魂魄シリーズ

常葉寿

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第五章「髑髏嗤縁仇(どくろがわらうえにしのあだ)」

【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』42話「魂操り」

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 ――ぐはァッ

 崩壊しかけた洞窟に大声が響き渡り一同が目を向けると、そこには蜈蚣むかで丸を倒し、残酷な表情で勝利の笑みを浮かべている竜化した秀郷ひでさとの姿があった。

 その目は純血し血走って、口からは蜈蚣丸のものであろう真っ赤な血が滴り落ちている。

「む、無念」

「蜈蚣丸ッ」

 ドサッと苦しそうに地面に倒れ込む蜈蚣丸。キザシは駆け寄ると瀕死ひんしの彼を心配そうに見つめた。鋼鉄のような硬さのウロコは、秀郷の牙や爪でいたるところが剥がれて血に染まっている。

「よくやったぞ……次はキザシ君たちの番だ」

「くそうッ」

「ブシュルルゥゥ……」

「ん……秀郷め、私の声が聞こえぬのか……さてはあまりの興奮に我を忘れたな」

 蜈蚣丸との戦いで興奮極まった秀郷は大きく体を揺らし深く呼吸している。もはや紗君の言葉も認識できない様子で周囲を見回し、血走った両眼がフサとサトリが守る皐月姫を捕えると勢いよくその巨体を突撃させた。

 二人の半獣は竜化した秀郷が衝突する瞬間に左右に飛んだが、勢いの止まらない秀郷は大きく口を開け、続けて紗君に襲いかかる。暴走竜から身を守ろうと「頼光、あれを止めろ」と指図する紗君。

 頼光の指示を得てトキを含めた四天王が跳躍ちょうやくし暴走する秀郷の四方を固める。トキの玄武斬げんぶざんは地面を激しく爆破し粉塵ふんじんで秀郷の軌道きどうを制限した。

 対角ではつな白虎ぴゃっこ突きが後退することを許さず、更に貞光さだみつ青龍せいりゅう巻きが横に避けるのを待ち構える。

 最後は季武すえたけ朱雀すざく撃ちによって暴走竜――秀郷の動きは完全に止められた。紗君は四神封陣しじんふうじんで身動きの取れなくなった秀郷を冷酷な表情で見下ろす。

「もうお前に要はない……光圀みつくに

「ハッ……」

 血走った目で悔しそうに紗君を見上げる秀郷に光圀が刀をスラリと抜いた。彼が狙いを定め大きく振りかざした刹那せつな「待ちなさい」と澄んだ声が洞窟内に響き渡る。一同が振り返るとフサとサトリに肩を支えられた皐月さつき姫の姿があった。

「秀郷……いえ、大蛇丸。あなたは九尾孤に操られているのです。お願い、目を覚まして」

 四天王に囲まれて地面に突っ伏している竜は自分の目を真っ直ぐに見つめて話しかける女性を見返した。その目はかつて大蛇おろち丸と呼ばれ姫を慕っていた時のものに戻り始めている。

 皐月姫は噛みしめるように話しかけながら一歩ずつ秀郷に近付いていく。

「あなたはかげじゃない。出会った日のことを覚えている? 崖から落ちそうになった私をあなたは助けてくれた。初めは人見知りだったけど直ぐに蜈蚣丸とも仲良くなって」

「……」

 一歩ずつ秀郷に近づく皐月姫。紗君は何も言わずその様子を傍観ぼうかんしており、秀郷を囲む四天王も一言も発せず彼女を見ていた。

「そのあと蝦蟇がま子が生まれて……あなたが一番よく面倒を見てくれたわね」

「……」

 蝦蟇子も皐月姫と秀郷を交互に見つめた。幼き頃、実の兄のように大蛇丸の後を追い慕っていたことを思い出す。

「蜈蚣丸に大蛇丸、蝦蟇子。みんな私の大切な友達よ」

「……私はいつも蜈蚣丸の次だ。あいつの陰なのだ……」

「いいえ、あなたは私の太陽よ。蜈蚣丸も蝦蟇子もみんな私の太陽」

 皐月姫は秀郷を包囲する四天王に近付くと素手で彼らの刀をどかす。その手から鮮血が滴るが微塵も気にせず、シッカリとした強い口調で「どきなさい」と睨み付けた。

 彼女は倒れた秀郷の前にしゃがむと傷だらけの身体をゆっくりと優しく撫でた。

「こんなに傷付けてごめんね。みんな私のせい……私の使役しえき術が未熟だったから」

「姫……」

「……でも、もう迷わない。もう逃げないわ」

 皐月姫はゆっくりと立ち上がると覚悟を決めて呟いた。てのひらから滴った赤い血が、倒れている秀郷の額に落ち口に流れた。

「我、ここに血潮ちしおと共に契約す……この者を使役する力を我に授けよ……はくより出でてこんを預けよ」

「姫……さま……」

 皐月姫の血が彼の唇から口腔こうこうに入りゴクリと音を立ててのどへと流れた。彼は大きく目を見開くと、その額には皐月姫の血が刻印となり現れた。

「大蛇丸、私に翼を返して」と皐月姫が優しく告げる。竜化した秀郷は黙って目を閉じて頷き、光を放つとみるみる内に小さくなる。すると魄を失った肉体が消滅し白蛇の魂だけが皐月姫の顔近くに漂った。

「おやおや、何をしようとしているんだい」

「大蛇丸も……蝦蟇子も……おいで」

 不敵な笑みを浮かべて傍観していた紗君に彼女は返答せず、かつて自分が心を許し慕ってきた者達を呼び寄せる。傷だらけの蜈蚣丸も蝦蟇子も次第に小さくなっていくと、二人の姿も大蛇丸同様に魂だけとなり、蜈蚣と蝦蟇の魂が皐月姫の元へと呼び寄せられた。

 彼女は二つの魂を優しく撫で血を舐めさせると、彼らの額にも薄っすらと血の刻印が現れた。

「皐月姫……それは……」

「キザシさん、よく見ていて下さい……これが血の契約、使役術奥義『魂操たまあやつり』よ」

「……魂操りッ?」

 皐月姫が大きく両手を広げると同時に、彼女の背中から紅蓮の炎を放って鳳凰の翼がよみがえった。皐月姫はその翼で大蛇丸、蜈蚣丸、蝦蟇子の魂を抱き寄せながら舞い上がると、紗君や四天王の遥か上空から言い放つ。

「よくも私の友達をおとしいれてくれましたね」

「ふん、小賢こざかしい真似を……頼光ッ」

「ハッ」

 頼光は紗君のめいを受けるやいなや四天王を伴い皐月姫に襲いかかる。彼らの攻撃を巧みにかわした皐月姫は「蝦蟇の毒に苦しむがいいッ」と飛行しながら腕を振るう。

 すると彼女のてのひらから出現した蝦蟇子の魂が、四天王の攻撃を一つずつ受け止めて皐月姫を守った。刀やマサカリが蝦蟇子に当たる度に背中の毒が噴出し四天王の皮膚を焼き視界を奪っていく。

「ぐわッッ」

「皐月姫ッ」

「私は平気です。四天王をお願いッ」

 キザシに皐月姫が叫ぶ。彼は彼女の考えをくみ取りフサとサトリ、それにハルを伴って四天王と対峙たいじする。

 キザシは「トキ目を覚ませッ」と、問答無用にマサカリを打ち付けてくる若武者の攻撃を蜈蚣切りで受け止める。
 
 それを見届けた皐月姫はひるがえって彼らを指揮する頼光へと飛びあがった。
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