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1章 幽霊屋敷の謎
推しさえいればいい
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「お兄様!!」
「やぁ、メフィスト」
かわいい女の子だから、なにをしても許される。原作のメフィストもそんなキャラクターだった。冷たい北風も、眩しいだけの太陽も不愉快でしかなかったが、私に向かって微笑むモードお兄様が視界に映ればその限りではなかった。
ニコニコ手を振って、フリフリの日傘をアーティに押し付けて走り出す。フードを目深に被ったアーティの舌打ちなんて、聞こえないフリをした。モードお兄様の金髪が太陽に反射してキラキラ光った。もうすぐ二十歳の誕生日を控えた、年齢相応の外見。ブラッドリー家の人間は黒髪ばかりなのに、彼だけは違う。……特別なんだ。
「元気そうだな」
思いっきり、助走をつけて抱きついてもびくともしない。見上げると、困惑気味にはにかんでいた。あ~、推せる、好き。
「今日はお兄様が起こしてくれるのかと思ったのに」
「ごめんな、今日は忙しくて」
頭を撫でる手が温かい。ヒロインじゃなくても、充分幸せかも、なんて。アーティが、ぜぇぜぇ息を切らせながら私たちに追いついて、大きな舌打ちをしながら馬車に乗り込んだ。
忙しいはずだ。お兄様の盛大な誕生日パーティが控えているんだから。手を引かれて、私も馬車に乗り込んだ。座り心地が良いとはとても言えない。アーティがイライラと貧乏揺すりを繰り返していた。よっぽど太陽の光が嫌いらしい。
馬車が走り出すと、街の景色がびゅんびゅん早く通り過ぎていった。アーティは「バカンス」と言っていたが、そんなに生易しいものじゃない。というか、ちょうど今、頭の中で必死にモードお兄様を殺すことを考えているのだろうか。キモすぎる。
「今回は近いから移動が楽だな!」
アーティが俯いたままこちらにギョロりと視線をやり、明るく話しかけてきた。なにを考えているのかわからず、不気味ささえ感じる。
「なんせロンドンだし!!」
アーティはさらに言葉を続けた。馬車はロンドンの市街地に入ると、次第に速度を落とした。ガタガタした田舎道を脱出し、やっと息をつくことができる。
パーティはたいてい、所有している別荘のどこかで行われる。今回はお兄様の誕生会――婚約者のクロエのお披露目会も兼ねているから、集まりやすいロンドンに設定された。
そのパーティこそ、“BfN”の時間軸なのだ。ゲームならリセットしたり、セーブデータを分けたりできるけど、今回は違う。原作では絶対に覆らなかったお兄様の死を回避させる。その事実をなかったことにできる。きっとそのチャンスを掴もう。そうでなければ、生きている意味がない。
「バタバタするな、じっとしてろ」
「きゃー、モーディこわーい」
は? なんでその呼び方してんの? 私もしたい!! でもでも、恐れ多くてできないよね。はぁ~、今日もお兄様は尊いなぁ。楽しそうに笑っている。このあと殺されてしまうなんて、そりゃ予想もつかないだろう。
「……はぁ」
嘆息して、窓の外に視線をやる。窓枠に肘を乗せ、小さなガラスに色素の薄い青い目が反射する。
イギリスで最も呪われた屋敷――グリニッジ壮が遠くに見えた。降霊術に心酔していたご先祖さまが建てた屋敷で、その昔、火事があったとかなんとか。ロンドンの一等地にそびえ立つ、ひときわ大きな屋敷。青く、晴れ渡っていた空がみるみる曇っていき、ポツポツ雨が降り出した。冷たい北風はそのまま強くなり、馬車の窓を強く揺らした。
「女の人の幽霊が出るんだっけ?」
あえて、あまり興味がなさそうに口を開いた。血まみれの服を着た、レッド・レディとかいう幽霊が出るという噂は有名だ。有名すぎて、私が前世でゲームをしていなくても知っていただろう。
太陽が雲で翳ったことで、アーティは上機嫌で被っていたフードを脱いだ。青白く、病的に透き通った肌に不安を覚える。本人はニコニコ笑みを浮かべていて、無邪気そうに窓にやった。
「幽霊、会えたら楽しいだろうな!!」
「それはそうかもだけど、本当に出るとは思えないわ」
向かい側に座るアーティと、できるだけ目線を合わせないように気を配る必要があった。なんだか怖い。それに、殺すのをやめさせようとするのも、モードお兄様の前では難しい。今日の今日までアーティに、人を殺そうだとか、そんなことを考えている様子は見られなかった。だから、とにかくパーティまでにはなんとかしないと。
「お前たち、遊びに行くんじゃないんだぞ」
「え~、違うの?」
