上 下
18 / 53
番外編 なくなってしまった未来①

ブラッディ・メアリー

しおりを挟む
「アンタ金持ってそうじゃん、召使いにしてやってもいいけど?」
 だっさい制服を着てやってるだけでも、全員私にひれ伏して感謝するべきだ。地味で、真っ黒なワンピース。葬式でも開くつもりなのかしら? 白いリボンタイがなければ、そう錯覚してもおかしくない。
 だけど彼女は一際目を引いた。金髪碧眼というのもあるけれど、今まで私が接してきた、媚びることしか脳のない連中とは全く違う雰囲気を纏っていた。
「まずは自己紹介をして」
 メガネをかけた地味な教師がそう私に促した。誰も、私に逆らえるはずがない。学校とやらは初めての場所だけど、どこに行ったって同じはずだ。無力な一般人共なんてたかがしれてる。教師の隣の、一段上がった場所に立った。女子ばかりで、今まで嗅いだことがないようないい匂いがした。
 一定の間隔で机と椅子が並べられていて、同じ服を着た連中の視線が一斉に私に向く。葬儀会場くらい、整いすぎて歪な空間。ここは、“教室”っていうらしい。“学校”には他にもいくつか部屋があって、ピアノが置いてある“音楽室”や、教職員が集まる“職員室”という場所もあるらしい。
 規則もたくさんあって、なんとも暮らしにくそうだ。こんなところにぶち込まれたくなかった。あの事故さえなければ――。
「メアリー・ブラッドリーでーす。一般人と仲良くする気なんてないけど、召使いくらいにはしてあげる」
 私の名前に、教室はどよめいた。ヒソヒソ、噂話を始めるものもいる。
「あなたは後ろの、窓際の席ね」
 さっきの、あの凛とした佇まいの美女の隣を指さした。大股で、ゆっくり歩く。
 椅子や机が高すぎる。周りは十六歳前後の少女で、それに合わせて作られているのだから当然といえば当然なのかもしれない。
 私は、外見だけでいえば、十歳前後の子供の背丈しかなかった。このダサすぎる制服も、いちばん小さいサイズを着用しているが、それでもブカブカだった。
「隣よろしく~」
 にっこり笑いかけた、つもり。教師がなにやらごちゃごちゃ話していて、ひとしきり話し終えるとツカツカ靴を鳴らして、教室を出ていった。隣の美少女は首だけを私のほうに向けて、小さくため息をついた。
「あなた本当は何歳なの?」
「十八」
「歳上じゃない」
 今度は大きなため息。
 歳を取らないわけじゃない。会ったこともないお父様の意向で、成長を阻害されている。五人兄弟のうち、私を含む下の三人はそうだった。子供から、突然おばあさんになるんだ、私は。
「私の召使いになる気になった?」
「ならないってば」
 長い金髪が窓からの光に反射して輝いた。背中よまで、ずっと長く伸びている。まともに働いたことなんてないような白い肌。頬杖をついて、私のことも観察するように見つめてきた。
「あなたの名前はなんて言うの?」
「リサ・ゴールドバーグ」
 青い瞳を逸らされた、気がした。さらさらと、髪が絹のように彼女の顔を覆った。ゴールドバーグ、この辺ならそこそこのビジネスマンだ。私には媚びてくるけれど、そうでない相手にはいつも怒鳴り散らしていて、たぶん私より周りに嫌われている。何人も愛人がいるという噂もあった。
「ふーん、嫡出子?」
「なっ……!」
 耳が赤くなったような気がした。だけど、彼女の表情を最後まで確認することは叶わなかった。何人かのクラスメイトが私の周りを囲う。
「ねぇねぇ、なにか魔法を使ってみせてよ!」
「本当に黒髪なんだね!」
「すっごく綺麗、触ってみてもいい?」
 一般人共は、口の利き方から教える必要がありそうだ。学校という場所は、社会常識は教えてくれないらしい。
「一般人が気安く話しかけないでくれる?」
 私が不機嫌を隠さずにそう答えると、ポツポツと周りから人が減っていった。リサのような金髪の子もいたし、茶髪や、赤毛の子もいた。私のような漆黒の髪をしている子はいない。
 そのはずだ。ここじゃ、黒髪は珍しいし、魔法が使えるのも稀有な存在だった。ブラッドリー家の人間だけが黒髪で、魔法を使うことができた。髪が黒いのは、ブラッドリー家の人間であり、魔法が使えることの証にほかならない。
「あの子たちは召使いにしないの?」
 髪を耳にかける、そんななんでもない仕草さえ目を引いた。リサには、人を魅了する力がある。
「常識のないやつはお断り」
 さっきとは違う教師がやってくる。ぺちゃくちゃ無駄話をしていた子たちは途端にお喋りをやめ、椅子から立ち上がり、教壇に向かって一斉に礼をした。学校の常識というものは、外とはだいぶ違うらしい。一冊教科書を作って、同じデザインの服を着せればいいんだから、教育施設としてえらくコスパが良い。
 みんな同じ本を読むのはなんだか気持ち悪い体験だった。勉強なんてしたことがないからちんぷんかんぷんだ。あまりにも退屈で、サイズの合わない椅子の上で、足をぶらぶらさせる。教師は私を一瞥したが、他の生徒にするように注意をしたり、難しい問題を出したりしてこなかった。
 ――私は特別だから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢と攻略対象(推し)の娘に転生しました。~前世の記憶で夫婦円満に導きたいと思います~

