新世界VS異世界

黒木シロウ

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一章「四宝組編」

第九話 雨の降るころに

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 翌日。時刻は昼。

「真冬殿、曇ってきたよ」

 朝から昼に掛けて寝ていたナナは、コンビニの中から薄暗い空を見て言った。

「ああ、一雨きそうだな」
「昨日はあんなに晴れてたのに」
「魔物が多いと天候が崩れやすいのかもな」
「そうなのか! 真冬殿は博識だな!」
「いや、知らないけど」
「ガーン!」

 二人は、残った熊肉を食べながらそんな話をしていた。


「ぷはぁ、旨かった! 真冬殿は料理の天才だ!」
「自炊したことがあれば、こんなもの誰でも作れるようになる」
「そういう謙遜したところも素敵だ! モテるでしょ!」
「モテないよ、ほら、いいから身だしなみ整えてこい」

 真冬は、コンビニに陳列してある洗面用具を手に取ると、ナナに渡した。

「これ使っちゃっていいのか?」
「非常事態だ、そんなことも言ってられない」
「そっか、わかった! 待っててくれ!」

 ナナはコンビニの台所に走って行った。
 蛇口から流れる水の音がここまで聞こえてくる。

 電気とガスはどこの施設も止められていたが、水道だけは使うことができた。なんでだろう、お陰で助かったけど。

 さて、これからどうするか。
 さっさと、心紅の家に戻るのが一番いいんだろうか。
 だが、ダメージも結構残っている。家に帰れば回復薬とやらで跡形もなく治してくれると思うが、移動中に襲撃されたら厄介だ。

「終わったぞ! 真冬殿!」
「よし、外に行くか」

 真冬は腰を落ち着けたコンビニから出ることにした。
 狼の魔物はいなくなっていた。

「こっちだ」
「真冬殿、これからどこに向かうんだ?」
「もう少しスラム街の方に寄るつもりだ、魔物も警戒してこなくなるからな」
「なるほど! それじゃあ、どんどん行こう!」

 十分ほど進んだところで、真冬の足が止まった。

「待て、貴様ら」

 真冬の眼前に、男が立ちはだかる。

「なんだジィさん、盗賊か?」

 男の見た目は六十代前半くらいだろう。ボサボサな白髪と伸ばしっぱなしの立派な白髭。背は低くナナよりも小さい。それでもガッチリとした体型をしている。

「失礼なやつだ、盗賊なわけがないだろう」

 物取りじゃない、じゃあ何なんだ、このジィさんは?
 そもそも、人気のないところで、そんなことするやつもいないか。

「じゃあ、何の用だ!」

 眉間にシワを寄せたナナが、ずいずいと前に出て、真冬に代わって言った。

「貴様らだろ! あっちの道路を砂場にした大馬鹿者どもは!」

 真冬は、鮫島との戦いを思い出す。
 あー、そのことか······嘘ぉ、怒る人いるのここぉ?

「何の事だかサッパリわからない!」
「ナナ······もういい」
「なんで止めるんだ! 冤罪だ! 私やってないもん!」
「俺だ」
「えッ!」

 ナナが目を丸くしてこちらを見る。

「ふん、やっぱりな。ここらじゃ貴様らくらいしか人がいなかったからな!」

 男は腕を組み、真冬を見上げ得意げに言った。

「すまない、この子は関係ないんだ」
「もしや! 水葵殿と戦ったときか!」

 ナナはハッとなり言った。

「······やりすぎた」

 ナナはわなわなと震えている。
 それにしても、このジィさんは何者だ? 外見は盗賊、もしくは浮浪者のようだが。

「あそこが貴様の仕業だとすると、さらに向こう、廃ビル内の有様も貴様だなぁ?」

  男が問い詰めるように言った。

「ふっ、馬鹿を言え! 言いすぎだ! 真冬殿がそんなことするはずがない!」
「ナナ······下がれ」
「はッ!」

 ナナは絶望した顔でこちらに振り向く。ほろりと一粒の涙が頬を伝う。

 マズい、失望させてしまった。これ以上好感度を下げると、同行を拒まれるかもしれない。釈然とした態度で素直に言おう。

「俺だ」
「真冬殿ぉ」
「組織の追手と戦ってたんだ」
「そうだったのか、それも、私を助けたせいだな」

 ナナは、俯きしょんぼりとしている。

「俺が好きでやったことだから気にするなって」
「でも、でもぉ」

 ナナは今にも泣き出しそうだった。

「御託はいい、貴様がやったんだな」
「ああ」

 武装警察にでも連行されるのだろうか。
 せめてナナだけは心紅の家まで送り届けたい。

 こうなったら抵抗するしかないか。

 いやだなぁ、罪悪感がある。向こうは正義だ、身を守るためとはいえなぁ。

「十万だ」
「へ?」

 突拍子もない男の言葉に、真冬は変な声を出した。

「俺が変わりに直してやる、十万払え」
「あの、どちらさんで?」
「俺はこの郊外と成り果てた街を、修繕して回っている、GGBの 土屋大地つちや だいちだ。ほら、金はあるのか?」