楽しい兄弟の会話にしか聞こえない。雨粒で汚れた窓に、アーティの黒い瞳が反射した。――目が暗く、全く笑っていない。
「やぁ、メフィスト」
かわいい女の子だから、なにをしても許される。原作のメフィストもそんなキャラクターだった。冷たい北風も、眩しいだけの太陽も不愉快でしかなかったが、私に向かって微笑むモードお兄様が視界に映ればその限りではなかった。
ニコニコ手を振って、フリフリの日傘をアーティに押し付けて走り出す。フードを目深に被ったアーティの舌打ちなんて、聞こえないフリをした。モードお兄様の金髪が太陽に反射してキラキラ光った。もうすぐ二十歳の誕生日を控えた、年齢相応の外見。ブラッドリー家の人間は黒髪ばかりなのに、彼だけは違う。……特別なんだ。
「元気そうだな」
思いっきり、助走をつけて抱きついてもびくともしない。見上げると、困惑気味にはにかんでいた。あ~、推せる、好き。
「今日はお兄様が起こしてくれるのかと思ったのに」
「ごめんな、今日は忙しくて」
頭を撫でる手が温かい。ヒロインじゃなくても、充分幸せかも、なんて。アーティが、ぜぇぜぇ息を切らせながら私たちに追いついて、大きな舌打ちをしながら馬車に乗り込んだ。
忙しいはずだ。お兄様の盛大な誕生日パーティが控えているんだから。手を引かれて、私も馬車に乗り込んだ。座り心地が良いとはとても言えない。アーティがイライラと貧乏揺すりを繰り返していた。よっぽど太陽の光が嫌いらしい。
馬車が走り出すと、街の景色がびゅんびゅん早く通り過ぎていった。アーティは「バカンス」と言っていたが、そんなに生易しいものじゃない。というか、ちょうど今、頭の中で必死にモードお兄様を殺すことを考えているのだろうか。キモすぎる。
「今回は近いから移動が楽だな!」
アーティが俯いたままこちらにギョロりと視線をやり、明るく話しかけてきた。なにを考えているのかわからず、不気味ささえ感じる。
「なんせロンドンだし!!」
アーティはさらに言葉を続けた。馬車はロンドンの市街地に入ると、次第に速度を落とした。ガタガタした田舎道を脱出し、やっと息をつくことができる。
パーティはたいてい、所有している別荘のどこかで行われる。今回はお兄様の誕生会――婚約者のクロエのお披露目会も兼ねているから、集まりやすいロンドンに設定された。
そのパーティこそ、“BfN”の時間軸なのだ。ゲームならリセットしたり、セーブデータを分けたりできるけど、今回は違う。原作では絶対に覆らなかったお兄様の死を回避させる。その事実をなかったことにできる。きっとそのチャンスを掴もう。そうでなければ、生きている意味がない。
「バタバタするな、じっとしてろ」
「きゃー、モーディこわーい」
は? なんでその呼び方してんの? 私もしたい!! でもでも、恐れ多くてできないよね。はぁ~、今日もお兄様は尊いなぁ。楽しそうに笑っている。このあと殺されてしまうなんて、そりゃ予想もつかないだろう。
「……はぁ」
嘆息して、窓の外に視線をやる。窓枠に肘を乗せ、小さなガラスに色素の薄い青い目が反射する。
イギリスで最も呪われた屋敷――グリニッジ壮が遠くに見えた。降霊術に心酔していたご先祖さまが建てた屋敷で、その昔、火事があったとかなんとか。ロンドンの一等地にそびえ立つ、ひときわ大きな屋敷。青く、晴れ渡っていた空がみるみる曇っていき、ポツポツ雨が降り出した。冷たい北風はそのまま強くなり、馬車の窓を強く揺らした。
「女の人の幽霊が出るんだっけ?」
あえて、あまり興味がなさそうに口を開いた。血まみれの服を着た、レッド・レディとかいう幽霊が出るという噂は有名だ。有名すぎて、私が前世でゲームをしていなくても知っていただろう。
太陽が雲で翳ったことで、アーティは上機嫌で被っていたフードを脱いだ。青白く、病的に透き通った肌に不安を覚える。本人はニコニコ笑みを浮かべていて、無邪気そうに窓にやった。
「幽霊、会えたら楽しいだろうな!!」
「それはそうかもだけど、本当に出るとは思えないわ」
向かい側に座るアーティと、できるだけ目線を合わせないように気を配る必要があった。なんだか怖い。それに、殺すのをやめさせようとするのも、モードお兄様の前では難しい。今日の今日までアーティに、人を殺そうだとか、そんなことを考えている様子は見られなかった。だから、とにかくパーティまでにはなんとかしないと。
「お前たち、遊びに行くんじゃないんだぞ」
「え~、違うの?」
楽しい兄弟の会話にしか聞こえない。雨粒で汚れた窓に、アーティの黒い瞳が反射した。――目が暗く、全く笑っていない。
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