木山楽斗
恋愛
頭を打った私は、自分がかつてプレイした乙女ゲームの悪役令嬢であるアルティリアと攻略対象の一人で私の推しだったファルクスの子供に転生したことを理解した。 少し驚いたが、私は自分の境遇を受け入れた。例え前世の記憶が蘇っても、お父様とお母様のことが大好きだったからだ。 二人は、娘である私のことを愛してくれている。それを改めて理解しながらも、私はとある問題を考えることになった。 お父様とお母様の関係は、良好とは言い難い。政略結婚だった二人は、どこかぎこちない関係を築いていたのである。 仕方ない部分もあるとは思ったが、それでも私は二人に笑い合って欲しいと思った。 それは私のわがままだ。でも、私になら許されると思っている。だって、私は二人の娘なのだから。 こうして、私は二人になんとか仲良くなってもらうことを決意した。 幸いにも私には前世の記憶がある。乙女ゲームで描かれた二人の知識はきっと私を助けてくれるはずだ。 ※2022/10/18 改題しました。(旧題:乙女ゲームの推しと悪役令嬢の娘に転生しました。) ※2022/10/20 改題しました。(旧題:悪役令嬢と推しの娘に転生しました。)

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

転生悪役令嬢、物語の動きに逆らっていたら運命の番発見!?

下菊みこと
恋愛
世界でも獣人族と人族が手を取り合って暮らす国、アルヴィア王国。その筆頭公爵家に生まれたのが主人公、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌだった。わがまま放題に育っていた彼女は、しかしある日突然原因不明の頭痛に見舞われ数日間寝込み、ようやく落ち着いた時には別人のように良い子になっていた。 エリアーヌは、前世の記憶を思い出したのである。その記憶が正しければ、この世界はエリアーヌのやり込んでいた乙女ゲームの世界。そして、エリアーヌは人族の平民出身である聖女…つまりヒロインを虐めて、規律の厳しい問題児だらけの修道院に送られる悪役令嬢だった! なんとか方向を変えようと、あれやこれやと動いている間に獣人族である彼女は、運命の番を発見!?そして、孤児だった人族の番を連れて帰りなんやかんやとお世話することに。 果たしてエリアーヌは運命の番を幸せに出来るのか。 そしてエリアーヌ自身の明日はどっちだ!? 小説家になろう様でも投稿しています。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

処理中です...