびっくりだよ。
映画だったらスカートでも大丈夫だろう、ということで白系のワンピースを着ていくことにした。
電車で待ち合わせ場所まで向かう。
「今日は白いな」
石川さんは、待ち合わせ場所に既に到着していた。結構早めに来ているんだろうか?
「あのその色で服を判断するのどうなんでしょうか」
私が到着するや否やそう言ってくるのはどうだろうか。この人実はあんまりモテないのでは……。顔はいいけど。
「ダメか」
ちょっとしゅんとするのやめて欲しいんですけど。なんか悪いことしてる気分になるじゃん。
「いやダメとかではないんですけど……」
言い淀んでいると、時計を気にし始めた。
「まぁいいや、行こう」
「はい」
私が返事をすると、ナチュラルに手を繋いできた。
え、え。ちょっと志保ちゃん困惑しちゃってるんですけど。ビジネスライクなお付き合いだろ我々は。
デートに誘ってきたのはまぁ向こうだけど、どういうことなの。
「あの、えっと」
「どうしたの」
私が何か言おうと口を開いたが、有無を言わさず手を強く握ってくる。
「いえ、なんでも」
仕方なくそのまま映画館へ向かった。
映画はよくあるファンタジー映画だった。別に怖いシーンとかもない。
こういうのが好きなのか? それとも一応デートだから考えて選んだとか? そういうタイプに見えなくはないけれど。
映画の最中はポップコーンを食べることに集中していたおかげで、余計なことを考えずにすんだ。
「昼なにがいい?」
映画が終わると、もうお昼には遅いくらいの時間になっていた。
先ほどまでポップコーンを食べていたことなどすっかり忘れ、私は思いをはせた。
「ラーメン食べたいです」
「え、ラーメン?」
びっくりした様子で聞き返してくる。
「もしかして嫌いですか?」
ラーメン嫌いの民か……。私とは分かり合えない。
「食べ物の好き嫌いはそんなにないほうだと思う」
あ、そうなの。偏見だけど好き嫌いすごく多そうだと思ってた。
「じゃあいいじゃないですか」
「いいけど」
ラーメンに村でも焼かれたのかってレベルの渋りようだな。どうしたっていうんだ。
石川さんはのろのろと、スマホで店を調べ始めた。そこは調べてくれるのね。
「あ、味噌ラーメンがいいです」
「了解」
ちゃっかり注文をつけると、面倒くさそうな返事がきた。
なんとか調べたラーメン屋に行くと、お昼には時間が遅いということもあるのかそこそこすいていた。
ラーメンを注文すると、結構すぐに提供される。さすがラーメン屋。
「そういえば食べる趣味ってあるんですか?」
ラーメンの一口目は格別だ。それを堪能しながら、疑問に思ったことを雑談がてら投げかける。
「ごほっ、おま、ぐっ、それ……」
石川さんは盛大にむせている。待って、そんな変なこと言った私? ちなみにラーメンはおいしい。
「大丈夫ですか?」
ちょっと心配になる。たしかに人がそんなにいないからと言って、デリケートな話題に触れてしまったことは申し訳なく思う。
「あのさ」
水を飲んで、落ち着きを取り戻した彼が、言葉を放った。
「お前食べたいとか思う?」
まさかの疑問形。そういうこと聞くか……。やばいわこいつ。
「いや私はないですけど」
私がそう答えると、間髪入れずに返事をした。
「俺だってないよ」
あぁそうですか。まるで自分はまともですみたいなタイプね、はいはい。
ラーメンを食べ終わると、石川さんはまたスマホをいじり始めた。
私も、SNSを確認することにする。
「カラオケとか行く?」
いきなりそんなことを提案される。
「え、いいですけど……」
てっきりボーリングとかダーツになるかと思っていたけれど、これは意外な展開だ。
大学生ってダーツするもんじゃないの? これは私の偏見だけど。
てか石川さんが歌うところ想像できないんだけど、やっべ楽しみになってきた。
「じゃあ行こうか」
そう言いながら立ち上がる。私も鞄から財布を取り出す。
「えっと、おいくらですかね」
お会計をしないと。
「あ、いいよ。ここは」
そう言ってレジへ行ってしまう。え、本当に払うの? ラッキー、なのかなこれ。
「え、でも……」
こ、これが、スマートっていうのか? おお、これが大学生。
そんなこんなでカラオケ店に向かう。私は流行りのJ‐POPを歌った。普段友達としかこういうところに来ないから、ちょっと新鮮だ。
「あの、どうぞ」
歌を入れる機械を渡す。なにを歌うのか、ちょっと楽しみだ。
「どうも」
そう言って機械を受け取って、曲を入れる。
え、なにこの曲。鹿児島……?
