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2章 メフィストフェレス
たぶんこれは悪役令嬢というやつ
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「つまんなそーじゃん」
「アンタは楽しそうね」
洒落たクラッシックの演奏が流れていた。下のホールではダンスをしている男女が何組も見える。テーブルにはずらりと、ワインや、たいして美味しくもない料理が何品も並んでいて、人々はそれをありがたがって口に運んだ。
王室が開催しているような、席順からなにからなにまで決まっている堅苦しいものとは違い、気軽な立食パーティだ。ロンドンの天気は、昨日よりは回復したものの相変わらずの曇り空で、アーティは上機嫌だった。
「俺たちは適当に酒飲んで、踊ってりゃいいんだよ」
アーティは能天気に返事をして、勢いよくグラスを傾けた。赤ワインが、みるみる消えてなくなっていく。……ごくごく音を立てて飲むものじゃないと思うんだけど。
「やっぱ昼間っから飲む酒は最高だな!」
おっさん臭い。ふらふらした手つきで、再びボトルに手を伸ばした。これ、何杯目なんだろう。
「はいはい」
これ以上関わり合いになるのは、やめておいたほうがよさそうだ。静かに席を立った。お気に入りの緑のドレスをワインで汚されるわけにはいかない。テーブルを隔てた向こう側で、お兄様が笑っているのが見える。よかった、生きてる。これで、原作のような展開は回避し――。
「ごきげんよう」
声をかけられて振り返った。赤毛のセミロング、グレーの上品なドレス。清楚で美しい顔立ち。吸い込まれるような緑の目。……同じだ、原作と。
「こんにちは……」
渋々返事をした。モードお兄様が生きて、このパーティに参加しているなんて原作改変もいいところだ。緊張して口がカラカラに乾く。アーティに押し付けられたグラスに口をつけた。……おぇ、これ白ワインじゃん。喉がアルコールに蹂躙され、焼け付く。
「はじめまして! 私、クロエ・バスクター」
声がデカいって。そうだ、たしかこういうキャラだった。お兄様救済のことしか頭になくて、すっかり忘れてた。ゲームの主人公であり、モードお兄様の婚約者。元気いっぱいで、甘やかされて育ったウザったいお節介女。原作では婚約者が殺され、実質婚約破棄される可哀想な貴族の娘。そんな設定だったっけ。
「メフィスト・ブラッドリーです」
アルコールのせいで頭がふらつく。子供の身体にはどうしたって向かない。しかし、それを顔に出すほど私は愚かではなかった。原作のメフィストがそうであったように、ツンと澄まして返事をする。
「え~、やっぱりかわいいね」
「どうも」
頭を撫でられても、全然嬉しくなんてなかった。相手がモードお兄様なら話は変わってくるけど。実年齢と同等の対応をされることは少ない。そんなの、もう慣れているけれど。そういう意味では、大嫌いなアルチューロの気持ちもわからなくはなかった。
「あの、私はこれで」
「どこ行くの?」
純粋そうな、緑の瞳が私を見つめる。逆立ちしたって私はこんな風になれない。液晶画面を隔てれば、話は変わってくるけれど。
「外の空気でも吸おうかと……」
「もう少し私と話そうよ~」
クロエの白くて、柔らかくて、働いたことのない貴族の手が私の手を握る。初対面なのに、凄く嫌な感じがした。本能が、彼女は私の嫌いなタイプの人間である、と警鐘を鳴らしている。
最悪な感情が脳を満たして、舌打ちを隠せない。まがりなりにもお兄様の婚約者なんだから、本当はこんな失礼な態度は取ってはならないのに。いつの間にか、クラッシックの演奏が止んでいる。
――若くして死ぬことが、私の人生の目標だった。
持っていたワイングラスを近くのテーブルに置いた。感情をコントロールすることが難しい。ほんの少しだけ摂取した白ワインに容易く責任転嫁して、小さく指を鳴らした。
「な、なに!?」
クロエのすぐ後ろの窓ガラスが割れた。くだらない会話や、ダンスを楽しんでいた人々が騒然とする。アーティがにんまり、性格の悪そうに口角を上げて私を見ているのがわかった。
「一般人のくせに」
「え?」
「いいえ、なんでもないの」
これってなんて言うんだっけ? イジメ? それってたしか、いじめられるほうに原因があるんだったよね。うん。クロエの緑の瞳に恐怖の色が差した。
音もなく、また風もないのに、すぐ近くの赤ワインが倒れた。こんなの、スマホをスワイプするのと同じだ。クロエの、グレーの上品なデザインのドレスがフランスの高級ワインで染色される。
「あらら~、大丈夫?」
「なんなの、あなた――」
周りの大人たちが一斉にヒソヒソ話を始めた。クロエはその場に立ち尽くし、アーティは手を叩いてゲラゲラ笑った。こいつ、性格悪っ!
