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第四章「三竦蠱毒闇(さんすくみこどくのくらがり)」
【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』31話「軍神」
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鳳凰族は殺生石から削り出し人々が「仏の御石鉢」と呼ぶこの石鉢を行商から取り上げ、これ以上被害が広がらないように自らの手で封印した。
しかし、遂にこの病は最もこの大地で強靭な百獣の王「獅子王」にまで憑いてしまう。
彼の屈強な一霊四魂までをも容易に操ってしまう月の病に危険を感じた鳳凰族は、幼い蓬莱族カグヤを安全な場所へと逃がし獅子王に憑いた病と対峙することを決意したが、獅子王も封印された石鉢を再び得ようと鳳凰族に攻め入った。
当初こそ鳳凰族は和平交渉を試みたが直霊を失くして完全に曲霊となった獅子王は聞く耳を持たず、仏の御石鉢の所在を吐かせるために残虐非道の限りを尽くして多くの半獣が犠牲になった。
彼らの長となっていた鳳凰族は自分自身が犠牲となることで仏の御石鉢の所在を永久に封じようと、獅子王の刀にわざと斬られ、彼らが崇める霊峰の火口へと落ちていった。
この事件は多くの半獣を激昂させたが鳳凰族の娘は争う手段を択ばず三日三晩のあいだ祈りを捧げた。そしてある時、彼らの非戦闘的な選択を目の当たりにした獅子王の息子が立ち上がった。
彼は未だ邪悪な意思に憑かれていなかったのだ。誇り高い父親に戻って欲しかったし、今まで通り百獣の王として半獣を導く存在で在りたいという使命感に駆られていた。彼は蓬莱族長の娘と協力して月の病の封じ込みを試みる。
獅子王の息子と結託した鳳凰族の娘は父親の仇と思いながらも、月から病を持ち込んでしまった自分達に責任がある引け目を感じており、彼に協力することを約束した。けれど、いくら鳳凰族でも病を排除する術に心当たりはなかったし、何よりも鬼化した百獣の王と彼の軍団に対抗するほどの力もなかった。
そこで彼らはヒトに協力を仰ぐことにした。それが現在の邪馬徒朝廷の礎を築きあげた貴武や紗君の祖父にあたる覇道皇だった。
彼は日ノ本統一を目論んでおり近い将来に半獣達の支配も考えていたので、この提案は彼にとっても都合がよかった。月の病を封じ込めた暁には半獣はヒトの統治を甘んじて受けること、居住区間は纏めるなど不平等な条件を次々に出し、軍神と謳われた将軍と天才と謳われた陰陽士の派遣を約束した。
「軍神と謳われた将軍と……」
「天才と謳われた陰陽士……」
キザシとトキがゴクリと唾を飲み込んだ。
獅子王の息子と鳳凰族の娘はそれに従うしかなかった。将軍と陰陽士の協力を得た彼らは、月の病に魅せられた獅子王に果敢に立ち向かった。
それでも獅子王の力は強力で四人との力の差は歴然だったが、軍神が獅子王の力を削ぎ陰陽士が結界によってその力を無力化させた刹那、一瞬だけ心を取り戻した獅子王の良心が月の病を弱め、息子の刀が父王の胸を深く貫くことができた。親子の絆が病に打ち克ったのだ。
獅子王は死に彼の躯から抜け出た月の病は、いよいよ凶悪性を露わに具現化した。その姿はまるで白面金毛の獰猛な獣のような姿をしており、九つの尾は九苦を帯びて触れる者を狂気に走らせた。
その口は心を病ませる毒気を吐き、邪悪な瞳を見たものは氷となり、噛まれた者は炎に包まれたという。雷のように俊敏に動き陣風を巻き起こした姿から、人々はこの具現化した病を九つの尾を持つ妖――九尾孤と呼んだ。
日ノ本中のヒトや半獣、虫や海の精まで全ての生きとし生ける存在が結束し合った。そして霊峰で三日三晩祈っていた鳳凰族の娘の祈りが天に通じたのか、火口から不死鳥の如く甦った彼女の父親が九尾孤を弱体化させ、陰陽士の術によって元の殺生石に封印されるに至った。
「そんな大事件があったんだね」
「でも、俺達はそんな話、初めて聞いたぞ」
「今から数十年前の話ね……」
「え、ちょ、ま……カグヤの年齢って」
「ここからあとの話はワシが話そう」
カグヤが説明し終えたのを聞き大蜈蚣――蜈蚣丸は重い口を開く。キザシとトキは生唾を飲んで彼の話に耳を傾けた。
「彼らの結束によって……」
月の病である九尾孤は殺生石に封印され、石は二度と復活せぬよう不死山火口に落とされた。獅子王の息子は父親を殺めた刀を自戒とするために、そして鳳凰族の娘は今後このような悲劇が再び起きないように決意を固め、各々の刀を火口で溶かし二つの不斬刀に鍛え直した。
さらに仏の御石鉢を破壊すると、それから削り出した二つの勾玉を刀に埋め込むことで、万が一九尾孤が殺生石から甦った際に備え、獅子王の息子と蓬莱族の娘が守ることにした。
しかし、九尾狐封印後の平穏は長く続かなかった。覇道王が将軍と陰陽士を派遣した際に出した不平等条約を提示し履行して日ノ本全土を支配しようとしたのだ。虫の半獣や海の精達は覇道王の独裁に嫌気がさし山や海に帰っていった。
残った半獣を代表して鳳凰族の娘が異を唱えたが獅子王の息子は約束だからと言いヒト側についた。彼は父親のように半獣達を束ねる力はなく、ヒト統治による道を甘んじて選んでしまったのだ。
「そんな……」
ヒト側でも覇道王の提示した不平等条約に異を唱えた者がいた。それが軍神と謳われた将軍――将門だった。
彼はヒトも半獣も虫もそれぞれが尊重されるべき大切な命であり、誰もこの尊厳を侵してはならないと覇道皇に強く反意を唱え、半獣と彼らを束ねる鳳凰族の娘に味方した。
将門に感銘を受けた虫の半獣達は彼を崇めるようになり多くのムシ族達が彼に従った。彼らは容姿とその特殊な能力故に忌み嫌われ、永きに渡り迫害されてきた歴史があったからだ。
「その時から将門様は我らの誇りであり希望だ。最下層の我々や蝦蟇や蜥蜴達も将門様に従ったのだ。あの時までは……」
「あの時?」
しかし、遂にこの病は最もこの大地で強靭な百獣の王「獅子王」にまで憑いてしまう。
彼の屈強な一霊四魂までをも容易に操ってしまう月の病に危険を感じた鳳凰族は、幼い蓬莱族カグヤを安全な場所へと逃がし獅子王に憑いた病と対峙することを決意したが、獅子王も封印された石鉢を再び得ようと鳳凰族に攻め入った。
当初こそ鳳凰族は和平交渉を試みたが直霊を失くして完全に曲霊となった獅子王は聞く耳を持たず、仏の御石鉢の所在を吐かせるために残虐非道の限りを尽くして多くの半獣が犠牲になった。
彼らの長となっていた鳳凰族は自分自身が犠牲となることで仏の御石鉢の所在を永久に封じようと、獅子王の刀にわざと斬られ、彼らが崇める霊峰の火口へと落ちていった。
この事件は多くの半獣を激昂させたが鳳凰族の娘は争う手段を択ばず三日三晩のあいだ祈りを捧げた。そしてある時、彼らの非戦闘的な選択を目の当たりにした獅子王の息子が立ち上がった。
彼は未だ邪悪な意思に憑かれていなかったのだ。誇り高い父親に戻って欲しかったし、今まで通り百獣の王として半獣を導く存在で在りたいという使命感に駆られていた。彼は蓬莱族長の娘と協力して月の病の封じ込みを試みる。
獅子王の息子と結託した鳳凰族の娘は父親の仇と思いながらも、月から病を持ち込んでしまった自分達に責任がある引け目を感じており、彼に協力することを約束した。けれど、いくら鳳凰族でも病を排除する術に心当たりはなかったし、何よりも鬼化した百獣の王と彼の軍団に対抗するほどの力もなかった。
そこで彼らはヒトに協力を仰ぐことにした。それが現在の邪馬徒朝廷の礎を築きあげた貴武や紗君の祖父にあたる覇道皇だった。