 GGB、聞いたことのない組織だな。
 だが、よかった、金で解決できるのなら、それに越したことはない。

 名乗られたので、真冬たちもそれぞれ名乗った。


「わかった、払う」

 金は······ふぅ、足りるな。真冬は財布の中身を見て胸をなで下ろす。
 そして、金を取り出し大地に渡した。

「いい迷惑だぜ、今日中に隣の区まで行くつもりだったんだがな」
「一つ気になったことが」
「なんだ、坊主」
「俺がやっといてなんだけど、あんなのどうやって直すんだ」

 詐欺の可能性もある。まぁ、それもこんなところでやるもんじゃないだろうが。

「なんだ、勘ぐってんのか? そんなもん俺の能力でチョチョイのちょいよ」

 そう言うと大地は、地面を片手でタッチした。
 すると、その部分の土が盛り上がり、最後には人の形となった。

「グゴガガ」

 ゴーレムだ。二メートルはある。材質はコンクリートだ。
 ゴーレムは言葉にならない声を発して、プシューと口から蒸気を吹き出す。

「うおお! スゴい! なんだこれは!」

 今まで落ち込んでいたナナが目を輝かせている。こういうのが好きなのか、なるほど。

「ゴーレムを作り出せるのか」
「そうよ、俺の能力は『土人形生成』。こいつにやらせるわけよ」

 おもむろにゴーレムは、消火栓の蓋を器用に開き水を補給し始める。

「水を飲んでるのか」
「おう、コンクリートを作るには、水が必要なんだよ」

 だから、水道が使えたのか。

 水の補給が終わり、蓋を閉めなおしたゴーレムは、のそのそと歩いて行ってしまった。

「あ、どっか行くぞ」
「自動で直すんだ、口からコンクリートを流し込んでな。で、直し終わったら、そのままコンクリートの一部になる。後は道路の方か」

 大地は先ほどと同じ要領で、今度はアスファルト製のゴーレムを作り出した。

「今度は黒いぞ! カッコいいな!」
「こいつの良さがわかるのか」
「うん! 黒くてカッコいい!」

 ナナは、初対面の大地と意気投合している。

 土屋さんの実力は確かだ。だから一人で魔物の多い地域を任せられているんだろう。

「坊主」
「なんだ」
「訳ありなのは、なんとなくわかるが、なんか困ってるのか?」
「困ってるが、巻き込むタイプのものだから」
「そうかい、そろそろ雨が降るから気をつけろ」

 なんだ? 急に優しくなったな。真冬が訝しんでいると、それに気づいたのか大地がこう続ける。

「会社の方針だ、困ってる奴がいたら、できるだけ助けろってな」
「GGBといったか、どういう組織なんだ?」
「人助けから地域復興までそつなくこなす粋な会社だ」
「いい会社だな」

