魂魄シリーズ

常葉寿

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第五章「新説地獄変(しんせつじごくへん)」

【魂魄・弐】『胡蝶は南柯の夢を見る』41話「賽の河原」

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 ――ここは?

 そこは淡く白い光の空間。大きなえんじゅの樹の下で、木漏れ日とそよ風を感じながら眠っていた。

 ――滄溟の屋敷か? 

 白い光の空間でヨイチは必死に彼の名を呼ぶ……必死で声の限りに叫ぶ。

「行くなッッ」

 その声も虚しく滄溟の魂は淡く蠢く光の波によって運ばれていく。それは光の蝶だった。蝶の群れは無慈悲にも何かの元に滄溟の魂を運ぶ。滄溟は何かを見て微笑む。頬に涙が伝う。そこには……死んだはずの「彼女」の姿があった。

「違うッ、彼女はもういないッ、滄溟ッッ、悪魔に負けるんじゃねぇッッッ」

「ソーメイッ」

 ヨイチの声に別の声が重なる。それは二つの魂から発せられた声だった。彼女も彼を引き留めようとするが、滄溟の魂は悪魔の忌まわしい口の中に飲み込まれていく。

「ソーメイッ」

「頼む……戻って来てくれ」

 ――ソーメイ戻れッッ

 ○

 叫んで目覚めると竜宮の中だった。ヨイチはサロクとムネと共に悲しそうにうな垂れる乙婀の前にいた。

「そうか、アイツは地獄に助けに行こうとして……」

「……悪魔に魂を売ってしまった」

「そうじゃ。いま鳩州にいるのは滄溟ではない……彼の体を得た悪魔じゃ。ヤツは大陸と東南の半島を攻めて中津国の神獣『黄龍こうりゅう』、それに赦武しゃむ王国の神獣『迦楼羅かるら』を支配下に置いた。無敵艦隊を一瞬で沈めたのを見たであろう。いま世界でもっとも強く邪悪なのはヤツじゃ、無論、日ノ本も狙われておる」

 乙婀は神妙な表情で俯く。自分のせいで滄溟を危険にさらしたばかりか、悪魔を地上に解き放ち、世界をも破滅に導いてしまった。彼女は唇を噛みながら訴える。

「お主ら……後生ごしょうじゃッ、地獄に行き滄溟の魂を取り戻してくれ、そして……世界を救ってくれッ」

「ニャハッ、言われなくてもそうするよ。ねっ、二人とも!」

「ああ、アイツを思い切りぶん殴らなきゃ納得いかねぇ!」

「だねっ。クミと野分を助けないとっ!」

 神妙な乙婀とは対照的に明るく言う三人。滄溟たちを救う道があったのだ。希望があれば精一杯、頑張るだけだ。彼らは力強く顔を見合わせた。

「よかった……礼を言うぞ。まずは閻魔えんまに会え。好機チャンスは一度きり……準備はできているか」

 乙婀に聞かれ三人は即座に大きく頷いた。すると乙婀は「魂を魄から切り離すぞ」と言い、両手で印を結び言霊を唱えて三人の魂を取り出した。

黄泉よみには死國から行ける……急げッ」

 そう言うと彼女は魄から取り出した三人の魂を飛ばす。勢いよく水面を飛び出た三人の魂は、光の速度を伴って死國の不死川に辿り着く。蛍の輝#__またた__#きに照らされた光の河が天空に伸び上がり、白い無数の蝶が大河の流れのように蠢いていた。

蝶吹雪ちょうふぶき……キレイにゃ」

「いくらキレイでも、アイツらは魂を黄泉に運ぶ水先案内人だッ」

「うんっ、行くよッ」

 三つの魂はその蝶の流れに乗って進む。それは冥府に繋がっていた。無数の蝶のうねりは彼らを黄泉の入口に運ぶと、次の魂を運びに元の世界へと戻っていく。黄泉の国の大気に触れると、三人の魂はそこに適合するように具現化し元の姿となった。

「ここは……」

「黄泉の入り口、十萬億土じゅうまんおくどだ」

「にゃは、何か近付いてくる……」

 三人の元に向かって飛来したそれは、近くまで来ると鋼鉄でできた巨大な鳥であることがわかった。鋼鉄の怪鳥はヨイチ達に近付くと、彼らの横をすり抜けて他の魂に飛びかかる。爪で彼の肉を切り裂き、目をくちばしで付いて執拗に追い回した。

「なに……あれ……」

「わからない……が、ヤバいッ、逃げるぞ」

 ヨイチはそう叫ぶと鳥から離れるように走り出した。

「にゃは?」

「恐らく狩られた鳥たちの怨念が固まった黄泉の怪鳥……鴛鴦おしどりだ。あれはおそらく狩人の魂だろう。だとすると俺もヤバい」

「ヨイチも鳥を狩ってたもんね」

「自分が食うだけなっ……しまった」

「どうしたのっ」

 走りながらサロクは前方を走るヨイチに尋ねた。そこは丘のように切り立った場所で先へ進む事はできない。他に行く場所もなく立ち止まると、下方から舞い上がって来るもう一羽の怪鳥が一同を睨んで空中で羽ばていた。

「くそッ、忘れてたぜッ、鴛鴦はツガイ……もう一羽いやがった」

「雷神をッ」

 サロクが叫ぶ。ヨイチは背中に手を回して雷神を取り、すぐさま構えて発射するも何も起きない。

「クソッ、雷神が使えねぇ」

「アタイらはいま魂だけの存在だ。気を操ると魂がバラバラになる……気操術は使えないよッ」

「うぅ、どうしようっ」

 二羽の怪鳥が三人に襲いかかる。三人はヨイチの「行くぞッ」を合図にして一気に崖を駆け降り、怪鳥の嘴から逃れたが、落下して底まで転がると岩に体を強く打ち付けられた。

「イタタ」と背中をさすり周囲を見回すと、目前には川が流れており、河原では何十人もの子供の魂が石を積み上げていた。

(一つ積んでは父のため……二つ積んでは母のため……三つ……)

「ここは……さいの河原か」

「親より先に死んだ子供の魂……」

「うにゃあ、ある程度まで石を積んだら崩されるぅっ」

 確かに河原で石を積み上げる子供たちは健気けなげにもいびつな石を積み上げているが、意地の悪い鬼たちが積んだ石山を無慈悲にも崩し歩いている。

 子供は成す術もなく、泣きながら苦行に耐え続けるしかない。積み上げることが出来れば極楽に行ける……そんな僅かな望みを託しながら。

「おやぁアンタ達、ここにゃ似つかわしくないね……ついてきな」

「アンタはッ」

三途川さんずがわ奪衣婆だつえばだ。閻魔の所に行くんだろ。連れてってやるよ」

「え、あ、はい」

 三人は親切そうな老婆についていく。河原の端には彼女のものと思しき住まいがあり、中に通されると渡し賃である六文銭を要求された。

 婆は彼らに銭がないことを知ると「ここで着替えな」と衣服を脱がせ、懸衣翁けんえおうと名乗る老人が現れて服を木にかけ燃やし始めた。

 ヨイチは「何すんだっ」と叫ぶが、老婆はいびつに笑って言い放った。

「文無しのクセに服なんて生意気だ。下着だけは許してやるからサッサと行きな」

 二人の老人は肉婆と骨爺に似ているような気がしたが、黄泉の国で無防備な魂のまま歯向かうわけにいかず、三人は他の魂と共に裸のまま舟に乗せられ、閻魔大王の元へと向かって行った――。
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