彼は日ノ本統一を目論んでおり近い将来に半獣達の支配も考えていたので、この提案は彼にとっても都合がよかった。月の病を封じ込めた暁には半獣はヒトの統治を甘んじて受けること、居住区間は纏めるなど不平等な条件を次々に出し、軍神と謳われた将軍と天才と謳われた陰陽士の派遣を約束した。
「軍神と謳われた将軍と……」
「天才と謳われた陰陽士……」
キザシとトキがゴクリと唾を飲み込んだ。
獅子王の息子と鳳凰族の娘はそれに従うしかなかった。将軍と陰陽士の協力を得た彼らは、月の病に魅せられた獅子王に果敢に立ち向かった。
それでも獅子王の力は強力で四人との力の差は歴然だったが、軍神が獅子王の力を削ぎ陰陽士が結界によってその力を無力化させた刹那、一瞬だけ心を取り戻した獅子王の良心が月の病を弱め、息子の刀が父王の胸を深く貫くことができた。親子の絆が病に打ち克ったのだ。
獅子王は死に彼の躯から抜け出た月の病は、いよいよ凶悪性を露わに具現化した。その姿はまるで白面金毛の獰猛な獣のような姿をしており、九つの尾は九苦を帯びて触れる者を狂気に走らせた。
その口は心を病ませる毒気を吐き、邪悪な瞳を見たものは氷となり、噛まれた者は炎に包まれたという。雷のように俊敏に動き陣風を巻き起こした姿から、人々はこの具現化した病を九つの尾を持つ妖――九尾孤と呼んだ。
日ノ本中のヒトや半獣、虫や海の精まで全ての生きとし生ける存在が結束し合った。そして霊峰で三日三晩祈っていた鳳凰族の娘の祈りが天に通じたのか、火口から不死鳥の如く甦った彼女の父親が九尾孤を弱体化させ、陰陽士の術によって元の殺生石に封印されるに至った。
「そんな大事件があったんだね」
「でも、俺達はそんな話、初めて聞いたぞ」
「今から数十年前の話ね……」
「え、ちょ、ま……カグヤの年齢って」
「ここからあとの話はワシが話そう」
カグヤが説明し終えたのを聞き大蜈蚣――蜈蚣丸は重い口を開く。キザシとトキは生唾を飲んで彼の話に耳を傾けた。
「彼らの結束によって……」
月の病である九尾孤は殺生石に封印され、石は二度と復活せぬよう不死山火口に落とされた。獅子王の息子は父親を殺めた刀を自戒とするために、そして鳳凰族の娘は今後このような悲劇が再び起きないように決意を固め、各々の刀を火口で溶かし二つの不斬刀に鍛え直した。
さらに仏の御石鉢を破壊すると、それから削り出した二つの勾玉を刀に埋め込むことで、万が一九尾孤が殺生石から甦った際に備え、獅子王の息子と蓬莱族の娘が守ることにした。
しかし、九尾狐封印後の平穏は長く続かなかった。覇道王が将軍と陰陽士を派遣した際に出した不平等条約を提示し履行して日ノ本全土を支配しようとしたのだ。虫の半獣や海の精達は覇道王の独裁に嫌気がさし山や海に帰っていった。
残った半獣を代表して鳳凰族の娘が異を唱えたが獅子王の息子は約束だからと言いヒト側についた。彼は父親のように半獣達を束ねる力はなく、ヒト統治による道を甘んじて選んでしまったのだ。
「そんな……」
ヒト側でも覇道王の提示した不平等条約に異を唱えた者がいた。それが軍神と謳われた将軍――将門だった。
彼はヒトも半獣も虫もそれぞれが尊重されるべき大切な命であり、誰もこの尊厳を侵してはならないと覇道皇に強く反意を唱え、半獣と彼らを束ねる鳳凰族の娘に味方した。
将門に感銘を受けた虫の半獣達は彼を崇めるようになり多くのムシ族達が彼に従った。彼らは容姿とその特殊な能力故に忌み嫌われ、永きに渡り迫害されてきた歴史があったからだ。
「その時から将門様は我らの誇りであり希望だ。最下層の我々や蝦蟇や蜥蜴達も将門様に従ったのだ。あの時までは……」
「あの時?」
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