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3章 クロエ・バクスターの秘密

オタクという生き物

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「あれぇ~、もうチートタイム終わりかよ」
 マヌケな声が聞こえてきて、思わずため息をついた。アーティが眩しそうに目を細めて廊下をゆっくりと進んで、こちらへ近づいてくる。我慢できなかったのか、途中で目深にフードを被った。分厚い魔導書を小脇に抱えている。
「夜が好きなんて、アンタだけよ」
「えー、そうかな?」
「お前ら、喧嘩するなよ」
 冷たく突き放したかったが、お兄様に制止されたから黙っておいてやった。下唇をギリギリ噛んだせいで、血の味が口の中に広がっていく。
「で? なにしにきたわけ?」
「徹夜でこの本を探したんだから、もう少し感謝しろよ」
 アーティは分厚く重そうな本をひょいと宙に放った。魔法の力で落下することなく、彼の手の平の上でふわふわと上下する。表紙には、“召喚悪魔の帰還方法”とある。悪魔、なのかは疑問が残るけれども。テツオを一瞥したら、ガッツリ目が合ってしまって最悪の気分に陥った。
「自分で召喚したんでしょ」
「次はもう少しマシなのを呼ぶよ」
 アーティが小さく肩をすくめた。私をおちょくっていることくらいはわかる。安易に怒鳴り散らかすほど、私は子供ではなかった。
「拙者、もう戻るのでこざるか!」
 さっきまで隅のほうで小さくなっていたくせに、急に元気を取り戻す。テツオのオタク特有の早口が、頭にキンキン響いた。クロエが苦しそうに小さく呻いて、お兄様に連れられて二人で立ち去る。あ~、羨ましい。どんどん小さくなる、その二つの背中をぼんやり見つめる。
「ゾーイ氏!! メフィスト様を頼み申す!」
「あ? なんで――?」
 空気を破壊するテツオの言葉で視線を戻した。ゾーイが驚いた表情で暗闇から姿を現した。やば、全然気づかなかった。
「あら、いたなら声をかけてくれたらいいのに」
「うるさいなぁ」
 ゾーイは面倒臭そうに目を細めた。テツオがヒュっと小さく息を飲む音が聞こえる。せっかく明けた夜がもう訪れ初め、オレンジの太陽が沈んでゆく。アーティがすかさず、得意の色とりどりの光のオーブを飛ばした。
「ひぇぇ、推しカプ! 公式!!」
「お前意味わかんねぇんだよ、行くぞ!」
「アーティ氏! これにはドーバー海峡よりも深い理由ワケが!!」
 アーティは浮遊させていた魔導書を手に取って、指をパチンと鳴らした。テツオはまだなにかわけのわからないことを喚き散らしていたが、私たちがそれを聞き取ることは叶わないほど遠くへ連行されていく。不機嫌なアーティは、いつも少々強引な手段を選択する傾向があることを、私は知っている。ていうか、おしかぷ? ってなんのことだろ。そもそも男で乙女ゲーム詳しいって、あんまりいないよね。
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