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5章 ブラッドリー家の転校生

血友病の王子様

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「それで、話ってなに?」
 双子はいつも一緒に行動していた。喋るのはエドワードだけで、ルドルフは一言も言葉を発しない。いや、でも外見は全く変わらないんだし、それも確実ではない。
 私は椅子に座って、机の上に腕を伸ばした。採血でもさせないとコイツらと話す機会なんてない。
 ルドルフが慣れた手つきで私の二の腕に駆血帯を巻いた。血管が締め付けられジンジン痺れる。そんなことでいちいち泣き喚くほど、私は子供ではなかった。背筋を伸ばして、まっすぐルドルフを見る。
「地下室にある大量のアヘンはなんなの、って聞いてるの」
 私の言葉に、エドワードが小さく息を飲んだ。動揺しているのは丸わかりだ。
「えーっと、それは――」
 ルドルフは反対に、私の言葉になんのリアクションも起こさなかった。黙々と注射器を手に取って、私の腕に刺す。チクリとした痛み。こんなのどうってことないけど、赤黒い血液がシリンジに溜まっていく様はなんとも不思議な感覚だった。
 血を採り終えると、ルドルフは無愛想にシリンジを振った。針を抜いて、駆血帯を外す。本当にサイアク。不老――たしかに私たちブラッドリー家にはそういう呪いがかけられている。でも、それを研究しようだなんておかしな話だ。ましてや不死なんて、ゲームの世界でだって滅多に存在しない。
「あの、お呼びでしょうか……」
 後ろの扉が軋んだ音を立てて開いた。ベージュの髪色をした少年がぽつんと立っている。キョロキョロ、自信なさげに校長室を見渡している。背中を丸めて何度か咳き込んだ。
 エドワードが愛想の良いニコニコ笑顔を貼り付けた。注射器を手放したルドルフと、再び手を握りあっている。気持ち悪いくらいにベッタリ距離が近い。
「ちょうど良かった! ね、彼最近調子悪いみたいだから、面倒見てあげて」
「は? 私が?」
「おねがーい、じゃあね」
 なんなんだいきなり。出ていけ、ってことだろうか。やだやだ、誰が好き好んでこんなところに滞在したいと思うのかしら。捲っていた袖を下ろし、椅子から立ち上がった。
 コツコツブーツを鳴らして扉の方へ向かう。ドア付近に立つベージュの短い髪をした少年が、緊張気味に私に視線をやった。一緒に扉の向こう側に出る。冷たい木製の床に、申し訳程度の天鵞絨の絨毯が敷かれている。
「えっと、俺はレオポルド。レオって呼んで」
「メフィスト・ブラッドリーです、よろしく」
 長く伸ばした髪が隙間風に吹かれて揺れる。レオポルドの平凡なベージュの短い髪も、ほんの少しだけそよめいた。
「レオは病気なの?」
「え……、あ、うーん」
 腕を組んで、とりあえず忌々しい校長室から離れるべく歩き出す。私の言葉に、レオポルドは声を詰まらせた。「調子が悪いみたい」だとエドワードは言った。そうやって私に頼まれる人間はたいてい病気持ち。わざわざ聞く必要なかったかな。見るからにヒョロくて弱そうだもん。
「別に言いたくないならそれでもいいけど」
「血友病なんだ」
 びっくりして顔を上げた。いくらバカで、万年補習、偏差値47の私でも知っている。
「王家の人?」
「え?」
 ――王家の病。BfNのゲーム中も、少しだけ言及があった。何種類も発売されている攻略本のうち一冊だけ、詳しい記述がされていた。ヴィクトリア王朝の王家について。
「いえ、そういうイメージがあるから」
 動揺を悟られないよう、小さく息を吐いた。レオポルドは私と同い年くらいだろうに、ヒョロヒョロ背が高い。自信なさげに背中を丸めた。
「俺は正妻の子供じゃないんだ」
「んー、それって良くないことなの?」
「当たり前だろ!」
 自信のない弱々しい口調とは打って変わって強くそう言われる。唾が飛ぶからやめてくれ。
「そ、大変なのね」
 どうでもいい。だけど彼にとっては重要なことなのだろう。王族じゃなくても、非嫡出子は人権がない。バカにされる。
 レオポルドが静かに呟いた。もう校長室からだいぶ離れているのに、周囲を気にした小声で呟いた。
「この学校に入れば魔法使いになれる。ブラッドリー家のような」
「え?」
「そういう噂があるよ」
 ボソボソ、小さい声で下を向く。外からは想像もつかないような豪華な内装。金持ちそうな生徒たちばかりで満たされた教室。
「だからみんな、この学校に入りたがるんだ」
 そう、だから嘘を言っているようには思えなかった。状況から発言が矛盾しない。偏差値47の私でも、それくらいはわかった。
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