「大丈夫か、クロエ!」
モードお兄様がこちらに歩いてくる。怒られちゃうかな。あーあ、私、嫌われちゃうのかな。立ち尽くすクロエな手を取って、私を睨みつける。
「メフィスト! どういうことだよ、これ!」
「ごめんなさーい、そんなつもりなかったの」
うるうる、目をうるませる。実年齢と同等の扱いをされることは少ない。それは私にとって、悪いことばかりではなかった。
「気をつけろよ」
お兄様は小さく鼻を鳴らした。クロエの肩を丁寧に抱いている。うっざ、そのスチル需要ありませーん。
「アンタは楽しそうね」
洒落たクラッシックの演奏が流れていた。下のホールではダンスをしている男女が何組も見える。テーブルにはずらりと、ワインや、たいして美味しくもない料理が何品も並んでいて、人々はそれをありがたがって口に運んだ。
王室が開催しているような、席順からなにからなにまで決まっている堅苦しいものとは違い、気軽な立食パーティだ。ロンドンの天気は、昨日よりは回復したものの相変わらずの曇り空で、アーティは上機嫌だった。
「俺たちは適当に酒飲んで、踊ってりゃいいんだよ」
アーティは能天気に返事をして、勢いよくグラスを傾けた。赤ワインが、みるみる消えてなくなっていく。……ごくごく音を立てて飲むものじゃないと思うんだけど。
「やっぱ昼間っから飲む酒は最高だな!」
おっさん臭い。ふらふらした手つきで、再びボトルに手を伸ばした。これ、何杯目なんだろう。
「はいはい」
これ以上関わり合いになるのは、やめておいたほうがよさそうだ。静かに席を立った。お気に入りの緑のドレスをワインで汚されるわけにはいかない。テーブルを隔てた向こう側で、お兄様が笑っているのが見える。よかった、生きてる。これで、原作のような展開は回避し――。
「ごきげんよう」
声をかけられて振り返った。赤毛のセミロング、グレーの上品なドレス。清楚で美しい顔立ち。吸い込まれるような緑の目。……同じだ、原作と。
「こんにちは……」
渋々返事をした。モードお兄様が生きて、このパーティに参加しているなんて原作改変もいいところだ。緊張して口がカラカラに乾く。アーティに押し付けられたグラスに口をつけた。……おぇ、これ白ワインじゃん。喉がアルコールに蹂躙され、焼け付く。
「はじめまして! 私、クロエ・バスクター」
声がデカいって。そうだ、たしかこういうキャラだった。お兄様救済のことしか頭になくて、すっかり忘れてた。ゲームの主人公であり、モードお兄様の婚約者。元気いっぱいで、甘やかされて育ったウザったいお節介女。原作では婚約者が殺され、実質婚約破棄される可哀想な貴族の娘。そんな設定だったっけ。
「メフィスト・ブラッドリーです」
アルコールのせいで頭がふらつく。子供の身体にはどうしたって向かない。しかし、それを顔に出すほど私は愚かではなかった。原作のメフィストがそうであったように、ツンと澄まして返事をする。
「え~、やっぱりかわいいね」
「どうも」
頭を撫でられても、全然嬉しくなんてなかった。相手がモードお兄様なら話は変わってくるけど。実年齢と同等の対応をされることは少ない。そんなの、もう慣れているけれど。そういう意味では、大嫌いなアルチューロの気持ちもわからなくはなかった。
「あの、私はこれで」
「どこ行くの?」
純粋そうな、緑の瞳が私を見つめる。逆立ちしたって私はこんな風になれない。液晶画面を隔てれば、話は変わってくるけれど。
「外の空気でも吸おうかと……」
「もう少し私と話そうよ~」
クロエの白くて、柔らかくて、働いたことのない貴族の手が私の手を握る。初対面なのに、凄く嫌な感じがした。本能が、彼女は私の嫌いなタイプの人間である、と警鐘を鳴らしている。
最悪な感情が脳を満たして、舌打ちを隠せない。まがりなりにもお兄様の婚約者なんだから、本当はこんな失礼な態度は取ってはならないのに。いつの間にか、クラッシックの演奏が止んでいる。
――若くして死ぬことが、私の人生の目標だった。
持っていたワイングラスを近くのテーブルに置いた。感情をコントロールすることが難しい。ほんの少しだけ摂取した白ワインに容易く責任転嫁して、小さく指を鳴らした。
「な、なに!?」
クロエのすぐ後ろの窓ガラスが割れた。くだらない会話や、ダンスを楽しんでいた人々が騒然とする。アーティがにんまり、性格の悪そうに口角を上げて私を見ているのがわかった。
「一般人のくせに」
「え?」
「いいえ、なんでもないの」
これってなんて言うんだっけ? イジメ? それってたしか、いじめられるほうに原因があるんだったよね。うん。クロエの緑の瞳に恐怖の色が差した。
音もなく、また風もないのに、すぐ近くの赤ワインが倒れた。こんなの、スマホをスワイプするのと同じだ。クロエの、グレーの上品なデザインのドレスがフランスの高級ワインで染色される。
「あらら~、大丈夫?」
「なんなの、あなた――」
周りの大人たちが一斉にヒソヒソ話を始めた。クロエはその場に立ち尽くし、アーティは手を叩いてゲラゲラ笑った。こいつ、性格悪っ!
「大丈夫か、クロエ!」
モードお兄様がこちらに歩いてくる。怒られちゃうかな。あーあ、私、嫌われちゃうのかな。立ち尽くすクロエな手を取って、私を睨みつける。
「メフィスト! どういうことだよ、これ!」
「ごめんなさーい、そんなつもりなかったの」
うるうる、目をうるませる。実年齢と同等の扱いをされることは少ない。それは私にとって、悪いことばかりではなかった。
「気をつけろよ」
お兄様は小さく鼻を鳴らした。クロエの肩を丁寧に抱いている。うっざ、そのスチル需要ありませーん。
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