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番外編 なくなってしまった未来①
ブラッディ・メアリー
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「アンタ金持ってそうじゃん、召使いにしてやってもいいけど?」
だっさい制服を着てやってるだけでも、全員私にひれ伏して感謝するべきだ。地味で、真っ黒なワンピース。葬式でも開くつもりなのかしら? 白いリボンタイがなければ、そう錯覚してもおかしくない。
だけど彼女は一際目を引いた。金髪碧眼というのもあるけれど、今まで私が接してきた、媚びることしか脳のない連中とは全く違う雰囲気を纏っていた。
「まずは自己紹介をして」
メガネをかけた地味な教師がそう私に促した。誰も、私に逆らえるはずがない。学校とやらは初めての場所だけど、どこに行ったって同じはずだ。無力な一般人共なんてたかがしれてる。教師の隣の、一段上がった場所に立った。女子ばかりで、今まで嗅いだことがないようないい匂いがした。
一定の間隔で机と椅子が並べられていて、同じ服を着た連中の視線が一斉に私に向く。葬儀会場くらい、整いすぎて歪な空間。ここは、“教室”っていうらしい。“学校”には他にもいくつか部屋があって、ピアノが置いてある“音楽室”や、教職員が集まる“職員室”という場所もあるらしい。
規則もたくさんあって、なんとも暮らしにくそうだ。こんなところにぶち込まれたくなかった。あの事故さえなければ――。
「メアリー・ブラッドリーでーす。一般人と仲良くする気なんてないけど、召使いくらいにはしてあげる」
私の名前に、教室はどよめいた。ヒソヒソ、噂話を始めるものもいる。
「あなたは後ろの、窓際の席ね」
さっきの、あの凛とした佇まいの美女の隣を指さした。大股で、ゆっくり歩く。
椅子や机が高すぎる。周りは十六歳前後の少女で、それに合わせて作られているのだから当然といえば当然なのかもしれない。
私は、外見だけでいえば、十歳前後の子供の背丈しかなかった。このダサすぎる制服も、いちばん小さいサイズを着用しているが、それでもブカブカだった。
「隣よろしく~」
にっこり笑いかけた、つもり。教師がなにやらごちゃごちゃ話していて、ひとしきり話し終えるとツカツカ靴を鳴らして、教室を出ていった。隣の美少女は首だけを私のほうに向けて、小さくため息をついた。
「あなた本当は何歳なの?」
「十八」
「歳上じゃない」
今度は大きなため息。
歳を取らないわけじゃない。会ったこともないお父様の意向で、成長を阻害されている。五人兄弟のうち、私を含む下の三人はそうだった。子供から、突然おばあさんになるんだ、私は。
「私の召使いになる気になった?」
「ならないってば」
長い金髪が窓からの光に反射して輝いた。背中よまで、ずっと長く伸びている。まともに働いたことなんてないような白い肌。頬杖をついて、私のことも観察するように見つめてきた。
「あなたの名前はなんて言うの?」
「リサ・ゴールドバーグ」
青い瞳を逸らされた、気がした。さらさらと、髪が絹のように彼女の顔を覆った。ゴールドバーグ、この辺ならそこそこのビジネスマンだ。私には媚びてくるけれど、そうでない相手にはいつも怒鳴り散らしていて、たぶん私より周りに嫌われている。何人も愛人がいるという噂もあった。
「ふーん、嫡出子?」
「なっ……!」
耳が赤くなったような気がした。だけど、彼女の表情を最後まで確認することは叶わなかった。何人かのクラスメイトが私の周りを囲う。
「ねぇねぇ、なにか魔法を使ってみせてよ!」
「本当に黒髪なんだね!」
「すっごく綺麗、触ってみてもいい?」
一般人共は、口の利き方から教える必要がありそうだ。学校という場所は、社会常識は教えてくれないらしい。
「一般人が気安く話しかけないでくれる?」
私が不機嫌を隠さずにそう答えると、ポツポツと周りから人が減っていった。リサのような金髪の子もいたし、茶髪や、赤毛の子もいた。私のような漆黒の髪をしている子はいない。
そのはずだ。ここじゃ、黒髪は珍しいし、魔法が使えるのも稀有な存在だった。ブラッドリー家の人間だけが黒髪で、魔法を使うことができた。髪が黒いのは、ブラッドリー家の人間であり、魔法が使えることの証にほかならない。
「あの子たちは召使いにしないの?」
髪を耳にかける、そんななんでもない仕草さえ目を引いた。リサには、人を魅了する力がある。
「常識のないやつはお断り」
さっきとは違う教師がやってくる。ぺちゃくちゃ無駄話をしていた子たちは途端にお喋りをやめ、椅子から立ち上がり、教壇に向かって一斉に礼をした。学校の常識というものは、外とはだいぶ違うらしい。一冊教科書を作って、同じデザインの服を着せればいいんだから、教育施設としてえらくコスパが良い。
みんな同じ本を読むのはなんだか気持ち悪い体験だった。勉強なんてしたことがないからちんぷんかんぷんだ。あまりにも退屈で、サイズの合わない椅子の上で、足をぶらぶらさせる。教師は私を一瞥したが、他の生徒にするように注意をしたり、難しい問題を出したりしてこなかった。
