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2・閉塞感
しおりを挟む次の日、約束通り奴は私を学校まで送り届けた。車の良しあしは私にはわからないが、妙な匂いもせず、快適に過ごせたと思う。なんの芳香剤を使っているかはわからないが、わりと好きな匂いがした。お花のような爽やかな香り。
「じゃあここで」
校門の前で降ろしてもらうと、私はぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます」
石川さんは不愛想に、そっぽを向いた。
「俺もこれから授業だから時間ないんだよ」
「はぁ」
なんだこいつ。ありがたがれということか。いやまぁ頼んだの私だけどさ。彼の車に興味があったというのは正直ある。
マスコミを避けるのに時間はかかったが、敷地に入ったらこちらのものだ。いつものように警備員の人に挨拶をして、校舎に入る。
教室に入ると、どこからかクラスメイトの女子が背中をぽんと叩いてきた。
「ねぇねぇ、さっきの人誰?」
「えっと……」
突然そんなこと聞かれても……。
「彼氏?」
キラキラして目を向けてくる。ど、どうしたら。
「え、あぁまぁそうかな」
よく見たらこいつ、リコの取り巻きだったやつじゃん。ちょっと自慢してやろ。
「えーすごい、大学生? どこで知り合ったの? なにげイケメンだよね」
やばい設定詰めていかないと死ぬ。私が、社会的に。
「大学生、だと思う」
いやいや、だと思うってなんだよ、設定ガバガバかよ。
「へぇ、そうなんだ」
ほらー、こいつもちょっとニヤニヤしてるじゃん。絶対疑われてるわこれ。うわー。
「じゃ、じゃあ私はこれで」
私は曖昧に笑いながら自分の席についた。
そして光速でスマホを取り出すと、石川さんにメッセージを送った。
『今度デートしませんか?』
これでだいたい察してくれ。あの人そういうのには長けてそうな感じだし。
『了解、俺も今度紹介したい人いるから。また連絡する』
どういうことだろ。あれか、ダブルデート的なあれだきっと。たぶんだけど。
昨日早く下校した分、授業は少し長引いたが、おおむね時間通りに進んだ。
途中の休み時間にまたしても石川さんのことを聞かれたが、必殺・曖昧スマイルで事なきを得た、と思う。
下校の時間になると、私はすぐに校門へ向かった。掃除当番ではなかったし、それに誰かにまたなにか訊ねられて、ボロがでても困る。
見たことのある車が止まっているではないか。あれ、ええとこれは……、どういうこと?
私が立ち止まっていると、車から石川さんが降りてきた。
「おかえり、僕のお姫様」
そう言いながら助手席のドアを開ける。
「え、どうしたんですか……」
なに言ってるんだこの人。
正直引く、なにこの人。人殺しのくせに。
「いいから乗れ」
周りで同じ学校の人が囃し立てる中、私が助手席に乗った。
扉を閉めると、外の喧騒が少し静まる。彼は無言で車を発進させた。
「どうしたんですか突然」
私がそう言って隣を見るが、石川さんは無表情のまま車を運転していた。
「……俺なりに気を遣ったんだが」
しばらくの沈黙の後、ぼそりとそう呟いた。
「なんかすみません」
あれか、めっちゃ心配されてるやつじゃねこれ。私が変なメッセージ送ったからだからよね、たぶん。
「下手なことされたら困るからな」
こ、これがツンデレ……。
「あの、これめっちゃ聞きづらいんですけど」
このタイミングなら聞ける……。そう気になっていることを!
