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3.5章 美しい双子

黒ミサ会の秘密

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「い、たぃ゛……っんん゛」
 重たくて、据えた匂いがした。ベッドがギシギシ音を鳴らした。どんな相手かわからないけれど、きっと中年の男性だろう。首に噛みつかれてチュウチュウと血を吸われる。手首を掴む力が強くて、目頭が熱くなる。
 暴力だけがこの場を支配していた。瞼を開けても閉じても、おれの視界はなんら変わらない暗闇で、そうでなくてもまともに抵抗する気力なんてなかった。
 もう今日だけで、何人もに血を吸われた。男もいたし、女もいた。年寄りもいたし、若いのもいた。どうやら彼らは、なにかの宗教を信仰していて、おれの血を飲むことは特別な意味を持つらしい。
「んぐ……、や、め……っだぁ」
 しかし、この男はとにかく乱暴だった。血を吸うだけで構わないはずなのに、あろうことかおれの首を絞め始めた。息が苦しくて、呻き声すらまともに発することができない。貧血のせいか、酸欠のせいか、頭がふらふら揺れる。首筋に流れた暖かい血液が、時間と共に冷えて体温を奪った。

   ***

「ね、ねぇ……もうこんなの嫌だよ」
「あらぁ? じゃあ誰が借金を返すの?」
 甲高くて、頭にキンキン響く嫌な声だった。他の信者たちからはレッド・レディと呼ばれていた。赤は血の色、以前そう聞いたことがある。まだふらつく頭を抱えて、ソファに沈む。
 隣には、おれの双子の兄弟のルディの気配もあった。おれとは反対に、目が見えるけど耳が聞こえない。いつものように手を握りあった。おれたちは、“儀式”の時間以外はたいていこうしている。こうして、手を握りあって何が起きているのかお互いに伝え合う。物心ついた頃からずっとこうしてきた。
「だいたいなんのために血なんて……」
「アンタたちは知る必要ないの」
 冷たい、キンキンした声が脳に突き刺さる。会話はもっぱらおれの役目だった。おれたちを神だと崇める老若男女に吸われた首が、今更ズキズキ痛んだ。
 なんでできたかもわからない借金返済のために、なんの意味があるのかもわからない“儀式”を毎日繰り返している。お先真っ黒。それは、どうやら目の見えるルディも同じ意見のようだった。
 神なんかじゃない。けれどおれたちには他とは違う力を持っていた。ちまたでは、“魔法”と呼ばれる代物らしかった。
 そしておれたちは、その魔法の力を他者に分け与えることができる。おれたちの血に価値があるのは、そのためだ。魔法なんて、使えたってなんのいいこともない。搾取されるだけ。そう思っていた、このときまでは。
 ルディと、ぎゅっと強く手を握り合った。長年の恨み、疲労が蓄積していて恨みには事欠かない。それらが、おれたちの力を増幅させる。
 ――人を殺すのは罪深い。
 だから人を殺してはいけません。そんな教え、クソ喰らえだ。だって、もし本当におれらが神様なら全部全部許される。許されなければおかしい。
 おれたちを長年縛っていた女の甲高い悲鳴が響き渡った。頭にキンキン響く、いやな断末魔。こんな声を聞かなくてよかった。きっとおれも、見えなくてよかった。そう思われている。
 ルディの感情が手に取るようにわかった。おれたちは繋いだ手の平から、お互いのことをなんでも知ることができる。魔法の力のおかげなのか、それともおれたちが双子だからか、人を殺したショックからなのかわからない。
 感覚が研ぎ澄まされ、よりいっそう気分が高揚する。これからは自由に生きていける。借金を気にする必要だってないし、屋敷に引きこもって血を吸われることもない。好きに生きるんだ。ふたりだけで。これからの生活を想像するだけで、胸が高鳴った。
 僕たちは二人で一つ。それだけはたしかに断言できる。
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