35 / 53
3.5章 美しい双子
黒ミサ会の秘密
しおりを挟む
「い、たぃ゛……っんん゛」
重たくて、据えた匂いがした。ベッドがギシギシ音を鳴らした。どんな相手かわからないけれど、きっと中年の男性だろう。首に噛みつかれてチュウチュウと血を吸われる。手首を掴む力が強くて、目頭が熱くなる。
暴力だけがこの場を支配していた。瞼を開けても閉じても、おれの視界はなんら変わらない暗闇で、そうでなくてもまともに抵抗する気力なんてなかった。
もう今日だけで、何人もに血を吸われた。男もいたし、女もいた。年寄りもいたし、若いのもいた。どうやら彼らは、なにかの宗教を信仰していて、おれの血を飲むことは特別な意味を持つらしい。
「んぐ……、や、め……っだぁ」
しかし、この男はとにかく乱暴だった。血を吸うだけで構わないはずなのに、あろうことかおれの首を絞め始めた。息が苦しくて、呻き声すらまともに発することができない。貧血のせいか、酸欠のせいか、頭がふらふら揺れる。首筋に流れた暖かい血液が、時間と共に冷えて体温を奪った。
***
「ね、ねぇ……もうこんなの嫌だよ」
「あらぁ? じゃあ誰が借金を返すの?」
甲高くて、頭にキンキン響く嫌な声だった。他の信者たちからはレッド・レディと呼ばれていた。赤は血の色、以前そう聞いたことがある。まだふらつく頭を抱えて、ソファに沈む。
隣には、おれの双子の兄弟のルディの気配もあった。おれとは反対に、目が見えるけど耳が聞こえない。いつものように手を握りあった。おれたちは、“儀式”の時間以外はたいていこうしている。こうして、手を握りあって何が起きているのかお互いに伝え合う。物心ついた頃からずっとこうしてきた。
「だいたいなんのために血なんて……」
「アンタたちは知る必要ないの」
冷たい、キンキンした声が脳に突き刺さる。会話はもっぱらおれの役目だった。おれたちを神だと崇める老若男女に吸われた首が、今更ズキズキ痛んだ。
なんでできたかもわからない借金返済のために、なんの意味があるのかもわからない“儀式”を毎日繰り返している。お先真っ黒。それは、どうやら目の見えるルディも同じ意見のようだった。
神なんかじゃない。けれどおれたちには他とは違う力を持っていた。巷では、“魔法”と呼ばれる代物らしかった。
そしておれたちは、その魔法の力を他者に分け与えることができる。おれたちの血に価値があるのは、そのためだ。魔法なんて、使えたってなんのいいこともない。搾取されるだけ。そう思っていた、このときまでは。
ルディと、ぎゅっと強く手を握り合った。長年の恨み、疲労が蓄積していて恨みには事欠かない。それらが、おれたちの力を増幅させる。
――人を殺すのは罪深い。
だから人を殺してはいけません。そんな教え、クソ喰らえだ。だって、もし本当におれらが神様なら全部全部許される。許されなければおかしい。
おれたちを長年縛っていた女の甲高い悲鳴が響き渡った。頭にキンキン響く、いやな断末魔。こんな声を聞かなくてよかった。きっとおれも、見えなくてよかった。そう思われている。
ルディの感情が手に取るようにわかった。おれたちは繋いだ手の平から、お互いのことをなんでも知ることができる。魔法の力のおかげなのか、それともおれたちが双子だからか、人を殺したショックからなのかわからない。
感覚が研ぎ澄まされ、よりいっそう気分が高揚する。これからは自由に生きていける。借金を気にする必要だってないし、屋敷に引きこもって血を吸われることもない。好きに生きるんだ。ふたりだけで。これからの生活を想像するだけで、胸が高鳴った。
僕たちは二人で一つ。それだけはたしかに断言できる。
重たくて、据えた匂いがした。ベッドがギシギシ音を鳴らした。どんな相手かわからないけれど、きっと中年の男性だろう。首に噛みつかれてチュウチュウと血を吸われる。手首を掴む力が強くて、目頭が熱くなる。
暴力だけがこの場を支配していた。瞼を開けても閉じても、おれの視界はなんら変わらない暗闇で、そうでなくてもまともに抵抗する気力なんてなかった。
もう今日だけで、何人もに血を吸われた。男もいたし、女もいた。年寄りもいたし、若いのもいた。どうやら彼らは、なにかの宗教を信仰していて、おれの血を飲むことは特別な意味を持つらしい。
「んぐ……、や、め……っだぁ」
しかし、この男はとにかく乱暴だった。血を吸うだけで構わないはずなのに、あろうことかおれの首を絞め始めた。息が苦しくて、呻き声すらまともに発することができない。貧血のせいか、酸欠のせいか、頭がふらふら揺れる。首筋に流れた暖かい血液が、時間と共に冷えて体温を奪った。
***
「ね、ねぇ……もうこんなの嫌だよ」
「あらぁ? じゃあ誰が借金を返すの?」
甲高くて、頭にキンキン響く嫌な声だった。他の信者たちからはレッド・レディと呼ばれていた。赤は血の色、以前そう聞いたことがある。まだふらつく頭を抱えて、ソファに沈む。
隣には、おれの双子の兄弟のルディの気配もあった。おれとは反対に、目が見えるけど耳が聞こえない。いつものように手を握りあった。おれたちは、“儀式”の時間以外はたいていこうしている。こうして、手を握りあって何が起きているのかお互いに伝え合う。物心ついた頃からずっとこうしてきた。
「だいたいなんのために血なんて……」
「アンタたちは知る必要ないの」
冷たい、キンキンした声が脳に突き刺さる。会話はもっぱらおれの役目だった。おれたちを神だと崇める老若男女に吸われた首が、今更ズキズキ痛んだ。