「リコが初めてじゃないですよね」
私が言葉を発すると、彼は少し考える様子を見せた。
「リコって誰?」
そこそこに長い沈黙のあとに放たれた言葉はそれだった。
「いやあの、えっと」
私の様子からなにかを察したようだ。
「プライド高そうであんまり騒がなかった女か」
うわ、そんな感じするわあいつ。と思ってしまったことは胸にしまっておこう。
「えっと、たぶんそうですね、はい」
「いちいち数は数えてないかな。まぁでも女で騒がない奴結構珍しいかも」
車のエンジン音だけが静かに響く。
あれだな、女だけじゃないってことよねこれ。
「いろいろと察しましたのでもう大丈夫です」
「あっそ」
家の近くまでは送ってくれるはずだ。でも、自宅を教えるのは、もう少し先にしよう。
★
土曜日、比較的有名な遊園地を指定された。歩きやすく、かつそこそこオシャレな格好をして待ち合わせ場所に向かう。時間ギリギリではなかったものの、到着すると、既に石川さんがいた。つまらなそうにスマホをいじっている。
「すみません……」
小走りで近づくと、彼の視線がスマホから私に一瞬だけ移った。
「今日は緑じゃないんだな」
そう言って、再びスマホに目をやる。失礼だななんか、これデートだよね? 一応名目上は!
「あれ制服ですからね。休みの日はさすがに私服ですよ」
「ふーん」
興味無さそうだなおい。あの制服マニアの中ではそこそこ高値で取引されてるらしいぞ。
教えてやりたかったが、そこはグッと堪える。
「ごめーん、電車が遅延してた」
二分ほど経つと、長身の、いかにも大学生、といった風貌の人がこちらに向かってきた。こういう人なんて言うんだっけ、雰囲気イケメン?
「あ、先輩こんにちは」
石川さんが、さっきとは打って変わって礼儀正しく彼に挨拶をした。もちろんスマホはとっくにしまっている。あれだ、人によって態度変えるタイプ。
「遊園地とか久しぶりだわー」
ふと、石川さんを見ると私に目配せをしてなにかを伝えようとしたいた。
「大学の先輩、悠さん」
あれか挨拶しろ的な? さすがに私そこまで失礼じゃないよ。あんたと違って。
「こんにちは。志保です」
できるだけ愛想よく、微笑みすら浮かべる。本当はこの手の雰囲気イケメン苦手なんだけど、仕方ない。
「あれでしょ、JKの彼女」
軽い口調でそんなことを言う。
なんなのこの失礼な人。苦手なタイプすぎる。
「今日ダブルデートなんですよね?」
ちょっと来るの遅くないか。待ち合わせ時間から、既に十分が経過していた。
「すみません、電車が遅延してて」
しょ、小学生。しかも男子。
どう見ても小学生だよな、ギリ高学年かなくらいの。待ってどういうことなの。
「先輩ショタコンだから、あとロリコン」
私が言葉を失っていると、石川さんがそんな説明をする。
いやいや、この短時間で情報量が多すぎるんですけど。
「えっ」
思わず口から溢れる。正直少し引いた。
私が絶句していると、小学生がこちらに近づいてきた。
「こんにちは、私こういうものです」
小さな紙を渡してくる。これは、名刺?
「どうも」
ふみよし、さん、っていうのね。オーケー。この会社って、そこそこ有名な商社じゃなかったっけ? 部長さんなんだ。え、待ってどういうこと。
「大丈夫、この人四十一歳で普通に合法ショタだから」
なんか理解はした。理解はしたけれど、感情が追いつかない。
「あの、志保です」
とりあえず自己紹介だ。私は無理矢理笑顔を作って、おずおずと会釈をした。
「よろしく」
綺麗に微笑むと、幼さが際立つ。本当に四十一歳なのか。
あれ? 待って、これってダブルデートだよね。つまり、ゲイ的なあれ? バイかもしれないけれど。いやいや偏見はないよ! でも突然すぎて色々混乱してるよ私は。
「じゃあ行こうか」
誰からというわけでもなく、チケットの列に移動する。
「俺ちょっとトイレ」
石川さんがそう言って、列から離れた。チケット代を私に渡す。
「お釣りいいから」
諭吉を渡されても、そんなことを言われても困る。
「え、でも……」
「じゃ」