――私は特別だから。
だっさい制服を着てやってるだけでも、全員私にひれ伏して感謝するべきだ。地味で、真っ黒なワンピース。葬式でも開くつもりなのかしら? 白いリボンタイがなければ、そう錯覚してもおかしくない。
だけど彼女は一際目を引いた。金髪碧眼というのもあるけれど、今まで私が接してきた、媚びることしか脳のない連中とは全く違う雰囲気を纏っていた。
「まずは自己紹介をして」
メガネをかけた地味な教師がそう私に促した。誰も、私に逆らえるはずがない。学校とやらは初めての場所だけど、どこに行ったって同じはずだ。無力な一般人共なんてたかがしれてる。教師の隣の、一段上がった場所に立った。女子ばかりで、今まで嗅いだことがないようないい匂いがした。
一定の間隔で机と椅子が並べられていて、同じ服を着た連中の視線が一斉に私に向く。葬儀会場くらい、整いすぎて歪な空間。ここは、“教室”っていうらしい。“学校”には他にもいくつか部屋があって、ピアノが置いてある“音楽室”や、教職員が集まる“職員室”という場所もあるらしい。
規則もたくさんあって、なんとも暮らしにくそうだ。こんなところにぶち込まれたくなかった。あの事故さえなければ――。
「メアリー・ブラッドリーでーす。一般人と仲良くする気なんてないけど、召使いくらいにはしてあげる」
私の名前に、教室はどよめいた。ヒソヒソ、噂話を始めるものもいる。
「あなたは後ろの、窓際の席ね」
さっきの、あの凛とした佇まいの美女の隣を指さした。大股で、ゆっくり歩く。
椅子や机が高すぎる。周りは十六歳前後の少女で、それに合わせて作られているのだから当然といえば当然なのかもしれない。
私は、外見だけでいえば、十歳前後の子供の背丈しかなかった。このダサすぎる制服も、いちばん小さいサイズを着用しているが、それでもブカブカだった。
「隣よろしく~」
にっこり笑いかけた、つもり。教師がなにやらごちゃごちゃ話していて、ひとしきり話し終えるとツカツカ靴を鳴らして、教室を出ていった。隣の美少女は首だけを私のほうに向けて、小さくため息をついた。
「あなた本当は何歳なの?」
「十八」
「歳上じゃない」
今度は大きなため息。
歳を取らないわけじゃない。会ったこともないお父様の意向で、成長を阻害されている。五人兄弟のうち、私を含む下の三人はそうだった。子供から、突然おばあさんになるんだ、私は。
「私の召使いになる気になった?」
「ならないってば」
長い金髪が窓からの光に反射して輝いた。背中よまで、ずっと長く伸びている。まともに働いたことなんてないような白い肌。頬杖をついて、私のことも観察するように見つめてきた。
「あなたの名前はなんて言うの?」
「リサ・ゴールドバーグ」
青い瞳を逸らされた、気がした。さらさらと、髪が絹のように彼女の顔を覆った。ゴールドバーグ、この辺ならそこそこのビジネスマンだ。私には媚びてくるけれど、そうでない相手にはいつも怒鳴り散らしていて、たぶん私より周りに嫌われている。何人も愛人がいるという噂もあった。
「ふーん、嫡出子?」
「なっ……!」
耳が赤くなったような気がした。だけど、彼女の表情を最後まで確認することは叶わなかった。何人かのクラスメイトが私の周りを囲う。
「ねぇねぇ、なにか魔法を使ってみせてよ!」
「本当に黒髪なんだね!」
「すっごく綺麗、触ってみてもいい?」
一般人共は、口の利き方から教える必要がありそうだ。学校という場所は、社会常識は教えてくれないらしい。
「一般人が気安く話しかけないでくれる?」
私が不機嫌を隠さずにそう答えると、ポツポツと周りから人が減っていった。リサのような金髪の子もいたし、茶髪や、赤毛の子もいた。私のような漆黒の髪をしている子はいない。
そのはずだ。ここじゃ、黒髪は珍しいし、魔法が使えるのも稀有な存在だった。ブラッドリー家の人間だけが黒髪で、魔法を使うことができた。髪が黒いのは、ブラッドリー家の人間であり、魔法が使えることの証にほかならない。
「あの子たちは召使いにしないの?」
髪を耳にかける、そんななんでもない仕草さえ目を引いた。リサには、人を魅了する力がある。
「常識のないやつはお断り」
さっきとは違う教師がやってくる。ぺちゃくちゃ無駄話をしていた子たちは途端にお喋りをやめ、椅子から立ち上がり、教壇に向かって一斉に礼をした。学校の常識というものは、外とはだいぶ違うらしい。一冊教科書を作って、同じデザインの服を着せればいいんだから、教育施設としてえらくコスパが良い。
みんな同じ本を読むのはなんだか気持ち悪い体験だった。勉強なんてしたことがないからちんぷんかんぷんだ。あまりにも退屈で、サイズの合わない椅子の上で、足をぶらぶらさせる。教師は私を一瞥したが、他の生徒にするように注意をしたり、難しい問題を出したりしてこなかった。
――私は特別だから。
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