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番外編 なくなってしまった未来①

カッコーの巣の上

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「本当にここなの?」
「そのはず、だけど……」
 賢くて優しくて、なんでもこなせる姉さん。私のイメージするベアトリスと、目の前の病院はあまりにもかけ離れていた。こんなところに彼女が収容されているなんて思えない。隣にいるリサの困惑が伺えたが、私はそれ以上に動揺していた。
 奥の閉鎖病棟では、ドアをドンドン叩いている患者や、鉄格子をガチャガチャ動かす老人がみえた。どこからともなく、ひっきりなしに呻き声や叫び声が聞こえてくる。
 開放病棟はいくらかまともで、何度も同じ廊下を往復する青年、看護師に泣きつく老婆、人形を抱えた少女が各々すごしていた。
 何重もの扉をくぐって、その度に厳重な鍵がかけ直された。それだけで、彼女の起こした鉄道工事の事故が凄まじかったことがわかる。ヒステリーを起こして、魔法が暴発したとだけしか聞いていない。
「こんにちは」
 屈強な看護師二人に囲まれて登場したベアトリスは、以前会ったときよりも幼く感じた。そりゃ見た目は変わらないはずだけど。
 私やノアよりも少しだけ背が高く、十二歳やそこらの年齢の少女だ。白いワンピースを着ていて、真っ黒な制服を着ている私たちとは対象的だった。黒い髪は私と違ってロングに伸ばし、リサの髪のように美しくサラサラと流れた。
 看護師は、イザとなったらブザーを押すか、大声を出すように言って部屋を出ていった。彼女が本気になったら私じゃ太刀打ちできないだろう、だからそれは、とてつもなく意味のない忠告だということはわかっていた。
「久しぶり、メアリー……お友達?」
「リサ・ゴールドバーグです」
 張り詰めた声でリサが答えた。ベアトリスは眠そうにゆっくり瞬きをして、それからテーブルに身を乗り出してリサの顔を見つめた。
「ゴールドバーグ、ふうん」
 評判の悪い成金ということは、ベアトリスも当然知っているだろう。なんとも緊張した空気が流れる。
「姉さん、その、調子はどうなの?」
「ただの神経症なんだから、心配することないわ」
 声をかけると、私のほうへ意識を向けた。テーブルに乗り出すのをやめ、椅子に仰け反って座り直す。天井を向いて、やはり眠そうき瞼を擦った。
「ここは退屈。会得したことといえば、薬を飲んだフリでしょうね」
 私にちらりと視線をやって、それから突然うわ言のように喋りだした。本当に薬を飲んでいないんだろうか、目が虚ろで、よく見ると深いクマができていた。
「愛情というものはひどくコスパが悪い、と思うの。メアリーもそう思わない?」
「え?」
「注目を集めたくてそうしてるわけじゃないのに。みんな私たちのことを『可哀想な子供』だって言う。子供なんかじゃないのに。知ってる? 『ブラッドリー家の子供は歳を取らない』って言われてるの」
 それはまぁ、知ってるけど。だからなんだって言うんだ。やっぱりまだ病気がよくないのかもしれない。
「私は早く姉さんに元気になって欲しいって思ってる」
「メアリー、あなた大きな仕事をしたんでしょ。私もあなたのことは好き。だけどノア、あいつはダメ」
 首を回して、それからまた退屈そうに足を組んだ。サイズの合わない椅子の上で、ぶらぶらと振る。
「お兄様も早く元気になって欲しいって言ってた」
「嘘でしょ」
 射抜くような視線が恐ろしい。ま、嘘なんだけどさ。
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