なんでできたかもわからない借金返済のために、なんの意味があるのかもわからない“儀式”を毎日繰り返している。お先真っ黒。それは、どうやら目の見えるルディも同じ意見のようだった。
神なんかじゃない。けれどおれたちには他とは違う力を持っていた。巷では、“魔法”と呼ばれる代物らしかった。
そしておれたちは、その魔法の力を他者に分け与えることができる。おれたちの血に価値があるのは、そのためだ。魔法なんて、使えたってなんのいいこともない。搾取されるだけ。そう思っていた、このときまでは。
ルディと、ぎゅっと強く手を握り合った。長年の恨み、疲労が蓄積していて恨みには事欠かない。それらが、おれたちの力を増幅させる。
――人を殺すのは罪深い。
だから人を殺してはいけません。そんな教え、クソ喰らえだ。だって、もし本当におれらが神様なら全部全部許される。許されなければおかしい。
おれたちを長年縛っていた女の甲高い悲鳴が響き渡った。頭にキンキン響く、いやな断末魔。こんな声を聞かなくてよかった。きっとおれも、見えなくてよかった。そう思われている。
ルディの感情が手に取るようにわかった。おれたちは繋いだ手の平から、お互いのことをなんでも知ることができる。魔法の力のおかげなのか、それともおれたちが双子だからか、人を殺したショックからなのかわからない。
感覚が研ぎ澄まされ、よりいっそう気分が高揚する。これからは自由に生きていける。借金を気にする必要だってないし、屋敷に引きこもって血を吸われることもない。好きに生きるんだ。ふたりだけで。これからの生活を想像するだけで、胸が高鳴った。
僕たちは二人で一つ。それだけはたしかに断言できる。
3
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴②発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。
樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」
大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。
はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!!
私の必死の努力を返してー!!
乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。
気付けば物語が始まる学園への入学式の日。
私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!!
私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ!
所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。
でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!!
攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢!
必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!!
やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!!
必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。
※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
悪役令嬢なのに下町にいます ~王子が婚約解消してくれません~
ミズメ
恋愛
【2023.5.31書籍発売】
転生先は、乙女ゲームの悪役令嬢でした——。
侯爵令嬢のベラトリクスは、わがまま放題、傍若無人な少女だった。
婚約者である第1王子が他の令嬢と親しげにしていることに激高して暴れた所、割った花瓶で足を滑らせて頭を打ち、意識を失ってしまった。
目を覚ましたベラトリクスの中には前世の記憶が混在していて--。
卒業パーティーでの婚約破棄&王都追放&実家の取り潰しという定番3点セットを回避するため、社交界から逃げた悪役令嬢は、王都の下町で、メンチカツに出会ったのだった。
○『モブなのに巻き込まれています』のスピンオフ作品ですが、単独でも読んでいただけます。
○転生悪役令嬢が婚約解消と断罪回避のために奮闘?しながら、下町食堂の美味しいものに夢中になったり、逆に婚約者に興味を持たれたりしてしまうお話。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】
ゆうの
ファンタジー
公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。
――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。
これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。
※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる