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6章 切り裂きジャックの謎

窮鼠猫を噛む

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「来ると思ってたよ」
 ギィ、と古い木材が軋む音と共に扉が開いた。初対面のときと同じように、エドワードとルドルフがピッタリ並んで座っている。やはり、精巧な人形のようにそっくりだ。唯一違うのは、瞼を開いているか閉じているかしかない。
「アンタがレオを殺したんでしょ」
「あの時間、ずっとあなた達のお兄様と喋ってました」
 言い訳はしっかり用意してるというわけだ。そうだ、お兄様。大丈夫なのかしら!?
「お兄様はどこ?」
 緊張で張り詰める。お兄様が生きていなければ、この世界で私の生きる意味だってない。そのためになんだってやってきたっていうのに。掌に汗が滲んだ。
あの能力無効化じゃ、さすがに手出しできない……ま、本当なら始末したかったけど」
 エドワードは面倒臭そうにそう答えて、ルドルフと共にゆっくり立ち上がった。繋いだ掌で、二人にしかわからない合図を送っていることだけは伺えた。
 ルドルフが注意深く、周囲に人がいないことを確認する。エドワードがニヤッと笑った。いつものニコニコ笑いではなく、邪悪そのもの。そんな表情を浮かべる。ゾッとするほど美しい。背筋が凍って、思わず息を飲んだ。
「ガキ共をシャブ漬けにするだけで金が入る。永久機関だ」
 あくまで静かな、落ち着いた声色だった。でも、だからこそ恐ろしい。思わず声が震える。
「そ、そうやって良家のご子息を入学させてたわけね」
「アイツらバカだから、言えばいくらでも金を出す。それに、魔法が使えるようになるってのは嘘じゃない」
 息を吸って、閉じていた瞼を開ける。ルドルフのような、ブラッドリー家の黒い瞳ではなく白く濁っている。アーティの言う通り、彼が盲目というのは間違いなさそうだ。
「能力は、その願いに反映される」
「……なにそれ」
「あなたは誰かを助けたいから治癒能力が開花した、俺たちは――ま、その話はいっか」
 「ちょっと喋りすぎちゃったね」、と小さく独り言ちた。乾いた笑い声を上げる。いつになく人間らしく、なんだか少し安心さえ覚えた。
「クスリなんかに頼らなくったって、幻覚くらいいくらでも見せてやるよ」
 アーティがイライラした様子で指を鳴らした。色とりどりのほんわかした光のオーブではなく、攻撃力のある超常的な力が働く。部屋中のソファや椅子、家具たちが宙に浮いた。同時に、たくさんの幻術の家具が混ざって、どれが本物かたちまち見分けがつかなくなる。エドワードは、開いていた瞼を閉じた。
「アンタ達が、“切り裂きジャック”なの?」
 そんなのわかりきってるだろ、アーティの声が聞こえてくるようだった。エドワードとルドルフもが、顔を見合せてクスクス笑った。仲睦まじく、お互いにしかわからない合図で、二人だけの世界に浸っている。
「みんな、俺たちエディとルディは一緒じゃないと行動しないと思い込んでる。結合双生児じゃあるまいに」
 呆れたような、疲れきったように繋いでいないほうの手をひらひらと振る。目が見えないはずなのに、ハッキリと私のほうを向いた。音で居場所がわかるのかもしれない。
「切り裂きジャックは俺たちだ。実行犯はルディで、俺はアリバイを作った。今までもそうやって、たくさん殺した」
「なんで、そんな――」
「復讐するためさ」
「復讐?」
 なにに対しての? 被害者は男も女もいて、特に一貫性がなかったように思う。誰でもよかった、復讐ならそういうわけでもないだろうし。
「俺たちは長い間ずっと、黒ミサ会の奴隷だった。一日に何度も血を吸われた」
 ルドルフが小さく呻いた。首に手を当てて目を瞑る。そうすると、エドワードとはまったく区別がつかなかった。黒ミサ会――彼らの中にはブラッドリー家に不老不死の能力があると勘違いしている者も存在している。それは紛れもない事実だった。男女も、職業も身分も関係なく入信できる。
「でも、でも、レオは関係ないでしょ!」
 つい、声を荒らげた。アーティが私のほうを振り返って睨む。全然知らない人だけど、これから仲良くなれそうだったのに。エドワードが嘲笑うように鼻を鳴らした。
「王族のやつらなんてみんな同じだ。俺たち下流貴族は搾取され続ける」
「それは――」
 言い返せなかった。私たちがドブネズミを見下しているように、レオが非嫡出子だといつも自信なさげだったように、この世界ヴィクトリア王朝には生まれながらの明確な身分が存在していた。――親ガチャ、前世ではそういう言葉が流行っていたっけ。
「ヤードに連絡したいならすればいい。ここで戦って、君たちに勝てるとは思えないし」
 落ち着き払った声。アーティは二人を攻撃するのは諦めたらしい。指を鳴らして幻術を解き、また宙に浮かせた家具を元の位置に戻す。
 双子は手を繋いだまま椅子に腰掛けた。負けが確定したら潔く散る。そういう決意の強さを感じた。私と同じ人種。私と同じ、不満だらけの人生を。
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