 俺もちゃんと働くとしたら、そういうところがいいな。

「だろ? わはは!」

 大地は最後に「達者でな」と、言い残して、真冬たちとは反対方向に去って行った。

「いいおじちゃんだったな!」
「そうだな。あ······」

 携帯貸してもらえばよかった、すっかり忘れていた。

「真冬殿、雨が降ってきたな」

 ナナが手の平を上に向けて言った。ぽつりと雨粒が真冬の鼻先にも当たった。

「どこかで雨宿りしよう」
「うん!」

 二人は、デパートの入口に入り、強まってきた雨を眺める。

 ツイてない。
 けが人の俺と、女で子供のナナ。この雨の中を無理して進むのは危険だ。

「真冬殿」
「ん、どうかしたか?」
「ここデパートってやつだよね」

 ナナはそわそわした様子でデパートの奥の方を見ている。

「入ってみるか?」
「いいのか!」
「いずれにしろ、この雨じゃ移動もままならない。食料確保って名目ならーー」
「やったー! うっひょー!」

 ナナは電力の通っていない自動ドアを、無理やりこじ開け、頭をねじ込み。デパートの中へと走って行った。子犬かよ。

 鮫島と行動していた時は、こういう所には寄らなかったのか?
 いや、行かないな、カフェとか路地裏とかによくいるからな、あのキザ野郎は。

「暗いな、懐中電灯も探すか。······あいつは暗視ゴーグルでも付けているのか」

 すでにナナの姿はない。ドタバタと足音は聞こえるのでまだこの階にはいるとは思うが。

「うわー!」

 ナナの叫び声。
 真冬は舌打ちをして、声のする方向へ走る。

「大丈夫か!」

 ナナの元に駆けつけると、そこには、
 腰を抜かしたナナと、それを見下ろす男の姿があった。

「新手か」

 真冬は咄嗟に拳を構える。

 男の見た目は、十代後半。髪色は白銀。長さは肩くらい。
 黒いロングコートを着ていて、縦長の瞳孔は真冬の方へと向けられている。

「お前は······崩紫真冬、か?」

 やや悩んだあとに男はそう言った。俺の名を知っている。
 やっぱり新手か。

 真冬は、両手に暗緑色の『崩壊』のオーラを纏う。臨戦態勢だ。

「その反応、当たっていたか、ならばここで死んでもらう」

 男は、両手を広げる。

 ん? 四宝組が差し向けた死客じゃないのか。
 となると四宝組自体の敵か、俺が裏切って追われているのを知らないみたいだな。

「待て、四宝組は抜けた。戦う理由がない」
「抜けた? じゃあナナと一緒にいるのはどういうことだ」

 ナナの名前も知っている、ということは。

「俺が逃がした」
「逃がした? 攫った奴がか」
「攫ったのは俺じゃない」

 男は頭を動かさずに、ナナに視線だけを向ける。

「本当か?」
「うんうんうんうん!」

 ナナはブンブンと頭を縦に降る。やっぱりこいつら知り合いかよ!

「ナナ、この人はどちらさんで」
「私のお兄ちゃんだ」

 マジっすか。




______




 その日の夕方。


 真冬たちは、マンションの一室にいる。
 空き部屋なので特に何も無い。

 テーブルの真ん中に置かれた蝋燭が部屋をぼんやりと照らしている。

「忘れる前に話そうか」

 リビングでくつろいでいる男はそう言った。

「今、肉を焼いている」

 真冬はというと、ダイニングキッチンでカセットコンロを使い、肉を焼いていた。生肉は手に入らなかったので、デパートで手に入れた缶詰を食べることにした。

「早くしてくれ、話すことを忘れてしまう」
「どんだけだよ! 記憶力弱すぎだろ」
「そういうふうに作られている」

 人造人間。ナナの兄貴ということは、この男も博士とやらに作られた人間か。

「でも、俺の名前は覚えていたじゃないか」
「······真夏といったか」

 わざとだろ、絶対。

「崩紫真冬だ」
「そうだ、それだ」
「いまさらだけど、名前はなんていうんだ?」
「ああ、名乗るのを忘れていた。俺は、ロア・フルレインだ」

 ロアは、そう言うと真冬に歩み寄る。そして握手を求めた。

「よく妹を助けてくれた、礼を言わせてもらう」
「気持ちは有難く受け取っとく、でも、握手はしないことにしている」
「そうか」

 二人で話していると、ナナがシャワー室からバタバタと出てきた。

「冷たい! 冷たい!」
「電気とガスは止められてるから、タオルで体を拭くくらいで我慢しろって言っただろ」
「だって臭うし、真冬殿だって臭いのやだろ?」

 いや、非常事態だから別に気にしないだろ。

「どうなんだ、真春。冬に水しか出ないシャワーを浴びた妹の質問に答えてやれ。お前は匂いフェチなのか?」
「わっけわかんねぇよ! なんで俺の性癖暴露しなきゃならないんだ! そして俺の名前は真冬だ! この季節とともに覚えやがれ!」

 話に集中したために肉が焦げてしまった。


「中々旨いな」

 ロアが少し焦げた肉を食べて言う。

「だろう! スゴイのだ! 真冬殿は!」

 ナナもがっついている。
 あ、わかった。兄妹揃って味覚音痴なんだ。

 でも、もしかしたら、焦がすことで奇跡的に旨くなってる可能性もあるか、どれ。

 サクッ。

「にげぇ」

 特に焦げの酷いところを、さりげなく俺のところに回したけど、不味い。

「真冬殿、ちゃんと食べないと傷が治らないぞ!」
「なんだ真冬。俺に遠慮しているのか? 気にすることはない、しっかり食え」

 あ、はい。


 食事も済み、蝋燭を床に起き、それを三人で丸く囲んだ。
 顔を付き合わせ、情報共有をするためだ。

「ロア、まだ忘れてないか?」
「ん? なんのことだ?」

 本当に忘れん坊さんなのね。

「真冬殿! 話していけば思い出すことがほとんどだから、進めちゃってもいいと思うぞ」

 さすが妹、兄の扱い方を弁えている。

「そっか、ならロアの目的から聞こうか」
「ナナを連れて帰ることだ」
「攫われたことは知っていたのか」
「もちろんだ、ナナは騙されやすく作られているからな。研究所の外にいる時を狙われたようだ」