私が言葉を挟む暇なく、石川さんは走り去ってしまった。そんなにトイレに行きたかったのだろうか。
う、初対面の人たちとこの列はきつい。
「いや、でもさすがにあいつがJKと付き合うとは思わなかったわ」
口を開いたのは、悠さんだった。軽い調子で言葉を続ける。
「てか前の彼女どうなったんだろ、文学部の――」
そして、少し考える素振りを見せる。しばらくの沈黙。
「あれ、そういや最近見ないな?」
そう呟いて、うーん、と唸る。
またしても、気まずい沈黙が下りる。
「そうですか」
私がそう言うと、悠さんは悩むのをやめ、再び軽口を叩く。
「まぁ俺的にはJCがギリなんだけどねー」
うわ、ロリコンかよ。本当にいるんだなこういう人。
「ほら、志保さん困ってるから。行きますよ」
ふみよしさんの言葉で前を見ると、もう列はだいぶ進んでいた。そろそろ買えそうだ。
「うぃー」
なんともやる気のない返事をして、悠さんは口を噤んだ。
チケットを買い、石川さんとも合流すると、やっと開園の時間になった。人混みに揉まれながらも、なんとか入場に成功する。
「お化け屋敷いこーぜ!」
散々絶叫マシーンに乗ったあとだというのに、悠さんは元気にそう言った。
「アイス食べたい」
ふみよしさんはげっそりしている。こういうところは歳相応なんだな。
「俺アイス買ってくるよ! ふみよしさんは待ってて」
「はい」
石川さんと私は、アイスを食べる気にならなかったので、ふみよしさんと一緒にベンチで座って待つことにした。
「なんでこんなことに……」
私が小声でそう呟くと、石川さんは真正面ではしゃいでいる子供を見つめながら口を開いた。
「先輩にバレたから、怪しまれても困るだろ」
バレた? バレたって私のことが? 文脈的にそうだよな。
「え、私の存在って隠されてたんですか?」
純粋に驚いて、彼のほうを向く。けれど石川さんは、微動だにせず真っ直ぐ前を見つめている。しばらくそうしてから、目を瞑り、大きなため息をつきながら下を向いた。
「変な情けはかけるもんじゃないな」
情け? この人何言ってるんだ。まぁ頭おかしいのはもともとだと思うけど。
「めっちゃ失礼なこと言われてるのはわかります」
少しもやもやする。すると、アイスクリームを持った悠さんがこちらに戻ってきた。
「アイスっていちご味でよかった?」
そう言いながら、ふみよしさんに手渡す。
「あ、はい。ありがとう悠くん」
この人そこそこ食べるの早いな。溶ける前に食べたい気持ちはわかるけど。
そのあと四人でお化け屋敷へ行き、ショーなどを見て、普通に遊園地を堪能した。
「最後観覧車乗りたいです」
レストランで早めの夕食を食べながら、そんな話をする。たしかに、観覧車はそこそこ並ぶしそれで帰るのが良いだろう。
「いいね! 二人ずつ乗ろうぜー」
まぁたしかに、今日はずっと四人で行動していたし、最後くらいは分かれてもいいかもしれない。
「んじゃ行こうか」
石川さんの言葉に、食事を終えてくつろいでいたみんなが立ち上がる。
観覧車の列は、そこそこ伸びていたが、夕飯時ということもあり、激混みとまではいかない。しばらく並び、順番が来る。
「じゃあとでねー」
悠さんとふみよしさんが先に乗り込む。私たちも、次のゴンドラに乗る。これいつも思うけどタイミング難しいよ。スキーのリフト的なあれを感じる。
ゴンドラの扉を閉めると、なんだか少し蒸し暑い。
しばらく無言の時間が過ぎる。それはそうだ。悠さんとふみよしさんのほうは盛り上がっているだろうが、こちらはビジネスライクなお付き合いなのだから。
「あの、なんでこんなことしてるんですか?」
沈黙を破る口実を探して、ぐるぐるしているうちに、つい本当に気になっていることを聞いてしまった。
「質問の意味がわからない」
表情を崩さずに、外の景色に目をやる。私もつられて外を見る。夕方から夜になり、アトラクションの光がきらきらと、いくつも光る。綺麗だ。
「面倒くさそうな生き方だと思って」
外の景色を見ながらそう言うと、ぽつりと返事がくる。
「趣味だよ」
「趣味……」
