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第四章「恩愛訣別関(おんないわかれのせき)」
【魂魄・参】『時空を刻む針を見よ』29話「浄瑠璃姫」
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「どうして、お前たちの仲間にならなきゃならないんだッ」
「見たところ、お前は都の坊ちゃんじゃなさそうだ。あの宗清とか言うジジイの家来どももお前の事など見向きもしなかったしな。お前……覇道皇が好きか嫌いか」
「な、なにッ……?」
「どうした好きか嫌いか、どっちなんだよ」
「……」
「……」
「でぇッッッッ嫌ぇぇッッだよッッッッ」
「……」
「……」
「ガハハハッ、だろ?思った通りだ。俺たちも同じさ、あの独裁者に痛い目を見せてやりたいと集ってんだ。今はまだ山賊をして力を蓄えている最中だが、必ずアイツを玉座から引きずり降ろしてやる。なっ、どうだ面白そうじゃないか?」
「覇道皇を……」
「そうだ。仲間になれよ」
「なにを言うッ、弟を売り飛ばしたくせにッ」
「それはお前に力がなかったからだよ。力があれば何も奪われることはないんだ」
「……」
今若はまっすぐに彼を見る山賊の目を見返せなかった。なぜなら……図星だったから。自分が非力だから……弟を奪われ、母親も救いだすことはできない。
「山賊の世界は厳しいぜ……でもな、力があればのし上がれる。いつか俺さまの寝首をかきに来いよ。楽しみに待ってるぜ」
「アンタ……名前は?」
「関東石見だ……人に聞く前に自分が名乗れよ」
「……今若」
「ずいぶん、お上品な名じゃないか。それじゃあ山賊らしくないな……そうだ浅見にしよう。思慮深くないお前は浅く物事を見てる。よし、お前は今日から関東浅見だ。俺の息子として育ててやるっ、ガハハ」
「関東……浅見」
「お前に殺されるのを楽しみにしてるから……早く強くなれよ」
そう言って石見は豪快に笑うと、今若を後ろに乗せて馬を走らせた。初めて乗る馬は乗り心地が悪い。落馬しないように必死で山賊にしがみ付くと、大きな背中は想像以上に温かかった――。
○
一方、その頃……牛若を攫った木葉天狗たちは群れて飛び、獲物を奪い合っていた。
ヒトを一人でも多く魔界へ連れ去った者は褒美が与えられ昇格する。いつも人里から攫って来ては、馬鹿の一つ覚えのように奪い合うのが日課だったが、烏天狗ほど知能がないので、いつも同じ事を繰り返す。彼らは言葉さえ巧みに操れないのだ。
「ミ……ッ」
「ン……アァッ」
木葉天狗たちが何かに気付き赤子を落としてしまう。地面に衝突した際に驚いて泣き声をあげたが、木葉天狗たちは焦ってその場から逃げだした。
ここは天敵の領域だ。彼ら……烏天狗は希少種だが、力も知能も彼ら以上でいつも邪魔ばかりする。
「ムゥ……ヒトの赤子が、なぜこんな山奥に……」
「オギャア、オギャア」
草木を分けて現れたのは烏の半獣だった。彼も山伏の格好をしており高下駄羽団扇といった道具は木葉天狗たちと共通するが、巧みに言葉を操り手先も器用だ。彼は大切そうに赤子を介抱し連れて帰った。
○
「カカさま、準備できたからそろそろ行くよ」
「牛若……寂しくなるよ」
それから十年後、牛若は逞しく美しい少年に成長し、溟真山の烏天狗のもとで修行に明け暮れていた。
すぐに言葉を覚えると野山を駆け武術を覚え、数年後には木葉天狗も目を見張るほど強くなっていた。
ある日、牛若は唐突に、それも漠然と兄が二人いることを思い出し、都に行って探したいと言いだした。