「これ、どこかの校歌ですよね」
タイトルから察するに、鹿児島の小学校の校歌らしい。
「俺の十八番」
「ふふっ」
なにこれめっちゃ面白い。石川さんは真顔のまま、なにも言わない。
私がしばらく笑っていると、頭に優しい感触がきた。え、頭撫でてる? なにゆえに。
「なんですかさっきから」
ちょっと怪しい。なんだこの人。ちょっと睨みつけるが、彼の表情は変わらない。
「こういうことしたいのかなって」
「あの気を遣っていただなくて、大丈夫ですので」
苦笑いを浮かべて、会釈をする。それでも彼は無表情のままだ。あれかな、カラオケ苦手なのかな。
「気を遣うの得意なんだよな」
「そうですか」
そういうこと自分で言うのか、ちょっと面白いな。
カラオケを出るとぽつぽつと雨が降ってきた。まだ夕方だが、秋も深まる時期なので陽が落ちるのは早い。
「今日車じゃないんですか?」
いつも車移動のイメージあるし、あわよくば近くまで送ってもらおうと思っての発言だった。
「今日は電車できた」
ッチ、使えないやつ。どっかで傘買うか。
晴れの予報だったので、油断して折り畳み傘も置いてきてしまった。石川さんも同じだったようで、コンビニを探して歩き始めた。
歩いているうちに、雨もだいぶ強くなってきた。それに、歩いている道も、なんというか、その。
「ここ入るか?」
待ってここラブホじゃん、ラブホじゃん。
「え、あ、はい」
なんか勢いで「はい」とか言っちゃったけど、どうすんだよ私!
冷静を装って、中に入る。結構キラキラしてる建物なんだな。
なんか受付はあっさりしていて、部屋へ行く。なんか案外普通なんだな。
部屋はまぁよくドラマとかで見るキラキラした部屋だった。あ、電気とか色んな色あるのかな? あ、でっかいテレビある! しばらく部屋を物色することにする。始めてきた場所なので、ちょっと楽しい。
「あれ」
気がつくと、石川さんがいなくなっていた。どこに消えた。突然いなくなるの普通に怖いんですけど。
「ひぇ、何奴!!」
物音がして振り返ると、入ってきたドア付近の扉が開いた。タオルで頭を拭きながら、石川さんが出てきた。
「ごめん、なんかぼんやりしてたから。次どうぞ」
お、おうおう。そういえばここラブホだったな。シャワーくらいあるよな。
そういえば雨で濡れて寒い。髪もだいぶ重たく感じる。
「アッハイ」
そう返事をして扉を開ける。おお、思ったより広いし綺麗じゃないか!
お湯のおかげで身体が温まる。ここは天国か。
シャワーを出ると、あのでっかいテレビにニュース番組が流れていた。
「雨、たぶんすぐあがると思う」
そうか、ちょうど天気予報をやってたんだ。天気予報が終わると、今度は別の県で起きた殺人事件についてのニュースが始まった。
「あ、あの、石川さんって死体のほうが好みとかそういうことは……」
ちょっと気になって聞いてみる。殺人鬼の考えることは、私にわかるはずがない。
私の言葉に、石川さんは呆れたようにため息をついた。ついでに民法にチャンネルを変える。ドラマの再放送だ。
「お前俺のことなんだと思ってるの? 逆に聞くけどお前は死体のほうが好みなのか?」
「いや私は違いますけど」
私が答えると、すぐに返事をする。
「俺もだよ」
あれ、このやり取りさっきラーメン屋でやったな。
あっそうだ、もう一つ聞きたいことあったんだ。
「ところでヤマトって人知ってますか?」
「なに突然? 配達員か?」
笑いながらテレビから目を離さない。
「配達員やってる中学のときの先輩なんですけど」
私が答えると、こちらに視線を向けてきた。
「知ってるかも」
え? 知り合いなの、どういう知り合い?