趣味で人を殺すってこと? 随分変わった趣味だな。ていうかシリアルキラーじゃん。数えたことないとか前言ってたし。急に、すごく恐ろしく感じてきた。額を汗が落ちるのは、ここが蒸し暑いというだけではないだろう。
「趣味は基本的に面倒くさいものだろ」
静かすぎる、綺麗な夜景。とても良いシチュエーションのはずなのに、どうしてこんなに息苦しいのだろう。
「え、えぇ。まぁ」
私もたまにゲームを嗜む。たしかに面倒なことばかりだ。でもクリアしたときの達成感はすごい。そしてとても――。
「でも楽しい」
そう、楽しいのだ。趣味とは楽しいもの。
「そうですか」
わからない。わからないけれど、考えても仕方ない。もんもんとしているうちに、観覧車が一周した。
★
家に帰り、部屋でくつろいでいるとスマホが着信を伝えた。誰だろう。
ディスプレイを見ると、中学の頃の先輩であるヤマト先輩からだった。彼から連絡があるのは、だいぶ珍しい。
「こんばんは」
応答ボタンを押して、耳に当てる。
「あのさ、単刀直入に言うけど」
どこか切羽詰まっている、ような。どうしたんだろう。
「どうしたんですか突然。先輩から電話かけてくるなんてめっちゃレアですね」
笑いながら、ベッドに腰掛ける。珍しい相手からの電話に、なんだか楽しくなってきた。
「最近できた彼氏? あいつやばいからやめといたほうがいいよ」
ん? それってどういう……。
私は頭をフル回転させ、少し探りを入れてみることにした。
「石川さんですか? 大丈夫ですよ、ていうか知り合いですか?」
あれでも先輩大学行ってないよな。どういう知り合いだろ。風の噂で配達員やってるって聞いたから、それ関連?
「いや知り合いっていうかさ……」
奥歯に物が挟まった言い方。
「あれ嫉妬ですか」
ちょっと茶化してみる。別にヤマト先輩とは付き合ったことも、好きだったこともない。向こうも同じだと思ってこその冗談だ。
「まじふざけんな」
あれ、ちょっと笑った。てかあれか、なんの忠告だろ。もしバレているのだとしたらだいぶやばいことになりそうだけど、電話口の口調からして、そこまではまだわかっていない様子だ。
そこで、スマホが他の着信がきていることを知らせる。
「あの、電話きたので切りますね」
「おう」
ヤマト先輩は短く返事をして、あっさりと通話を切ってきた。いやなんかあっけない。
私はすかさず、先ほどきていた着信履歴の相手を確認する。
「あれ、めっちゃマメじゃんこの人」
ふみよしさんからだ、すぐに折り返す。
「もしもし」
「あ、もしもし志保さん」
明るい声が電話口からする。え、この人いい人すぎない? 大丈夫? 誘拐されない?
「今日は楽しかった、ありがとう」
え、めっちゃマメじゃん。あれじゃん、モテるやつじゃんこの人。
「アッハイ」
めっちゃカタコトになってしまった。あれか、伊達に歳食ってないな。
「悠くん誤解されやすいから、あれ悪い人じゃないからね」
もしかして今日のこと気にして電話してくれたのか? めっちゃいい人じゃん。あの雰囲気イケメンにはもったいないな。
「あっ、わかってますよ」
その辺今日めっちゃフォローに回ってたもんなこの人。
私が返事をすると、ふみよしさんは安心したように電話の向こうで息を吐いた。
「志保さんいい子そうでよかった」
いい子……ではないぞ。自分的にはだいぶ性格が悪い。
よくよく考えたら、殺人鬼を強請っている私結構凄くね?
「じゃあもう夜遅いんで切りますね」
え、そういうところまで気を遣う感じ? やばい、いい人すぎる。
時計を確認すると、たしかに九時を回っている。
「アッハイ」
本日二回目のカタコトの返事をして、電話を切った。スマートイケメンかよ。
電話を切ると、メッセージが入っていた。石川さんからだ。なんの用だろう?
『また今度デートしよう、今度はサシで』
果たし状かな? とりあえず返事打っとくか。
『了解しました』
事務的すぎん、まぁいいか。あれだもんなビジネスライクなお付き合いだしな。
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