転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!

つなかん

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3章 クロエ・バクスターの秘密

レッド・レディ

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 昼がこない、というのは不便で仕方がない。ランタンを持って廊下を進む。アーティのようにいくつも光を飛ばすことができれば、こんなに重くて嵩張る代物、持ち歩く必要なんてないのだけれど。あいにく、それは私の苦手とする魔法だった。できないことはない、でもあれ疲れるのよね。
 ギシギシ、古い屋敷が音を立てる。太陽の光が差し込まないせいで、不気味な雰囲気が増大させられた。暗闇から、赤い服を着た女が急に現れた。ランタンを握る手に力がこもった。まさか、本当に幽霊? なんたってここは、降霊術に心酔したご先祖さまが作ったという、いわく付きの屋敷だし。
「こんばんは……いいえ、こんにちは」
「な、なに?」
 血まみれの服を着た幽霊レッド・レディが出るという。この屋敷の噂はどうやら本当らしい。でも別に、幽霊なんて怖くないけれど。ランタンの灯りで照らして目を凝らすと、どうやら生きた人間であることがわかった。
「なんだ、クロエか」
 原作のように物騒な乙女ゲーム展開にはならず、比較的平和なルートを歩んでいるはずだ。まぁ、夜が明けないというある意味おかしなルートを歩んでいる気がしないでもないけれど。
「……メフィスト・ブラッドリー」
「あの、なんの用ですか?」
 クロエの赤いドレスが隙間風に吹かれてはためいた。怒ってるのかな。なんだか怖い顔をしている。この前ちょっと意地悪したからって、まさかね。だってだって、モードお兄様の婚約者なんて羨ましいじゃんね。
「あなた本当にメフィスト?」
「なにを仰りたいのか、私わかりません」
 クロエの緑の目が私を射る。原作の、あのときの純粋なものではなかった。両手を後ろに隠して、にっこり気味の悪い笑みを浮かべる。赤い髪、緑の瞳、薄くて形の良い唇、細くてしなやかな手足、その全てが私の知るクロエ・バクスターなのに、目の前の彼女は、なぜだか知らない人間のように見えた。
「モード・ブラッドリー、アイツ死ぬはずじゃないの?」
「え?」
「アイツが生きてるから夜が明けないのよ」
 は、なに? なんて?
 耳を疑った。だってどんな解釈の二次創作だって、クロエにそんなセリフを言わせているものはなかった。認めたくはないけれど、モードお兄様の瀉血オナニー? のほうがまだ納得できる。
「あなたクロエ……なの?」
「私は一般人なんでしょぉ?」
 クロエはそんなに性格が悪そうに笑ったりしない。私の推しではないけどそれくらいはわかった。どうして、疑問符ばかりが頭の中に浮かぶ。
「あのね、アイツは死ななきゃいけないの。無能と言われてるけど、そうじゃない。逆なの、すごい力を持ってる。だから彼が左目を失明して、世界がおかしくなっちゃったんだよ」
 クロエは目を閉じて、大きく深呼吸をした。後ろに隠していた両手を前に出す。右手には、ギラギラ光るナイフが握られていた。
「だから殺すの」
 え、なに。もしかして転生。私と同じ。周回遅れで脳が理解する。つまり、この人はお兄様推しじゃなかった、ってことでいいのかな。たしかにそれなら原作のように上手くいかなくて怒るかも。
「でも、お兄様はあなたの婚約者でしょ?」
「知らないわそんなの! あんな奴大っ嫌い!!」
 ひぇ、怖い。クロエが大きくナイフを振りかざした。あれ、殺すってもしかして私のこと? と、とにかく避けないと。え、でもどっち。右
左……? 選択肢が表示されないから困るよこういうの。
「メフィスト様!」
 大きな声がしてそっちに気を取られてしまった。以前死んだときと同様に、私は静かに目を閉じた。しかし、いつまで経っても強い衝撃も、クロエのナイフが皮膚を切り裂く感覚も襲ってこない。不思議に思って、ゆっくり瞼を持ち上げた。
「テツオ!」
「なにコイツ、サイアクなんだけど!」
 テツオがクロエに覆いかぶさっていた。乙女ゲームの感じというよりは、タックルをしかけた、と表現したほうが正しい。ナイフは遠くの、絨毯の上に落ちている。ランタンを壁に引っ掛けて、軽く呪文を唱えてそれを引き寄せた。
「拙者、拙者はメフィスト様の味方でござる! なぜなら推しだから!! 貧乳最高! ステータス! 希少価値!!」
 あ? なに。やっぱキモ無理! 貧乳? ステータス? わけがわからなくて、寒くもないのに鳥肌が立った。
「あの……」
「それに、オタクは推しにいつまでも健やかでいて欲しいものでござる!!! あ、拙者もしかして今いいこと言った? デュフ」
 私のセリフなんか聞いちゃいない。これだからオタクはダメなんだ。こういうの、盲目オタクっていうんだっけ?
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