「てかなに元彼なの?」
え、そこ気になる感じ。さっきまでテレビに夢中だったのに、ずっとこっち向いてるし……。
「いや部活が一緒だったんすよ、てかどういう知り合いなんですか」
気になる。ヤマト先輩はこう、物静かなタイプではないし、たくさん知り合いは居そうだけど。
「知り合いというか有名人だよ、色んな情報持ってるし」
わっつ??? そういう感じなの今あの人。
「まぁいいです」
私は驚きを顔に出さないようにして、備え付けのドライヤーで髪を乾かすことにする。
髪が乾いてテレビを見ると、ドラマの再放送が終わっていて、今度は行方不明の女子大生のニュースに変わっていた。
「そういえば、文学部の元カノさんはどうなったんですか?」
なんの気はなしに聞いてみた。大学生って、クラスとかないと聞くし、やっぱり別れると疎遠になるんだろうか。
「なんの話だよ」
本当になにも知らないような表情。少し、いやかなり腹が立つ。
「意味わかんない、付き合ってたんでしょ?」
突然キレだした私に、石川さんは困惑している。そんなこと知るか!
「は?」
この、この――!
「ありえない、この人殺し!」
鞄を持って、靴を履く。
「今更なんだよ」
部屋を出る直前、そんな言葉が聞こえた。会計はまかせてやる、ふん!
外に出ると、もう雨は上がっていた。
ちょっと言いすぎたかな、いやいやいいよね、事実だし。
★
あれから二日経ったが、メッセージ一つこない。あんなに酷い喧嘩をしてしまったのだから、仕方がないのかもしれない。喧嘩というか、私が一方的にキレたんだけど。
水曜日の朝、リビングに行くといつものニュース番組が流れていた。共働きの両親は既に出かけている。またテレビつけっぱなしで出かけたな。
呆れながらトースターに食パンをつっこむ。つけっぱなしのテレビから、ニュースキャスターがいつもの調子で淡々と喋っていた。
隣の隣の街で殺人事件が起きたらしい。今回は刺殺、火曜日に起きている連日の事件との関連性を調査中。
そういえば、リコが殺されたのも火曜日の夜だったっけ。でも、あれは扼殺だったよな。
これってもしかして、私も殺されるかもしれんやつでは……。
玄関を出て、駅に向かうためあの公園を通る。いつものルート。一時期はたくさんいた警察やマスコミはもう見当たらない。
「おはよう」
突然、後ろから声をかけられた。こんなこと、前にもあったっけ。
「おはようございます、お久しぶりです」
石川さんだ。いつもの、あの人好きのする笑顔を浮かべている。
踵を返す彼について行き、車に乗る。私は、なぜかひどく落ち着いていた。
「乗るんだね」
助手席に乗り込む私に、少し引いている。別に刃物や血の跡があっても驚かないと決めていたけれど、車は前乗ったときと同じで、綺麗なままだった。芳香剤を変えたかもしれない、秋らしい、金木犀の匂いがする。
「なんかもういいです」
私がそう言うと、石川さんは車のエンジンをかけた。
「いや、俺としてはそういうスタンスは困るんだけど」
もっと困ればいいのに。
車を発信させて、学校の方へ走る。
「お前実は性格悪いよな」
実はというか、最初からでは? もしかして、性格良さそうな見た目してる私? ちょっと嬉しい。
「あの、石川さん実は結構遠くの人ですよね」
前から思っていたが、きっとそうだ。彼の様子から、疑いは確信に変わった。ハンドルを握る手が、少し震えている。でもそれは一瞬のことで、すぐに止まった。
「ま、まぁ。家の近くでやると疑われるだろ」
車があれば簡単に移動できるし、捕まらないようにと考えればそれは自然なことなのかもしれない。学校や自宅付近は危険が伴う。
「幼少期に問題があるタイプですか?」
「ちょっと言っている意味がわからないが」
表情からは、なにも読み取れない。
「私も本ぐらい読めるんですけど」
私だって何冊か書籍を読んだ。曰く、多くの場合、シリアルキラーは幼少期に問題があるらしい。
しばらく沈黙が下りる。赤信号で止まったとき、石川さんがちらりとこちらを見た。
「俺、九州の田舎出身なんだ」
そう言って、信号が変わったため再び車を発進させる。
「ま、あとは察してくれ」
「いやわかりませんよ」
田舎出身だからなんだ、さすがに情報量が少なすぎる。鹿児島県なのは知ってたけどさ。
「端的に言うと、金は持ってるけど、厳しく躾けられたタイプだな……と、ついたぞ」
学校がもう見えている。もっと聞きたかったけれど、時間切れか。でもこれは仲直り、ってことでいいのかな。
「ありがとうございました」
車を降りようとすると、声をかけられた。
「ちょっと待って」
石川さんのほうを振り返ると、綺麗な微笑みを浮かべていた。
「いってらっしゃい、お姫様」
ふぁっく。
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