魂魄シリーズ

常葉寿

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第四章「恩愛訣別関(おんないわかれのせき)」

【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』32話「三兄弟③」

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「いくら山賊でも、さらし首はやり過ぎよっ」

「お嬢さま、守護職には、どうぞ口を挟まないで下さい。お父上から一任されています」

「なっ……」

 机に向かい書類に目を通し、ふり向きもしない刻蔵の背中を浄瑠璃は睨み付ける。

 奴隷としてこの家に来たとき彼は全てに怯えて震えるばかりだった。その時は「心配することはない」と安心させたものだが、人は変われば変わるものだ。

 狂都守護職副長。

 今や彼は肩書だけの喜多方当主に代り、組織を統率しまとめあげ、山賊狩りを筆頭に鬼とする異人の処罰、正規の朝廷軍部が出動するまでもない、都の汚れ仕事を一手に引き受けていた。

「副長、お伝えしたいことがあります……あっ、姫さま、ご機嫌うるわしく」

「うるわしくないいわよっ」

 副長室に入ってきた職員に姫は苛々した様子で言い放ち、鼻息を荒げて退室した。残った刻蔵は涼しい顔で知らせを受ける。

「四条大橋に現れる異人?」

「見た者の話では、黒い巨人が道行く者から刀を奪っているとのことです」

 ここ狂都では異人の存在は認められていない。邪馬徒を凌ぐ文明と技術を持った彼らを覇道皇は恐れ、難破船から日ノ本に漂流した者を、鬼と決めつけてはことごとく処刑していた。

 彼らを追い詰める華の仕事を軍部が行い、後始末――処刑するのはいつも守護職の役目だ。

「軍部に任せておけ」

「しかし、彼らは九尾狐との戦いで動けません。ここは我らの出番かと」

「都の治安は我らの務めか……わかった、今夜出動する」

 刻蔵はそう言って職員を退室させ、胸元から名の彫られた首飾りを取り出した。それはかつて泣いてばかりの自分に母親が作ってくれたお守りだった。

 忙しく毎日を送る中でも母親と兄のことを忘れた日はない。彼らは元気でいるだろうか……。

「フンッ……どうせ、もう……死んでいる」

 刻蔵は呟くと首飾りを握り、残っていた書類を片付け、夜に向けて準備を始める。

 異人であれば自分が出動せずとも下っ端で充分であるが、黒い異人はめっぽう力強いと聞く。それに軍部から難癖を付けられる場合もある。自分が参加した方が奴らも口を出せまい。

 彼の自信は最近の守護職……刻蔵の功績の数々に裏付けられていた。

 ○

「ここが……鬼が出るという五条橋か」

 牛若は被衣かつぎで顔を隠して横笛を吹き、ちまたで噂される鬼が来るのを待った。

 あれから役所へ行ったが、二人の兄の情報を得ることはできなかった。役所に登録されていないとなると、彼らは既に死んでいる可能性もあるが……彼は考えた。

 何かの事情で登録していないだけかも知れない。それであれば功績を重ねて兄たちに自分を見つけて貰うしかない……と。

「刀を奪う鬼か。一体、何者だろう」

 牛若は霧が立ち込める橋の中央を歩く。鬼は橋を通る者を誰彼構わず襲い物品を奪うという。中でも刀には目が無いらしく、多くの武人が被害に遭っていた。笛を吹き目立てばあちらから姿を現す……作戦は見事に的中した。