烏天狗は彼を止めた。いくら成長が早いと言っても山育ちだ。奇異な目で見られ、妖怪と間違われ捕まる可能性もある。
それでも牛若は人里近くまで下山しては、ヒトの所作や礼儀を独りで学んでいた。
もう彼を留める事はできないと悟った烏天狗は、最後に「天狗になるなよ」と一言だけ言って彼の下山を許したのだった。
「山から意外と近かったな」
牛若は都に辿り着くが、想像以上に近いことに驚いた。そこはヒトで溢れかえり、彼らはカカが言う「奇異な目」というより、ある種の「羨望の眼差し」で彼を見た。
「キャー、すごい美少年っ」
「麗しい佇まいに身のこなし只者やないな」
「どこの武人の御曹司やろ、見たことないわぁ」
道行く人々は通り過ぎるたびにふり向いて牛若を見る。彼らはコッソリ話したつもりでも、修行を終えた牛若は地獄耳の如く、明確に周囲の声を聞きわけた。
少しでも生き別れた兄たちの情報が欲しいが、記憶の中の彼らの顔は鮮明でない。
「まずは……役場かな」
情報を得ようと牛若は役場を目指す。
するとそこに一人の少女が立っていた。自分と同じ年頃であろうか、彼女は牛若と目を合わせると目を丸くして立ち止まった。
「ねぇ、キミちょっと来て」
「あ、うん」
少女は驚く牛若の手を引いて路地へと入り、牛若を立たせて物陰に隠れた。すると、すぐあとから「姫さま、姫さまぁッ」と青年が走って来た。
彼は牛若に「姫を見なかったか」と聞いたが、牛若が知らないと言うと憎々しげに舌打ちして、違う場所に移動していった。
「助かったわ。ありがとう」
「君、どうして逃げてるの」
話を聞くと彼女は都では有数の名家の娘らしい。銭には不自由しないが、真の自由がなく、息が詰まる屋敷を抜け出して、気分転換に市中見物をしていたと言う。
「キミ、名前なんて言うの」
「……牛若」
「へぇ、可愛い名前だねっ」
「そうかな、君は?」
「私は浄瑠璃姫。瑠璃ってね、七宝にも数えられてる宝石の名前なのよ」
「見たところ、お前は都の坊ちゃんじゃなさそうだ。あの宗清とか言うジジイの家来どももお前の事など見向きもしなかったしな。お前……覇道皇が好きか嫌いか」
「な、なにッ……?」
「どうした好きか嫌いか、どっちなんだよ」
「……」
「……」
「でぇッッッッ嫌ぇぇッッだよッッッッ」
「……」
「……」
「ガハハハッ、だろ?思った通りだ。俺たちも同じさ、あの独裁者に痛い目を見せてやりたいと集ってんだ。今はまだ山賊をして力を蓄えている最中だが、必ずアイツを玉座から引きずり降ろしてやる。なっ、どうだ面白そうじゃないか?」
「覇道皇を……」
「そうだ。仲間になれよ」
「なにを言うッ、弟を売り飛ばしたくせにッ」
「それはお前に力がなかったからだよ。力があれば何も奪われることはないんだ」
「……」
今若はまっすぐに彼を見る山賊の目を見返せなかった。なぜなら……図星だったから。自分が非力だから……弟を奪われ、母親も救いだすことはできない。
「山賊の世界は厳しいぜ……でもな、力があればのし上がれる。いつか俺さまの寝首をかきに来いよ。楽しみに待ってるぜ」
「アンタ……名前は?」
「関東石見だ……人に聞く前に自分が名乗れよ」
「……今若」
「ずいぶん、お上品な名じゃないか。それじゃあ山賊らしくないな……そうだ浅見にしよう。思慮深くないお前は浅く物事を見てる。よし、お前は今日から関東浅見だ。俺の息子として育ててやるっ、ガハハ」
「関東……浅見」
「お前に殺されるのを楽しみにしてるから……早く強くなれよ」