 忘れやすかったり、騙されやすかったり。なぜそんなふうに弱く作る必要があるんだろうか。

「だって、子供が魔物に襲われてけがしたから運ぶのを手伝ってほしいって言われて、それで」
「わかった、ナナは悪くない」
「真冬殿」

 そういうふうに作られているなら、しようがない。
 なんでも崩すように生まれてきた俺も同じようなもんだしな。

「真冬、俺からも聞かせてもらうが、ナナを逃がした理由は?」
「気に食わなかったからだ」
「組織の意向だろう?」
「組織のボスが代わってから、やり方が変わったんだよ」
「お陰で救い出す手間が省けたから、何も言わないが、大丈夫なのか? 報復とか受けなかったのか」

 絶賛報復中。なんて言うとナナが落ち込むしな。話を変えるか。

「それより、四宝組はまだナナを諦めてないみたいだーー」
「それよりじゃない、報復とか大丈夫なのかと聞いている」

 ロアは、真冬にずいっと顔を近づけて、縦長の瞳孔で見つめる。

 誤魔化せないか。

「大丈夫じゃ、ないな。何度か襲撃されてる」
「ふうん」

 ロアは元の位置に戻ると、目を瞑り腕を組んだ、何かを悩んでいるようだ。

「真冬殿ぉ、やっぱりそんな目にあってたのか。私のーー」
「ナナは黙ってろ」
「ろ、ロアにぃ?」

 おどおどとするナナ。何度も真冬とロアを交互に見る。
 暫くの沈黙の後、ロアが口を開いた。

「本当はな、場合によってはナナは諦めろと博士に言われていた」
「なッ!」

 真冬は絶句した。青筋がピキっと立つ。

「ナナの髪には極小の発信機が埋め込んである。だから連れ去った組織が四宝組だとすぐにわかったんだ。だが博士は四宝組と事を構えたくないからナナを諦めると言った」
「ふざけんじゃねぇ!」
「ま、真冬殿! 落ち着いてくれ! ロアにぃは、こうして来てくれたんだ!」

 真冬は、気づかないうちに、ロアの襟を掴んでいた。

「······ごめん。ロアは助けに来たんだもんな」

 真冬は、パッと襟を放す。

「そうだ、助けに来た。博士の関係者とバレないようにするなら助けに行ってもいいと言われた」
「バレないようにか、じゃあナナは研究所には帰れないのか?」
「狙われているうちは帰れないな」

 元々、こっちで匿うつもりだったから、それはいい。

「ロアは、四宝組に顔が割れているのか?」
「その可能性は低い、俺はほとんど研究所にいない。この特性のせいでな」

 ロアは、窓の外を指差した。
 外は大雨だ。

「俺を作った際の研究課題は『呪い』。俺は雨雲がついて回る雨男だ」
「同じ場所に長期間滞在できないから研究所にほとんどいないのか」
「一週間もいたら、洪水になるだろうな」

 それが、ロアの能力か? にしてはデメリットしかないな。

「でも、ロアにぃには剣があるじゃないか!」
「剣?」
「······どこかに忘れてきたようだ」

 おいおい、剣士かと思いきや、剣を忘れる剣士なんて聞いたことがないぞ!

「ロアにぃは剣さえ握れば、めちゃくちゃ強いんだ! 雨なんて、些細なもんだ!」

 雷がなる。かなり近い。

「ひああああ!」

 ナナは悲鳴をあげると部屋の奥へと走り出し。椅子の下に隠れる。

「か、雷も、さ、些細なもんだ!」

 説得力皆無だよ。ナナさん。

「お互い大変だな」
「ああ、真冬は追手に追われ、俺は雨雲に追われている」
「違いない」
「ははは」
「はははははは!」

 男二人は、バカ笑いをする。
 ナナは椅子の下から不思議そうに二人を見つめる。

「四宝組を潰すのを手伝ってくれ」

 真冬は正直に言った。
 目的が一致して尚且つ腹を割って話したロアになら頼むことができる。

「顔の割れてない俺なら、博士と組織が敵対することはない。思う存分に手を貸すことが可能だ。だが博士からはそんなことまで頼まれていない」

 そうだよな、すでにナナは助け出してるんだ。俺に協力する義理もない。

「だが、抜き差しならない事態に陥ってるのはお互い様だ。俺の意思で、真秋、お前に協力しよう」

 真冬にとって意外な答えが返ってきた。頼んでおいてなんだが、手伝ってくれるとは思っていなかった。

「ありがとう、助かるよ。そして名前を覚えろ」
「善処する。真しん······」
「読み方を変えるな。真冬だ」


 こうして、雨男が仲間になった。

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