「……刀置いてケ」

「お前が橋の上の鬼か」

 霧が風に流れると巨大な鬼が姿を現した。

 剃髪した顔は暗闇に紛れるほど黒く光り、同じく漆黒の衣服は僧が着る法衣ほうえに似ている。更に両手で巨大な金剛杖を持ち構えていた。

「さては僧から剥ぎ取ったな……悪い子だ」

 そう呟くと牛若は、橋の欄干らんかんを駆け跳び、軽やかに鬼に斬り付けた。

 鬼は杖でそれを受け止めると杖で風を切り対抗する。牛若はいかにも重そうな杖を軽々と避けると、鬼の背後に周り斬りつけるが、鬼は少しも痛がることもなく白い息を吐く。

「中々の腕だな……しかし、ここはどうだッ」

 高い防御力を誇る体は、いくら斬りつけても意味が無いと判断した牛若は、そのまま身をひるがえすと、鬼の前方にしゃがみ、膝のサラを砕こうとする。

 急所さえ押さえれば、いくら強力な鬼でも戦闘不能となるはずだ。

「アウチッ」

「なにッ」

 鬼はそう言って足を抱えて転げ回った。

 牛若は驚く……彼の鋭い横薙ぎを鬼は跳躍して避けたのだ。今まで誰にも攻撃を避けられたことがなかった、彼の一薙ぎはサラではなく鬼のすねを捉えたが、驚きはそれだけではなかった。

「痛い……痛いヨ!」

「しゃべれるのか……いや、お前、ヒトかッ」

 牛若は脛を抑え涙を流す黒い鬼を抱き抱えた。月明かりに照らされた顔をよく見ると、目が二つに鼻と口もある、牛若と同じ顔、ただ皮膚の色が黒いだけの同じヒトだった。

 無論、その額にツノなどない。頭部には日ノ本の直毛とは異なる縮れた剛毛が生えていた。

「刀……カタナ……」

「お前……一体何者なんだ」

 そう言う牛若に彼は少しずつカタコトの言葉で説明し始めた。

 自分は遙か遠い国から来て奴隷として船で働かされていたが、嵐の晩に沈没し漂流して日ノ本に辿り着いたという。
 
 問答無用に斬りかかる軍部から逃げ延び、世話になった寺の住職から「刀を千本集めれば、売った代金で帰れる」と言われたという。

 その住職は亡くなるまで彼を保護し、言葉や様々なことを彼に教えたという。

「お坊さん……優しかったヨ」

「そうか。同じヒトだったのか……名前は何と言うんだ」

「ベンジャミン……ベンジャミン・慶庵けいあん

「不思議な名前だ……ケイアンとは? 和尚の名か」

「そうだヨ、亡くなる前に法衣と一緒にくれたヨ」

 牛若は彼をかくまうことにした。歴史ある狂都は排他的で、異人は見つかり次第に殺される。いくら牛若が強くても勢力を増す守護職に見つかっては厄介だ。

 牛若は彼の名を縮めてベンケイと呼んだ。そして牛若を慕う彼と共に、二人の兄を探そうと、夜の都から静かに離れて行った――。

 ○

 同じころ、四条では職員を三人連れた刻蔵が鬼を成敗しようと、大橋を渡っていた。

 すると立ち込めた霧の中から人影がヌッと現れる。その人影は物凄い勢いで駆けて来ると、続けざまに職員を二人斬り殺し、刻蔵を守る最後の職員を真っ二つに両断すると、鬼の形相で刻蔵に迫ってきた。

「お前が……守護職の刻蔵かッ」

「そうだ。鬼よ……相手にとって不足はない。かかってこい」

 涼しい顔で刻蔵は太刀を受け止める。

 それは今まで彼が受けたどの攻撃よりも強力で重く、守護職になってから微塵も動かさなかった眉を寄せるほどの威力であった。

「やるな、しかし……これならどうだ」

 そう言うと刻蔵は刀を片手で構えもう片方の掌に添える。この構えは短期間で守護職の副長にまでのし上がった彼の得意技だった。

 相手の急所に狙いを定めて一瞬の内に突く。いまだかつて、この技を見切れた者はいない。

猪口才ちょこざいな……これでも食らえッ」

 対する男……浅見も得意の技で対抗する。

 両手で構えた刀を背中にまわす事により、その軌道を隠し一気に両断するのだ。防御なしの捨て身の技なので、やはり一瞬の勝負となる。

「いくぞッ」

「おうッ」
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