そう言って石見は豪快に笑うと、今若を後ろに乗せて馬を走らせた。初めて乗る馬は乗り心地が悪い。落馬しないように必死で山賊にしがみ付くと、大きな背中は想像以上に温かかった――。
○
一方、その頃……牛若を攫った木葉天狗たちは群れて飛び、獲物を奪い合っていた。
ヒトを一人でも多く魔界へ連れ去った者は褒美が与えられ昇格する。いつも人里から攫って来ては、馬鹿の一つ覚えのように奪い合うのが日課だったが、烏天狗ほど知能がないので、いつも同じ事を繰り返す。彼らは言葉さえ巧みに操れないのだ。
「ミ……ッ」
「ン……アァッ」
木葉天狗たちが何かに気付き赤子を落としてしまう。地面に衝突した際に驚いて泣き声をあげたが、木葉天狗たちは焦ってその場から逃げだした。
ここは天敵の領域だ。彼ら……烏天狗は希少種だが、力も知能も彼ら以上でいつも邪魔ばかりする。
「ムゥ……ヒトの赤子が、なぜこんな山奥に……」
「オギャア、オギャア」
草木を分けて現れたのは烏の半獣だった。彼も山伏の格好をしており高下駄羽団扇といった道具は木葉天狗たちと共通するが、巧みに言葉を操り手先も器用だ。彼は大切そうに赤子を介抱し連れて帰った。
○
「カカさま、準備できたからそろそろ行くよ」
「牛若……寂しくなるよ」
それから十年後、牛若は逞しく美しい少年に成長し、溟真山の烏天狗のもとで修行に明け暮れていた。
すぐに言葉を覚えると野山を駆け武術を覚え、数年後には木葉天狗も目を見張るほど強くなっていた。
ある日、牛若は唐突に、それも漠然と兄が二人いることを思い出し、都に行って探したいと言いだした。
烏天狗は彼を止めた。いくら成長が早いと言っても山育ちだ。奇異な目で見られ、妖怪と間違われ捕まる可能性もある。
それでも牛若は人里近くまで下山しては、ヒトの所作や礼儀を独りで学んでいた。
もう彼を留める事はできないと悟った烏天狗は、最後に「天狗になるなよ」と一言だけ言って彼の下山を許したのだった。
「山から意外と近かったな」
牛若は都に辿り着くが、想像以上に近いことに驚いた。そこはヒトで溢れかえり、彼らはカカが言う「奇異な目」というより、ある種の「羨望の眼差し」で彼を見た。
「キャー、すごい美少年っ」
「麗しい佇まいに身のこなし只者やないな」
「どこの武人の御曹司やろ、見たことないわぁ」
道行く人々は通り過ぎるたびにふり向いて牛若を見る。彼らはコッソリ話したつもりでも、修行を終えた牛若は地獄耳の如く、明確に周囲の声を聞きわけた。
少しでも生き別れた兄たちの情報が欲しいが、記憶の中の彼らの顔は鮮明でない。
「まずは……役場かな」
情報を得ようと牛若は役場を目指す。
するとそこに一人の少女が立っていた。自分と同じ年頃であろうか、彼女は牛若と目を合わせると目を丸くして立ち止まった。
「ねぇ、キミちょっと来て」
「あ、うん」
少女は驚く牛若の手を引いて路地へと入り、牛若を立たせて物陰に隠れた。すると、すぐあとから「姫さま、姫さまぁッ」と青年が走って来た。
彼は牛若に「姫を見なかったか」と聞いたが、牛若が知らないと言うと憎々しげに舌打ちして、違う場所に移動していった。
「助かったわ。ありがとう」
「君、どうして逃げてるの」
話を聞くと彼女は都では有数の名家の娘らしい。銭には不自由しないが、真の自由がなく、息が詰まる屋敷を抜け出して、気分転換に市中見物をしていたと言う。
「キミ、名前なんて言うの」
「……牛若」
「へぇ、可愛い名前だねっ」
「そうかな、君は?」
「私は浄瑠璃姫。瑠璃ってね、七宝にも数えられてる宝石の名前なのよ」
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